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38歳A.T.カーニー新代表「関灘茂」の圧倒的努力

1月13日(月)5時45分配信 東洋経済オンライン

史上最年少の38歳でA.T.カーニー日本法人代表に就任した関灘茂氏(撮影:梅谷秀司)
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史上最年少の38歳でA.T.カーニー日本法人代表に就任した関灘茂氏(撮影:梅谷秀司)
2020年1月1日付で、米系経営コンサルティング会社A.T. カーニーの日本法人新代表に関灘茂(せきなだ しげる)氏、38歳が就任した。神戸大学経営学部卒業後、A.T. カーニーに新卒で入社し、2014年に同社史上最年少の32歳でパートナーに就任。同じく史上最年少で代表取締役に就任した。年齢だけでなく、新卒入社の日本代表も初めてだという。いったいどんな人物なのか。

■「自分のため」には頑張れない子だった
 関灘氏は、1981年に兵庫県神戸市で生まれた。中学2年のときには、阪神・淡路大震災で被災した。関灘氏の自宅も家族も無事だったが、すぐ隣の区画は被害が大きかった。そこには多くの友人や知人たちが住んでいた。

 「隣の区画は、1階が潰れて家の2階が落ちてきていたりと、かなり悲惨な状況でした。加えて、火事です。水が出ないから消火ができない。焼けていくのをただ見つめるしかありませんでした」

 「世の中で『偉い』とされている職業と、困ったときに役立つ人は違うということも実感しました。僕は銀行員であるとか、教師だとか、社会的地位が高いとされる人たちが食べ物を奪っている場面をこの目で見てしまった。その一方で、いわゆる“やんちゃな”人たちが物資を調達してきて配布しているのも見ました。
 勉強ができるかできないか。社会的地位が高いか低いか。それとは別に、いまここで困っている人を救える、ということはすてきだなと思ったんです。自分だっていつ死ぬかわからない。だったらいつ死んでも後悔しないように目的を持って、意味のある人生を生きようと」

 高校は自由な校風の兵庫県立兵庫高校に進んだ。当時、数学・物理・体育以外はあまり興味がなかったという関灘氏だが、1年生のときにひょんなことからマーケティングと出会い、神戸大学経営学部に進むことを決意する。
 入学後は、マーケティングとイノベーションに興味を持つようになり、イノベーションの発生論理を研究していた小川進教授のゼミ(当時助教授)を選択した。

 大学1~2年生の間には、イノベーションやマーケティングなどを中心に、経営学関連の書籍を200~300冊ほど読んでいたという。大学1年生時に履修した「経営学基礎論」という授業でビジネスにおける「フレームワーク」という考え方を知る。それらを開発した外資系経営コンサルティング会社の存在に魅力を感じるようになった。
 「ここが、やりたい仕事ができる場所だ! と思いました。でも、コンサルティング業界の就職本を読むと、東京大学や京都大学の出身者ばかり。神戸大学からはエントリー資格もないのかも、と思ったこともありました」

 当時関西には、コンサルティング業界に関して東京ほどの情報量がなかったという。そこで関灘氏は、塾の講師で稼いだお金で東京へ行き、経営コンサルタントとして実際に働いている人物に会ってみようと考えた。情報を探すうちに、とある外資系コンサルティング会社の戦略部門でパートナーを務める人物の就活生向けセミナーが、東京であることを知る。1時間半のセミナーのために、新幹線に飛び乗った。
 「その方のプレゼンは衝撃的でした。自己紹介のパワーポイントは、数字が3つ並んでいて、ただそれだけ。でもそれで1時間しゃべる。まったく飽きない。僕は『(新幹線代の)元を取らなくちゃ』という頭があったので、終わった後に『うちのゼミ生全員に今日の話を聞かせてほしいんです!』と直談判し、そのあと全員で東京に押しかけました」

■あまのじゃくな性格で…

 そもそも、外資系経営コンサルティング業界には、平均勤続年数が5年に満たない会社もあり、辞めることを前提に入る会社と言っても過言ではない。コンサルティング会社間の転職も激しく、海外大学のMBA取得者の就職先としても好まれるので、中途入社も多い。新卒入社するには、数百倍以上とも言われる倍率の選考を突破する必要がある。
 2003年のA.T. カーニー新卒採用は9人。そのうちの1人として入社した関灘氏は、先輩やヘッドハンターなどから次のように言われたという。

 「マネージャーのうちに辞めて転職するのが、いちばん市場価値が高い」

 同社は、ビジネスアナリスト、シニアビジネスアナリスト、アソシエイト、マネージャー、プリンシパル、パートナーという役職がある。昇進していけるかはクライアントへの貢献度・実力次第だ。そして、パートナーまで昇進すると、プロジェクトの実行だけではなく、プロジェクトの組成や売り上げにも最終的な責任を持つ。
 関灘氏が入社した当時は、新卒入社でパートナーまで昇進したコンサルタントはゼロ、プリンシパルすら1人もいなかった。

 「あまのじゃくなところがあるので、プリンシパルやパートナーになれるかはわからないけれど、挑戦し続けてみようと思いました」

 新卒採用の選考過程でも、ユニークさを発揮した。当時、A.T. カーニーの採用プロセスは書類選考→1次面接(グループ面接)→2次面接(グループディスカッション)→ジョブ選考(コンサルタントのもとでの5日間の個人ワーク)→内定となっていた。
 1次のグループ面接では、学生3人に対し面接官は2人。まず聞かれたのは「リーダーシップとは何でしょうか」。

 「『未来・向かうべき方向性を描いて、共有して、みんなで歩むことです』と答えました。回答への反応はあまりなく、2つ目の問いが投げかけられました。『日本には電柱が何本ありますか』」

 ちなみに、これは「フェルミ推定」という質問で、実際に調査するのが難しいような数量を、論理的に推論して回答するもの。当時の外資系経営コンサルティング会社の面接ではお決まりのものだ。
■「1本ずつ数えます!」

 それは当然知っていた関灘氏だが、思わずこう答えてしまった。

 「本気でお知りになりたいですか?  だったら私、日本の南から1本ずつ数えますよ!」

 グループ面接が終わった後、一緒に面接を受けていた京大生たちが「あれはフェルミ推定って言うんだよ。あんな回答をしたら受からないよ」と教えてくれた。ところがそのグループ面接を通過したのは、関灘氏1人だけだった。

 2次面接のグループディスカッションも通過し、最終のジョブ選考までたどり着いた。一人ひとりの学生に異なる経営テーマが提示され、5日間で現状と問題点、課題、解決策を検討する。最終日に複数のコンサルタントに対してプレゼンテーションし、質疑応答するプロセスで総合的に評価される難関だ。
 当時は、学生1人に対して、マネージャーかアソシエイトが1人ついて、毎日1時間ほどの議論・フィードバックがなされる。しかし、関灘氏の担当は、その上のプリンシパルだった。

 「普通は、フィードバックのときはマネージャーが学生を呼びに来てくれるんです。でも、人事から『プリンシパルだから、呼びに来るような人じゃない。個室に自分で行ってください』と言われて。ドアを開けたら、髪がなくてひげを生やした王様みたいな人が座っている。思わず『ボス!』といってしまった。そうしたら『ボスって呼ばれたのは初めてだ』と笑われました」
 プリンシパルからフィードバックを受けた5日間は、「脳の中がすべて見透かされ、言語化されているという衝撃」(関灘氏)。

 最終日の夜にはジョブを終えたご褒美と懇親を兼ねてディナータイムが設けられる。そこまで選考に残った就活生であれば、参加しないなど想像もつかない。しかし5日間で8時間ほどしか寝ておらず疲労困憊の関灘氏、1人だけキャンセルして帰ってしまった。

 そんな関灘氏であっても、入社後は戦略コンサルの洗礼を受ける。初めて与えられたお題は「非接触ICのポテンシャルについて評価せよ」だったという。
 まず資料を集めた関灘氏。50~60cmほどはある積み上がった資料の山を前に、当時の指導担当だったマネージャーは「じゃあ今日中にWord20枚の資料にまとめておいて」。

 「無理です」。反射的にそう言った関灘氏に、「あのさ、学生気分はやめてくれない?」と言い放った。見本を見せてあげる――。資料をぱっと開いて、マーカーですっとポイント箇所に線を引いていく。資料の山が1時間ほどでなくなってしまった。

 どうやったらそんなことができるのか。関灘氏が尋ねると、マネージャーから返ってきた答えは「右脳と左脳をダイナミックに使うんだよ」というざっくりしたものだった。
 ほかにも「名物」と言われる数々の上司との出会いがあった。関灘氏のメンターだった人物は長考力が特徴で、ミーティングは実に10時間。

 「ずーっとぶつぶつつぶやいていて、新卒は何も貢献できない。『聞いているだけでいいよ』と言うのでひたすら聞いているんですが、つぶやきなから、目の前のホワイトボードに本当に論点や解決策がすらすらと出てくるんです」

 自分の脳の使い方、考え方を変えないと、ここにいる人たちの足元にも及ばない。入社後、3カ月ほどでそう悟ったという。休日には書店に駆け込み、速読本やフォトリーディングの本を読みあさった。ついには「波動リーディング」なる書籍も発見する。もはや手をかざせばわかる。これでマネージャーに勝てるかもしれない。
 「書籍に手をかざしてみるわけです。『……わからない!!』となりまして」

 結果的に、ある程度事前知識がある本であれば、速読術やフォトリーディングは有効だということがわかったそうだ。こうした苦難の日々を乗り越えると、1カ月に100~200冊くらいの書籍を読めるようになった。

■「面白い」ってなんだ? 

 2年目にはシニアビジネスアナリストに昇進。しかし今度は「言われたことは正確にできるけど、Something newがない。面白くない」と言われ続けることに頭を悩ませる。
 「確かに自分が言っていることは面白くない。面白い、感動したって何だろうと思うと、お笑いや漫才師って面白いなと。あとは映画監督、ミステリー小説作家とか。

 Something newを出す方法を見いだそう。そう思って本、テレビ、映画などあらゆる領域からインプットしました」

 当時ヒットした映画『マトリックス』に至っては、100回見ることに決めた。

 「僕は一度見ただけではわからなかったんです。なんでこんな難しい映画がヒットするのか。ひたすら映像を見る。ひたすら人物を見る。ひたすらセリフを聞く。何が人に刺さるのか、心を動かすのかを見いだすために」
 試行錯誤を繰り返していた入社4年目のある日、ある自動車メーカーから提案の依頼があった。「日本のすべての経営コンサルに当たったが、いい提案がない。カーニーでもだめならこのプロジェクトは中止する」。

 当時アソシエイトだった関灘氏は、上司だったパートナーから「2週間あげる、お金はいくら使ってもいいから、クライアントが感動するような提案書を書け」と指示を受ける。資料の読み込みや現地調査を繰り返し、1週間ほど経ったある日。関灘氏は夢の中でキーワードを思い付き、慌てて飛び起きると1枚紙で提案書を作った。
 「それをクライアントにお持ちしたら『これだ!』と言われました。やっとSomething newを出せた瞬間でした。『マトリックス』を見て、100回試行錯誤したかいがあったかな」

 以来、コンサルティング業界では「火消し」と呼ばれる役回りでもあちこちのプロジェクトから声がかかるようになる。火消しとは、いわゆる炎上プロジェクトに投入されて出火原因を探し、落ち着かせる役目のこと。「だいたい1~2週間で、どんなプロジェクトでも消火ができるようになりました」。
 新代表に就任した関灘氏は抱負についてこう語る。

 「近年、トランスフォーメーション(変革)が多くのコンサルティングファームのテーマ。しかし僕は、変革だけでなく、創造も必要だと思っています。日本は大企業が社会的影響力を持ち続けている。だから、率先して変革だけでなく、創造すべきだ。新産業・新企業・新モデルを創るということです。

 そのためには企業の利益の最大化は大前提ですが、今ある社会課題にもアドレスする必要がある。そうしないと、日本の失われた20~30年が、30~40年になる。僕らはそれを見守った人たちになってしまう。それは本当に恥ずかしいこと」
 「A.T.カーニーの社員だけでは、どうしてもアドレスできない社会課題があることもまた確かです。そこにリーチするために、まずはビジネスをコアに、テクノロジーやクリエーティブの領域で、他社とも積極的に協働していきたいと考えています。

 自分の売上金額だけを増やすようなファームにはならない。経営コンサルティングに丸投げすると、高額になります。それに、テクノロジーやクリエーティブの真のプロフェッショナルは、コンサルティングファームには入らないでしょう。より適正なフィーで付加価値のあるサービスを受けたい。誰しもそう望んでいるはずです。ベストチームを作ることに、思いを持って取り組みたいですね」
■兼業が許可されているA.T.カーニー

 A.T.カーニーでは兼業が許可されており、元代表で現日本法人会長の梅澤高明氏もDJや大学教授と兼業していることで知られる。また、OBの中には起業家や日本企業の経営陣、NPOなどの第一線で活動する人材も多い。

 「福島の復興、宇宙カンファレンス、ナイトタイムエコノミー――。会長が50%勤務で兼業して、1円の売り上げにもならないことをやっているグローバルコンサルティングファームはそうそうないのではないでしょうか。カーニーの中で兼業している人や、卒業して社会課題にアドレスしているOBをどう応援、支援できるのか。カーニー自身が試行錯誤する必要があります。カーニー日本法人自体の経営もまた、1つの面白いテーマです」
 関灘氏の平均睡眠時間は、入社以来、3時間から4時間ほど。苦手なことは「なんとなく物事を進めること」だという。

 「腹落ちせずになんとなく進める、ということがどうしてもできない。取り組む意義、本質的に『ああやりたい!』と心の底から思わないと、やれません」

 手帳に自分は何のために生きているのか、なんのために何の目標だったらやりがいがあるのか、つねに書き付けてある。

 「そのために、定期的に内省の時間を取ります。やる意義を見つける、言語化する時間をものすごく大切にしていますね」。
 「僕は何事も長く深く付き合うタイプ。クライアント企業ともそうありたいと思っています。

 10年単位で物事を見る、計画を立てる。長くお付き合いしている方々が自己ベストを更新している状況、そのときに発せられる空気や充実感が好きなんです。それを見るとこちらも刺激をもらえる。刺激を与えているようで実はいただいているんです。もともとは飽き性でもあるんですよ。でもコンサルティングの仕事はまったく飽きない。一生飽きることはないでしょうね」
 予定された任期は3年間。等身大の「史上最年少代表」はコンサルティング業界を、日本をどう変えることができるのか注目したい。
富谷 瑠美 :ジャーナリスト

最終更新:1月13日(月)5時45分

東洋経済オンライン

 

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