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酒に酔い、担ぎ込まれて「日銭を奪われた」冗談のようなマジな話

1月13日(月)6時00分配信 マネー現代

写真:現代ビジネス
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(文 高木 敦史) 高木です。早いもので2020年を迎えました。この年末年始、いかがお過ごしでしたか? 忘年会や新年会で痛飲された方も多いのではないでしょうか。痛飲といえば、駅のホームや電車内で楽しそうに話している、あるいは辛そうに項垂れている酔っ払いの人たちを見ると、ときたま思い出すことがあります。

調子に乗って、もう一杯

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 今から15年くらい前の、2000年代も半ばの冬の出来事です。この頃の私は、大学時代の先輩とほぼ週一で飲み歩いていました。彼は人生のベストムービー第一位が『タクシードライバー』、二位が『バス男』という乗り物映画大好き男なので、以下略してノリオと呼びます。ノリオとは上野近辺の安い居酒屋を二・三軒まわるのが常でした。

 しかしその日はノリオが「たまには俺の家の近くで飲みたい」と言いだし、方向音痴の私は面倒だなと思いながらも珍しく隣の県まで遠出したのでした。

 初めて降りたノリオの住む町の駅前は、赤ちょうちんやら、ラーメン屋やら、カラオケスナック店でひしめいています。麻雀であればさしずめ簡単に役が揃いそうな繁華街の適当な安居酒屋に入り、茹でピーナツをつまみにビールで乾杯、二杯、三杯とそれに続きます。

 そのうちノリオが「寒いから」と熱燗を頼みだし、いい感じに酔った我々は勢いよくそれをグビグビ。テーブルの上には空になったお銚子が五本、六本と次々に並び、酔いが回ったノリオが「お前はどうせ何者にもなれない」とか「何やっても駄目だ」とか、いつものようにくだを巻きはじめました。

 それを「またかよ、うるさいなあ」と適当に受け流し、人の悪口なんかで話が盛り上がる間に気づけば0時すぎ。客は数組を残すばかり。いつもならば「もう一軒」と調子に乗ってハシゴするところですが、私には終電が、ノリオには翌朝の仕事があるため、我々はおとなしく会計を済ませ、駅に向かって歩き出しました。

 ところがです。いったい何がどうなったのか、次に気が付いたのは見覚えのある我がボロ家……ではなく、知らないトイレでコートを着たまま、便器に顔が半分埋まった状態で目覚めたのです。さっきまで「やっぱ人の悪口言いながら飲む酒がいちばん美味いな」とか考えながら駅に向かって歩いていたはずなのに…。

 個室内を見回すと、床張りはフローリングで公衆便所や駅のトイレにしてはやけに清潔です。もしかするとノリオの家に転がり込んだ? だとしたらメンドイな。あれ、でもたしかノリオとははぐれてケータイもつながらないから、ひとりで駅に向かったんだっけ。う…気持ち悪い……。呻きながら起き上がり、便器に座り直します。

かすかな生き物の気配

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 「トントン」とドアが鳴り、私は咄嗟に「すみません、大丈夫です」と返事とも謝罪ともつかない声でブツブツ言いながらドアを開けると、

 「ミズ、ノムカ?」

 年の頃は30歳手前くらいでしょうか――そこには、キャミソールとホットパンツ姿の女性が真正面に立っており、心配そうながらも落ち着いた雰囲気でコップを差し出してきたのです。

 ナニコレコノ状況? そう思いつつも、差し出された水を素直に受け取り飲みながら、心臓はバクバク、内心では一気に混乱が爆発します。ここはどこ? この人は誰? ノリオは? ――混乱は恐らく表情に浮かんでいたでしょう。しかしうまく隠したフリしてトイレを出ます。

 すると広がっていた光景は、見知らぬキッチンでした。5・6人ほどだったと思います。コップを持って私の横に立っている女性と同様の出で立ちで、6畳ほどのスペースに並んだ丸椅子にずらりと座っていました。

 テーブルの上にはお菓子の山と飲みかけのコーヒーカップ、灰皿、化粧品が雑然と置かれていて、ほどほどに生活感はあるものの、そこそこ小奇麗にされていました。

 「アッチで寝るとイイヨ」

 水をくれた女性が茫然している私の手を引き、布で仕切った出口の方に向かいます。

 キッチンを抜けた先の部屋はほぼ真っ暗でしたが、天井から薄いピンク色のカーテンが間仕切り代わりにつり下げられ、十畳相当の室内がいくつかの房に区切られていました。

 それぞれの房にはそこはかとなく人の気配があります。話し声はないものの、生き物の体温の気配がたくさん感じられました。更に気づけば何かアロマキャンドルのいい匂いが充満しています。

 キャミソール、ピンク色、アロマキャンドル……。女性がいちばん手前の房のカーテンを捲ったときに、一畳ほどの空間に布団が敷かれているのを見て、私の直感は確信に変わりました。

 <どうしよう。ここは、漫画とかテレビの特番なんかで見たことのある、何らかの法に触れていそうなヤバイいかがわしい店だ>

 しかし時既に遅し。しこたま飲んだ酒が抜けず、酷い頭痛で頭はろくに回りません。女性は朦朧とした私のコートを慣れた手つきで脱がします。気づけば私は「横になって」と促されるまま布団に潜り込んでいました。

 身体が室内に充満しているのと同じアロマの匂いに包まれます。そして女性が横に添い寝した気配を感じるのとほぼ同時に、たぶん二度目の気絶に落ちました。

俺の全財産が

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 それからどのくらいか、はっと目覚めると、先ほどの女性が隣で寝っ転がって数独を解いていました。なるほど数独なら日本語が分からなくても遊べるものな、と無意味に感心していると、彼女は私の起床に気づいてにっこり微笑み、「水モッテクルヨ」と房の外に消えました。

 頭痛がいくらかマシになり、思考を取り戻した私は再び焦ってすぐさま枕元に丸めてあったコートを漁ります。幸いなことに、ポケットには財布もケータイもありました。

 こういう場所に来たのは初めてだけど、漫画やドラマで見る限り「そんなつもりはなかった」と言っても出してもらえるはずがない。そもそも女性のいる空間で寝入ってしまった時点で、対価は発生しているのではないか。どうしよう……面倒ごとは嫌いだし、金で解決出来るならその方が手っ取り早いかもしれない。手持ちの金で足りるだろうか? 財布の中身に思いを馳せます。

 幸か不幸か、私はこの日、飲み代とは別に光熱費の支払い分と当面の生活費を合わせて3万円ほど下ろしていました。3万円あればいけるか? 分からないけれど状況によっては「これが全財産です」と言って差し出そう、と財布を開きます。

 空でした。

 人は胸の中にいつも小さな炎を灯しています。その炎がふっと消えた瞬間でした。

 あーやられた。東京は恐ろしいところだ。都会には魔物が潜んでおり、自分は期せずして魔窟に迷いこんでしまった。こんなことならお酒なんて飲むんじゃなかった。

 いや、そもそも地元の大学に進学していればこんな場所には来なかったのに。死んだおじいちゃんの言ったとおり、地元で公務員になれば良かったのだ。うちひしがれていると、女性が水を持って戻りました。受け取って飲み干す私に彼女は言います。

 「オニーサン、道デ寝テタヨ」

 道で寝ていた。そういえば、繁華街の大きくなっている方を目指して駅に向かい、高架の線路を発見したまでは良かったものの、そこから先歩けど歩けど駅その物に辿り着けなかったんだっけ。

 だって街並みは赤ちょうちんとラーメン屋とカラオケスナックばかりで、初めて歩く自分にはどれもこれも同じに見えたから……。私は極度の方向音痴で、大人になって多少はマシになったと思ってたけどどうやら錯覚でした。

 そうして彷徨い歩き、少し頭を冷やそうと目についた電柱に額をすりつけて斜めに立っていたのです。そしたらだんだん力尽きて、額が地面に近づいていって……なるほど、そのまま倒れ込んで寝てしまったのか。

 そういえば、見知らぬ女性に見下ろされ「ハイ」とペットボトルの水を与えられた光景が甦りました。夢か現か不明でしたが、どうやらそれがこの女性だったようです。彼女が酩酊している私に水を与えて肩を貸し、ここまで運んできたということなのでしょう。自分の足で歩いてきたなら、全く以て自業自得です。ああ、こんなことなら酒なんて飲むんじゃなかった。

 しかし何を思っても後の祭りです。男は? なんかケツモチみたいな怖い人はいるのか? 
 房から覗くとキッチンには男性の姿はありませんでした。私は飲み干したコップを返すと、意を決して女性に言いました。

 「お姉さん、俺のお金盗ったでしょ」

 ここで「お姉さん」呼びしているのは精一杯の虚勢です。タメ口なのも、自分を強く見せるためです。

 普段なら「間違っていたらすみませんが、あの、僕の財布の中がですね、記憶にあるよりも何かその、それでその、勘ぐるようで申し訳ないのですが、あ、何でもないです、へへっ」なんてぼそぼそと早口で言っていたことでしょう。でもきっとそれでは駄目です。これは試練です。無事生還してみせるのです。

 するとお姉さんは心外だという顔で言いました。

 「盗っテないヨ」
「嘘だ。盗ったでしょ?」
「盗ってないよ」
「だって俺の財布の金なくなってるもん。本当のこと言ってよ」
「天地神明に誓って盗ってないよ」

 えっ、植草教授? 虚を突かれ、私は言葉を失いました。

ノリオの言葉でよみがえり

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 ともかく、これでは水掛け論です。声は最小限のヒソヒソでしたが、こんなふうにゴネていたらそのうち怖いお兄さんがやってくるかも知れません。その前に片付けねば。私は思考をこれでもかと回転させ、ダメ元で手鏡の人に言います。

 「分かった。じゃあ、お釣り頂戴」

 5千円返ってきました。

 ラッキー!! ! 譲歩を引き出すことに成功した私は、更なる交渉のヒントを得るべく彼女と会話を続けます。

 「お姉さんは日本に来てどれくらい?」
「四カ月」
「じゃあ結構色々見た? どこかに観光したの?」
「ここと成田だけ」
「……」

 悲しい話でした。聞くんじゃなかった。ともあれ、ここの金額は2万5千円だったわけで、少なくともこれは希望でした。お釣りが返ってきたということは、支払いは済んだのです。

 酩酊して行き倒れていた人間にちゃんとお釣りをくれるだなんて、ある意味良心的とさえ言えます。これで、私はいつでも大腕を振ってここを出られるのです。さあ帰ろう。ところがお姉さん、立ち上がろうとする私の腕にすっと手を絡ませてきました。

 「あと5千円くれたら、もっとイイコトできるよ」

 ……全然良心的じゃありませんでした。こいつら財布の中身の有り金を全部持ってくつもりだ。

 「……いや、そしたら帰る金がないし」
「大丈夫、目の前にコンビニあるよ」

 腕を掴む彼女の手に力がこもります。「5千円じゃなくて、7千円くれたらもっと……」とか「少し仮眠して、起きてから考えたらいいよ」とかまくしたてます。心の底からうるせーだまれの声が出かかりましたが、ぐっと飲み込みます。これ以上びた一文だって払うものか。――いや待て。ちょっと待て。今なんて言った? コンビニ? 
 お金を下ろすためにコンビニに行く振りをして、そのまま帰ればいいではないか。

 「じゃあ、せっかく来たんだしそうしようかな」

 水道はもう2カ月支払いが滞っても供給停止にはなりません。ガス代も大丈夫なはず。そんなことを考えながら帰り支度をします。房を出て、未だ立っているキッチンの女性達を横目に玄関を出ます。さらば見知らぬ女性達よ……。

 ……残念、女性達、コンビニまでついてきました。薄着にコートだけ羽織って、しかも例の女性に加えて元締めっぽい女性までも。外に出て振り返りと店のあるマンションはかなり大きく、そしてたしかにコンビニは目の前でした。

 マンションからコンビニまでのほんの数十秒も逃すまいと、二人の女性はがっちりと私の前後をガードして、ちょっと横に逸れようものなら「こっちだよ」とレールを外れることを全く許しません。コンビニに入ると、見慣れたものなのか店員は我々に見向きもしません。気づけば一直線にATMでした。

 あー、そうだよな。せっかく捕まえたカモを易々と逃がすわけないよな。たぶんさっき金を盗ったとき、財布の中にクレジットカードがあるのを見てるだろうから「時間外で下ろせませんでした」は通じないんだろうな。

 女性は「はよカード入れろ」と目で合図を送ってきます。再び心の炎が消えかかっています。なんかもう下ろせるだけ下ろして渡してやった方が楽ちんかもな。

 そんな気持ちさえ浮かんだそのとき。ふと視線を横に流したとき、おかしコーナーの『たけのこの里』がふいに視界に入りました。瞬間、脳裏にさっきまで飲んでいたノリオのリフレインが叫びます。

 <どうせお前は何者にもなれない。何やっても駄目だ――>

 以前、彼に教わったことがあります。風俗業界では男性客にサービスをチラつかせて少しずつお金を剥ぎ取っていくやり口を「タケノコ」というそうです。まるで今日の俺じゃないか…。きっとここでノコノコとお金を下ろしてあの部屋に戻ったら、あの手この手で同じことを繰り返しタケノコされるに決まっている。

 そして先輩に言われる。「ほら、やっぱり駄目だった」と。ブワッと胸の炎が灯りました。

 私はATMにカードを入れ、1万円ほどお金を下ろすと、よっしゃ追加のネギゲット、と満足げな二人の女性と向き合い会釈をして店を出ました。それから一直線にコンビニを出ると、無表情になり、茫洋とした声で「わーい」と叫んで歩き出しました。

 「わーい」です。なぜ「わーい」なのかは自分でも分かりませんが、とにかくこの瞬間にいちばん適した叫び声を考えたら「わーい」だったのです。

 普段声を張ることなどそうそうないので、かなり抑揚のない「わーい」だったでしょう。もし私が夜中にそんなのを見かけたら、出来るだけ早く最寄りのコンビニに逃げ込みます。周囲に人がいなかったのは幸いでした。幸いじゃねえな。

 ともあれ私はなるたけ速度を変えず、大通りと思しき方向に向けて歩きます。慌てて店を出た元締めの女性が携帯電話を手に「そっち!」と叫んだとき、近くにいた男が身を乗り出した気がしました。それが彼女らの仲間だったのかは知りません。とりあえず曲がり角までわーいわーいと連呼して、大通りに出た瞬間に走って逃げてタクシー乗り場に向かいました。

 時計は午前三時を回ろうかというところでしたが、こうして私は魔窟からの脱出を果たしたのです。

 その後のことをオマケに書くと、ノリオは結局電話に出ませんでした。なので別の近くに住んでいる友人に電話を掛け、彼の家までタクシーで向かいました。お金は下ろした分では足りなかったので彼に借りました。翌日、お昼過ぎにずたぼろな状態で帰宅し、アリの出るボロアパートで一人爆睡しました。

 ノリオは更に翌日になって連絡が付き、「お前がいなくなったとは思ったけどまいっかと思って帰って寝た」とのことでした。まいっかじゃあないんだよと思いましたが、勝手にいなくなったのはお互い様だし、なんか奢って貰った気もするので特に窘めることはしませんでした。

 数日後にテレビで、歌舞伎町で酩酊した酔っ払いに睡眠薬入りの水を与えて昏睡状態にさせ、その隙に金品を強奪する事件が発生しているというニュースを見かけました。「やっぱ東京はおっかねえところだあ」と震え上がった私は、それからしばらく外食はファミレスと牛丼屋しか行かずに過ごしました。あと払い忘れてて電気が止まりました。

 ここ三年は一度も記憶を飛ばしていないし、もうずっと危ない目にも遭っていません。ただ先日、医者から「高木さん、お酒控えてる?」と問われ「そうですね」と答えたところ、「このγ―GTPってやつね。これね、飲んでる人の数値だから。気をつけましょうね」と言われました。

 酒量に気をつけろという意味か、「飲んでないじゃあないんだよ。バレてんだよ」という窘めだったのかは知りません。でもまあ、窘めてくれる人がいるうちが花です。皆さんもお酒を飲むときはそういう人と一緒に、ほどよく楽しんでくださいね。
高木 敦史

最終更新:1月13日(月)6時00分

マネー現代

 

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