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入社8年、ITベンチャー勤務30歳の強烈な後悔

12月15日(日)8時00分配信 東洋経済オンライン

「やりがい」は確かに大事ですが(写真:プラナ/PIXTA、写真はイメージ)
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「やりがい」は確かに大事ですが(写真:プラナ/PIXTA、写真はイメージ)
 「あのときもう少し慎重に選んでおけばよかったです」

 8年ほど前に有名私立大学を卒業後、とあるITベンチャー企業のA社に新卒で入社した鈴木保さん(仮名、30歳男性)が深いため息とともに消え入るような声でそう語ってくれました。

■「あの社長の下で働いてみたい」

 鈴木さんはもともと「安定しているから」という理由で公務員を強く志望していたそうです。ただ、先々を考えて、いちおう一般企業も知ってから決定したいと思い、A社でインターンをすることにしました。初めて会社という組織の一員となり、世の中には有名企業や大企業でなくとも、しっかりとした企業はたくさんあるということに気が付いたそうです。
 A社にインターン生として勤めていたときは、新しい経験の連続で充実した日々を送っていました。社員数も10人程度で、当時、大学生だった鈴木さんにも気さくに接してくれ、そして何よりも仕事の楽しさを熱心に教えてくれたそうです。頻繁に行われる社内の飲み会にも何度か参加した鈴木さんは、そこでじっくりと社長の考えを聞く機会ができたそうです。

 「社長の熱意がすごくて、魅力的でした」

 鈴木さんは振り返ります。

 「俺たちが次の時代をリードしていくんだ」
 社長はいつも10年先、20年先の日本を、そしてグローバルな世界を熱く語っていたそうです。鈴木さんはそんな熱く語る社長にいつしか尊敬の念を抱くようになっていきました。

 社長が最も熱心に取り入れていたのがいわゆる“理念経営”でした。社長自身の生き方そのものを会社の理念とし、社員に対し、日々熱く語ることでその思いを浸透させてきました。毎日の朝礼でも欠かさず理念を語り、そして終業後の23時頃から始まる飲み会では始発電車が動き出すまで飲み明かし、社長の夢や会社の未来について、そして社長が目指す新しい世界を社員1人ひとりに語りかけていたそうです。
 「せっかくのご縁だからうちで働いてみない?」

 ある日、役員の1人からそう誘われた鈴木さんは悩むことなく、二つ返事で入社を決意したそうです。なぜなら鈴木さんの就活における優先順位が、A社へのインターンをきっかけに「安定」から「やりがい」に変化していたからです。

■“やりがい”は永久エンジンになるのか? 

 学生時代や自身の若いころの経験に絶対的な自信を持っている社長の口癖です。ですから、社長は昔から目標を達成するためには非常にストイックになることができ、とことん自分を追い込むタイプでした。
 クライアントからの無理な依頼にも「限界は超えるためにあるもの」と言って社員を鼓舞していました。だから、仕事が深夜0時を回ってもまったくお構いなし。もちろん、10人程度の会社ですから、社員の中には心身ともに疲弊しているように見える者がいることも社長は把握していました。

 ただ、「ここを乗り越えれば成長できる」、また、どんなに苦しくても「世の中を変えるためなら社員も頑張れるはず」と信じて疑わず、休日なんかもそっちのけで仕事をしていました。入社から1年も経つと、鈴木さんも心身に違和感を覚えるようになっていったそうです。
 社長も“働き方”を少なからず気にしていたようで、今の働かせ方が法令に抵触している認識もあったようです。しかし“理念の実現”が何よりも最優先と考える社長にとって法令順守は優先順位が高いものではありませんでした。そして、少なからず創業メンバーの数名も社長と同様の考えでした。

 鈴木さんも、何度も心が折れそうになりましたが、「こんなにやりがいのある仕事はない」と必死で食らいつき、気が付いたら30歳を迎えてしまっていました。
 そんなとき、こんな出来事がありました。

■“労働の対価”は見合っているのか

 「ボーナスが出たらみんなで旅行に行こうぜ」

 大学時代の友人と飲み会をしていたときのことです。その友人の1人から旅行の提案がされました。行き先や日程、宿泊するホテルのランクなどを話していたときに、鈴木さんはひそかにショックを受けてしまったそうです。

 友人はみんな、卒業後はそつなく大手企業に就職していたため、聞くとボーナスは年に最低2回、数カ月分はあるとのこと、さらに、日程について「空いているから、平日に行こう」と口をそろえて言っていたことにもショックを受けました。友人は皆、有休(年次有給休暇)は比較的使いやすいそうで、中にはそれとは別にリフレッシュ休暇もあり、旅行券まで支給される友人もいたそうです。
 一方、鈴木さんの会社ではボーナスはなく、決算賞与が出るかどうかといったところです。さらに有休は病気以外ではほとんど使ったことがなく、常々社長からは「ここには仲間を残して遊びに行くようなやつはいない」と言われていました。

 「少数精鋭で目標達成に向かってワンチーム精神を大事にしているので、それを乱すことは本気で理念に向き合っていない証拠だ」というのが社長の考え。他の社員もほぼ同様に有休を取っていないのが現状でした。したがって、法律上義務づけられている有休は一応あるものの、夏季休暇、年末年始休暇、ましてやリフレッシュ休暇などは存在していなかったのです。
 そして友人たちの年収を聞いているうちにさらに気持ちがなえてしまい、「自分の数年間はいったい何だったんだろう」と退職を決意したそうです。

 しかし、退職を決めた後も、追い打ちをかけるように鈴木さんにとってはショックな出来事が続きます。

 退職届も受理され、心新たに次の人生に向けて進もうと決意した矢先のことでした。

 「俺も退職するよ」

 別の会社に勤めていた大学時代の同級生、小沢正樹さん(仮名)からそう聞いた鈴木さんは少しホッとした気分になったそうです。「苦労しているのは自分だけじゃない」。そう思って情報交換のために小沢さんと2人で飲みに行ったそうです。
 そのとき、小沢さんから「200万円くらいだけど退職金もあるから焦らずじっくり再就職先を決める」という話を聞いた鈴木さんは「そうだ、俺も退職金のこと聞かなきゃ」と会社に確認をしました。

 そこで鈴木さんは知ることになります。鈴木さんが勤めていたA社にはそもそも退職金制度はなく、それに代わるようなものは何1つなかったのです。退職金が当たり前にあるものだと思っていた鈴木さんはまた1つ深いため息をついたのでした。
 「これでは再スタートに差がありすぎる……」

■就職前に必ず確認しておきたいポイント

 学生時代の鈴木さんの選択は間違えていたのでしょうか。

 私は間違えていたとは思いません。それは鈴木さん自身がインターンを通じて就活のポイントを「安定」から「やりがい」に変更しており、その「やりがい」そのものには問題がなかったからです。学生時代に社長と出会い、その声に耳を傾けて入社を決めたのですから。

 ただ1つ、残念なのは、就活のポイントを“やりがい”だけで決断してしまったことです。新卒に限らず、就職先を選ぶポイントはたくさんあります。
・給与の額、決め方、昇給制度
・賞与や退職金制度
・通勤時間や通勤手当
・転勤制度
・労働時間
・フレックスタイム制の有無
・年間休日や有休などの休暇制度
・有休取得率
・福利厚生制度
 ざっと挙げただけでもさまざまなポイントがあります。

 自分が勤める会社のポイントを、その会社の理念や社長への共感に求めることは長く働くうえでは非常に大事な要素です。ただ、長く働くために必要なことはそれだけではないのです。後悔しないようにせめて、求人票や会社説明会レベルでもわかることは確認しておくことが重要です。
■「理念経営」はブラックか? 

 世の中には「やりがい」のある仕事をしている人はたくさんいます。理念経営を心がけている経営者もたくさんいるし、その多くは社員の働く環境を整えているものです。したがって、理念経営=ブラック企業ということではありません。

 ましてや、賞与や退職金がないのもよくあることでブラックでも何でもありません。自分が制度の整った企業と比べ、勝手にブラックと思ってしまっているだけです。

 世間では鈴木さんのような例を、「やりがい搾取」と呼ぶことがありますが、中小企業であろうがしっかりしている会社はしっかりしているし、大企業でもダメな会社は存在します。それを選択してしまうのは自分自身が情報弱者であることも要因の1つとなっているのです。
 ビジネスパーソンにとっては就業する“未来の自分”を想像しながらしっかりと情報収集をし、自分の中の優先度をしっかり持って就活や転職活動をしていくことがより重要になるでしょう。
大槻 智之 :特定社会保険労務士、大槻経営労務管理事務所代表社員

最終更新:12月15日(日)8時00分

東洋経済オンライン

 

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