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19世紀「機械は思考できるか」問うた1人の女性

12月11日(水)6時10分配信 東洋経済オンライン

「コンピュータの女神エイダ」とはどんな人物なのでしょうか(写真:metamorworks/iStock)
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「コンピュータの女神エイダ」とはどんな人物なのでしょうか(写真:metamorworks/iStock)
「いずれ仕事がなくなってしまうのか?」。いま私たちがAIに感じているのと同じ恐怖を、機械に対して抱いた人たちもいた。産業革命が起きた時代、英国の詩人バイロン卿もその1人だったが、その娘エイダ・ラブレスこそ、今日「コンピュータの母」といわれる伝説の女性である。”文系“である詩人の父と、数学好きな”理系“の母のもとに生まれた「コンピュータの女神エイダ」とはどんな人物なのだろう?  ウォルター・アイザックソン著『イノベーターズⅠ』『イノベーターズⅡ』を基に再構成してお届けする。
■10代で駆け落ちした数学少女

 エイダの詩才と不柔順な性格は父バイロン譲りだが、機械に対する愛は違う。それどころか、父親は機械を敵視する「ラッダイト」だった。母アナベラは、娘を父親のようにしてはならないと考え、厳しい数学教育を施した。まるで、数学が詩的想像力に対する解毒剤になるとでもいうかのように。だが、母の苦労にもかかわらず、父の情熱を受け継いだエイダは、年頃になると家庭教師の1人と恋に落ち、駆け落ちまで図っている。
 家に連れ戻されたエイダは、数学に没頭すれば父バイロン譲りの奔放な性質を抑えこめるという母親の信念を受け入れた。微分積分の基本概念はほとんど理解したし、芸術的な感性から、方程式が描きだす曲線や軌跡の変化を視覚化することを好んだ。方程式の根本にある概念の議論に熱中したのだ。

 「数学の美を愛でる」というエイダの能力は、理解できる人の少ない資質だった。彼女は数学を、心引かれる言語、宇宙の調和を映し出す言葉と捉え、時には詩的でさえあると感じていた。父親から引き継いだ詩的な感性で、壮麗な自然界の一面を写しとる筆致を方程式の中に見てとっていた。「ぶどう酒色の海」や「夜のように美をまとって歩く」女性を思い描くのと同じように、だ。
 だが、数学の魅力はそれよりもっと深く、形而上的でさえあった。数学こそ、「自然界の偉大なる真実を的確に表すことのできる唯一の言語」であるとエイダは言い、森羅万象の中に表れでる「相互関係の変化」を数学によって描きだせるとした。数学は「愚かなる人間が創造主のいとなみを確実に読み取ることのできる手段」だというのである。

 想像力を科学に応用するこの能力は、産業革命の特徴であり、後世エイダが守護聖人のようにあがめられるようになるコンピュータ革命の特徴でもある。エイダは1841年の随想で想像力についてこう書いている。
 「それは組み合わせの能力だ。ものやこと、思想、概念をひとつにまとめ、変わりつづける独創的な組み合わせをはてしなく作りだす。それが、私たちの身のまわりの未知なる世界、科学の世界の本質を見抜くということなのだ」

 エイダが強くひかれていたのは、作家、詩人、資本家、俳優、そして科学者が集うサロンだった。主宰は科学・数学界の名士であるチャールズ・バベッジ。1834年、彼が新たに得た着想は、プログラミングで与えた命令に従ってさまざまな演算を実行できる多目的計算機というものだ。
 ひとつの処理を実行したら、切り替えて別の処理を実行する。それだけでなく中間の計算結果にもとづいて「処理のパターン」を変えることもできる。バベッジはこの機械を「解析機関」と呼んでいた。

■織機からプログラミングの可能性が生まれた

 解析機関は、エイダ・ラブレスが「組み合わせの能力」と呼んだものの産物であり、バベッジは複数分野のイノベーションを組み合わせた。彼が目を付けたのは、フランスのジョゼフ=マリー・ジャカールが1801年に発明した自動織機。
 絹織物産業を大きく変えたこの自動織機は、縦糸を選んでフックで持ち上げ、ロッドで押してその下に横糸を通す、そのくり返しでパターンを作りだす。ジャカールは穴を開けたカードでこの工程をコントロールしていた。ひと織りごとに、動かすフックとロッドをカードの穴で決める。シャトルが抜けて一回分の糸が通るたび、新しいパンチカードを使うのだ。

 1836年6月30日、バベッジは「ドラムのかわりにジャカード織機を提案」と、その日の記録を書きとめている。コンピュータ前史における大きな節目となる日だ。金属製ドラムのかわりにパンチカードを使えば入力できる命令の数をいくらでも増やせる。しかも、処理の流れを変えられるので、プログラミング可能で広く応用できる多目的機械を容易に作れるようになる。
 しかし、バベッジの構想は理解されず、英国政府も投資の意向を示さなかった。そんな中、1人だけ彼を理解する者がいた。結婚し、伯爵夫人となっていたエイダ・ラブレスである。彼女は多目的機械という概念を正しく評価したうえ、そこに秘められた可能性まで思い描いた。「この機械は、数にとどまらずどんな記号表現でも、音楽や美術作品でも処理できるのではないか」と考えたのだ。

 その頃バベッジは、イタリアの若き数学者ルイージ・メナブレアと出会う。そしてバベッジの助けを受けたメナブレアが1842年10月に発表した解析機関についてのフランス語の論文――これをエイダが翻訳することになった。
 エイダは自ら論文を書けるほどテーマについて熟知していたが、女性が科学論文を発表するなど考えられない時代。バベッジはエイダに、論文に注釈を付けてはどうかと持ちかけた。こうして完成した一節は「翻訳者による注釈」と名付けられ、コンピュータ時代にエイダが偶像視されるきっかけとなる。

■翻訳者による注釈とは? 

 「翻訳者による注釈」の中で、エイダは4つの概念を打ち出している。

 1、「多目的機械」という概念

 あらかじめ決められた処理ひとつしかできない機械ではなく、プログラミングもその変更も可能で、無限の数の処理が実行できるし、その流れも変えられるという概念。つまり、エイダはいまのようなコンピュータを思い描いていた。「解析機関は、ジャカード織機が花や草木をつむぎ出すように、代数のパターンを織りあげるのだ」と。
 2、「解析機械は数字だけでなく、伝達に記号を使うすべてを処理できる」という概念

 解析機関が行う演算は数学や数字に限らなくてよい。記号で表せるどんなものでも格納し、操作、加工して処理できるとエイダは指摘したのだ。

 「コンピュータの演算は、数どうしだけでなく、論理的なつながりのある記号どうしであればその関係を変化させられる」「和声学による音の進行からどうすれば曲ができるのか、その基本的な関係が表現できて、演算を適用できるなら、解析機関によって、複雑精緻で科学的な楽曲を生み出すこともできるだろう」
 これはまさに、エイダ流「詩的科学」の究極形だった。音楽、文章、絵画、数字、記号、音声、動画など、どんな形のコンテンツ、データ、情報でもデジタル形式で表すことが可能で、機械で操作できるという、まさに今日の私たちが体験している概念にほかならない。

 3、アルゴリズムの概念

 エイダが残した第3の功績は、われわれが今現在「コンピュータプログラム」あるいは「アルゴリズム」と呼んでいる仕組みを段階的に詳しく解き明かしたことだ。彼女が後世、その信奉者から「世界初のプログラマー」と称されるようになるのは、ベルヌーイ数を生成する複雑な工程を伴う図を作成したことによるところが大きい。
 4、「機械は思考できるか?」という概念

 エイダが残した4つ目の概念は人工知能という命題、「機械は思考できるか?」という問いかけである。彼女の考えは「できない」だった。機械は、指示されたとおりに演算を実行できる。だが、それ自体の考えや意思を持つことはできないというのが彼女の主張なのだ。解析機械は、「実行手順を人間が指示できることであればなんでも実行できるし、どんな解析命令にも従える。だが、解析にもとづく関係や真実を予測する能力はない」
■機械と人が織りなす美しいタペストリー

 エイダ・ラブレスはコンピュータの先駆者としてあがめられることになる。米国防総省が、開発したオブジェクト指向の高級言語に「Ada」と名付けたのも、その一例である。

 機械が人の想像力のよきパートナーとなり、ジャカード織機が織りなすような美しいタペストリーをつくりだす─―そんな未来を、彼女ははっきり思い描いていた。

 詩的科学の真価を理解していたからこそ、同時代の科学界に見向きもされなかった計算機械という考えをエイダは正しく評価することができたし、その機械の処理能力はあらゆる種類の情報に利用できるという認識にまでいたることができたのだ。そして、ラブレス伯爵夫人エイダがまいた種は、100年後に訪れるデジタル時代に花開くのである。
 デジタル時代からAI時代に足を踏み入れつつある私たちに、彼女は大きなヒントを与えてくれる。
ウォルター・アイザックソン :テュレーン大学歴史学教授

最終更新:12月11日(水)6時10分

東洋経済オンライン

 

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