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京都の「民泊トラブル激増」に苦しむ市民の怒り

12月7日(土)16時00分配信 東洋経済オンライン

「空前の民泊バブル」が招いた、京都の地元住民を悩ますトラブルとは?(写真:pigphoto/iStock)
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「空前の民泊バブル」が招いた、京都の地元住民を悩ますトラブルとは?(写真:pigphoto/iStock)
ここ数年で外国人観光客が激増し、それに伴いホテルや簡易宿泊所の建設ラッシュが続いた京都市。建物の老朽化や空き家問題が解消され、一見「街に活気が戻ってよかった」と見えるかもしれないが、事態はそう単純ではなかった。「空前の民泊バブル」が招いた、地元住民を悩ますトラブルとは?   社会学者の中井治郎氏による、京都を襲う「観光公害の今」を明らかにした新書『パンクする京都~オーバーツーリズムと戦う観光都市~』から一部抜粋して、お届けする。
 かつて、他所からくる友人に「何か京都のおすすめはない?」と聞かれると、ものぐさな僕はいつも決まって2つの名所をあげていた。それは “縁切り神社”として有名な安井金比羅宮で生々しい怨嗟に触れて人間の業を味わうか、または、宵闇の伏見稲荷大社・千本鳥居で不帰の心細さを味わうか、であった。

 これらはアクセス至便(バスに乗らなくても行ける)である割に金閣寺や清水寺ほど定番化しておらず、しかし訪れてみたときのインパクトが大きいスポットだったのだ。つまり、ある種の「知る人ぞ知る」名所として、京都に不案内な人にも紹介しやすい場所であった。しかし、それも今は昔の話である。
■外国人が行列作る「伏見稲荷大社」

 いつの頃からか、こちらが提案する前から「伏見稲荷って京都駅から近いの?」などと先方に問われるような場面が増え、たまに客人の案内などで足を運べば、赤い鳥居のトンネルは果てしなく続く外国人観光客の行列でいつでも渋滞。とても「心細さ」を味わうどころの話ではなくなってしまっていたのだ。

 それもそのはず。金閣寺や清水寺など昔よりひろく知られた観光名所をふくめ、京都市内には世界遺産「古都京都の文化財」を構成する14件の世界遺産があるが、世界最大の旅行口コミサイト『トリップアドバイザー』の「外国人に人気の日本の観光スポット」部門における第1位は、ほかでもないこの伏見稲荷大社なのである。
 観光スポットとしての伏見稲荷の大躍進のきっかけは「インスタ映え」にある。2011年には6位だった伏見稲荷大社だが、赤いトンネルのように続く千本鳥居が外国人観光客の間で“photogenic”、つまり「インスタ映え」するスポットとして話題になるにつれて、2012年3位、2013年2位とランキングを駆け上り、2014年度についに「日本一」の称号を獲得することになった。そして以後、その栄冠をほしいままにしているのである。
 つまり、伏見稲荷大社はこの数年間で、「知る人ぞ知る」どころではなく、名実ともに日本一の超定番スポットになってしまったのである。

 この観光客の激増は伏見稲荷大社のみならず周辺地域のありようにも大きな影響を与えることになる。伏見稲荷大社の目の前にあるJR稲荷駅前は季節や平日・週末を問わず外国人観光客でごった返すようになり、観光客のための飲食店や土産物店などの新規出店が相次ぐ。このため、2017年には伏見稲荷大社周辺は基準地価の商業地上昇率において全国1位(上昇率29.6%)を記録したとして大きな話題となった。
 そして不動産価格の高騰は伏見稲荷だけではなかった。2017年そして2018年の2年連続で全国の商業地の上昇ランキングのトップ10の半数は京都市内の地点が占めることになった。この背景にあるのはもちろん急増する外国人観光客の需要であり、とくに「乱立」ともいわれるほどのホテルや簡易宿所などの建設・開業ラッシュだった。

 こうして京都は「バブルの再来か?」といわれるほどの地価高騰、通称「お宿バブル」に直面することになったのである。
■「お宿バブル」が街を塗り替える

 一口に「お宿」といってもさまざまある中で京都の「お宿バブル」の主役となったのは、一般的な旅館やホテルよりも小規模な宿泊施設、旅館業法に基づく簡易宿所であった。

 大型のホテルなどを建設する広い用地の確保が難しいという京都ならではの事情もあり、2014年度には460カ所だった京都市の簡易宿所が2018年度には2851カ所、そして2019年3月時点では2990カ所と、ほんの数年間の間に約5倍もの数に達するという猛烈な勢いで「乱立」したのである。
 もちろん、増えたのは簡易宿所だけではない。ホテルや旅館、そして後述する民泊など、ありとあらゆる規模やスタイルの「お宿」が京都中に乱立した。これは街の景色を塗り替えるのに十分な勢いと数であったといえるだろう。

 昔から地域の人々が暮らしていた住まいや店舗が「櫛(くし)の歯が欠けていくように」立ち退き、次々と観光客のための四角いホテルや町家を改装した旅館に建て替えられていく。「お宿バブル」といわれたこの数年間の京都で起きていたことを一言でいうなら、このような街の主役の交代劇であった。
 そもそも近年、昔ながらの住居が多い京都の中心地では住人の高齢化や町家をはじめとする建物の老朽化、そして空き家の増加が問題となりつつあった。

 しかし、そのような地域でもインバウンド需要を見込んだ店舗や「お宿バブル」のおかげで、真新しい建物が立ち並び、大きなキャリーケースを転がしながら外国人観光客たちが行き交うようになったのである。このような景色は一見「街に活気が戻った」と見えるものであるかもしれない。しかし、京都の抱えていた問題がそれで解決したわけではなかった。
 例えば、八坂の塔や「清水の舞台」で有名な清水寺などを擁し、京都を代表する一大観光スポットとしてシーズンを問わず多くの観光客でごった返す東山区。「人が多すぎて困る」「町並みどころか人しか見えない」と観光客が口々に愚痴をこぼすほどの人波とは裏腹に、今この地域で問題となっているのはなんと人口減少なのである。実にピーク時の半分ほどになってしまったという。

■住宅は観光客のための「お宿」へと変化

 その大きな原因の1つは、「お宿バブル」などの影響による不動産価格の高騰である。とくに子育て世代などがそこに住宅を確保することが難しくなってしまったのだ。つまり高齢化に伴って空き家となった住居が、また新たな住人を迎えるための住まいではなく観光客のための店舗や「お宿」へと変わっていくのである。 
 1年中、人波は絶えないのに、ここで暮らす人はどんどん減っていく。昔からの住人の中には「確かに活気は戻ったが、まるで自分たちの街ではなくなってしまったようだ」とため息をつく人も多い。「お宿バブル」の表層的な活気とは裏腹に、住民の流出とコミュニティーの脆弱化という問題が着実に進行しているというのが現実といえるだろう。

 そしてこれら「お宿」とコミュニティーの共存の難しさを京都市民に最も鋭く突きつけたのが、民泊をめぐる問題であった。
 話は変わるが、先日、昭和生まれの僕の愛車の車検があったので、近所の自動車工場に車を持ち込んだ。「お兄ちゃん、えらい車やでこれ。ウチ選んで正解やったな」がははと笑う老社長に、「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」と手のかかる愛車の世話を丸投げする罪悪感と「とりあえず近所の年寄りは立てられるだけ立てておく」という京都暮らしの知恵をもって深々と頭を下げて、僕は早々に退散した。

 さて、車を預けてしまった以上、自宅までのんびり歩いて帰らなくてはいけない。観光客に人気のジャパネスクな京町家……とはいかない、くたびれた長屋がたくさん残る飾らない京都の下町をぶらぶら歩く。
 いつもなら車か自転車であっという間に通り過ぎてしまうところなのだが、めずらしく歩いていたおかげで普段なら見過ごしてしまうようなものが目に留まった。一軒の民家のガラス戸に貼ってある赤字の鮮やかな貼り紙である。力強い筆字で「民泊反対」と大書きされ、そして、さらに「町内中猛反対」という添え書きが強烈な印象を与える渾身の抗議声明であった(※写真参照)。

 「おお、また迷惑民泊か」

 たまには近所を歩いてみるものだなと思わずしばらく見入ってしまった。確かに、その隣は目下工事中の模様。現場に掲示された建設計画の概要を見ると、最近とくに京都でも増えているという中国・上海の事業者名。しかし「営業の種別」の欄には「簡易宿所」にチェックが入っている。
■「民泊トラブル」に悩む京都市民

 なんだ、民泊じゃないんだ。ただの勘違いか……。いやいや、単なる勘違いと片付けられる話でもないかもしれない。これは、それほど京都の住民の中で「宿に迷惑をかけられる」というおそれと「民泊」が強く結び付いているということなのかもしれない。確かに民泊と地域住民のトラブルは全国で発生していたが、その中でもとくに京都の人々は民泊にひどく悩まされてきたといえるのだ。

 民泊とは、仲介サイト「Airbnb」などの登場によってここ数年で急速に広まった宿泊業のスタイルである。本来は宿泊施設ではない一般の住宅の一部またはマンションの一室などに旅行者を泊めるものである。大きな資金を準備しなくても手軽に始められるため、学生の小遣い稼ぎから多くの部屋を回しながら大きな利益を上げる民泊専門業者まで、さまざまな人々がこの民泊ビジネスに乗り出した。
 2015年には全国の民泊市場は200億円程度だったが、それまで実質的には野放し同然であった民泊営業を規制する民泊新法の施行を翌年に控えた2017年度には1251億円にまで膨れ上がっていた。さらに民泊市場はいわゆる「西高東低」であり、エリア別では関西(447億円)が関東(434億円)を上回っていた。

 このような民泊市場の急速な拡大の背景には、国の期待があったことも事実である。全国で問題となりつつあった住居の空き家・空き室問題と、インバウンドの急増で深刻になった宿不足という2つの問題。これをマッチングして両方を1度に解決できるのではないかという期待である。しかし、その反面、民泊の最も大きな「副作用」として問題化したのが近隣住民とのトラブルだ。
 「夜中まで家の前を通るキャリーケースの音がうるさくて困る」「毎朝毎晩、大勢の見知らぬ外国人がマンションを出入りしている。これではオートロックの意味がなくなっているのではないか」「部屋を間違えた利用者に頻繁に呼び鈴を鳴らされる」「ゴミの放置、煙草のポイ捨てがひどい」「利用者とトラブルになっても管理者が誰かもわからない」

 町中の至る所に出現しはじめた民泊。そして、それがもたらした新たな「近所迷惑」。京都の住民たちは戸惑い、おびえ、憤った。なにより厄介なことは、民泊は一般の住居を利用するものであるということだった。これは、それまでホテルや旅館などの営業が禁止されていた住居専用地域でも宿泊業の営業が可能になってしまったということを意味する。これが全国で民泊をめぐる多くのトラブルを生むこととなったのである。
 住居専用地域とは閑静な住環境を守るために商業店舗の出店が規制された地域であり、基本的に観光客とは無縁な地域であった。そのため「見知らぬ人々」が大勢、侵入してくることへの抵抗感も強い。そのうえ「石を投げれば世界遺産にあたる」といわれるほど数多くの(そして毎年増え続ける)観光スポットを擁する京都は、観光スポットと地元の人の暮らしの場が近接し、モザイク状に入り交じる土地でもある。

 つまり、民泊業者から見ると、京都市内のあらゆる場所の住居が、「あの有名観光スポットへのアクセス至便!」という売り文句を掲げることができる優良な民泊物件候補であった。
 市民の怒りの声に押されて京都の民泊問題が参院選・京都区の1つの争点とまでなった2016年ごろには、仲介サイトに掲載されている京都の民泊の数は2700カ所を超え、そして、そのうち7割が無許可営業であった。つまり行政もその実態を把握していない「ヤミ民泊」だったのである。

■お宿バブルは「お宿カオス」

 最近、毎晩、隣の部屋に大荷物の人間が出入りしている。どうやら外国人の様子で、言葉も通じない。騒音が気になってマンションの管理会社に問い合わせてみても、男性の1人暮らしのはずだとの回答しか返ってこない。そういえばマンションの共有部分にゴミが散乱するようになった。毎晩訪れる大荷物の人たちは、なぜみんなこのマンションのオートロックの鍵を持っているのか。いったい、お隣で何が起こっているのか……。
 そんな正体のわからない不安が京都人を襲った。それも1件や2件ではない。実に2000件に迫る数だったのである。それが京都のヤミ民泊問題であった。

 こうして京都がお宿の無法地帯と化している実態が明らかになった。京都を沸かせた「お宿バブル」の実態は、まさにやりたい放題の「お宿カオス」でもあったのである。
中井 治郎 :社会学者

最終更新:12月7日(土)16時00分

東洋経済オンライン

 

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