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不動産会社vs.テナント、「立ち退き料」の経済学

11月22日(金)5時10分配信 東洋経済オンライン

昨年9月に開業した渋谷ストリーム。ビルの華々しさは、泥くさい立ち退き交渉のうえに成り立っていた(記者撮影)
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昨年9月に開業した渋谷ストリーム。ビルの華々しさは、泥くさい立ち退き交渉のうえに成り立っていた(記者撮影)
 渋谷駅南口すぐの場所に立つ、真新しいガラス張りの高層ビル。昨年9月に開業した「渋谷ストリーム」はレストランやホテル、イベントホールなどを構えにぎにぎしい。オフィスフロアにアメリカのグーグルが入居することを受け、ビル上層部に「Google」のロゴが張り出されるなど、話題は尽きない。

 「シブヤ」を体現するような、開放的できらびやかなビル。だがその開発過程においては、立ち退きをめぐって計12件もの訴訟が繰り広げられていたことは、あまり知られていない。
■渋谷をめぐる立ち退き戦争

 ビルが立つ場所にはかつて東急東横線線渋谷駅の高架があり、その周辺には小規模な雑居ビルが密集し、昼間でもどこか薄暗い場所だった。東横線渋谷駅の地下化に伴って広大な空き地が生まれることを契機に、東京急行電鉄(現・東急)は周辺の中小ビルを巻き込んだ一体的な開発を企図した。

 再開発計画は2013年6月に東京都によって策定されたが、東急はそれ以前から周辺のビルオーナーより再開発事業への協力を取り付けていく。オーナーは再開発に対しておおむね好意的であり、地権者間の合意形成は順調に進んでいった。
 ところが、ビルに入居する一部のテナントが、再開発に強硬に反対した。渋谷駅至近でありながら賃料が割安に抑えられていた希少性の高い立地を手放すことを惜しみ、移転に伴う補償金額が不十分だとして、契約期間を過ぎても頑として退去しない。はたして交渉は破談に終わり、決着は法廷の場へと持ち込まれた。冒頭の12件の訴訟とは、この「立ち退き」をめぐるものである。

 こうした争いは東急に限らない。目下首都圏のあちこちでつち音が響くが、その開発過程を調べると、立ち退きをめぐって不動産会社とテナントが争った痕跡が随所に見られる。「この数年で、不動産会社などから『立ち退き料を算定してくれ』という依頼が増えた」(都内の不動産鑑定士)。
 建物への入退去を規定する借地借家法によれば、定期借家契約を除いて、テナントが契約更新を希望する限り原則としてビルオーナーは申し出を断ることができない。

 それでも、再開発などの理由でテナントとの契約を更新せず立ち退きを求められるのは、「建物の現況をふまえて、建て替えによって高層化し経済性が高まるなど、テナントに移転を強いることになってもなお建て替えが合理的だと認められる場合に限られる」(不動産業に詳しい野田総合法律事務所の野田謙二弁護士)。そのうえで、テナントに強いられる移転費用や休業期間の機会損失を補償するために立ち退き料を支払う。
■立ち退き料が曲者

 開発現場においては、この立ち退き料が曲者(くせもの)だ。渋谷ストリームの開発をめぐって訴訟になった12件のうち1件では、入居していたパチスロ店は東急が提示した2371万円を突っぱねたばかりか、「立ち退きへの十分な補償が必要だ」との理由で逆に4億3739万円を突きつけた。

 4億円以上もの乖離が生まれた原因は、内装工事や移転広告費などにそれぞれ1億円以上かかる、移転先の賃料が6倍に跳ね上がるといったパチスロ店側の主張によるものだ。
 2014年2月、裁判所はこの主張を退けて東急側の金額を容認した。再開発事業という公共性が評価された形だ。一連の訴訟について東急は「コメントできない」としているが、そのほかの訴訟でも、東急は勝訴もしくは実質的に勝訴といえる形での和解を勝ち取っている。

 他方で、テナント側が高額な立ち退き料を勝ち取った例もある。舞台は西武新宿駅から目と鼻の先に位置する歌舞伎町一丁目。東急レクリエーションらが地上48階のエンタメ施設を建設中だ。この地にはかつて、1956年に開業したエンタメ施設「新宿 TOKYU MILANO」があった。ビルは2014年に閉館し58年の歴史に幕を下ろしたが、水面下では3年以上前から建て替えに向けた立ち退き交渉を行っていた。
 映画館やボウリング場などフロアの大半は東急レクの自営で、立ち退き対象となるテナントは少数。交渉は容易かに見えたが、すし屋や居酒屋など一部のテナントが建て替えに承知せず、やはり訴訟へともつれ込んだ。

 2012年1月、東急レクは立ち退きを求めて裁判所に調停を申し立てた。これが不成立になると、同社は周辺賃料相場の回復を理由として、ビルの賃料を月額275万円から391万円へと増額する訴訟を起こした。

 訴訟を起こされた居酒屋「笑笑 歌舞伎町総本店」を運営するモンテローザは、「(賃料負担に耐えきれず)退去させるための不当な圧力だ」と猛反発。逆にリーマンショックや東日本大震災後の不動産市況を理由として、月額260万円への賃料減額をもぎ取った。
 すると東急レクは、補償金3000万円を引っ提げて立ち退きを求める訴訟を改めて提起した。モンテローザは依然立ち退きを拒みつつも、訴訟過程において立ち退き料として約6億4000万円を提示した。高裁まで争った末、2013年7月に立ち退き料2億6000万円を支払うことで和解した。訴訟に関して、東急レクリエーションおよびモンテローザはともにコメントを拒否している。

■「飲食店は立ち退き料が高額になりやすい」
 冒頭のパチスロ店を相手取った訴訟と比べると、立ち退き料に2億円以上もの開きが生じている。訴訟の中で東急レクは、「被告は不当に高額な立ち退き料を得るために、店舗を維持していると疑わざるをえない」とまで言いのけているが、モンテローザは取材に対して「(再開発によって立ち退きを迫られそうな古いビルに)戦略的に入居することはない」と否定する。何が明暗を分けたのか。

 建物の明け渡し訴訟に詳しい岡本政明法律事務所の岡本直也弁護士は、「店舗や飲食店は立ち退き料が高額になりやすい」と話す。好立地でも賃料が安い築古ビルへの入居を好む飲食店や小売店舗は立ち退きにかかりやすいが、内装や備品など、オフィスと比べ移転に伴って廃棄せざるをえない設備が多い。駅距離や人通りなど、同様の集客力が期待できる立地を確保することも難しく、移転先が賃料や立地で劣る場合は補償金での埋め合わせとなる。
 開発を行いたい不動産会社やビルオーナーはすでに多額の投資を行っているため、「後に引けない」という事情もある。裁判に時間をかけるより、多少高額な立ち退き料を支払ってでもさっさとビルを取り壊すほうが合理的だからだ。

 新宿駅西口での再開発をもくろむヨドバシカメラは、退去を拒むミニストップに対して2014年に訴訟を起こしたが、最終的にヨドバシがコンビニオーナーとミニストップ本部にそれぞれ1億2000万円ずつ支払うことで和解した。金額の算定根拠は伏せられているが、当時ビルに残るテナントはミニストップのみだった。
 むろん、テナント側にも言い分はある。立ち退きを迫られたあるテナントの訴訟に携わった弁護士は、「店舗を移転すると、せっかく店についた常連客を失いかねない。代替場所を用意するといっても、同じ面積や立地、賃料のビルはなかなか確保できない」と話す。

 再開発によって新しく立ったビルには賃料が高くて入居できないほか、入居の意向を示しても「(古めかしい店舗は)ビルの方向性と合致しない」などとビルオーナー側から入居を断られるケースも少なくないという。最寄りの店舗との距離制限があるたばこ屋や、新規に営業許可を得ることが極めて困難な風俗店の場合は、廃業の危機に瀕する。
 そこで立ち退き料は「迷惑料」としての色彩を帯び、単なる引っ越し費用や休業補償の合計だけでは説明がつかない金額となっていく。「ビルオーナーとテナントが互いの腹を探り合い、補償金額の落としどころを探る」(不動産鑑定士)。

■「多少鉛筆をなめることはある」

 とうに償却の終わった備品の価値を高く見積もったり、移転によって値上がりした賃料の補償年数を延ばしたり、立ち退きまでの賃料を大幅に減額したりして、補償金に「げた」を履かせていく。「(立ち退き料の算定にあたって)多少鉛筆をなめることはある」と前述の不動産鑑定士は打ち明ける。
 経済合理性や防災性を考えれば街の開発が促進されることは望ましく、立ち退きに時間がかかるほどビル建設は遅れる。東急レクは今年8月にようやく新ビル建設工事を着工させたが、一連の訴訟がなければ早くに計画が進んでいた可能性もある。

 反面、テナントにしてみれば、あずかり知らぬところで計画された再開発によって、突如立ち退きを迫られることは不本意極まりない。再開発を通じて都市のスクラップ・アンド・ビルドが活発化する中、テナントが営業を続ける利益と開発によってもたらされる利益のあり方は、まだまだ議論の余地がありそうだ。
一井 純 :東洋経済 記者

最終更新:11月22日(金)5時10分

東洋経済オンライン

 

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