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創業80年の農業雑誌、出版不況にびくともしない「普及力」の秘密

11月15日(金)6時01分配信 ダイヤモンド・オンライン

写真:ダイヤモンド・オンライン
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 昨今、オンラインサロンがもてはやされ、大手メディアもサブスクリプションの採用を始めるなど、メディアの世界に大きな変化の波が押し寄せています。ですが、新しいビジネスモデルがもてはやされる一方で、読者をつなぎとめておくための日々の運用に疲弊しているメディアも多いのではないでしょうか。一方通行の情報発信メディアから、読者コミュニティとともに成長する双方向型のメディアのあり方を「コミュニティメディア」と名付け、取材していく本連載。『ローカルメディアのつくりかた』などで知られる編集者の影山裕樹さんがレポートします。今回取り上げるのは、農文協(農山漁村文化協会)。創業80年を迎えようとする老舗出版社は、どのようにして読者との関係を作り上げているのでしょうか。

● 特集テーマが「腰痛」!? 創業約80年の老舗出版社の強みとは

 手渡された『現代農業』の最新号を見て驚いた。その特集はなんと「農家の腰痛回避術」。まさか腰痛で1冊作れてしまうの? 驚いていると、農文協の編集局局長・百合田敬依子さんはこう教えてくれた。

 「腰痛ってバカにならないんです。どうやったら腰痛を和らげることができるか。腰に負担のかからない農作業の段取りや身体の動かし方、道具の工夫、アフターケアなど、ありとあらゆる角度から農家の工夫を紹介するのが私たちの雑誌です」(百合田さん)

 みなさんはこの農文協(農山漁村文化協会)という出版社をご存じだろうか。月刊誌『現代農業』や『季刊地域』などの雑誌の発行元として知られる老舗出版社だ。タモリ倶楽部に取り上げられ異例のヒットとなった、コンクリートやモルタルを使わず、その土地にある石だけで石積みをするノウハウが詰まった『図解 誰でもできる石積み入門』で、農家でなくとも名前を聞いたことのある方もいるかもしれない。

 農文協が発行する代表的な雑誌『現代農業』『季刊地域』『うたかま』の発行部数はトータルで20万部ほど。しかも、定期購読の割合が7割、残り3割が書店売り上げで、広告は大手メーカーというよりは、農業関係などの専門業者の広告が多く並ぶため、いい意味で広告売り上げに頼っていない。年間購読が基盤となっているため他の出版社に比べて経営しやすいのが強みだ。また、雑誌や書籍などのコンテンツを起点に、神保町にある書店「農業書センター」を運営していたり、映像、イベントと多角的に事業を行っていたりするところも特徴的だ。

 農文協の誕生は1940年。創業当時から、農村に向けて出版物を届けるだけでなく幻燈(スライドの映写)の上映活動なども行っていた。現在でもDVDを自前で制作・販売している理由はそこにある。

● “普及”という独自な仕組みが“文化財”として機能する

 現在、サブスクリプション(定期購読)やオンラインサロンなど、定期的な会員収入でメディアを運営するスタイルが流行している。そんななか、本連載でコミュニティメディアとして古くから続く出版社を取り上げた理由は、農文協が他の出版社とは一味違う、コミュニティをしっかりとつかんで離さない独自の仕組みを持っていることにある。

 それは、“営業”ではなく取材と営業が一体になった“普及”という仕組み。農文協の支部は全国にあって、それぞれの支部ごとに「普及職員」という社員を抱えている。この普及職員から集められた日々のレポート(日報)こそが、農文協の刊行物においてとても重要で、かつオンリーワンを突き進むことができる理由だ。“普及”という独自の仕組みについて、企画政策室の福田徹哉さんはこう語る。

 「今、全国で55人ほどの普及職員がいます。1日十何件もの農家に、『現代農業』の購読をお願いしにいくんですが、ただお願いするのではなく、当然、色々な話を聞いて集めながらそれをまた次の農家に伝えていく。その日々の記録が日報としてまとまっています。そこに面白い話が集まってくる。仮に毎日普及職員50人が農家10軒ずつを回ったとしたら、それだけで500人分の話を集めることができる。その日報のデータベースを編集部がチェックして、記事づくりに反映しているんです」(福田さん)

 『現代農業』のコンセプトは、「農家が作る農家の雑誌」。農家の方も普及職員が来れば、自然と世間話になる。そうして得た一次情報の宝庫である日報が、農文協の財産というわけだ。普及職員が集めてきた情報がわかりやすく誌面に現れているのは、『現代農業』の長寿連載「あっちのはなし、こっちのはなし」。普及職員の記名原稿で、とっておきのこぼれ話が掲載されている。それ以外のコンテンツは東京にある編集部が、普及職員が集めてきた膨大な情報を“編集”し、誌面に落とし込む。編集局の百合田さんはこう語る。

 「編集部が偉くて普及職員がその下で情報を集めてきて、という構図ではないんです。そして編集者もプロですから、普及職員が農村で集めた情報をそのまま載せることはしない。編集と普及がいい意味で独立し緊張関係があるおかげで、農家に本当に役立つ本ができていくと考えています」(百合田さん)
● 日本全国をバイクで“普及”! 誌面を通したコミュニケーションを促すすごい仕組み

 面白いのは、普及職員はみんなバイクに乗って農家を回るところ。3、4人がチームになって1週間から10日間、行政区分の一地域を民宿等に泊まりながら徹底的に回る。九州沖縄支部、北海道支部など全国に支部があるがゆえに可能な営業スタイル。これによって、まさに日本列島を面でカバーしているわけだ。しかし普及職員の仕事は、単に定期購読を募るだけではない。普及局 広報グループの岡部良平さんはこう語る。

 「そうすると大体、夜に普及者どうしで、『こういう人に会った』という話になる。その話題を川柳にしたりしているんですよ。サロンパスで虫が来なくなったっていう話をしてくれたおじさんがいたら、『虫除けに 帽子にピタッと サロンパス』っていう川柳を作って、『こういうことが載っている雑誌なんですけど、どうですか』と言って後日営業しにいく。商人であると同時に取材者、そして情報の媒介者でもある。普及者が回ることで、その地域に農家の工夫・知見が循環する。これこそが、普及の本当の価値だと思っています」(岡部さん)

 黄色いバケツにアブラムシが寄ってくる性質があるから、石鹸水を張っておくと、そこに入ってきて捕まえられることを、「アブラムシ 黄色いバケツで つかまえる」なんて川柳にしたこともあった。このネタが広がり、農協の資材店で黄色いバケツが売れすぎて困った、なんてエピソードもあるそうだ。

 純粋な売り込みの営業なら、こういうことを教えてもらうことはない。しかも、自分がポロっと話したネタが雑誌に載ることもある。そうすると、農家からしてみれば、全国で十数万部を誇る雑誌との距離がぐっと縮まるに違いない。

 普及職員の1週間はこうだ。月曜から金曜まで農村を周り、土日は休む。ただ、農家の1日に合わせて活動するので、朝は早く6時くらいから動き出して、夕方5時には仕事を終える。

 それにしてもなぜバイクなのだろうか。車のほうが複数人で移動できるし、バックナンバーを積み込むのもたやすい。翌週に遠く離れた別の担当エリアに行くとなったら、わざわざ運送会社を呼んで、バイクごと運んでもらうという手間までかけるその理由は何なのだろう。

 「僕も10年普及者をやっていましたが、村の中をバイクで走っているのは昔から郵便屋さんか新聞配達か農文協か、あとは電気水道関係の修理業者くらい、って言われていてね。ある普及者の先輩は『バイクは畦道を壊さないため』と言っていました。私たちのお客さんはあくまで農家なんです。自治体や農協ばかりを相手にしているわけじゃない。そうすると当然駐車場もないところに止めないといけない。路傍で農作業中のおじいさんに声かけたりもする。それでバイクなんです」(岡部さん)

 このように、営業マン然として売り込みにいくわけではなく、単にネタを取りに来る取材者として振る舞うわけでもない。農家からすると、普及者がバイクで現れると、「あ、農文協さんが来たな」と感じて、彼らから新しいネタを教えてもらえるし、よもやま話も親身になって聞いてもらえる。そんな日々の対話を通して、単に読者として関わるのではなく、自分の意見が反映される可能性があるメディアの“一員”になるという感覚を持てることが重要なのだ。まさに、普及者が東京の編集部と農家ひとりひとりをつないで、『現代農業』という大きな“コミュニティ”を作っている、という構図だ。

 「農家が色々なことを話して、農家同士が誌面でコミュニケーションする。そこに普及者がいたり編集者がいたりしますけど、基本は農家が作っているというふうに考えています。地域コミュニティの中で農家同士が雑誌を作っている感覚があったうえで、普及者や編集者が舞台回しをしているという考え方ですね」(百合田さん)

 市民一人ひとりの情報の受容環境が多様化している時代、これまでのマスメディアのように、大衆に情報を一方的に届けるだけではメディアの経営は成り立たない。いかに、読者と発信者が双方向に関わりあう“コミュニティ”としての機能を持てるかが肝心だ。“普及”という仕組みはまさに、現場の農家と編集部の“あいだ”をつなぎ、双方向の関係性を生み出すのに非常に重要な役割を果たしている。
● ボトムアップ型の編集スタイルが、 講習会やオンライン事業にシナジーを生む

 農文協が発行している『現代農業』は農家一人ひとりに役に立つ情報を提供するのがテーマ。一方、『季刊地域』は1つの地域をどうやって盛り上げていくかをテーマにしているため、水路のメンテナンスや水害対策などより広い範囲を特集する。だから読者としては地域のリーダーや行政職員が多いとのこと。一方「うたかま」は農家以外の人、たとえばIターン、Uターンを志したり、農のある暮らしに憧れたりするような幅広い層の読者がいるという。そのため、書店売り上げの割合が他誌に比べて多いのが特徴だ。

 「人によって1誌だけ購読する人もいれば、2誌、3誌購読される方もいますね。情報を吸い上げる仕組みは一緒ですが、それぞれの雑誌ごとにアウトプットのかたちが違うんです。ですから少しずつ読者のカラーも違ってきますね」(百合田さん)

 通常の雑誌メディアのように、東京の編集部が起点となり情報を集めるトップダウン型の編集スタイルだと、どうしても取り上げる情報に偏りが生まれる。特に、地域を題材にした雑誌にとっては、情報の偏りや取りこぼしは宿命みたいなものだろう。地方にくまなく取材に回る予算も人的資源もないからだ。一方、農文協のように普及職員がハブとなって情報を集めるボトムアップ型の編集スタイルは、圧倒的な情報量の多さが強みとなって、他の事業にもシナジーを生む。時に普及者自身が講師となって、誌面で取り上げたネタを詳しく伝える講習会や、これまで集めてきたネタをテーマごとに検索できる電子図書館などのアーカイブ事業への展開だ。

 農家に文化や技術をダイレクトに伝えるための映像コンテンツ=幻燈から農文協の活動が始まったと言われる通り、本格的な映像の制作部署も健在だ。そして、映像コンテンツはまた、講習会との相性もいい。福田さんはこう語る。

 「獣害のシリーズや、田んぼを多面的に活用するための事業を集落単位で応援するシリーズなどがあります。1つのシリーズで5万円くらいするから、100箇所買ってくれるだけで500万円くらいになる。上映会・講習会もやります。講師料の代わりにこのDVDを買ってもらうことも。DVD発売後1年すると、電子図書館で動画を見ることができるようになります」(福田さん)

 1つの動画を撮影するために、イノシシ、サル、シカ待ちで1か月くらい山にこもっていた社員もいるという。本当にここは出版社なのだろうか。まるでNHKのドキュメンタリー番組のカメラマンの話を聞いているようだ。出版と映像、一見すると競合しそうな事業部が、誌面広告による誘導や講習会・上映会などでの協働によってシナジーを起こすのが面白い。

 「『季刊地域』でも獣害対策をしたりします。寄せ付けないだけじゃなくて、捕まえた肉を食べる方法とか。とにかくありとあらゆる対策を収集して、それを本にして、さらにDVDにしてしまう。最後は電子図書館に投げる。電子と紙と映像が三位一体で動いているのが農文協の特徴です」(岡部さん)

● なぜネット書店とリアル書店の両方を運営するのか?

 電子図書館は全国の農協のみならず、個人の会員もいて、会費を払えば閲覧できる典型的なサブスクリプションモデルを取っている。

 他にも農文協ではネット書店「田舎の本屋さん」を運営していて、こちらも会費制を取っている。ネットで本を注文してもらえれば、1回400円の送料が会員は無料になる。自社の本だけでなく、他社の関連本も扱っている。『現代農業』の末尾に特集にちなんだ関連本のセットが紹介されているため、セットでまとめて購入する読者も多い。

 さらに、神保町に「農業書センター」というリアル店舗も構える。通常書店に流通していない学会誌や、農家の方が作った自費出版本も扱う。まさに「ここでしか買えない」本があるため、足繁く通うファンが多い。

 自社が持つコンテンツ力に紐づき、ニーズがあるところにオンラインの会員制を導入する。そして、肝心要の定期刊行物はボトムアップな編集方針でつくり、定期購読者をしっかりとつなぎとめる。そこにあるのは、読者が情報の受け手にとどまるのではなく、雑誌を一緒に作っている、という「自分ごと」感覚だ。流行の兆しを見せるサブスクモデルを成功させるために必要なのは、著名人のネームバリューや、不安や危機感で読者を煽ることではなく、確かな“信頼”に裏付けられた“コミュニティ”を地道に育て上げることに尽きるのではないだろうか。
● ネタがかぶることがない、圧倒的な“文化財”の強み

 ちなみに、農文協は雑誌以外に書籍の出版点数も多い。江戸時代の農書の現代語訳シリーズなどもあって、これが意外にニーズがある。たとえば、有機農業をやりたい方、古くからある固有品種を復活させたい農家の方などだ。また、家庭料理を特集する「伝え継ぐ日本の家庭料理」シリーズも人気だ。たとえば餅料理なら90種、昭和3、40年代に食べられていた料理のレシピは今残しておかないと失われてしまう。「聞き書き」による農家の工夫のアーカイブを、出版社の責任として刊行しつづけている。

 どちらにせよ、農文協の核になるのは、アカデミックな理論では取り上げられず、時代の流行り廃りに流されることのない、農家の生きた知恵の結晶であるコンテンツ(彼らはそれを文化財と呼ぶ)にある。

 「『現代農業』に最初に載ったネタが、他社の媒体で次々取り上げられることはあっても、逆はありません。テレビなどでよく取り上げられるスター農家ではなく、地域に暮らす普通の農家の中から、日々“名人”を発掘しては誌面で取り上げる。トラクター名人とか直売所名人とか。農家に学ぶ、というのが弊社のコンセプト。圧倒的に情報が集まってくるから、他とネタがかぶることはないですね(笑)」(百合田さん)

 農家にとって、本当に必要な生きた知恵を取り上げたい、という信念は、たとえばどぶろくの作り方の連載にも現れている(編集部注:日本では酒税法により、家庭で製造し、自家消費する場合であっても、無免許製造した場合処罰される)。

 「農家と農業のためになることしかやらない。どぶろくの本を作った時に、国税庁と戦ったこともあります(笑)。農家が自分のところにあるお米と自分の家の近所に流れている水で、味噌や醤油を作るようにどぶろくを作ってもいいんじゃないという。そういう農家のためになる本だったら出す、というところがうちの特徴かもしれません」(岡部さん)

● 水や空気のように、生活に必要な情報を網羅する

 コミュニティ化したメディアの特徴は、がっちりとした読者を抱えることにより経営が安定すること。そして、水や空気のように生活に必要な“インフラ”や“セーフティネット”として機能することだ。そういう意味では、獣害や害虫など困った時に活用できる情報にアクセスできる電子図書館の存在は大きい。そして、3年に1度くらい忘れた頃にやってくるバイクに乗った普及職員の存在が、農家の人々の日常にしっかりと食い込んでいる。

 本来、バイクで配達する職員、と言ったら誰しも新聞の配達員を思い出すだろう。そして、テレビやネットがなかった時代、情報を得る最大のメディアは新聞だった。新聞こそ、“インフラ”や“セーフティネット”として機能する「コミュニティメディア」だったはずだ。

 ところが、ネットが発達した今、新聞をはじめとしたマスメディアを必要とする人は少なくなった。そんな時代に、あらためて水や空気のように、電気やガスのように、人々の生活に必要不可欠なメディアのあり方を考える意義があるのではないだろうか。サブスク全盛の今こそ、根強いコミュニティを獲得し、従来型の出版業の常識に縛られない企業活動を行っている農文協から学ぶべきことは多い。
影山裕樹

最終更新:11月15日(金)6時01分

ダイヤモンド・オンライン

 

情報提供元(外部サイト)

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19年12月14日号
発売日12月9日

定価730円(税込み)

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