ここから本文です

若干の延期もブレグジット実現は見えてきた

10月23日(水)8時35分配信 東洋経済オンライン

「離脱しなければ総選挙だ」と必死の説得を行ったジョンソン首相(写真:©UK Parliament/Jessica Taylor/Handout via REUTERS)
拡大写真
「離脱しなければ総選挙だ」と必死の説得を行ったジョンソン首相(写真:©UK Parliament/Jessica Taylor/Handout via REUTERS)
 2016年6月23日の国民投票からちょうど3年4カ月、先の見えなかった英国の欧州連合(EU)からの離脱協議が決着の時を迎えている。

 英国とEUは17日に新たな離脱条件で合意し、急転直下の10月末の離脱実現に向けて動きだしていた。英国が合意に基づいてEUを離脱するには、下院が合意内容を承認することに加え、合意内容を実行するための関連法案を上下両院で成立させなければならない。37年振りとなる土曜日の議会開催となった19日の合意受け入れの是非を問う4度目の採決は、合意受け入れ時もボリス・ジョンソン首相に離脱期限の延期要請を義務づける修正動議が事前に通ったことで、本採決の実施が見送られた。
 政府は21日月曜日に改めて5度目の合意受け入れ採決の実施を目指したが、3月に3回目の採決実施が阻止された時と同様に、同一会期内に同じ内容の採決を禁じる17世紀の議事規則の判例に基づき、ジョン・バーコウ下院議長が採決実施を認めなかった。

■議会は離脱案の大枠を支持も、拙速な成立にノー

 10月末の離脱実現をあきらめないジョンソン首相は同日、110ページに上る離脱関連法案を提出し、わずか3日間の議会審議でその成立を目指す議事日程を提案した。2018年に成立した別の離脱関連法案の成立には、通算で38日間の議会審議を要した。英議会は通常月曜日から木曜日に開催されるため、これは2カ月半に相当する。
 21日に同法案が読み上げられる第一読会が行われ、22日には法案の全体的な原則を審議する第二読会に進み、討議後に賛成329・反対299の賛成多数で離脱案の大枠が支持された一方、わずか3日で下院通過を目指す議事日程の採決は賛成308・反対322の反対多数で否決された。

 法案の成立には今後、委員会での逐条審議とそれを本会議に報告する審議の後、第三読会で最終的な採決が行われ、これが賛成多数で可決されると下院を通過する。下院を通過した法案は上院に送られ、同様のプロセスを経て必要に応じて修正が加えられる。修正後の法案は上下両院を行ったり来たりし、一本化した法案を両院で可決した後、女王陛下の裁可をもって成立する。
 今後、野党勢力は、逐条審議・報告審議・第三読会の各段階で、離脱内容の受け入れ是非を問う国民投票の実施や離脱後もEUの関税同盟に残留することを求める修正動議を提出することが予想される。ただし、こうした修正案が議会の多数意見となる可能性は低そうだ。

 議事日程が否決されたことを受け、ジョンソン首相は関連法案の審議をいったん休止し、今後の対応についてEUと話し合うことを示唆している。19日までに議会が合意を承認しなかったことを受け、先に成立した法律に基づき、ジョンソン首相は同日、離脱期限の延長を求める書簡を送付している。だが、首相は同書簡への署名を拒否し、あくまで月内の離脱実現を目指すことを示唆する別の書簡を同封した。
 署名なし書簡の法的効力を疑問視する声や首相が法律上の責任を果たしていないと糾弾する声もあるが、スコットランドの最高裁判所に当たる民事控訴院は21日、首相が法律上の義務を完全に履行したかの判断を現時点では見送った。

 月内の法案成立が難しくなったことを受け、ジョンソン首相は10月31日の離脱期限の延長をEU側と協議するとみられる。合意案が議会の多数を得られる見込みが立ったことで、離脱確定前の総選挙実施も見送られる可能性がある。EU側が署名なし書簡の効力を問題視する様子はなく、法案成立の見通しが立ったことで、延長を拒否する可能性も低い。
 今後の法案審議の過程で野党勢力が離脱阻止に向けて新たな一手を打ち出してくることも予想されるが、議会の支持取り付けがある程度見えてきたことで、短期間の延長の末に新たな合意案に基づいてEUを離脱する公算が高まった。

■離脱確定後も貿易交渉はいばらの道

 離脱確定後も英国にはいばらの道が待ち受けている。合意案が定める移行期間は2020年末までで、それまでに英国はEUは元より諸外国と自由貿易協定(FTA)の締結を目指している。過去のEUのFTAは交渉開始から発行まで最短4年、平均6年かかっており、わずか1年足らずでFTA協議をまとめることは非常に困難だ。
 英国は過去数十年、EUを通じて通商交渉を行ってきたため、これに関連する人材も不足している。移行期間は1回限り、1年か2年延長することが可能だが、それを決断する時期は来年7月1日に迫っている。しかも、移行期間を延長すればEUへの追加の予算拠出を求められることが決まっている。離脱直後に延滞料金を支払ってEUの準加盟国としての地位を保全することには、反対意見が噴出するのは避けられない。来年央にかけては移行期間の延長是非をめぐって英国議会や世論が紛糾することが予想される。
 英国は移行期間中にFTA協議をまとめられない国や地域との間で、世界貿易機関(WTO)ルールに基づいて貿易を行うことになる。英国の貿易相手国の約半分がEUで、約15%が日本やカナダなどEUが貿易協定を締結済みの国だ。

 つまり貿易シェアで65%の国・地域のすべてとわずか1年足らずでFTA協議をまとめて初めて、英国は現在とほぼ同程度の貿易上の特権を手にする。EUが貿易協定を締結していない米国と貿易協定を結ぶことができたとしても、EUや日本と貿易協定をまとめられなければ、貿易上の打撃は極めて大きい。
 WTOルールに基づいてEUと貿易を行う場合、両地域間の貿易はWTOの最恵国関税が適用され、税関検査や関税事務が必要となる。英国からEUに自動車を輸出するには約10%の関税が掛かり、英国が日本やEUから自動車部品を輸入する際にも関税が発生する。合意なき離脱時に想定される物流混乱と関税発生は、移行期間終了時にも起きる恐れがあるのだ。

■金融サービス業ではFTAの例がない

 しかも、英国は移行期間の終了後、FTAに基づいてEUとの新たな経済関係を構築することを目指している。かつて「世界の工場」と呼ばれた英国だが、粗付加価値に占める製造業のシェアは近年一段と低下し、今や10%程度に過ぎない。英国が今後も経済力を維持するうえでは、金融業を中心にサービス業での優位性をいかに保つかが重要となる。だが、サービス業を幅広くカバーしたFTAは少なくともこれまでは存在しない。
 例えばEUには単一免許制度があり、ある加盟国で事業免許を取得すれば、他のEU加盟国で改めて免許を取得できずに事業を行うことができる。だが、EU離脱後の英国に単一免許制度が適用されることはない。英国は代わりにEUの同等性評価に基づいてEU市場にアクセスすることになる可能性が高い。

 同等性評価とは、EUの規則に則っていると判断した第三国に与える事業許可で、EU側が一方的に打ち切ることが可能だ。英国は大陸欧州とは金融規制についての考えがしばしば異なる。現在は同じEU加盟国で両者の規制上の相違はないが、離脱後の英国とEUとの規則に乖離が出てきた際に、同等性評価が打ち切られ、英国の金融業がEU市場へのアクセスを遮断されるような事態も考えられなくはない。
田中 理 :第一生命経済研究所 主席エコノミスト

最終更新:10月23日(水)8時35分

東洋経済オンライン

 

【あわせて読みたい】

【PR】Yahoo!ファイナンスからのお知らせ

【PR】Yahoo!ファイナンスからのお知らせ

平均年収ランキング

ヘッドライン