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流行の「骨盤矯正」を医師が危ういと感じる根拠

10月14日(月)5時10分配信 東洋経済オンライン

雑誌やテレビなどのマスコミで取り上げられることも多く、「骨盤矯正」の知名度は近年高まっている(写真:梅谷秀司)
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雑誌やテレビなどのマスコミで取り上げられることも多く、「骨盤矯正」の知名度は近年高まっている(写真:梅谷秀司)
 美容やヘルスケアの分野で、「骨盤矯正」と称する民間療法が定着して久しい。人の腰部にある「骨盤」が歪むと、全身がアンバランスになり、腰痛や肩こり、冷え性の原因になる。また体型も崩れやすくなってしまうため、正しい位置に「矯正」する治療が必要であるとし、TVや雑誌などのメディアでも頻繁に取り上げられてきた。

 とくに女性の間で、骨盤矯正は常識といえるほど浸透している。産後などに開いた骨盤が十分に戻らないと、腰痛を引き起こしたり、太りやすい体格になるとされている。1度の治療で終わるのではなく、複数回通院させることが一般的だ。高額な回数券を買わされる消費者も多い。
 骨盤矯正を行うのは、接骨院や整体院、カイロプラクティックなどの民間治療院の施術者であり、医師ではない。施術は基本的に”手わざ”で、患者の下肢を動かし、体を押し引きしたりすることで、歪みが改善できるという。正確な統計はないが、最近、接骨院や整体院の大手チェーンが骨盤矯正を前面に打ち出して事業拡大をしているため、骨盤矯正を取り扱う店舗数も増加傾向にあると見られる。

■「骨盤矯正」という医学用語はない

 しかし、腰痛などさまざまな症状の改善に役立つという骨盤矯正は、本当に効果があるのだろうか。根拠や効果について、医学的にはどう評価されているのか、複数の医師に話を聞いた。
 「『骨盤矯正』という用語は医学的にはありません」。こう強調するのは、腰痛について複数の著書がある整形外科医の片田重彦氏である。

 「そもそも矯正とは、正常状態から逸脱した骨関節などの変形を、ギプスやコルセットなどで正しい形に治すことをいう。骨盤は、きわめて丈夫な多数の靭帯で包まれていて、骨折でもしない限り変形はありえない」(片田氏)

 施術の方法にも問題があると語る。記者が、骨盤矯正の施術風景を映したある治療院の広告動画を見せると、片田氏は眉をひそめた。
 「腰を圧迫したり、足を急にひっぱったり曲げたりして、治療をしている。これでは効果がない。反射が起きて、動かなくなっている体を勢いよく動かせば、かえって痛みが悪化してしまうおそれがある」

 腰痛治療に詳しい別の整形外科医もこう指摘する。「うつ伏せ状態で身体を押している治療院があるが、そのように骨盤を上から圧迫すると、締まりの位置で関節自体が動きにくいため治療効果が乏しいばかりか、場合によっては関節自体が傷つき、症状が悪化することもある。関節運動学を熟知した医師がこういう手技を行う場合には、側臥位(そくがい)といって、横向きに寝かせて関節を緩めた体勢で手わざを施す」。
■痛みの原因は骨盤ではなく「仙腸関節」

 もっとも、骨盤部分がさまざまな痛みを起こす原因となっていること自体に、否定の声は少ない。むしろ最近では、医学的にもその重要性を示すデータが次々に発表され、注目度が高まっているようだ。

 JCHO(地域医療機能推進機構)仙台病院の村上栄一病院長は「これまでは椎間板や付近の神経圧迫が腰痛の主要因とされてきたが、最近では骨盤の関節である仙腸関節(せんちょうかんせつ)に由来しているという見解が医学界でも存在感を増してきている」と説明する。
 仙腸関節は骨盤の仙骨と腸骨をつなぐ関節で、わずかに2~3ミリだけ可動する。「体重の約3分の2を占める上半身を支えて、下半身からの衝撃を受けるという、複雑な機能をわずかな可動域で担う重要部位」(村上氏)という。

 その仙腸関節が不意に外部から衝撃がかかったり、出産などをきっかけに正常な位置からずれるときがある。それが腰痛を引き起こすという。「ぎっくり腰も産後の腰痛も、仙腸関節のずれ、引っかかりが主な原因だ」と、村上氏は指摘する。
 しかし、仙腸関節のずれを治すのは、医師であっても容易ではない。現在、医学的に最も認められている仙腸関節の治療法に、「AKAー博田法(エーケーエー・はかたほう)」という手法があるが、その習得には長い時間がかかるという。

 日本AKA医学会の理事長も務める前出の片田氏は話す。「AKAー博田法は、指先だけの感触で、仙腸関節がどのようにひっかかりを起こしているかを見極める高度な技法。体が緊張して反射を起こさないように注意しながら、指先をそっと動かして、ミリ単位の仙腸関節のずれを正す。これには医師であっても5年ぐらいの修練が必要で、できる医師も多くない」。
 このような手わざ技術に比べれば、ちまたの骨盤矯正の施術は無資格者のマッサージと大差がない、と片田氏は指摘する。

 単なるマッサージでも症状が和らぐことはある。だが問題は、生半可な施術ではかえって健康を害してしまう可能性があることだ。

■高額な回数券販売で消費者トラブルも

 国民生活センターには、骨盤矯正施術に関連する健康被害の相談が今年に入って複数件届いている。そのうちの1つ、4月に報告があった40代女性の事例は、肩こり治療のために訪れた接骨院で骨盤矯正を勧められて受けたところ、股関節の痛みが逆にひどくなり、病院で剥離骨折と診断された。女性は返金を求めたが、「因果関係が不明」という理由で接骨院側から拒まれているという。
 骨盤矯正の高額回数券販売に関連する消費者トラブルも相次ぐ。今年には、腰痛治療のため接骨院に骨盤矯正を受けに行った際、64回分もの回数券を30万円で購入させられたという主婦や、途中でキャンセルできるという説明を受けて10回分3万円の回数券を購入したが、実際にはキャンセルができなかったという主婦から、返金の相談が同センターに届いている。

 接骨院の大手業界団体、日本柔道整復師会は取材に対して、「骨盤矯正は、自費治療メニューの1つとして各院が提供しているが、接骨院運営を行う国家資格者である柔道整復師の本来の業務範囲ではない。自費の範囲内で、柔道整復師がどこまで自由に治療を行っていいかは、今後業界として詰めていかなければならない課題であると考えている」と答えた。
 また日本カイロプラクターズ協会は「当会では、安全性と広告に関するガイドラインを発表し、安全教育プログラムを開講した。こうした規制はカイロプラクティック業界全体への強制力はないが、行政と連携しながら、業界全体にさまざまな自主規制を呼びかけている」と回答した。

■慢性腰痛を軽視してきた医者にも責任

 「骨盤の歪み」「骨盤矯正」という言葉はナンセンスだとしても、仙腸関節の機能異常として捉えるならば、あながち医学的に無根拠というわけではなさそうだ。ただ、ちまたに骨盤矯正の施術所が溢れかえっているのとは対照的に、実際に有効な治療を施せる治療院はおそらくほとんど存在しないという現実については、もっと注意が向けられていい。
 一方、終わりに医師側の課題についても触れておかなければならない。

 評価が高まってきたとはいえ、多くの整形外科で仙腸関節の治療を受けられるようになるまでには、まだ遠い。腰痛で医者をたずねたものの「問題ありません」と診断され、痛み止めだけ処方されて帰らされた患者は少なくない。骨盤矯正はそうした不満の受け皿として、発展してきた側面もまた否定できないのだ。

 「骨盤矯正をはびこらせたのは、慢性腰痛に向き合ってこなかった医師の責任」と、ある整形外科医は自戒を込めて打ち明ける。専門知識を有した医師による仙腸関節治療のさらなる普及が望まれる。
西澤 佑介 :東洋経済 記者

最終更新:10月14日(月)5時10分

東洋経済オンライン

 

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