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日本酒にボタニカルを足すと、こんなにうまい

9月29日(日)5時50分配信 東洋経済オンライン

WAKAZEの稲川琢磨社長。左側はフランスのコメで作ったどぶろく(撮影:今井康一)
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WAKAZEの稲川琢磨社長。左側はフランスのコメで作ったどぶろく(撮影:今井康一)
 口に含んだ瞬間、花の香りとさわやかな酸味が広がる。スッキリとした味わいは、一般的な日本酒のイメージとは一線を画す。日本酒の製造過程で花や果物、スパイスなどのボタニカル原料を加えるという“禁じ手”とも言える手法で、唯一無二の味を出している。

 新機軸の日本酒を開発するのが、2016年1月設立のWAKAZE(ワカゼ)社。冒頭のボタニカル原料を用いた日本酒のほか、ワイン樽で熟成させた日本酒を販売するなど独自の酒造りにこだわる。WAKAZE社長の稲川琢磨(31)は「日本酒を世界酒に」というビジョンを掲げ、「ビールやワインのように洋食と合わせて楽しむ日本酒」にこだわる。会社設立3年目となる今年10月、フランス・パリ郊外に酒蔵をオープンさせる予定だ。
 WAKAZEでは、南フランスのコメどころ、カマルグで収穫したコメを使い、現地の硬水で日本酒を仕込む。11月末には、パリで開催される権威あるワイン・テイスティング・イベント「グランド・テイスティング」で、パリ醸造所の蔵出し酒をお披露目する。著名なワイン評論家が主催するイベントに、日本酒メーカーが出展することは極めて異例だが、それだけWAKAZEが注目されている表れとも言える。

 海外では日本酒ブームと言われるが、それはニッチな現象にすぎない。フランスの百貨店では日本酒の4合瓶が40ユーロ前後(1ユーロ118円として約4720円)で販売されているが、現地では日常的に10ユーロ(同約1180円)のワインが飲まれている。WAKAZEは現地生産によって、1瓶15ユーロ(約1770円)、1杯5ユーロ(約590円)程度で提供することを想定。価格だけでなく、現地生産だからこそ実現できる、フレッシュなおいしさを訴求するのが狙いだ。
■出だしで開発につまづき、山形へ移住

 「トライアンドエラーで成長してきたが、2020年が第2創業になる」と力を込める稲川。会社設立から3年目で、海外進出を果たすというロケットスタートを切ったWAKAZEだが、ここまでの道のりは平坦ではなかった。

 稲川が歩んできたのは絵に描いたようなエリート街道だ。慶應義塾大学理工学研究科で修士課程を修了する課程において、フランス政府の奨学金給費生として2年間、パリのエコール・サントラル・パリに留学。大学卒業後はボストンコンサルティング・グループ(ボスコン)で、経営コンサルタントとして働いていた。
 いずれは起業するつもりだったという。実家は祖父の代からカメラ部品会社を営み、メイドインジャパンのモノ作りを支えてきた。しかし父親の代に入ると、スマートフォンの普及に伴って、受注量が落ち込んでいった。苦労する父親の背中を見ながら、「日本文化を生かしたモノ作りの領域で、消費者と向き合う仕事をしたい」。BtoBではなく、BtoCで勝負する、と決めていた。

 日本酒と出会ったのは、社会人になってからの鮨屋で、日本酒「真澄」の「あらばしり」を飲んだときだった。フランス留学でワインにどっぷりはまった稲川だったが、「日本酒って、先輩に飲まされる悪酔いする酒というイメージを持っていたが、かけ離れていた。こんなに味の幅があるなんて」と雷に打たれる。ボスコンを2年で退職し、起業へと舵を切った。
 とはいえ、日本酒の酒造免許を取得するのは、ハードルが高い。最初は酒蔵に委託し、オリジナルの純米酒を開発した。おしゃれなラベルで「飲み比べセット」を販売してみたものの、割高にもかかわらず付加価値をつけられずに撃沈。「とにかくマネタイズに苦しんだ。エッジの立った新しいことをしないと存在価値がない」。頭ではわかっても、その答えが見つからなかった。

 もがく稲川は起業から半年後、山形県鶴岡市への移住を決める。鶴岡には慶應義塾大学先端生命科学研究所があり、クモ糸繊維を開発するスパイバーや、腸内細菌を研究するメタジェンをはじめとするバイオベンチャーもある。誘致にも積極的だ。WAKAZEにとっては、多くの酒蔵が点在している点も魅力的だった。
 拠点を移したものの、開発コンセプトを決めなければ前に進まない。稲川はワインや発酵など、あらゆる科学論文を読みあさり、開発に没頭する。試行錯誤の末、ワイン樽で熟成させた日本酒のレシピを編み出すが、委託醸造に応じてくれる酒蔵を探すのは、至難の業だった。あらゆる酒蔵に足を運び、頭を下げ、断られることを繰り返し経験しながら、何とか見つけることができた。

■バイオテクノロジーで引き出した未知の味

 約1年間のモラトリアム期間を経て、2017年初にリリースした樽熟成の日本酒「ORBIA(オルビア)」シリーズは、酸味と甘みに特徴があり、熟成感や樽由来の香りを楽しめる、洋食とペアリングできるも個性的な日本酒だ。ソムリエやフランス人などにヒアリングを重ね、試行錯誤の末にたどりついた自信作となった。
 このころ稲川は、新たな出会いを経験している。イギリス・ロンドンでクラフトジンを飲み、そのおいしさに衝撃を受けたのだ。調べてみると24種ものボタニカルを使用していることを知る。日本酒造りにも取り入れられないかと思いつき、帰国後にオフィスや自宅で1人黙々と、さまざまな日本酒とボタニカルの組み合わせを試していった。

 自信を持って「おいしい!」と言えたのが、ユズとサンショウ、レモン、ショウガを発酵途中に加えたレシピだった。待ちきれない思いで委託醸造をお願いしたが、「これ、日本酒じゃないよね?」と酒蔵に指摘された。国税庁は「清酒(日本酒)」の原料を定めており、それ以外の原料が使われていると「その他の醸造酒」に分類される。委託先が新たに酒造免許を取得してくれたことで、ようやく生産・商品化にこぎつけた。
 2018年3月に一般発売された「FONIA(フォニア)」シリーズは、日本で初めてボタニカル原料を使った醸造酒だ。樽熟成やボタニカルといったエッジの立った日本酒を看板に据えたことで、WAKAZEは2017年に1万本、2018年に3万本を売り上げ、徐々に知られる存在となっていった。

 「ORBIA」「FONIA」シリーズを筆頭に、WAKAZEは独自レシピ40を開発済みだ。精力的な開発の原動力となっているのが、2018年7月に立ち上げた「三軒茶屋醸造所」。わずか4.5坪の酒蔵には200リットルのタンク4本を備え、どぶろくやボタニカル酒といった「その他醸造酒」を自社で生産する。
 ここで毎月4種類の醸造酒を開発し、年間48レシピを産み出している。醸造責任者の今井翔也は、群馬の酒蔵「聖酒造」の三男で、東京大学農学部を卒業。バイオテクノロジーに通じたWAKAZEの創業メンバーであり、パリと日本双方の開発を率いている。

 今井は日本酒の味に幅を持たせるよう、あらゆる技術を駆使する。クエン酸や乳酸、リンゴ酸など、どういった酸味を引き出すのか、どの原料と組み合わせて味に複雑味を出せるか、研究を重ねる。そのために「多くの論文から知見を得て開発に取り入れたり、逆に作りたい味を逆算して論文を探して応用している」(稲川)。
 醸造所にはバーを併設し、プロトタイプの醸造酒を客に飲んでもらい、店長から反応を聞いて、新たな酒造りにフィードバックしていく。垂直統合のモノ作りが、スピード感ある開発を可能にしている。

■苦難の連続だったパリ醸造所の立ち上げ

 三軒茶屋で開発した人気レシピは、山形の酒蔵に委託生産することで、生産量を増やしている。この2段階のサイクルが、フランスの酒蔵では一気通貫にできるようになる。2500リットルのタンク12本を備えることで、「稼動率を高めれば、年間20万本は生産できる。和食店には純米酒、ワインが飲まれる店なら樽熟成の日本酒、クラフトビールが飲まれるような店にはボタニカル酒など、チャネルに合わせて開発したい」(稲川)。
 すでに欧州には数カ所の酒蔵があるが、新顔のWAKAZEが最大規模。得意とする柔軟な開発体制によって、フランスで受け入れられる日本酒の現地開発・生産にこだわっている。地場の原料を使った新たなレシピ開発にも意欲を燃やす。

 パリ醸造所に向けて今年6月には、ベンチャーキャピタル(VC)や中島董商店などから総額1.5億円を調達した。プレゼンの達人である稲川なら順風満帆だったかと思いきや、「本当に資金調達はきつかった。日本酒業界にVCがどかんと投資する前例がなかったし、ネット系ベンチャーのようにKPI(重要業績評価指標)が計測できないので、説明に苦労した」。
 何とか実現に至ったものの、準備を開始すると、数々の苦難が待ち受けていた。1月にフランスで物件探しを開始した稲川は、先方と契約の握手を交わしてサイン直前までこぎ着けた。しかし3カ月後、「別な相手に売却することになったから」と、ドタキャンされてしまったのだ。

 タイミングを見計らったかのようにVCから物件について問い合わせが入り、「決まったけれどいろいろありまして」と説明すると、「それでは話が違う」と出資が白紙に戻りかけたこともある。再び奔走して物件を4月に契約したが、5月から工事に取りかかると土地が緩すぎて地盤工事が必要と判明し、急きょ追加費用1000万円が発生。工期が1カ月遅れてしまった。
 「フランスで過ごした半年の間に、約束を守らない、すぐに弁護士沙汰になる、商習慣の違いなどを何度も経験した。僕自身の鋼の心臓作りには役に立った」と稲川は笑う。

■欧州で高まっているクラフトビール熱

 ここまでWAKAZEがフランスに懸けるのは、巨大市場が変調を来しているからにほかならない。フランスではワイン消費量が落ちる一方、クラフトビールの市場が伸び続けているからだ。欧州全域でクラフトビールのベンチャーが続々と増えており、究極的においしい酒を求めて、作り手と消費者の双方がいま盛り上がっている。
 最終的にWAKAZEは株式上場を目指しているが、目線はもっと遠くへ向けられている。「将来的には数十兆円のワイン、ビール市場と並ぶ、日本酒の数兆円市場を作ることが目標。その頃には数千のブルワリー(醸造所)が立ち上がり、SAKEと呼ばれて、誰もが作って誰でも飲める世界になっている」(稲川)。

 食の多様性が増す欧州市場の中でも、フランスは日本文化を受け入れる土壌がある。実際、WAKAZEが現地でクラウドファンディングを立ち上げたところ、百数十人の事前登録の申し込みがあった。欧州のビールメーカーからコラボレーションを持ち掛けられるなどすでに手応えを感じている。
 WAKAZEはパリ醸造所が安定稼働すれば、現地スタッフを雇って日本酒造りを伝えることを考えているという。日本酒ベンチャーが現地から出てきたら、今度は自分たちが委託醸造しようとも決めている。日本酒を世界酒へと広げる第一歩が、この10月からフランスで動き出す。

 (文中敬称略)
前田 佳子 :東洋経済 記者

最終更新:9月29日(日)9時52分

東洋経済オンライン

 

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