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“通貨安競争”の勝者はいない!最悪のシナリオは「金融戦争」

9月12日(木)6時01分配信 ダイヤモンド・オンライン

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 米国準備制度理事会(FRB)の10年半ぶりの利下げを契機に、世界は再び金融緩和の時代に入る。

 トランプ大統領が仕掛けた貿易戦争や中東などでの緊張に、債券市場などが緩和を求める「催促相場」の様相だ。だが金融政策で対応できる余地は多くはない。

 むしろ金融緩和に頼るあまり、「通貨安競争」などに入り込み、新たなリスクを生む可能性もある。

● 米国に続いて EUも緩和に逆戻り

 2008年の金融危機を起点とする主要国における金融緩和政策は、景気回復を背景に2015年12月に利上げを開始した米国を筆頭に、非常事態から正常化へと向かっていくかと思われた。
 だが2018年春から始まった米中の関税措置報復の応酬は、ハイテク戦争への波及懸念を生んで覇権戦争への拡大といった警戒感を生み、米中両国の経済に対する逆風が強く意識されるようになった。

 景気鈍化への懸念が噴出して、昨年末以来、何度か世界的に株価が急落、そこにトランプ大統領による厳しい政治圧力も加わって、FRBは利上げ停止への方針を打ち出さざるを得なくなった。そして7月末には、景気拡大局面が戦後最長を塗り替える中で、利下げにまで踏み切った。

 実体経済に関していえば、排ガス規制強化で自動車生産が低迷していたドイツを中心に欧州は一足早く低迷局面に入っていた。そこに米中貿易戦争の激化やブレグジットの混乱という外部からの逆風が吹き込み、欧州中央銀行(ECB)は出口戦略の修正・撤回を迫られ始めたのである。

 今年10月に退任する予定のドラギECB総裁は、欧州債務危機後の非常事態からの脱却どころか、今月の理事会で緩和への逆戻りを強いられることが確実になってしまった。

● 緩和転換に3つの要因 トランプ政策が不安を増幅

 こうした金融政策の「緩和への転換」に、トランプ大統領が仕掛けた関税政策、特に中国をターゲットとする強硬な通商政策が大きく影響していることは言うまでもない。

 だが、その展開はトランプ大統領が当初に述べていた「楽勝」の状況にはほど遠く、長期戦を見据えた中国の強い抵抗を受け、米国経済にも影響が及び始めている。

 不透明感を嫌う企業は設備投資に及び腰となり、雇用計画にも慎重な姿勢を見せ始めている。

 2つ目の要因として、世界的な低インフレの長期化が挙げられる。日本は言うまでなく、欧米をはじめとする主要国の中で中央銀行が設置したインフレ目標を達成している国はほとんど無い。

 金利正常化を進めてきた米国でさえも、物価上昇率やインフレ期待値はFRBが見据える目標から下振れた状況が続いている。

 インフレ目標自体を疑問視する声も増えつつあるが、現時点に関する限り、物価の低迷が各国中央銀行にとってさらなる緩和への圧力となっていることは否定できない。

 そしてトランプ大統領の一貫性のない外交政策による地政学リスクの高まりもまた、景気への不安感を増幅している3つ目の要因と言っていい。

 中東では対イラン、南米では対ベネズエラという緊張関係が原油市場を通じて市場懸念を強めており、アジアでもインドとパキスタンという核保有国同士の対立問題をトランプ大統領が複雑化させている、との指摘もある。

 香港の反政府デモの拡大と中国政府の対応に、同大統領が余計な口先介入をして問題を拗らせるのではないか、といった不安感もくすぶっている。 
● 長期金利は「水没」 緩和求める催促相場に

 こうした3つの要素を背景に、さらなる金融緩和を強く促してきたのが債券市場、特に長期債市場だ。

 8月にはドイツ10年債利回りがマイナス0.70%まで低下、30年債もマイナス利回りとなって、国債すべてが「水没」してしまった。

 日本の長期金利も2016年7月に付けた過去最低のマイナス0.30%に迫っている。

 米国債利回りはプラスを保っているとはいえ、30年債利回りが株の配当利回りより低い異常な状態だ。

 これは早期金融緩和を求める催促相場と言ってもいいだろう。そこには、各国が景気対策として財政支出に出動しにくい事情も重なっている。

 ドイツは「ブラック・ゼロ」と呼ばれる財政均衡原則を貫く姿勢が強く、米国は2017年末の大型減税で弾を撃ち尽くしてしまった。日本は消費税増税という真逆の方向に突き進んでいる。

 世界的に低下の一途をたどる長期金利は、景気後退を避けるにはもっと金融緩和をという悲痛な叫び声のようにも聞こえる。それが、利下げを執拗に求めるトランプ大統領のFRB批判と共鳴して「金融緩和時代の再開」を印象付けている。

 実際には、米国経済は好調な個人消費に支えられている。雇用は堅調で賃金も着実に上昇しており、向こう1年程度は2%前後の成長率が続くと見られる。

 だが、市場は完全に景気後退の方向性を先読みし先走っている。FRBも市場や政府の金融緩和期待に背く勇気はなく、ダラダラと緩和局面入りしていく可能性が高い。

● 景気への効果は限定的 くすぶる「ドル安介入」

 だが、サマーズ教授らが指摘してきた先進国経済の「長期経済停滞説」が再び現実味を帯び始めている現況では、金融緩和が需要をつくり出し、企業の不安感を払拭し、生産性を引き上げて物価上昇をもたらす、といった展開を期待している人はそれほど多くないだろう。

 FRBの利下げ幅はせいぜい2%程度であり、従来の景気サイクルにおける約5%の利下げ幅と比べれば、いかにも政策的な迫力が無い。

 ECBが検討しているマイナス金利の深掘りや量的緩和の再開なども、米中問題やブレグジットへの懸念といった外部要因で冷え込んでいるユーロ圏の経済を刺激する力は限定的だろう。日銀に至っては、市場から「もはや弾切れ」と見切られているのが現状である。

 先般、金融構造改革を発表した中国人民銀行には、まだ政策金利引き下げの余裕は有り得るだろうが、その効果も米国の圧力に押されて鈍化し続けている景気の底割れを防ぐ、という防衛的な範囲にとどまりそうだ。
 惰性的な金融緩和状態はむしろ副作用を強め、逆にプラスよりもマイナス効果を生むことも有り得るだろう。

 ゾンビ企業の延命により競争が低迷して生産性は改善せず、米中を筆頭に民間企業の過剰債務はさらに積み上がることになる。緩和の長期化でリスク感覚の麻痺した株や不動産が過熱化し、景気後退懸念が薄れて長期金利が急反発し一気に資産バブルが弾ける、といった市場不安も起こり得る。

 過剰な金融緩和が進む中で予想されるもう1つの展開は、通貨切り下げ競争である。

 2010年にブラジルのマンテガ財務相が自国通貨高に強い警戒感を示し、主要国が意図的な通貨切り下げを図っているとして「世界は通貨戦争状態にある」と述べたことはまだ記憶に新しい。

 その後、ドルのじり高推移や新興国通貨急落などの局面を経て「通貨戦争」という言葉はほとんど使われなくなったが、米中貿易戦争の余波として再び通貨問題が市場の脚光を浴び始めている。

 その典型が、トランプ大統領が対中追加関税「第4弾」の実施の方針を発表したことを受けた人民元の急落だ。中国政府は関税の影響を相殺するとして人民元の下落を容認し、先月その為替レートは節目と見られていた1ドル7元台をあっさりと突破、まだ底値が見えない状況となっている。

 米国は中国を「為替操作国」に認定し圧力をかけているが、対中貿易協議でなかなか成果が出ず、苛立ちや焦りが目立ち始めているトランプ大統領は、批判の矛先をFRBに向け、利下げによって為替水準を修正するよう、政治的な圧力を掛け続けている。

 市場には、トランプ大統領がドル安誘導のための為替介入(ドル売り)を行うのではないか、といった見方も根強く残っている。

 実際に米国が為替介入を行う可能性は低いと思われるが、予測不能の大統領がどんな手を打ってくるのかわからない。また、FRBが政治的圧力に屈して予想以上の大幅利下げに踏み切れば、市場は一斉にドル売りで反応するだろう。

 関税の報復と同様に「通貨切り下げ競争」も勝者なき戦いであり、世界経済に極めて危ういリスクをもたらす可能性が高い。

 2015~16年に起きた人民元の急落は世界的な株価急落を招き、FRBの利上げ方針にブレーキを掛けたことは記憶に新しい。2013年の新興国通貨も市場波乱の要因になった。

 仮にドルが急落するようなことになれば円高も必至であり、日銀はさらなる防衛策を迫られて無限の緩和ループに陥ってしまうかもしれない。
● 金融戦争への飛び火も 中国企業の上場や社債を制限

 最悪ケースとして、通貨切り下げ競争が本格的な金融戦争に飛び火する可能性もある。

 米中貿易戦争が世界的な景気不安を呼び、各国が金融緩和を強化し、かつ通貨切り下げ競争に陥った場合でも、米国が勝利するとは限らないからだ。

 そこで起こり得る「最悪シナリオ」は、米国による金融戦争だ。それは「資本戦争」と呼んでもいい。

 具体的には、中国企業が米国市場で上場することを制限したり、ドル建て社債を発行することを禁止したり、米国の公的年金基金による中国株購入を規制したり、といったことが想定される。

 こうしたシナリオを「有り得ない」と一笑に付すわけにはいかない。水面下ではすでにその前触れが起きているからだ。そうした政治的な動きが表面化すれば、影響は貿易戦争の比ではなくなるだろう。

 こうした危険な方向性は、来年トランプ大統領が再選されても、民主党候補が新大統領に当選しても、程度の差こそあれ、さほど変わらないように思われる。

 (RPテック株式会社代表取締役 倉都康行)
倉都康行

最終更新:9月12日(木)6時01分

ダイヤモンド・オンライン

 

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