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東京電力はなぜ、賠償金を「払い渋る」のか

8月25日(日)6時10分配信 東洋経済オンライン

東京電力は、いったん支払った賠償金の返還を求め始めている(撮影:今井康一)
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東京電力は、いったん支払った賠償金の返還を求め始めている(撮影:今井康一)
 東京電力が2013年12月策定の新再建計画策定で表明した原発事故の賠償に関する「3つの誓い」の中に、次のようなくだりがある。

 「2013年12月に成立した消滅時効特例法の趣旨を踏まえるとともに、最後の一人が新しい生活を迎えることができるまで、被害者の方々に寄り添い賠償を貫徹する」

 「ご請求手続きが煩雑な事項の運用等を見直し、賠償金の早期お支払いをさらに加速する 」

 ところが、その誓いの文言とかけ離れた理不尽な対応が相次いでいる。
■払い過ぎた賠償金5500万円を返還せよ

 福島県内で農業資材販売店を経営する山田敏彦さん(仮名)は、東電の担当者から手渡された通知文の内容に目を疑った。

 「今まで支払ってきた賠償額が本来払うべき金額よりも多すぎた。その一部の返還を求める」との趣旨が記されていたのだ。山田さんによれば、”精算金”として東電から返還を求められた金額は5500万円にのぼっていたという。年商の5割近い金額だ。

 今年3月、山田さんは利益が落ち込んだ分の賠償を東電に請求した。原発事故によって段ボールや肥料などの売り上げが激減し、一向に回復の見込みが立たないためだ。
 「今までの経験に照らすと、そろそろ東電の担当者が合意書案を届けに来るはずだ」。4月下旬、山田さんは何も疑わずに東電の回答を待っていた。

 思いもよらぬ事態に発展したのは、それから間もなくのことだった。

 5月10日、東電の福島事務所の担当者2人が山田さんの店を訪問し、驚くべき話を切り出した。「(山田さんのような)商工業者については、すでに2年分の賠償が一括して払われている。(それ以降の分については払い過ぎになっていることが判明したため)精算金のお支払いをお願いしたい」
 「いったん合意して支払われた賠償を返せとは、今さら何を言うのか」。山田さんは思わず声を上げ、書類を突き返した。

■東電はなぜ賠償金の返還を求めたのか

 「会社が存続できないかもしれない」。そばで話を聞いていた山田さんの妻は「ショックでめまいがした」と振り返る。

 合意に基づいていったん支払った賠償金の返還を、なぜ東電は求めたのか。

 8月1日、東京・永田町の参議院議員会館で、東電と政府、山田さんを支援する農業団体「福島県農民連」との間で交渉が持たれた。同席した山田さん夫妻を前に、東電の賠償担当者が理由の一端を明らかにした。
 「(山田さんは)農家を相手に農業資材や農作物の種子を販売しているとお聞きしている。従来は農業と同等の風評被害があるとみなしたうえで賠償を支払ってきたが、商工業者については、すでに将来分として2倍相当の一括払い(=2年分)という賠償の方式をご案内している。(山田さんは)小売業をされていることから、(今回は)商工業の枠組みでとらえている」

 避難指示区域外の商工業者の営業損害について、東電は2015年8月に新たな賠償方針を発表している。それによれば、同年8月以降の損害は相当因果関係が認められた年間逸失利益の2倍(2年分)を一括して支払うとした(いわゆる「2倍賠償」)。そして、2倍賠償を支払った後も、引き続き損害が発生していることが確認できた場合には支払いを続ける方針を示している。
 今年3月8日の参議院予算委員会で、参考人として出席した東電の小早川智明社長は、岩渕友・参議院議員(共産党)の質問に次のように答えている。

 「2倍賠償額をお支払いしたうえで、やむを得ない特段の事情により事故と相当因果関係が認められる損害が一括賠償額を超過した場合については、個別に事情をうかがったうえで適切に対応させていただいております」

 小早川氏は被害がある限り、賠償を続ける考えを示した。

■追加賠償の実績は900件中14件にとどまる
 とはいえ、追加賠償の実現は容易なことではない。岩渕議員への東電の回答によれば、商工業者が2倍賠償を受け取った後の追加賠償実績について、約900件の請求に対して合意はわずか14件(7月末時点)にとどまる。

 「事業者の皆さんから怒りの声が上がっているんですよ」

 前出の予算委員会で岩渕議員は、避難指示が解除された地区の生鮮食品店が賠償を打ち切られた事例を挙げて、東電の姿勢を厳しく批判した。

 岩渕議員が例に挙げた福島県浪江町では、2017年3月末で避難指示が解除されたものの、住民の居住率は今年3月時点でわずか6%にとどまる。こうした地域では多くの企業が再建の手がかりをつかめずにいる。
 「東電からは、避難先での営業再開、ほかの事業に転換するなど、損害を軽減することができることを理由に損害が継続しているとは認められない、こういう回答が2018年12月にあった。(浪江町の事業者の)Aさんは、以前のように商売できるというんだったら、どうやったらできるのか教えてほしいと怒っている」

 岩渕議員はこう言って小早川社長に詰め寄った。

 地元に密着した農業関連企業でも、売れ行き不振による被害が現在も色濃く残っている。
 「当社の場合、売り上げの大半が農業者向け。(賠償の基準がより厳格な)商工業者に割り振られたのは納得できない」(前出の山田さん)

 東電の担当者は交渉の中で「決して打ち切りではない」「(個人的には)ゼロ回答は避けたい」と言いつつも、「(山田さんの希望に沿った)100点満点の回答は難しい」などと、苦しげな答弁を繰り返した。担当者が被災者と審査部門の板挟みになって苦悩する実態も浮かび上がる。

 「請求通りに賠償が支払われない場合、事業継続が難しくなる。決算月の10月末には見極めを付けないといけないかもしれない」。山田さんの不安は募る一方だ。 
■5750枚に及ぶ書類の提出を求められた 

 「賠償の必要性を確認するため」として、5750枚にも及ぶ書類の提出を求められた農業者もいる。福島県内で花卉の栽培・販売を会社組織で営む渡部雅幸さん(48)だ。

 渡部さんが提出を求められたのは、「総勘定元帳」と呼ばれる経理の台帳だ。総勘定元帳の提出要請は、すべての取引の記録を見せろということにほかならない。従来、東電の担当者に決算書と一部の月次書類を渡すだけで事足りていたが、今年4月に異変が生じた。
 東電の担当者が自宅にやってきて、「総勘定元帳のコピーがほしい」と言い出し、1日がかりで印刷作業に立ち会った。

 「いったい何が目的でそんなたくさんの書類が欲しいのか」。渡部さんは作業量が膨大になるがゆえに、東電の担当者に何度も再考を促したが、担当者は「東京の審査部門から求められている」というだけで、きちんとした理由の説明はなかったという。

 それから約3カ月後の7月31日。従来より2カ月以上も遅れて、賠償金が渡部さんの会社の口座にようやく振り込まれた。金額は請求通りだった。
 「書類を見て、これはOK、これはダメと判断したのならば理解もできるが、終わってみればすべてOK。いったい何のための作業だったのか」。渡部さんは拍子抜けした。

 この間、渡部さんは背筋が寒くなる思いをした。東電の支払いの遅れが理由で地元の銀行や農協からつなぎの運転資金を借りざるをえず、納入業者には支払いの一部を待ってもらった。「資金繰りには本当に苦労した。種や苗を買えなくなりかけた」(渡部さん)。

■つかみにくい原発事故被害の実態
 いったいなぜ大量の資料の提出を求められたのか。原発事故で落ち込んだ売り上げを少しでも回復すべく、渡部さんは2018年4月に花卉や観葉植物の小売店舗をオープンした。「そうした営業努力をする姿が普通の農家に見えないということで、徹底した審査の対象にされたのかもしれない」(渡部さん)。

 原発事故による被害の実態はつかみにくい。東電は事業者の被害について、消費者による「風評」を理由にすることが多い。風評はそもそも根拠に基づかないため、時間の経過とともに解消に向かうというのが東電の見立てだが、一度離れた顧客は二度と戻らず、被害の多くが固定化しているのが実態だ。
 渡部さんは原発事故を機に、全国展開するホームセンターからの注文を失った。「事故以来、8年以上もたつが、取引は再開できていない」という。県内の花卉市場を通じた販売も、事故前の5分の1に激減したままだという。

 前出の3つの誓いの中で東電は、「被害者に寄り添い、賠償を貫徹する」との方針を掲げている。しかし、原発事故の賠償問題に詳しい大阪市立大の除本理史教授は、「被害の継続性のとらえ方について、東電の認識には問題がある。被害の実態を踏まえずに賠償を打ち切ることは、誓いそのものに反している」と批判する。
 東電広報室は、山田さんなどの事例に関する記者の質問に対して、「個別の請求内容に関わるので、回答を差し控える」としている。そのうえで、「3つの誓いで述べられたことが守られていない」との指摘があることについて、「真摯に受け止め、『3つの誓い』を遵守し、より一層、被害を受けられた方々に寄り添った賠償を進めていく」と答えている。その言葉に偽りはないのだろうか、総点検が必要だ。
岡田 広行 :東洋経済 記者

最終更新:8月25日(日)6時10分

東洋経済オンライン

 

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