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知る人ぞ知る猛暑対策ウェア「空調服」生みの親・市ヶ谷弘司さんが語る開発秘話

8月23日(金)20時00分配信 LIMO

写真:LIMO [リーモ]
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写真:LIMO [リーモ]
「空調服」という製品をご存じだろうか。これは、服の腰あたりに付けた2基の小型ファンで服の中に外気を取り入れ、体表面に大量の風を流すことにより汗を気化させて、涼しく快適に過ごすことができる服型の冷却装置だ。2004年にプロトタイプの有償販売を始め、05年に本格販売をスタートしてから、順調に認知・売り上げを伸ばし、2018年は57万着、2019年はその2倍以上の130万着の出荷を見込んでいるという。

 もともと工事現場での作業や屋外の駐車場・イベント等での交通整理、炎天下でのゴミ回収、あるいは製鉄所の溶鉱炉のまわりなど「エアコンを使用しにくい場所」「温度の高い場所」の業務を中心にすでに広く利用されていたが、屋外フェスや暑い時期の散歩など、一般の人たちにも利用が広がっている。

 このユニークな製品をゼロから開発したのが、株式会社セフト研究所の代表取締役社長および株式会社空調服の代表取締役会長を務める市ヶ谷弘司さんだ。いまでは空調服は知る人ぞ知る製品に育ち、NHK「おはよう日本」、テレビ東京系「ガイアの夜明け」、毎日新聞、TBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」など、さまざまなメディアで取り上げられているが、今日に至るまでは数多くの失敗、紆余曲折があったという。ソニーで20年あまりを技術者として過ごした後に独立、空調服以外にもさまざまなアイデアを形にしてきた市ヶ谷さんに、その開発ヒストリーを振り返ってもらった。

東南アジアで体感した「厳しすぎる暑さ」が発想の原点

――そもそも、開発のきっかけはどんなものだったんですか? 

市ヶ谷:私は早稲田大学の理工学部を卒業後、1970年にソニーに入社し、製造や技術・開発部門に従事してきました。当時は、ソニーが生み出したブラウン管テレビの「トリニトロン」が世界的に旋風を起こしていて、これの生産・製造・技術業務に携わりました。社内のアイデアコンクールに応募したことをきっかけに、ブラウン管を音源とする楽器開発のプロジェクト、さらにはビデオディスクの開発にも関わったこともありました。

 そんな折、新しいブラウン管測定器のアイデアが浮かび、開発者として独り立ちしたい思いがつのって、91年にソニーを早期退職。同年9月にセフト研究所を設立し、ブラウン管測定器の開発・販売に乗り出しました。

 その頃の日本は、バブルの絶頂から崩壊へと向かう最中でしたが、国内外でブラウン管に対する需要は強く、とりわけ中国や東南アジアで販路の拡大が成功することに。私も頻繁に渡航しましたが、そこで実感したのが、「あまりにも厳しい暑さ」でした。

 こうした新興国の都市にもどんどんビルが立ち並び、地面はコンクリートやアスファルトに覆われて照り返しもきつくなり、年々、暑さが増していきます。かつて日本も経験した高度成長時代と同様、工場や自動車が増えると排ガスなども増え、地球温暖化は進行するばかりだと思いを巡らせたのですが、これが次なるビジネスのシーズになりました。

 まず思ったのは、温暖化の原因は「地球に熱がこもるから」だということ。ならば、太陽光の反射率を良くすればいいのでは、というアイデアでした。夏場は白い服を着ると涼しくなりますよね?  そこから、「地球表面の7割は海だから、海面を白っぽくすれば解決できるのではないか」という発想をしたのですが、あまりにも荒唐無稽な話。すぐに諦めました(笑)

「会社存続の危機」に追い込まれながらの開発

「当初からヒットの確信は持っていました」
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「当初からヒットの確信は持っていました」
 90年代後半になると、テレビ業界はブラウン管から液晶やプラズマへと本格的にシフトしていくことになります。私としても時代の変化に対応するため、新規事業の必要性に迫られていました。一方、先ほどのような地球温暖化対策のためのアイデアはいくつかあるものの、形になるかどうかはわかりません。その間にも、徐々に業績は傾きはじめ、事業規模の縮小やリストラを余儀なくされてしまいます。本格的に新製品の開発に取り組まないと、このままでは会社が潰れてしまうという状態にまで追い込まれていました。

 そこで思ったのは、先ほども少しお話しした「厳しい暑さ」への対策です。クーラーについては、これまでもさまざまな研究開発が進められてきましたが、まだまだムダが多く、投入した電気エネルギーが効率よく変換されているとはいえません。その証拠に、室外機からは余計なエネルギーが大量に排熱されているはずです。特に夏の都市部では、この排熱も温暖化の原因の一つだとも言われています。このようにムダの多いクーラーに代わるような製品があれば、絶対にヒットするという確信はありました。

 では、どうすればいいか?  答えは簡単で、冷媒として水を使えばいいのです。実用的な冷却はすべて液体の「気化熱」を使っています。気化熱とは、液体が気化(蒸発)するときに周囲から熱を奪うはたらきのこと。クーラーも冷蔵庫も代替フロンを使い、気化させた後、液体に戻しているのですが、このときに余計なエネルギーがかかります。水ならば安価で毒性がないので、気化熱を奪った後、そのまま放出してしまえばいいのです。液体に戻すための余計なエネルギーは必要ありません。この性質を身近な形で利用しているのが「打ち水」です。夏の暑い日に家の前の道路に水をまいておくと涼しくなりますが、これは水が蒸発するときの気化熱を利用しているのです。

 人間の体でいうと、汗という皮膚に接した水分が気化すれば、すぐ体の表面から温度を奪い取り、皮膚を冷却します。つまり、体の表面付近にある水分が、体の表面温度より常に低くあり続ければ、体は放熱し続けられるので、涼しくなるのです。

 こういったアイデアが徐々に形になり、98年からは汗を蒸発させ冷却する空調ベッドや座布団の試作・販売を始めました。さらに、同じ原理で「建物全体」を冷やすことはできないかと、犬小屋を使った実験なんかも行っていました。ところが、そこで気づいたのは、「部屋全体を冷却する必要はなく、人だけが涼しくなればいい」ということ。そうすれば、必要とするエネルギーは非常に少なくて済みます。当初、「地球規模」から考え始めた冷却プロジェクトは、次に部屋、さらには人と、ダウンサイジングすることで、実現に近づいていきました。

人間がみんな持っている「ある機能」に注目

――この着想が、空調服のベースとなったわけですね。

市ヶ谷:そうです。まず試したのは、以前に開発した、枕やベッド用クーラーの試作で作った、水を気化させる方法を応用したもの。水気化式クーラーの各部品を小型化し、服に取り付けてみました。服の内側に水で濡らした面を作り、そこに風を送って気化させるという仕組みです。

 試作機の冷却能力は非常に高く、逆に体が冷たくなってくるほどでした。ただし、体から出る汗が蒸発できないため、肌着が湿り、不快感があるということが、実用化にとっては致命的でした。また、タンクやポンプ、バッテリーが取り付けられた外観も、正直なところ、ちょっと異様でした。加えて、人が着て動くと水が漏れるリスクがあります。実際、テスト中には何度も水が漏れて、作業場が水浸しになったこともありました。

 このように、実用化にあたっては、何度も何度も失敗を繰り返していましたが、こういった試作機の開発が、次なるアイデアを想起させることになったのです。それは、「体の表面近くで水を気化させることで冷却効果がある」ということ。また、その水はわざわざ供給する必要はありませんでした。人の体から自然に流れ出る「汗」を活用すればいいのです。暑ければ自然に汗が出ますよね?  この汗を蒸発させれば、気化熱で涼しさを感じられるということです。

 よく考えてみると、人には元々、汗による冷却機能が備わっています。皮膚や体には温度センサーがあり、脳には体温調整をつかさどる体温調整中枢があり、汗という「冷却のための水分」を体の表面に散布する汗腺があるのです。汗を出すという体のはたらきは、暑さに応じた量の水分が、体の内側から表面に「打ち水」されるという素晴らしい機能なのです。

 要は、汗の気化熱で体温をコントロールしているわけで、私はこの体のはたらきを「生理クーラー」と名付け、これを含む考え方を体系化して「生理クーラー理論」としてまとめました。

2010年にクリアした「最大の課題」

試作品づくりは「苦労の連続だった」と当時を振り返る市ヶ谷さん
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試作品づくりは「苦労の連続だった」と当時を振り返る市ヶ谷さん
 人間の体には、体表面へ空気を送って、汗を気化させるような機能はもちろん備わっていないため、この生理クーラーの効果を発揮できる温度帯や環境は限定的です。ならば、人工的に送風機能を追加すれば、生理クーラーを補助することになり、涼しい状態をキープできると考えました。細かく言えば、ファンから取り入れた空気を「体と平行」に送風することで、生理クーラーは効果を発揮します。こうして、ようやく現在の空調服のアイデアが完成したのです。

 ちなみにこの「空調服」という名前は、われわれは発売当初から商標として使っていましたが、「生理クーラー」という言葉については、その考え方を正しく広める意味でも、また知財的な観点からも、商標登録をした上で使っています。

 アイデアが確立できたのは2000年くらいのことで、04年にプロトタイプができるまで、さらに4年の歳月を費やしました。その間にも、ファンの大きさを調整したり、スムーズに着脱できるようにしたり、取り込んだ風をより「体と平行」に送れるようにする仕組みをつくったりなど、たくさんの工夫を施しています。

 ただ、実用化に関して非常に大きかったのは、2010年に、かねてからの課題であったバッテリー問題を解決できたことですね。それまでのニッケル水素電池では3時間ほどしかもちませんでしたが、特に業務で使う場合は、3時間ほどすると充電しなければならず、それより長時間の作業になるとカバーしきれません。しかし、リチウムイオン電池にすることで、大幅に稼働時間が伸び、パワーアップしたことで風力強化も叶いました。すでに建築現場や工場などでは使われてはいましたが、バッテリー問題の解決を境に、大幅に売り上げを伸ばすことに成功したのです。

 これに限らず、空調服の改良・改善のアイデアは、いまもどんどん浮かんできます。これからも、それらの一つひとつを丁寧にクリアしていきたいですね。

■市ヶ谷弘司(いちがや・ひろし)
 株式会社空調服代表取締役会長、株式会社セフト研究所代表取締役社長。1947年生まれ。1991年にソニーを早期退職後、株式会社セフト研究所を設立。ブラウン管測定器の販売で赴いた東南アジアで、エネルギーをほとんど必要としないクーラーを発明、開発準備中に「生理クーラー理論」を着想。この理論を応用した「空調服」を開発し、製造。また、その販売のため、2004年に株式会社ピーシーツービーを設立し、2005年に株式会社空調服に社名変更。著書に『社会を変えるアイデアの見つけ方』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

市ヶ谷弘司氏の著書:
『社会を変えるアイデアの見つけ方』
市ヶ谷 弘司

最終更新:8月23日(金)20時00分

LIMO

 

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