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日本と真逆、英名門校の知られざる教育の中身

8月20日(火)5時20分配信 東洋経済オンライン

イギリスのパブリック・スクールの秘密に迫ります(写真:samot/PIXTA)
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イギリスのパブリック・スクールの秘密に迫ります(写真:samot/PIXTA)
歴代首相からノーベル賞受賞者、ベネディクト・カンバーバッチ氏やエディ・レッドメイン氏などの世界的俳優まで輩出するイギリスのパブリック・スクール。その名門ハーロウ校に2014年から勤務した松原直美氏は、最高の教育現場を目撃しました。学費と寮費だけで年間約600万円にもなる私立中高一貫校の教育は、いったいどんなものなのでしょうか。松原氏の新著『英国名門校の流儀 一流の人材をどう育てるか』を一部抜粋してご紹介します。
■生徒手帳を目にした衝撃

 イギリスにはパブリック・スクールと呼ばれる私立中高一貫校がある。それらのうち数百年の歴史を紡ぐとくに有名な学校群には世界中から生徒が集まり、社会的に影響力を持つ卒業生を輩出している。国内外の政界をはじめ、法曹界、経済界、軍隊、芸術界、芸能界、スポーツ界、医学界、航空宇宙分野まで、あらゆる分野におけるパブリック・スクール出身者の活躍は論をまたない。

 なぜこの学校群の卒業生は社会で活躍できるのか。リーダーの育成に必要なものはなにか。
 ロンドン郊外のハーロウ校(Harrow School)という男子全寮制パブリック・スクールにて私は2014年から2018年まで、選択科目である日本語の教員として働いていた。教師として過ごした4年間は毎日が目まぐるしく、新鮮な驚きの連続だった。なぜなら同校で行われている教育は日本のそれとは著しく違うものだったからである。

 最初の驚きは、雇用契約にサインをしたあと手渡された生徒手帳を見たときに訪れた。この冊子には日本の生徒手帳とは違い、全校生徒ならびに教職員の名簿、学期ごとの毎日の行事予定が細かく記載されている。目を引いたのは次のように書かれた生徒の名簿だった。
コリンズ・マイケル/ディーコン・ジェームズ 音楽奨学生/イーズ・ヒュー 学業奨学生・音楽奨学生/フレミング・ポール/ギャラハー・チャーリー 技能奨学生
(※苗字・名前の順に書かれている、仮名)
 驚いた理由は、アルファベット順に並んだ生徒の氏名に続けて奨学生と記された生徒が散見されたからである。

 じつは奨学生とは何らかの優れた資質を見込まれて入学した生徒で、学資金を貸与されないと修学が困難な生徒ではない。学費の免除は5%だけ。つまり「奨学生になる」ということは「親の金銭負担を軽くする」ことより「名誉ある称号を受ける」という意味合いのほうが大きい。
 ハーロウ校のように生徒手帳に奨学生であることを明記する学校はまれだが、名門パブリック・スクールでは入学時に奨学生を公表する。パブリック・スクールによっては奨学生だけが住む寮が用意されたり、奨学生だけが卒業後も学校付属の施設を使えるなどの特典があったりする。

 日本でこのようなことをしたら、いじめやひやかしの対象になりはしないかと思った。そして、生徒間の差を「見えないように」する日本の学校との大きな隔たりを見せつけられた。
■剥奪される可能性もある

 奨学生の称号は1度授与されたら卒業まで必ず保持できるわけではなく、成績が著しく低下したり、授業態度が芳しくなかったりした場合、剥奪される。この生徒手帳は各学期初め、つまり1年に3回、全生徒と全教員に配られる。生徒は毎日のスケジュールを調べるために日常的に利用する。また生徒の親の手元にも学校から送られる。奨学生の情報がつねに親にも生徒にも共有される仕組みなのだ。

 木枯らしが吹くようになると、生徒の多くは学校指定の紺色のセーターをブレザーの下に着る。しかし水色や薄いピンク、えんじ色などの無地のセーターを着ている生徒を時々見かけた。不思議に思ってその理由を水色のセーターの生徒に聞くと、
 「僕は監督生だから好きな色のセーターが着られるんです」

 監督生とは学校の代表として生徒の生活指導を担当する最上級生だ。校長や教員の推薦によって12の寮からたいてい各2人選ばれ、合計約24人で、その中から1人が生徒代表、1人が副代表に就任する。

 一般の生徒と違う服装をしている生徒が存在することに最初はびっくりしたが、だんだんとこのようなあからさまな区別にも慣れていった。

 このように、下級生の見本として選ばれた生徒を目立つようにするという方針が徹底されている。
 学年末が近い5月末の土曜日には学校最大の行事スピーチ・デーが開かれる。日本にこれに相当する行事がないので説明が難しいが、生徒の業績表彰、スポーツ大会、懇親会、美術展示会、コンサートが一緒になったような行事で、家族を迎え朝から夕方まで学校は華やかな雰囲気に包まれる。この行事では多種多様な賞が大勢の生徒に授与される。

 賞の種類は低学年がそれぞれ約40種、高学年が50種以上で、すべての賞の種類は250種を超える。生徒を評価するものさしが多いことに、驚きを禁じえない。
 受賞者が複数人いる賞も多数ある。7~8種もの賞を1人で授かる生徒が全校で5~6人見られる。受賞者はたいてい図書券などのギフトをもらえる。

 賞は学校からのほか、企業、卒業生の会、教育基金や慈善団体、篤志家から授与されるものまで多岐に渡る。学校からは、各学年それぞれの教科で年間を通して最も優秀な成績を収めた生徒に与える賞や、校長からの特別賞などがある。

■「罰を受ける生徒」を掲示

 生徒を褒めてばかりいるわけではなく、罰するときは容赦ない。生徒が朝・昼・晩に足を運ぶ食堂は学校のほぼ中央に位置する。その入り口までは回廊が通じ、壁一面がガラスケースの掲示板になっている。
 そこに校長からのお知らせや、各スポーツチームの試合成績、写真などが貼り出され、生徒たちは食堂への行き来の際、目をとめていく。そのいちばん目立つ部分に、「デテンション(Detention)」と書かれた紙が貼ってある。紙にはこのように書かれている。

スミス・ジャック 授業中居眠り ホワイト先生 1時間の居残り授業
ホームズ・ジョン 宿題未提出(2度目) ディーコン先生 2時間の居残り授業
ネビル・マーク 15分以上遅刻 アダムス先生 1時間の居残り授業
ダグラス・トビー カンニング メイ先生 2時間の居残り授業
(※苗字・名前の順に書かれている、仮名)
 デテンションとは学業を怠けたり、不正行為を働いたりしたために、授業以外の時間に拘束され勉強を課されるという罰である。毎週明けに、その週に罰を受ける生徒の名前とその罰を与えた教員名、罰の理由が上記のように一覧になって公表される。

 罰を受ける生徒のお知らせがこのように目立つ場所に貼られ、全校生徒・教職員の目にさらされるということに私は大きなショックを受けた。日本の学校ではこのような掲示を見たことがなかった。しかもこの紙は保護者会が催されるときもはがされない。表彰も可視的なら罰も同じように視覚化されているのだ。
 デテンションは軽度のものなら平日の夕食前に行われる。本来はスポーツや芸術活動に打ち込むか、休憩をしている時間である。カンニングやレポートの丸写しなどの悪質な行為に対する重いデテンションは土曜日の夜に課される。土曜日の夜には寮の娯楽に参加したり、教員や寮母と一緒に外食したりすることができるが、デテンションを課されると担当教員の監視のもと、1人で居残り勉強をしなくてはならない。

 学業以外の生徒のよからぬ行いに対しても何種類かの罰が用意されている。「ダブル(Double)」は、素行が悪かった場合に課される罰である。例えば月曜朝礼や朝の礼拝に出席しなかった、寮で朝の点呼に来なかった、通りで立ち食いをしていたなど。
 具体的には細い罫線が書いてあるA5用紙に、規定数の文字をびっしりと書かせる。ハーロウ校ではもともとラテン語を書かせたが、現在は英語で書かせることのほうが多いようだ。その分量は罰の内容によって違い、50枚の罰、100枚の罰、200枚の罰、多いと400枚の罰などがある。50枚で早くても1時間以上、たいていは2時間ぐらい文字を書き続けなくてはならない。汚い字で書くとやり直しである。

 私はダブルの罰を与えるとき、ラテン語や英語の代わりに日本語の文章を書かせることにした。すると思わぬ効用があった。罰を受けたある生徒は教科書の数ページを10回ぐらい書き続けるはめになったので、日本語が上達したのである。しかしこれは幸運な例外で、たいていの生徒はダブルをひどく嫌がっていた。
■身体的に負担のかかる罰も

 身体的な負荷がかかる罰には「労働」がある。喫煙、許容範囲を超えた飲酒、軽微な下級生いじめをした生徒や公共の場所で無礼な行いをした生徒などに課する。具体的には学校の洗濯屋の手伝い、学食で朝食の用意の手伝いや倉庫から物品の搬入・搬出の手伝いなどをさせる。

 ここで「度を超えた飲酒」という言葉にひっかかった読者もいるかもしれない。イングランドでは16歳になると、その子に責任を持てる大人と一緒であれば限られた種類のお酒は飲めるし、18歳になれば自由に飲酒できる。しかしハーロウ校では学校が定めた飲酒量があるので18歳になっても学校のルールに従わなくてはならない。たばこは法律では18歳から買えるが、同校では卒業まで喫煙は禁止である。
 重い罰には外出禁止、停学、退学がある。生徒が課される罰の理由はまちまちだが、外出禁止になると寮でも私服になることを許されず、授業以外の時間は寮長先生の許可を受けなくては外に出られない。

 停学を命じられるのは喫煙したり、アルコール濃度の高い酒を飲んだり、上級生が下級生に飲酒を強要したり、盗みを働いたりしたときである。最短は1日で、生徒は保護者の家に戻り自宅謹慎しなくてはならない。罰を受けているにもかかわらず規則違反を繰り返すと校長から「最後通告」が出る。
 身なりの乱れに関してはまた別の罰がある。例えば制服を規定通りに着ていなかったり、制帽の麦わら帽子が破れていたり、靴を磨いていなかったり、髪の毛を肩にかかるくらいのばしている場合である。ちなみにスキンヘッドも禁止である。

 身なりの違反はカストス(Custos)に報告される。カストスとは日本で言う生活指導のような役目をする職員である。軍人上がりのカストスであるケントさんはわれわれには優しいが生徒には厳しかった。もしカストスに報告がなされると、その生徒は平日3日間連続で朝7時15分から30分の間にきちんと制服を着てカストスの事務室を訪問しなくてはならない。これは生徒にとってかなり重い負担である。
 賞罰の対象や罰の軽重を決めるプロセスは細かく明文化されており、小冊子となって毎年教員と生徒に配られる。学校は生徒がいいことをすれば褒め、悪いことをすれば罰する。言わば当たり前のことを誰の目にも見えるようわかりやすく行っている。

 ハーロウ校では業績を成した生徒が口頭で褒められるだけでなく、表彰され、紙面上やインターネット上で記録に残っていく。一方で、日本の学校では生徒の評価を可視化する機会どころか、口頭で褒めることもあまりないかもしれない。日本の小学校で学んだあと英国に移住、ハーロウ校に入学した日本人生徒はどう感じているか。そのうち3人に率直に尋ねてみた。
 まず、優秀な生徒や上級生がネクタイや服の色などで特別扱いされることについて。3人全員が「特別な服装を許されている生徒は、やる気のある後輩たちにとって、『自分もそうなりたい』というお手本になる。だからいいことだと思う」と答えた。

 「最上級生になったとき、友だちが特別な服を着ていて自分がそれを着られなかったら、いじけた気持ちにならないか」という質問には、これも3人ともから「監督生などになって特別な服装を許されることは彼らの努力の結果だから、素直に受け止めたい」という答えが返ってきた。
 「各分野の奨学生が生徒手帳の名簿に記載されたり、表彰を受けた生徒が学校の印刷物で華やかに公表されたりすることについてどう思うか」と問うと、3人は「なぜそんな質問をわざわざするのか」という表情に。

■当り前のこととして捉えている

 彼らにとって、成果をあげた生徒や学校の名声を広めた生徒が表彰されるのはそれくらい当たり前になっているのだろう。「(パブリック・スクールを受験する児童が通う)小学校でも表彰を受けた生徒は特別なネクタイを締めたりバッジをつけていたりしたからこの制度には慣れている。とくに何も感じない」。3人のうちの1人、学君は淡々とした口調でこう語った。
 賞はそれを受けた生徒にとっては栄誉や励みを与える糧となる。同時に慢心を生む可能性もはらむ。一方、受けられなかった生徒にとっては次回への挑戦意欲をかきたてることもあるものの、自責の念を生んだり後悔を与えたりする可能性もある。くやしさ、悲しさ、さらにはひがみや非難、責任転嫁の元にもなりうる。賞の種類や対象者数が多ければ自分がそれをもらえるチャンスは増えるが、何ももらえなかったときの衝撃も大きいだろう。
 ハーロウ校では賞の数も対象者も多いし、その記録がいろいろな媒体に残る。自分がもしこの学校の生徒だったとして、いかなる賞にも手が届かなかった場合、その状態を素直に受け止められるかどうか私には自信がない。賞はそれに縁がなかった者にとって残酷である。

 しかし同校の生徒に賞が持つデメリットの影響はほとんど現れていないように見受けられた。学校が賞を授ける機会が多いこと、多方面の賞を用意していることがその主たる原因だろう。受賞しても慢心しない、受賞しなくてもくじけない、生徒にはそんな強い精神が宿っているようだ。受賞しない生徒は、それが自分の行動の結果であることに気づいている。
 自分の実力や業績がはっきり評価される中で育っている生徒たちには、打たれ強い精神力が育まれている。どの生徒もつねに最高の結果を出せるわけではないし、何らかの分野で弱みがある。その事実をはっきり認識できることはその生徒にとって自分を客観的に見つめられるという強みになると思う。明確な表彰制度や習熟度別クラス制度のもとで私にとって印象深かったことは、優秀な生徒ほど謙虚であるということだった。
松原 直美 :ハーロウ校元教員

最終更新:8月20日(火)5時20分

東洋経済オンライン

 

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