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日本の金融制度は「老いるショック」に無策だ

8月19日(月)6時40分配信 東洋経済オンライン

高齢者が老いていくと保有する金融資産の管理はどうなるのか。対策がなおざりになっている(写真:bee / PIXTA)
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高齢者が老いていくと保有する金融資産の管理はどうなるのか。対策がなおざりになっている(写真:bee / PIXTA)
7月に金融広報中央委員会(事務局:日本銀行)から3年に1度の「金融リテラシー調査」が発表された。かの2000万円年金不足問題の陰に隠れてあまり目立たなかったが、世界にも稀な2万5000人規模のアンケートには熱がこもっている。

ところがこの調査結果の中に、やや違和感のあるデータがある。日本人は高齢になるにつれ、金融知識・判断力は高まっているというのだ。実はこの数字にはからくりがある。

 本調査の対象は、民間のネットリサーチ会社の登録者のうち、50以上の金融系の質問に答えることに応諾した人々だ。質問は、例えば、「金利が上がったら、通常、債券価格はどうなるか?」などと、なかなかタフだ。高齢の回答者は、相当金融知識に覚えのある層に限定されている可能性がある。
 また、一部の地域では、70歳代の女性のモニターが少なかったので60歳代で代替したとされている。さらに、この調査は70歳代までが対象となっており、総人口比で9%程度存在する80歳代の人々はここには含まれていない。しかし、今後10年のうちに日本の金融市場を揺るがす大きな火種となりそうなのが、まさに、この大規模調査で漏れてしまった後期高齢者層なのである。

■多すぎる口座数の管理が高齢者には負担

 高齢者の金融リテラシー問題の1つ目は、資産管理の問題だ。日本は他国に比べて1人当たりの預金口座数が多い。欧州諸国は2口座強程度であるのに対し、日本では1人当たり3口座となっている(国際比較が可能な決済用銀行口座の平均)。定期のみの口座などを含めるとさらに多いともいわれる。
 成人の7%が口座を持たないという米国とは異なり、日本人の多くは社会人になるとまず給与振り込み用の銀行口座を開設する。次に、住宅ローンを借りると返済用口座を作らされ、定年後は年金の受け取り用の口座も必要になる。さらに特殊事情として、2002年のペイオフ(金融機関が破綻した場合の保険金支払い)解禁の際に、1000万円の預金保険の対象範囲内に残高が収まるよう、銀行を分散させた人もいる。

 欧米と異なり口座維持手数料もかからないため、不要になっても口座を閉じる人は少なく、口座数は年齢とともに増えていく。筆者も銀行口座だけで3つ持っているが、今後もっと増えるかもしれない。
 さらに悪いことに、日本ではキャッシュカードと暗証番号に加え通帳や印鑑まで管理しなければならない。これを3口座も日々管理するのは、高齢者にとっては負担である。

 預金に加えて、証券口座の管理も問題になる。金融機関は口座開設や新たな金融商品購入の際には年齢確認やリスク性向のヒアリングを行うが、その後の売買時にはいちいち確認をしない。80歳の高齢者が、年間8億円、1日平均400万円もの株式の信用取引を行なっていた、などという例もある。家族が解約しようとしても、保有する証券を売却して解約するという意思を本人が伝えなければならず、代理で取引をストップすることはできない。
 だからと言って、現金で持っておけば安全というわけではない。高齢者を狙う特殊詐欺は日本では年間360億円にも上る。米国でも「グランド・ペアレント・スキャム(祖父母の詐欺)」という類似の犯罪はあるが、1件数十万円、年間合計30億円程度と、被害額ははるかに少ない 。ATMや現金送金の制限の違いによるとみられる。

■数百兆円の資産が本当に動かなくなる

 金融資産保有者の高齢化問題の2点目は、市場への影響である。日本の家計金融資産1835兆円のうち3割・約600兆円を70歳以上の高齢者が握ることはよく知られているが、深刻な問題は、これら高齢者の認知レベルの低下である。
 高齢者のおよそ4人に1人は認知症と軽度認知症だといわれる。単純計算では認知に問題を抱える高齢者が保有する金融資産は150兆円にも上る。個人の金融資産の増加と認知症の広がりで、2030年にはこの額は320兆円にも達するとされる。

 深刻なのはこのうち約15%に上る有価証券投資である。2030年には認知に問題を抱える高齢者が50兆円もの有価証券を保有する計算となる。認知症と診断されてしまうと、保有する有価証券も預金口座も原則として凍結され、処分できなくなる 。保有有価証券の全額が株式や株式投信だと仮定すると、日本の株式時価総額600兆円の10%近くが固定されてしまう可能性がある。
 最後の問題は、金融機関の収益だ。金融資産が動かなくなれば、当然手数料収益の低下を招く。また、日本の持ち家面積のうち4割は世帯主が65歳以上の家庭が保有するが、これらに対する住宅ローンの完済年齢は最高84歳となっている。満期前に認知レベルが低下している例は少なくなく、取り立ても競売も極めて難しくなるだろう。

 最近ではこれらに加えて、 投資用アパート・マンション融資の分野でも高齢化が課題となりつつある。例えば、りそな銀行が今年度初めて開示したアパマン融資の年齢別内訳によれば、60歳以上に対する融資が全体の80%を占め、そのうち7割、全体の55%が70歳以上となっている 。お金を借りた時点では合理的な判断ができたとしても、平均20年とされる借入期間のうちには後期高齢者となっていく。
 投資物件に空室が出た場合に賃料を下げるなどといった対応が適格にできるのか。また、認知症になってしまった場合には担保権行使が難しくなるが、その場合にもスムーズに債務の整理ができるのか、大いに疑問である。

■生前贈与や成年後見制度、家族信託にも問題点

 こうした問題に対してとれる現状の策としては、認知に問題が発生する前に生前贈与するか、成年後見制度や家族信託といった本人以外に管理を託す仕組みがある。

 しかしそれぞれに課題が多い。
 まず、生前贈与は最大50%と税率が高く、かつ、一度贈与すると戻すことはできない。本人としては、自分の将来の備えが少なくなるのは不安である。

 次に、成年後見制度は毎月2~5万円程度の報酬を支払う必要がある上、当初決めた月々の最低限の金額しか引き出せなくなる。米国のように「被後見人の最善の利益を追求する必要がある」という原則はなく、とにかく減らさないことが後見人の使命となる。そのため、例えば、ホームに入りたいからといって財産を売却することも簡単にできない。
 また、最近若干の柔軟性が容認されたものの、原則として後見人を途中で変更することはできない。交代のリスクもない固定払いなら、後見人を請け負った多忙な法律家が、高齢者の利益に向けて努力するとは、考えにくい。

 比較的コストも安くマシな制度は家族信託であるが、これにも大きな制約がある。家族信託なら遊休不動産の開発や住宅の改築など、成年後見制度では実行できない資産の組み換えもできる。しかし、信託の受託者でも、必ずしも、既存の預金口座をそのまま信託し自由に引き出せるとは限らないし、不動産を独自の判断で売却することもできない。そして何よりも働き盛りの子供の事務的・時間的負担が大きい。
■はやりの「ジェロントロジー」はのんきすぎる

 近年、こうした金融における高齢化問題を考える「金融ジェロントロジー」という研究や活動が広まりつつある。しかし今のところ、これらの活動は、高齢者に対する説明の仕方の研究や、高齢者の担当者向けに認定資格を設けるなどに留まっており、抜本的な解決には遠い印象だ。

 金融高齢化問題は世界的な問題である。特に日本では高齢化が早いことに加え、口座数が多いことや印鑑・通帳といった管理の手間も煩雑であることから、いっそう深刻だ。日本独自の斬新な法制度の整備が必要だろう。
 例えば、多数にまたがる金融機関の口座を1つの銀行の窓口で、1つの金融機関の口座に簡易にまとめられるようにしたり、認知に問題が生じた場合には、金融資産の処分を簡単にできるような制度が考えられないものかと思う。

 「老いるショック」に日本の市場が悩まされる日はすぐそこまで来ている。
大槻 奈那 :マネックス証券 執行役員

最終更新:8月20日(火)12時34分

東洋経済オンライン

 

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