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北極へ挑む男、41歳荻田泰永の過酷な冒険の価値

8月18日(日)6時20分配信 東洋経済オンライン

北極での「無補給単独徒歩」に挑戦する様子(写真:荻田泰永氏提供)
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北極での「無補給単独徒歩」に挑戦する様子(写真:荻田泰永氏提供)
 前へ。

 激しい起伏の氷原の中を、前傾姿勢で歩く1人の男。その男の腰からはロープが伸び、その先には大きなソリが結ばれている。一見すると、小型のボートのようで、とても人間が1人で引きずりながら歩き続けられるようなシロモノには見えない。

 男は、約2カ月分の食料やテントなどの物資を積んだソリを引き摺りながら、自ら設定した目的地へと突き進む。視界を遮るほどの雪が降ろうが、身体ごと押し戻されそうな猛烈な風が吹こうが、ただひたすら、前へ。
 その男の名は荻田泰永(41)。世界屈指の北極冒険家だ。彼は、これまで、北極海が凍結する冬の時期を狙って、冒険を繰り返してきた。その冒険スタイルは、「無補給単独徒歩」というもの。第三者からの食料や物資の補給を一切受けず、1人だけで北極海の氷の上を歩いてゴールを目指す。

 2016年には、世界で初めて、カナダ最北の村グリスフィヨルドからグリーンランド最北のシオラパルクをつなぐ約1000kmの単独徒歩行を成功させ、さらに、2018年1月には、日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功するなど、世界屈指の極地冒険家としてその名を知られている。
■荻田と北極との出会い

 荻田が北極を歩いて旅をするようになったきっかけは、約20年前にさかのぼる。大学を中退し、将来に希望が持てないまま、アルバイト生活を続けていた荻田。何かできるはずだという根拠のない自信と湧き出るエネルギーをぶつける先もなく、悶々とした生活を送っていた。そんなときに知ったのが、極地冒険家の大場満郎氏だった。

 大場氏がテレビ番組の中で、未知の世界である極地冒険のことをイキイキと話す姿に惹き付けられた。番組の最後に大場氏の口から、「次は若者を連れて北極へ行く」という言葉を聞いたとき、荻田の心はざわつき、数日後には冒険への参加を志願する手紙を大場氏に送っていた。
 荻田に、人生のターニングポイントを聞くと、ユーモアのある答えが返ってくる。

 「どうなんでしょうね。別にターンしているつもりはないですけどね。ストレートにしか歩いてきていないから(笑)。ただ、あのときに大場さんのことをテレビで見ていなければ、間違いなく北極には行っていないですね」

 以来、約20年間で16回もの極地冒険を敢行している。

 荻田には、過去に何度か失敗に終わった冒険がある。とくに、2012年と2014年の2度にわたって目指した北極点への挑戦は、いずれも途中で撤退を余儀なくされた。
 これまで、無補給単独徒歩で北極点に到達したのは、ノルウェーの冒険家・ボルゲ・オズランド、ただ1人しかいない。北欧の冒険家が偉業を成し遂げた1994年以降、誰1人として成功していないのには、理由がある。

 当時と比べると、北極海の氷が20~30%も減少し、また海流の影響により氷の流動性が高くなっているためだ。北極を知り尽くす荻田でさえも、いまの時代に、無補給単独徒歩で北極点に到達するのは「極めて難しい挑戦だ」と言う。
 それでも、難易度が極めて高いことが冒険の大前提だとし、目標とする北極点へのこだわりを捨てない。

 「冒険という字は、危険を冒すと書きますよね。つまり、安全な冒険というのは、言葉として矛盾している訳です。北極も南極も、フィールドは100年前も今もあまり変わっていません。変わったのは、そこに行く人間のほうです。例えば、今の科学技術を駆使すれば、(北極点や南極点に行くだけなら)何の冒険にもなりません。人間が武装して行くわけですから。
 道具は進化しているし、衛星でクレバス(氷河の裂け目)を調べておけば、落ちて死ぬ心配もない。そもそも飛行機を使ってしまえば、危険は避けられる。そういった鎧や武器を身にまとうから人間は強くなった気になっているだけ。でも中身の人間は、100年前も今も大して変わっていない。だから、冒険しようと思ったら、人間が鎧や武器を脱ぎ捨てればいいんです」

 いまの時代は、旅行会社のツアーを利用して、観光客が北極点や南極点に行くことができる時代だ。そんな時代に、荻田はあえて自らに制約を課し、危険や困難の多い状況で、自ら設定したゴール地点を目指す。ゴールへ向かう過程において、危険性や困難性を自らに課し、それを乗り越えるからこそ、冒険なのだ。
■荻田の冒険についた価値

 荻田泰永という人物の存在を知ったとき、筆者には1つ、疑問があった。お金についてだ。「冒険家」という肩書は理解できるが、「冒険家」は職業として成立するのだろうか。どのように冒険資金を生み出しているのだろうか。

 冒険を始めた頃の荻田は、複数のアルバイトを掛け持ちして貯めた約100万円を使い北極を旅していた。半年かけて貯金したお金は、約2カ月の冒険ですべて使い果たす。

 帰国すると再びアルバイトに励み、北極に行くための資金を貯める。そんな生活を繰り返してきた。
 そんな荻田の冒険に大きな変化が訪れたのは、2012年の単独無補給徒歩での北極点挑戦あたりからだ。北極点へ挑戦するために必要な資金は、少なく見積もっても1000万円を超える。

 このとき、大企業のスポンサーどころか、個人の財産すら持たなかった荻田は、個人にカンパを募り、約500人の支援を集めて、ギリギリのところで北極点挑戦を実現させている。

 つまり、それまで他人からの価値は0円だった荻田の冒険は、2012年の北極点挑戦を境にして、一気に1000万円の価値がつくことになった、ということになる。冒険の価値が急激に上がったことについて、理由を聞いてみた。
 「例えば、夏休みに、他人からお金をもらってハワイ旅行に行ったら、心から楽しむことができますか?  なかなか楽しめないですよね。それと根本は変わらなくて、とくに、初めの頃は、自分のためにやっていることなので、お金なんてもらいたくないし、もらうべきじゃないと思っていました」

 そう前置きしつつ、荻田はさらに言葉を続ける。

 「ただ、いつかその時期がくるだろうとは思っていました。いざ、北極点を目指すとなると、1000万単位のお金が必要だとわかった。“あぁ、ついにその時期がきたな”と。
 冒険の価値がどうやってついてきたかを説明するのは難しいのですが、価値は初めからあったはずなんですよね。例えば、絵描きだって、描きたいから絵を描いていると思うんです。

 でも、描いたら、そこに価値が生まれる。その価値をほかの人が気づくかどうかは、別問題ですけど。その絵が誰かの目に触れて、価値に気づかれるんです。だから、ちゃんとやっていれば、いつかこの冒険の価値に気づいてもらえる日がくるだろうなというのは、冒険を始めた頃から感じていました」
■荻田の冒険にお金が集まるワケ

 一般的に、スポンサーを募るとき、企業に対してそのメリットを説明し、その金額に見合うサービスを用意する。だが、荻田は企業にスポンサーをお願いするにあたり、いわゆるプレゼンをした記憶はないという。

 「人からお金を集めなきゃいけないとき、いちばん大切なのは、プレゼンのうまさでも、口のうまさでもない。

 どれだけ信頼してもらえるか。どれだけ自分の言葉に説得力があるか。そのために北極点挑戦までの10年間があったと思う」
 過去の冒険があったからこそ、2012年の北極点への挑戦の際に、多くの人が価値を見いだしてくれたというのだ。

 では、サポートする側は荻野の冒険にどのような価値を見いだしているのだろうか? 

 2016年より、荻田にカメラの機材提供という形でサポートをしてきたパナソニックは、2018年の南極点挑戦の際には、それまでの機材サポートに加えて、別の形で荻田をサポートした。その理由について、マーケティング担当の岡康之氏は以下のように話す。
 「どうやったら、きちんと荻田さんを応援できるかを考えていました。ちょうどその頃、私が担当したカメラのグローバルマーケティング用の広告企画があって、そこに荻田さんをキャスティングすれば、広告出演料の形できちんとお金を支払うことができると考えました。

 もちろん、それが会社にとっても、いい形になるのではないかと考えてのことでした」

 この例のように世の中には、荻田の利用価値を考え、正しく活用しようとする人がいる。それが、荻田の冒険にお金が集まる理由なのだ。
■自己満足を追い求めてたどり着いた境地

 すでにこの地球上に、未開の地・未踏の地はないと言われて久しい。それでも人間は、冒険をやめようとはしない。そこには、「見たい、知りたい」「できるようになりたい」といった人間の持つ根源的な欲求があるからだろう。

 「冒険なんて、自己満足以外の何物でもないですよ。すべて自分のためです。でも自己満足がゴールではなく、そこからが新たなスタート。自己満足で得た力を、ほかの誰かのために使えば、新たな価値を生み出せるはずです」
 荻田は、2019年4月から5月にかけて、「北極の大自然を歩くという行為の中には、極めて普遍的なものがある。

 それを社会に持ち帰って活躍してほしい」という意図のもと、20代の若者12人を連れて北極圏600キロを歩く「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」を敢行した。

 そして、結果的に、この冒険でも、合計で約1000万円の資金が集まった。

 確かに、冒険家にとって、冒険は単なる自己満足なのかもしれない。だが、コロンブスの航海に代表される大航海時代も、欧州諸国が未知の地を目指した際も、その冒険を支援したのは、各国の王室や東インド会社などに象徴される組織であった。歴史を振り返れば、いつの時代も、冒険家の自己満足を活用する組織・社会が存在してきたのだ。
 先の「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」の報告会で、荻田は、2021年に北極点無補給単独徒歩に再挑戦することを明言した。この冒険を、組織や社会はどのように生かそうとするのだろうか。荻田自身が自己満足で得た力を社会へ生かそうとする次の冒険は、もう始まっている。

 (文中敬称略)

荻田泰永(おぎた やすなが)プロフィール
1977年9月1日生まれ。神奈川県愛川町出身、在住。カナダ北極圏やグリーンランド、北極海を中心に主に単独徒歩による冒険行を実施。2000年より2019年までの20年間に16回の北極行を経験し、北極圏各地およそ10000km以上移動。世界有数の北極冒険キャリアを持ち、国内外のメディアからも注目される日本唯一の「北極冒険家」。2016年、カナダ最北の村グリスフィヨルド~グリーンランド最北のシオラパルクをつなぐ1000kmの単独徒歩行(世界初踏破)。2018年1月5日(現地時間)、南極点無補給単独徒歩到達に成功(日本人初)。2018年2月に2017「植村直己冒険賞」受賞。著書に『北極男』講談社(2013年11月)、『考える脚』KADOKAWA(2019年3月)がある。
瀬川 泰祐 :ライター

最終更新:8月18日(日)6時20分

東洋経済オンライン

 

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