ここから本文です

自己啓発マニアには解らないゲイツ成功の秘訣

8月15日(木)6時20分配信 東洋経済オンライン

ジャーナリストの佐々木俊尚氏が『サードドア』の読み方を解説(写真:Graphs / PIXTA)
拡大写真
ジャーナリストの佐々木俊尚氏が『サードドア』の読み方を解説(写真:Graphs / PIXTA)
アメリカで大ベストセラーとなったアレックス・バナヤン著『サードドア:精神的資産のふやし方』。

18歳の大学生が、期末試験前日に一念発起してテレビのクイズ番組に出場し優勝、獲得賞品を売って手にした軍資金で、ビル・ゲイツ、スピルバーグ、レディー・ガガなど世界屈指の成功者たちに突撃インタビューしようと七転八倒する実話だ。
「彼の遍歴そのものが時代を象徴している。新しい時代のジャーナリズムともいえるでしょう」そう語るジャーナリストの佐々木俊尚氏が、『サードドア』の読み方を解き明かす。
■失敗と成功の両方が詰まった本

 『サードドア』には、リアルな若者の包括的な人生が描かれていて、読む人によって得られるものが違う本ですね。とくにコミュニケーションの方法、スキルについては徹底的に学ぶことができます。

 営業マンなら、「営業をかけるとはどういうことなのか」という部分においても相当な気づきが得られるでしょうし、僕の場合はもともと新聞記者でしたから、とくにインタビュー取材の部分が刺さりました。
 最近は取材を受ける側になることも増えましたが、僕も人への取材はさんざんやってきました。その中で熟知してきた、インタビューで絶対にやってはいけないことと、ぜひやるべきこと、その全部がこの本には詰まっているんですよ。

 例えば、著者で主人公のアレックス・バナヤンは、誰のインタビューに挑むにも、事前にとことん調べ上げています。刊行されている本はすべて読み、ネットの関連記事も検索して読み込む。これは彼の終始すごいところで、すべてのインタビュアーがぜひやるべきことなんですよ。本人よりもその人に詳しくなるくらいの覚悟は必要だと思います。
 逆に、彼はあまりにも典型的な、やってはいけないことを何度もやっています。質問を箇条書きに作っていき、そのとおりに聞いてしまうんです。これでは会話のキャッチボールにならない。

 僕が取材を受けるときでも、質問されたことに対して「今、いいこと言えたな」と思っているのに、相手からは何の反応もなく、「では次の質問です」と切り替えられてしまうことがよくあります。本来のいいコミュニケーションではないから、盛り上がりませんよね。でも、結構ありがちな失敗なんです。
■脱・自己啓発の過程を読め

 とくに熟読してほしいのは、ビル・ゲイツへのインタビューですね。アレックスは、マイクロソフトがIBMとの契約交渉を成功させて躍進していった80年代の出来事について、その成功の秘訣を聞き出そうと質問します。

 ゲイツはかなり丁寧に答えてくれるのですが、アレックスのほうは、「この人はどうしてちゃんと答えてくれないのか?」と思っているんです。この場面、自己啓発に染まった若者の落とし穴がよく表れているんですよ。
“本当に‥…?  それだけ?  聖杯はどこにあるんだ?”
なぜ僕はそこまでものわかりが悪かったのか、その理由に気づくのにしばらくかかった。
僕はバズフィードで育った世代だ。
ゲイツの深い話は、「世界一の大富豪の知られざる10の秘密」みたいなツイートや要約記事に載るような派手さがない。だから僕には、その場では価値がわからなかったのだ。
(第26章「聖杯2」より)
 自己啓発に染まると、空疎なスローガンや、これといった名文句を聞きたがるんです。だけど、実際の人生にはそんな名文句は出てこないし、世の中は決してスローガンで動いているわけではない。
 現実は、もっと地味で緻密な事実の積み重ねと、ロジックを組み立てることで出来上がっているわけですからね。ゲイツはそれをちゃんと話してくれているのに、アレックスは、言葉は理解していても、なぜゲイツがそんなことを話すのかがロジカルすぎてわからないわけです。

 そして、ゲイツのこともマイクロソフトのことも、さんざん入念に調べ上げているのに、こんな質問しかできないのか、という部分もかなりリアルです。人間とコミュニケーションして、何かを得るためには、どれだけバックグラウンドとしての知識や教養が必要なのかということが如実にわかりますよ。
 アレックスの場合は、ゲイツの前では理解できなくても、後でインタビューの録音を聞き返してみたときにちゃんと気がつきます。つまり、脱・スローガンができている。そして、その過程すべてが描かれているということが、この本の非常に面白く、すばらしいところだと僕は思います。

 誰かに何かを求めても、そのとおりの言葉なんて返ってこないのが普通なんですよね。ところが、今の世代はファンタスティックな物語を期待してしまいがちです。尊敬できる誰かに会いに行けば、そこで何か素敵な物語が生まれて、自分が一歩成長できるはずだ、とか。
 でも実際にはそんなことは起きません。大抵、けんもほろろにされたり、馬鹿にされて終わったりする。RPGの世界で得られるような会話は存在しないのです。

 かといって、人生にはファンタジー性が一切ないのかというと、そうでもありません。緻密に組み立てても失敗することもあれば、「えっ、そんな偶然ってあるの?」というような出来事が起きて、突如成功することもある。『サードドア』にも、何の脈絡もなく突然ありえないような著名人に会えて話せている場面があり、驚かされます。
 偶然の成功もあれば、予測しえない失敗もあり、その繰り返しで現実が進んでいく。そのごく当たり前のことが、実にリアルに描かれている『サードドア』は、21世紀的な冒険譚という感じがしますね。

 かつては宝物を探す旅に出たり、怪物と戦うのが「冒険」でしたが、現代ではビル・ゲイツやザッカーバーグに会いにいくことそのものが、冒険譚として成立するわけです。SNSで大抵の著名人とは連絡を取れるのが今の時代ですから、現実的でもあります。
 ただ、この本を読んで「よし、自分も孫正義にメッセージを送りまくって会ってもらおう」と思う人が増えたら、迷惑な話かもしれませんが……。

■人は「消去法」で成長してゆく

 この本を通じてとくに考えたいのは、「人間的な成長とは何か」というテーマです。成長といえば、『スター・ウォーズ』や『ハリー・ポッター』の主人公がたどるような道を思い描く人々も多いと思うのですが、現実の人間は、あんなふうにドラマチックには成長しません。物語というものに縛られすぎなんですよ、われわれは。
 失敗をたくさんして、これはやっちゃいけないんだと気がつき、危険を回避することを学ぶ。つまり、消去法で成長してゆくわけです。つい「そこで光り輝く道が見えた!」というような出来事を期待しがちですが、そうじゃない。

 失敗や危険の道が山ほどあって、それを一つひとつ学んで回避していくことが数少ない成功への道であり、人間的な成長になる。地味な行為の連続なんですね。そして後になって、意外に成功していたことに気がつくものです。
 『サードドア』の主人公は失敗しかしていません。そしてその失敗をひたすら学んでいく。やっていることは、一見RPGに似ているかもしれません。裸一貫で冒険に出て、いろんなダンジョンに挑み、ラスボスのバフェットやゲイツに挑んでゆく。

 ところが、その道程では、賢者や長老が登場して、すばらしい助言をくれるわけではないのです。メンターとして、同年代の起業家エリオット・ビズノーが現れますが、勇者を導く存在なのかと思ったら、言っていることが結構適当で、あまり助言になっていない(笑)。
 この本を手に取ったときは、最終的には、ゲイツやバフェットやザッカーバーグに囲まれて、笑顔で握手して大成功に終わるのだろう――そんな華々しい結末をイメージする人も多いかもしれませんが、まったくそうじゃないところが、またいい。

 ウォーレン・バフェットとの話なんて最高ですよ。これだけ粘ったのならすごい展開になるのかと思ったら、最低の結末になるんだから(笑)。 「人生を学ぶ」ということならば、成功者が自分の半生を語った自伝よりも、『サードドア』のほうがずっといいと思います。
■失敗の本質を学べば、サードドアを叩ける

 結果的には、この本がベストセラーになり、アレックスは才能を発見されることになりましたが、本を書いた時点の彼は、まだ何も成功していません。彼にとっては、自分の失敗の連続を書いたこの本が、人生の中の、ある1つの地点なんだという捉え方になっている。

 ラストでは、父親の死に直面して、その先の持続する人生についてしみじみと考えるシーンがあります。そこが若い人々と共感できるところでもあると感じます。
 最近は、ハリウッド映画も変化しています。以前は、英雄が大冒険から帰還して、大喝采のうちに終わるというパターンが多かったのですが、そのような大盛り上がりのハッピーエンドではなく、気になるところで「to be continued」として終わるものが増えました。

 先進国の多くは、資本主義国家として、もう高度経済成長が期待できなくなり、定常化していく状態にあります。そういった中の特有の空気感が、「持続する人生」という感覚なのだろうと僕は考えています。
 英雄が成長して、お姫様と結婚して万歳……というのは、右肩上がりの近代の象徴のようなものだった。

 しかし、もう人々はハッピーエンドを期待しなくなり、大成功に終わるものより、いかに続いていくか、人生を持続させていくかということへの期待感のほうが強いのでしょう。日本では、『孤独のグルメ』や『ワカコ酒』のような、淡々と日常を描く「空気系」と呼ばれる作品が目立ちますが、アメリカでも同じです。

 とくに今は、GAFAのようなものが登場して、階層化も激しく進み、昔ほど「アメリカン・ドリーム」が現実的ではなくなっています。イーロン・マスクやザッカーバーグになるか、さもなくば低所得で暮らすかの両極端になっている。
 その点『サードドア』は、こんなやり方で成功する奴がいるのかという衝撃もあるんじゃないでしょうか。もっと面白いやり方で生きていくことができるんだなと。

 途中、追い詰められてかなり重苦しい場面もありますが、行きつ戻りつするそのプロセスの中で、主人公の人生に重みが生まれてもゆきます。表面的に読めば、こうやって有名人にメールを送りまくればこんな本が書けるんだと思い込む人もいるのかもしれませんが、まねをしても成功しません。
 ぜひ彼の結果ではなく、なぜ失敗したのかという「失敗の本質」について着目してほしいですね。そこを読み取って学ぶ力があれば、レールを外れて、サードドアを叩いて生きる人生を考えたとき、この本はいいサンプルになるだろうと思います。

■新時代のジャーナリズム

 『サードドア』は非常にジャーナリスティックでもあると考えています。ビル・ゲイツやクインシー・ジョーンズ、ラリー・キングなどインタビューに成功した部分だけをうまくまとめるという手法もあったと思うのですが、あえてインタビューにこぎ着けるまでの過程を、失敗も含めてすべて書いている。
 結果に至るまでの遍歴そのものを読ませることで、今の時代を象徴する物語になっているのです。前半と後半とではタッチが変わり、落ち着いた文体になっていくことで、主人公が学びを得て変化していくこともわかります。

 ジャーナリズムとはいったいなんなのか。東日本大震災の際、僕は、それを深く考えました。被災地に赴いて津波の痕を見たときに、第三者の自分がのこのこ現れて書けることなど何もないんじゃないかと思ったんです。
 人の話を聞いて書く取材記事はもはや意味をなさず、当事者性が必要なのではないかと。自分が行動したことを表現したほうがいい、実際にやってみて、自分がどう変わったのか、内発的な感情も含めて書いていくのが今の時代に合っているだろう、と。

 大上段から語るだけのマスコミに対して違和感を持つ人々が多いのも、「自分」のいないジャーナリズムだからです。今は、もっと主観的にコミットしていくことが光り輝く手法になると思いますし、アレックスも自分でコミットしたからこそ面白い。
 失敗も自慢も含めて、変にカッコつけるわけでもなく、かと言ってみじめさだけをさらしだすのでもない。そこが共感を得る秘訣でしょう。『サードドア』は、著者アレックス・バナヤンによる新しい時代のジャーナリズムでもある。僕はそう思っています。

 (構成/泉美木蘭)
佐々木 俊尚 :ジャーナリスト

最終更新:8月15日(木)6時20分

東洋経済オンライン

 

【あわせて読みたい】

Yahoo!ファイナンスからのお知らせ

【PR】Yahoo!ファイナンスからのお知らせ

平均年収ランキング

ヘッドライン