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レゴ「子供が求める玩具」見誤った失敗と教訓

7月21日(日)6時20分配信 東洋経済オンライン

2000年代前半、なぜレゴの業績はよくなかったのか? 子どもたちを観察すると、アルゴリズムでは見つけられない原因が隠れていました(写真:tkc-taka/PIXTA)  
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2000年代前半、なぜレゴの業績はよくなかったのか? 子どもたちを観察すると、アルゴリズムでは見つけられない原因が隠れていました(写真:tkc-taka/PIXTA)  
人文科学の有用性を説いた『センスメイキング』の著者であるクリスチャン・マスビアウ氏は、数々のグローバルカンパニーを成功に導いてきた。どのような方法を用いているのか――。2019年5月29日に立教大学にて行われた同氏による講演「AI時代におけるAIと人文科学の可能性」の一部を全3回にわたり公開する。

■アルゴリズムは「万能」ではない

 まずは5年前のことを振り返りたいと思います。当時、世界中ですべてがアルゴリズムで決定できるような感覚を誰もが持ち始めました。つまり、私たちの買い物や恋愛、出産のタイミングといった選択のすべてをアルゴリズムが正しく決定できるといった感覚です。
 しかし、私はアルゴリズムだけでは必ずしも世界を正しく描写することはできないと感じていました。これは、私が哲学を専攻した人間であり、歴史や美術史、心理学といった人文科学を学んできた同僚と一緒に仕事をしてきたからなのかもしれません。

 もちろん、アルゴリズムを使うべきではないと言うつもりはないのですが、自分のほうが、自分自身のことをよく理解していると思っていますし、それくらいの自信は持っていたいという気持ちもあります。
 実際、アマゾンを利用すると、アルゴリズムによるレコメンドが表示されますが、私は自ら商品を探したほうが、よりよい結果を得られることを確信しています。ある調査によると、アマゾンのレコメンド機能によって買われる商品の比率は10パーセントにも満たないとのことで、やはりアルゴリズムだけでは人間の本当のニーズを知ることは難しいようです。

 デートのマッチングアプリでも、「あなたはこの人と相性がいいですよ」「きっとこの人のことを好きになります」と提案する機能があるようですが、これを本当に信じている人がいたら、愛について一度立ち止まって考えることをお勧めします。感情や人生といった文脈をまず理解したほうが、より正しい選択をすることができるのではないでしょうか。そうしたときに重要となる知恵こそが、人文科学であると私は考えます。
 現在、多くのAIの開発はビッグデータを基礎として勧められています。つまり、センサーによって収集した膨大なデータセットを用いて、人の行動などを測定し、あるいは予測する。しかし、実はビッグデータだけでは正確に測定できない場合も少なくありません。そのことを、ある事例を挙げて説明したいと思います。

 ここで取り上げるのは、あるトラックの動きをビッグデータにより認識した結果です。データによると、このトラックは過去30分で12回にわたって急停止と発進を繰り返し、最終的に時速0マイルで停車しました。これがビッグデータによる認識ですが、ここからいったい、どういった状況を描写できるでしょうか? 
■トラックが急停止した理由

 答えを知るために、このトラックのドライバーを直接観察し、話を聞きました。すると、このドライバーは自然が好きで、頻繁にトラックから降りて自然と触れ合っていることがわかりました。

 頻繁に停止していたのは、自然が恋しかったからなのです。そして、最後に完全に停車したのは、通行の邪魔になっていた倒木をどけるためでした。話を聞くと、このドライバーは倒木を片付けながら、人の役に立てている実感から幸福感を感じていたことを知ることができました。
 こうしたリアルな状況を描写するのは、ビッグデータだけでは不可能です。トラックの動き自体は測定することができても、そこに含まれる“意味”を理解する、つまり「センスメイキング」をすることができません。私は、こうした意味を含むデータを「シックデータ(厚いデータ)」と呼んでいますが、本当に物事を理解するには、ビッグデータだけでなく、シックデータも大切なのです。

 では、どうすればシックデータを得ることができるのでしょうか?  ここではやはり人文科学の知見に基づく“観察”が重要になります。教養学部で歴史などを専攻してフィールドリサーチの経験を持つ人であれば、観察の意義を理解していただけるのではないでしょうか。世界を観察し、人々を観察することによって、意味を理解する。これこそが、人間にとって最も意義深い「センスメイキング」なのです。
 人間には本来、観察する力が備わっています。他人の感情を理解し、何が今重要なのかという文脈を把握できますし、500年前の作品を通じて、今とは違う世界に住んでいる人の感覚を理解することさえもできます。こうした能力を活用することは、アルゴリズムが発達する現代の世界においても、非常に重要だと私は考えます。

 ただし、シックデータを手に入れるには、現地に行って観察しなくてはなりませんから、相応の時間がかかります。この点においては、センサーから効率的にビッグデータを得るようにはいきません。ですから、ビッグデータとシックデータはどちらか片方ではなく、両方のいい部分を組み合わせることが大切なのです。
 私は、AIを開発する際には、人文科学を理解する人間と、コンピューターサイエンスを理解する人間が共に働かなければいけないと思っています。ビッグデータから正しい情報を抽出することも大切ですし、データを分析し人々の行動や心理を正しく認識することも重要だからです。こうしたコラボレーションは非常に難しい面がありますが、私たちは、つねにこれを試みています。

■子ども心を理解していなかったレゴ

 シックデータを用いることで、具体的にどのようなことができるのか。これまで私たちが手がけた事例をいくつかご紹介したいと思います。まずは組み立てブロック玩具で知られるレゴです。
 2000年代前半、レゴの業績は決していい状況ではありませんでした。そうした状況を受けて、当時新しいCEOとなったクヌッドストープ氏は、「われわれは子どもを理解できていないのかもしれない」といった発言をしました。これはある意味で勇気のある発言だったと言えるでしょう。そんなタイミングで、レゴから相談を受けることになりました。

 私たちが受けた依頼は、「子どもたちは、なぜ遊ぶのか」という根本的な問題を調べることにありました。当時のレゴでは、「子どもたちの集中力が低下している」「ADHD(注意欠陥多動性障害)が増えている」「複雑な遊び方が好まれなくなっている」といった製品開発の前提条件が据えられていたのですが、この前提条件が本当に正しいのかを知ろうとしたのです。
 そこで、私たちは子どもたちの観察を行いました。複数の国で、子どもたちの生活ぶりを間近で見せてもらったのです。この過程で、私たちは徐々にレゴによる前提条件の間違いを認識するようになりました。

 きっかけは、私たちが関わったADHDの診断を受けた少年との出会いでした。彼を観察していると、靴がボロボロであることに気がついたのです。その理由を尋ねると、毎日スケートボードの技の練習をひたすら繰り返していたからということがわかりました。遊びに夢中になるあまり、靴が磨り減っていたというわけです。こうした事例は、複数の国で発見することができました。
 そこで私たちが得た洞察は、「子どもは決して複雑な遊びを避けているわけではない」ということです。レゴは、子どもの集中力の低下という情報から、「遊びはシンプルなものがいい」と信じていたわけですが、それが間違えていたかもしれないというヒントを得ることができました。

 この結果を見たレゴのCEOは、「もしこれが本当ならば、私たちの製品の少なくとも7割をやめなければいけない」と言いました。その後、レゴは「Back to the brick」(レンガに戻ろう)というスローガンを立て、レゴの立て直しが始まったのです。間もなくレゴの業績は回復しました。
■アディダスの盲点

 次の事例は、スポーツブランドとして知られるアディダスのものです。10年前に私たちがアディダスと関わることになった当時、アディダスの執行役員はみんなアスリートでした。その結果、アディダスの製品やサービスには、「スポーツとは勝つことだ」というスローガンが反映されたものになっていたのです。

 ある日、そうした状況に疑問を持ったアディダスの執行役員から電話がありました。彼が打ち明けてくれたのは「すべてのスポーツにおいて、勝つことがすべてなんて言っていいのだろうか」「そもそもなぜ人は走るのだろうか」といったものでした。このような経緯で、私たちはアディダスのビジネス拡大に向けてコンサルティングを行うことになったのです。
 このときも、やはり観察をすることによって答えを得ることができました。スポーツをしている少女に会って話を聞いてみると、北米で「リトルブラックドレス現象」というものが起きていることを知ることができたのです。少女たちの多くは小さな黒いドレスを持っており、このドレスが似合う体型を目指してスポーツをしていました。

 つまり、彼女たちがスポーツをする目標は、アディダスが掲げていたような勝利のためではなく、ダイエットにあったのです。この洞察をきっかけに、アディダスはファッションデザイナーのステラ・マッカートニーの力を借りて製品開発を進め、「ファッションとしてスポーツウェアを着こなす」という哲学のもとでブランドを再構築することにしました。
 レゴとアディダスの事例は、いずれも、ビッグデータではなく、観察から得たシックデータのおかげで洞察を得ることができたというものです。そして、より深い観察を行うためには、人類学や歴史、哲学、心理学といった人文科学の知恵が必要なのです。

 【2019年7月26日10時40分追記】初出時、タイトルに誤植がありましたので修正しました。
クリスチャン・マスビアウ :ReDアソシエーツ創業者、同社ニューヨーク支社 ディレクター

最終更新:7月26日(金)10時45分

東洋経済オンライン

 

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