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LCCピーチが「会社のために働くな」と言う理由

7月17日(水)5時20分配信 東洋経済オンライン

Peachが2020年度内に受領予定のエアバスA321LRのイメージ写真(写真:Peach提供)
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Peachが2020年度内に受領予定のエアバスA321LRのイメージ写真(写真:Peach提供)
LCC(ローコストキャリア)のPeachは、ほかの航空会社にないような独自性の高いサービスに人びとの注目が向けられがち。でもその裏側には、揺るぎない意思決定をするリーダーと、その意思決定の揺るぎなさを共有する社員たちの存在があります。
このたび『「おもろい」働き方で社員も会社も急上昇する Peachのやりくり』 を上梓したPeachの井上慎一CEOや同社社員を約2年間にわたり密に取材してきた記者が、Peachの独創的な考え方や働き方のベースになっていることを伝えます。
■リーダーと社員が同じ方向を向いているか? 

Peachという航空企業の社員たちの働き方について、これまで「機内挨拶を大阪弁にしたら『おもろいんちゃう』」と「LCCピーチ『他業界出身のCA』を生かす3ステップ」という記事で、取材した実感などを伝えてきました。

 Peachは、社員が「おもろい」と思ったことをアイデア出しのベースにしたり、異業種で仕事をしていた人を積極的に活用したりする会社であるのは、お伝えしてきたとおりです。
 こうしたPeachの姿から、あなたは「この会社は、風変わりなことをして目立つことに躍起なのでは」と考えるかもしれません。そうした考えが、Peach社員にまったくないわけではないでしょう。

 でも、それだけでは、Peachの就航当初、日本のLCCは失敗するという声が多かったなかで、就航3年で単年度黒字化を達成、5年で累積損失を一掃するなど、「日本のLCCの優等生」という現在の評判を得ることにならなかったはずです。
 筆者が取材した実感からいうと、Peachは奇をてらう会社ではなく、リーダーも社員も同じ方向を向いて堅実に進んでいる会社です。

 井上慎一CEOは「なにを優先させるべきか」「社員はどういう存在か」「会社としてなにを目指すか」を明確にもっていて、それに従って意思決定をしています。そして、井上CEOの考えが社員に伝わっているからこそ、社員も「どうすべきか」と迷うことなく自分の仕事に集中でき、結果としてLCC(低コスト航空会社)としての成長を果たせているのです。
■「安全性」は絶対に優先すべきこと

 Peachが明確にしていることは「基本品質」の設定です。基本品質とはなにか。井上CEOは次のように説明します。

 「会社、チーム、個人活動のおおもととなる作業や物品の質のこと。例えば、いつも行列の絶えない料理店があるとします。そのお店は、お世辞にもきれいとはいえない。それでも並ぶ人が絶えない。なぜかといえば『おいしいから』です。そのお店にとっての基本品質、つまり『おいしさ』が保たれているからこそ、きれいでなくても人が並ぶわけです」
 Peachの場合、基本品質の第1に「安全性」があり、第2に「ちゃんと飛ぶこと」を設定しています。

 安全を保つこと。これはPeachが「絶対に優先すべきこと」としています。井上CEOは「絶対に優先すべきことは『絶対』なのです。たとえほかのことを犠牲にしても、優先しなければなりません」と言います。安全が損なわれたり、お客様からの信頼性が失われると経営そのものが成り立たなくなるという、強い意識が感じられます。
 Peachの安全性の最たる例の1つに「連続式耐空証明」の取得があります。耐空証明とは、航空機の車検のようなものです。通常は1機ごとに年1回、3~4日ほどをかけて、国による検査を受けますが、「連続式耐空証明」を取得すると、毎年義務付けられている耐空証明検査を受ける必要がなくなります。

 もちろん、連続式耐空証明を得るには、国から適切な整備体制が確立されていることや、継続的に安全性が保たれていることが認められる必要があります。Peachは、この連続式耐空証明を日本の航空会社としては最速の3年7か月ほどで、保有する全機で取得しているのです。
 LCCは、運営にかかるコストをやりくりなどで抑えて、低運賃を実現させることが勝負のひとつ。けれども、井上CEOは「安全にかかわる部分は、お客様の印象にかかわる部分とともに、コストをかけることを惜しまない」と言っています。

 あなたの会社にとっての「基本品質」とはなんでしょうか。なにが最優先にきて、なにがその次にくるでしょうか。あなたの会社の基本品質を、ほかの社員とのあいだで明確にしておくと、判断や意思決定にブレが生じにくくなり、チームとして成果を出せると思います。
 社員とはどういう存在かという点でも、井上CEOの考え方を通じてPeachのベースにあるものが感じられます。それは「社員とは、この会社のために仕事をする人ではなく、自分の価値を上げるためにこの会社で仕事をする人だ」という考えです。

 実際、例年の入社式で、井上CEOは入社した社員に向けて、次のようなスピーチをしているといいます。

 「ピーチという会社は、自分のバリューを高めるための場です。会社のために働くなんて思わないでください。自分のために働いてください。ピーチを積極的に活用してください」
 経営者が社員をどのような存在と見るかは、当人の考え方、さらには経営哲学によるところが大きいもの。井上CEOも、経営面での合理性があるからというより、一人ひとりの人生を思って、社員をこうとらえるのでしょう。しかし、社員は「会社を自分の価値を高めるために使って」とリーダーから公言されることにより、自身の仕事への向き合い方、端的にいえば、仕事へのやる気が高まるのではないでしょうか。

 さらに、入社した社員にこうも伝えるといいます。
 「(あなたたちに)ヘッドハントがきて高い給料で引き抜かれたとしたら、それは私の本望です。ただし、『またピーチに戻りたいな』と思ってくれるように、私もこの会社のバリューを上げていきますからね」

 会社のためでなく、自分のために仕事をする。そうである以上、退社したらその会社と縁が完全に切れてしまうのではなく、また同じ会社に戻って仕事をすることが自分のためになると思えば、戻ることができる。会社と社員はそうした間柄にあることを公言しているのです。
 実際、Peachには、客室乗務員を退社後、いったん別のキャリアを経て再びPeachの客室乗務員に復帰する社員も多く、社内では「大桃」と呼ばれています。いったん英会話学校のコーディネーターとして仕事をし、コミュニケーション力を養ってから、再びPeachで活躍するといったキャリアの客室乗務員もいました。

 会社と社員のかかわり方が多様化しているなか、「社員は自分の価値を高めるために仕事をする存在である」「いつでも復帰のための門を開けておく」といった考え方は、経営者がもつべき新たなモデルになるのではないでしょうか。
■伝わる言葉を創ることに努力を惜しむな! 

 世の中にある仕事や事業のほぼすべては、「伝える」という行為があって成り立っています。Peachが会社としてなにを目指しているか。これも井上CEOは社外にも社内にもわかりやすい表現で明確に伝えようとしています。

 ところが、井上CEOは「自分の話は3割くらいしか伝わらない」とも言います。だから、「言葉を選んだり創ったりすることの大切さを覚え、できるだけ相手に伝わることを心がけることを惜しんではいけない」と言います。
 井上CEOが、Peachが目指すことを伝えるために、考え抜いた言葉があります。それは、「Peachが目指しているのは空飛ぶ電車」です。「空飛ぶ電車」とはどういうことでしょうか。例えば、乗客が新幹線チケットを自動券売機で買うのと同じように、乗客が自分で航空チケットを手配します。駅で改札を通るように、空港でのチェックインも乗客が自分でします。そして、新幹線でのワゴンサービスと同様、機内の飲食はお金を払って買います。
 このように、鉄道サービスではごく当然に考えられているサービスを、航空サービスで実施しているわけです。

■「空飛ぶ電車」の挑戦は続く

 電車に気軽に乗るような感覚を、航空機の利用客にももってもらえれば、人びとの「空の旅」はより身近なものなる。Peachとしても、乗客に電車感覚で自ら行ってもらうことで、浮いたコストを低運賃などに反映することができる。こうして、航空業界のイノベーションを起こそうとしているわけです。実際、Peach機には、花火大会に行くために浴衣で搭乗するような乗客もいるといいます。
 「空飛ぶ電車」の実現に向け、いまもPeachは走り続けています。先月の6月20日、同社は初就航から約7年4か月での累計搭乗者数3000万人突破を発表しました。そして、これから控えているのがバニラエアとの統合です。「今年度末をめどに完了するバニラエアとの統合により、Peachのネットワークは国内外にさらに拡大いたします」と井上CEOはコメントしています。

 世界のLCCのなかでは遅れてやってきた新参者のPeachですが、その挑戦はまだまだ続いていきそうです。もちろん、「おもろい」働き方を忘れることなく。
 Peachの独創的なサービスや働き方は、すべての会社に通用するものではないかもしれません。でも、どんな仕事でも「おもろさ」を感じながら働くことは、きっと生産性を高めることにつながるでしょう。
漆原 次郎 :フリーランス記者

最終更新:7月17日(水)5時20分

東洋経済オンライン

 

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