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かんぽ生命の不正問題は一体誰の責任なのか

7月12日(金)15時00分配信 東洋経済オンライン

契約者の不利益につながる保険契約の乗り換えが大量に発覚し、謝罪会見するかんぽ生命保険、日本郵便の経営陣(写真:風間仁一郎)
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契約者の不利益につながる保険契約の乗り換えが大量に発覚し、謝罪会見するかんぽ生命保険、日本郵便の経営陣(写真:風間仁一郎)
■1年前から指摘されていた勧誘問題

 日本郵便の職員が高齢者に対してかんぽ生命の契約で強引な勧誘を通じて不利益な契約を行っているというニュースは、今から1年半ぐらい前から流れていました。会社はそれを否定してきていたのですが、ここにきてその問題が一気に噴出しました。

 状況が動いたのは6月24日で、日本郵政の社長によれば、昨年11月の契約2万1000件の自社調査で、乗り換え契約が5800件にのぼり、その中に顧客の不利益になる契約を複数確認したことを発表して、謝罪したのです。
 6月27日以降つぎつぎと追加の調査結果が発表され、7月10日時点で保険の乗り換えで顧客が不利益をうけた恐れのある契約が9万件を超えることがわかりました。

 詳細がわかってくると、この事件は日本郵便の職員の営業ノルマと直結していることがわかってきました。顧客が既存の保険契約を、新しい別の契約に乗り換えても営業ノルマのポイントにはならないという社内の仕組みがそもそもあって、それで2種類の不正が行われていたのです。
 ひとつは新規契約を締結した後、古い契約もそのまま残して7カ月目に解約させるという手口です。6カ月以内に古い契約が解約されると新規分が営業ノルマとしてカウントしてもらえないからなのですが、結果として契約者は6カ月間、保険料を二重払いすることになります。

 もうひとつ、こちらがより深刻な不正ですが、先に既存の契約を解約させる手口です。そして4カ月経ってから顧客に新規の契約を結ばせるのです。これは解約後3カ月以内に新規契約があるとノルマとしてカウントされないという社内ルールから編み出された手法ですが、その結果、無保険期間が生じる契約者が出るうえに、高齢になってからかかった病気のために新規契約が結べない契約者が続出したのです。
 生命保険というものは将来病気になったときの保障のための金融商品です。それをノルマを理由に言葉巧みに解約させたうえに「あなたは病気だから新しい保険には入れません」という営業が行われていたのです。

 その規模が大きくなり、隠しきれなくなって、今回のような大事件に発展したわけです。信頼を失ったかんぽ生命の株価は10%以上下落し、株主は1000億円以上の損害を被りました。

 外形的にはかんぽ生命の大半の営業を委託している日本郵便の職員が起こした不祥事ということですが、この問題の責任はいったい誰にあるのか?  この記事ではそのことにフォーカスして考えてみたいと思います。
 実は今回私がこの記事を書こうと考えた最大のポイントはここにあるのですが、このような問題について法律的な側面と、経営学的な側面とではその理解と解釈が180度異なります。

 一般に現場の営業が9万件のレベルで不正を行ったという場合は、弁護士などの法律の専門家の立場では不正を行った当事者の責任がまず重いと考えがちです。

 理由は、経営陣は最初から「不正は行ってはならない」ということは職員に告知していますし、適正な契約プロセスがどうあるべきかを職員に明示しているからです。
 不正が起きた場合、不正を行ったものはそれが悪いことだと認識しながら不正に手を染めたことになる。ですから経営者の責任としては、

1. もう一度社内ルールをはっきりと明示する
2. 二度と不正が起こらないようにコンプライアンス研修などを実施する
3. 被害者に対しては謝罪、救済および補償を行う
4. 当事者を処分する
 といった対応がその軸になります。

 少しだけ話題がそれますが、わかりやすいので例として挙げさせていただくと、闇営業が問題になった吉本興業が採った対策がこれで、芸人全員に研修を受けさせるとともに、不適切な営業に参加した芸人を謹慎処分にしたわけです。
 おそらく今回の不祥事も、日本郵政グループの中の処分はこのような枠組みで進み、不正な営業行為をした郵便局員がいちばん重い処分を受けることになると私は予想しています。

■経営実務論では「経営者」が最も悪い

 一方で、経営実務論ではまったく別の捉え方をすることがあります。現場の営業が9万件のレベルで不正を行ったという場合はそのような仕組みを作った側にもっと重い責任があるという考え方です。つまり経営者がいちばん悪く、営業ノルマの仕組みを設計した人がその次に悪いと考えるのです。
 日本郵便ではゆうちょ銀行では現場での組織単位のノルマがきつくなる一方で、契約インセンティブを勘定にいれないとやっていけないほど現場の給与が抑えられるような仕組みになっていたといいます。

 顧客さえ納得させて同意書にサインしてくれれば(これは高齢の顧客が真に理解してという意味ではありません)、これまでの契約を解約させて、そこから時期をずらして新規契約をとることでノルマが達成できる。そのような仕組みがつくられているから契約者に不利益となる解約や新契約をすすめる現場職員が多数出てきた。それが数人ではなく数万件レベルで起きたという事実をもって、そのような仕組みを設計した側の責任のほうが重い。経営実務論ではそう考えるのです。
 でももし経営側は遵法を強調していたのに、それに反して現場の営業が法律に反する不正を働いたのだとしたらどうでしょう。それでも現場よりも本部の責任が重いといえるのでしょうか。実はここに不正誘引という考え方が存在します。

 この考え方は私が米国公認会計士試験に合格した際に受講したコンプライアンスに関する講座で初めて耳にした言葉です。当時、つまり十数年前にはあまり聞かなかった、比較的新しい言葉でした。

 不正誘引をものすごく簡単に説明しますと、例えば会社の倉庫があって、その倉庫にはかぎがかかっていなかったとします。社員はかぎがかかっていない倉庫の中にいろいろな会社の備品や商品が入っていることを知っています。それで会社の倉庫からいろいろなものを盗み出してしまった。それはいったい誰の責任なのかという話です。
 コンプライアンス講座を受講した当時、私は、会社のものを盗んではいけないのが自明だから、盗んだ従業員に責任があって、会社はその従業員を見つけて処罰すべきだと考えました。しかし教えられた考え方はその逆で、倉庫にかぎをかけなかった会社がいちばん悪いということなのです。

 会社の経営陣は株主から預かった財産を守る義務がある。にもかかわらず倉庫にはかぎがかかっていなかった。それを知った少なからずの従業員が不正を誘引されて会社に損害を与えている。直接会社に損害を与えた従業員も2番目に悪いのは事実だが、いちばん悪いのは従業員に不正を誘引させた経営陣のほうだという教えです。
 実はこれは21世紀に入ってコンプライアンスが強化されたアメリカの法律の基礎となる考え方です。よく不祥事が起きたときに経営陣が「私の知らないところで現場が不正を行った」と弁明しますが、その弁明自体を悪いことだと新しくルールで決めたのです。

■株主に対しての誓約

 あくまでこのルールの適用範囲はアメリカで上場している企業に限った話ではありますが、日本企業でもアメリカ市場で株式や債券が売買される企業にはこの原則が適用されます。そのような日本の大企業の経営陣は実はアメリカの証券取引所に対して「私は社内に不正が起こらない仕組みをきちんと作っています」と宣言してサインをしているので、社内に不正が起きて株価が下落すればアメリカの株主に訴えられるのです。
 私はこの考え方は、日本の法律がどうかという話とは別に、グローバルな経営を目指す企業経営者は当然理解し、原則として採り入れて行動すべき基本原則だと認識しています。

 つまりまとめると、グローバルな経営原則としてコンプライアンスの観点から捉えれば、かんぽ生命の問題では日本郵政グループ全体で、経営陣の責任と、今回のようなインセンティブを設計した責任者が処分されるべきだというのが経営実務論的な考え方なのです。本部が責任をとらなければ問題は解決しない。これがこの事件の本質です。
 さて、今回の事件で実は私はもうひとつ気になったことがあります。かんぽ生命が起こした不祥事について、生保業界から冷ややかな視線が送られていることです。「あのような遅れた営業スタイルはもう何年も前に業界からはなくなっている」「かんぽ生命の不祥事で、ほかの生命保険会社まで同じようなことをしているように見られるのは不満だ」という声です。私はこれはちょっと違うのではないかと思うのです。

■25年前に起こった契約切り替え事件
 実は25年前ぐらいにこんなことがありました。個人的な経験です。結婚してすぐのことでした。家内から相談を受けたのですが、職場で新しい生命保険への切り替えを強く勧められているのだけれど切り替えていいかどうか一緒に話を聞いてほしいというのです。それで自宅を訪問した営業の方の話を一緒に聞くことになりました。

 営業ツールを見せられながら説明していただいた内容は、新しい保険のほうがいかにメリットがあるのかという説明ばかり。新しいリスクに対して新しい保障を提供してくれるというよい話をたくさん聞きました。それで「いいじゃないか」ということになって契約を乗り換えたのです。このとき少しばかり不安になって「なぜいいことばかりある商品への乗り換えを営業しているですか」と聞いたのですが、営業の方は「保険は長くお客様とおつきあいする商品ですからそれが当然です」とお答えいただきました。
 さて、半年ぐらいして週刊誌に生保業界で悪しき契約切り替えが横行して社会問題になっていることが告発されるようになりました。要はバブル崩壊前の高い予定利率の契約は生保会社にとって損失が出るため、低い予定利率の新商品へと切り替えるという、顧客に対する不利益な営業が生保会社の本部の指導で横行しているという話だったのです。

 大手生命保険会社と契約していた私の家内もそれに巻き込まれていて、将来戻ってくる返戻金が数百万円の単位で減らされる新しい契約を結ばされていたことが後から判明しました。営業から説明されなかった約款に小さく書いてあったそうです。
 この話の怖いところはふたつあって、ひとつは生保会社の本部が本気で契約者をだまそうと思ったら、消費者はまず気づかないということです。今では法律が変わって、当時のように重要事項を説明しないで切り替えをすれば契約無効になると言うかもしれません。しかし高齢者が相手なら今の厳しいルールでも不利な契約変更は簡単にできます。実際、かんぽ生命の不祥事はそれが今でもできることを証明しています。

 もうひとつ怖いところは、20代の頃にそうやってだまされた私の家内のような消費者が、その不利益に苦しむことになるのはその50年後の遠い将来だということです。少なくともうちの家内はまだ50代なのでこの当時に受けた不利益はまだ表面化していない。70代ないしは80代になってはじめて契約の差が表面化する。この「本当の被害はずっと先だ」という時限爆弾がもうひとつの大問題です。
■責任を取らされるのは関係のない次世代社員

 今回の不祥事を受けて「生保業界ではもう10年以上前にそういった営業はやめている」「かんぽ生命が業界の評判を下げるのは生保業界にとって困ったことだ」という他社からの冷めた論調が報道の合間に垣間見えます。

 しかし生保業界の人に思い出していただきたいのは、生命保険は超長期金融商品だということです。30年前にたくさんの消費者をだまして不利益な切り替えを推進した利益は、そのまま過去30年間、会社の利益や職員の手当を増やしたことでしょう。しかし契約者のデメリットが表面化するのはこれから先の未来であって、契約者にとっては過去に業界が引き起こした問題はまだ始まっていないのです。
 契約者をだませば職員も幹部も儲かる。しかしその被害はだました世代が引退した後になって表面化する。これが生保業界が販売する商品の宿命です。

 かんぽ生命は不正の被害者一人ひとりの契約を確認し、不利益が判明した場合、契約を元に戻すことを表明しています。実際にそれが行われるかどうかについては消費者が厳しく監視をすることが必要だとは思いますが、企業の姿勢としては一定の評価ができます。

 逆に言えばそれくらいの対応ができない組織には、50年にわたる契約者の人生に寄り添う生命保険会社としての仕事を任せるのは適切ではないと思います。あくまで私見ではありますが、ここできちんと責任ある対応を見せれば、かんぽ生命のほうが1990年代に予定利率の切り替え契約を推進した大手生命保険会社よりも社会責任を果たす会社であることが証明できる。私はそう考えて日本郵政グループの対応を見守っています。
鈴木 貴博 :経済評論家、百年コンサルティング代表

最終更新:7月12日(金)15時00分

東洋経済オンライン

 

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