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チケット不正転売が厳しく禁じられた真の意味

6月25日(火)16時00分配信 東洋経済オンライン

法規制を強化すれば万事OKというワケでもない(写真:GlaserStudios/iStock)
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法規制を強化すれば万事OKというワケでもない(写真:GlaserStudios/iStock)
 6月14日、チケットの高額転売を規制する法律「チケット不正転売禁止法」が施行された。続いて20日には、東京オリンピックのチケット購入に関する抽選結果が発表され、当選の喜びの声と落選したことによる失望の声の双方が、インターネット上で大いに話題になった。まさに世紀の一大イベントとチケット販売開始に間に合うかたちで法律が施行されたというわけだ。

 チケット不正転売禁止法では、「特定興行入場券」について、業として、興行主やその委託を受けた販売業者の事前の同意を得ないで、販売価格を超える金額で有償譲渡する行為(不正転売)、また、不正転売を目的として譲り受ける行為(不正仕入)をそれぞれ禁止しており、これらの行為を行った場合、1年以下または100万円以下の罰金となる。
 犯罪成立のために、迷惑防止条例のように「公共の場所」で行われる必要はないから、インターネット上での転売も対象となる。また、不正仕入も対象となるため、転売に至らなくても、不正転売を目的として仕入れた時点で検挙することもできる。さらには、チケット転売サイトも不正転売チケットを取り扱っていれば、幇助犯として検挙することが可能だ。

 なお、本法で対象としているのは、映画、演劇、音楽などの芸術・芸能やスポーツなどの興行の入場券のみである。したがって、電車などの乗車券、指定券や整理券、サイン会や握手会の参加券は含まれない。
■チケット不正転売禁止法が立法された背景

 かつてのダフ屋行為は主に屋外、とくにイベント会場付近で行われていた。したがって、これらの行為は公共の治安に害をなすものとして、各都道府県の迷惑防止条例で取り締まっていた。「公共の場所」や「公共の乗り物」において、チケットを買ったり売ったりするような行為が対象となっていたのである。

 しかし、インターネットの発達により、今では実際に対面で取引を行わなくてもチケットを転売することが可能となり、これによって取引量は爆発的に増加した。
 もっとも、急用などにより行けなくなってしまったイベントのチケットを、求める人に譲渡すること自体は社会的有用性のある行為である。問題は、チケットを確保する手法にある。

 大量のメールアドレスを自動作成し、会員登録。自動的にデータを入力するbotと呼ばれるプログラムを用いて、1秒間に数百回もアクセスして予約する手法や、専用アプリを用いて予約窓口に断続的にかけ続け、一般利用者からの架電をブロックする手法などを用いて、チケットを買い占めたうえで値段を釣り上げて暴利を獲得するようなやり口が横行した。
 こうした「転売ヤー」が、TVCMによって大々的に展開していた「チケットキャンプ」などの転売サイトを利用することによって、チケットの2次流通市場は大きく歪んでいった。

 他方で、前述の通り、現在ではチケット転売の多くがインターネットを通じて行われるのだが、ネット空間が「公共の場所」に当たるかどうかは議論があり、警察はこれまでネット上の転売を迷惑防止条例で摘発することには慎重だった。

 2017年5月には、人気グループ「EXILE」のチケットを転売目的で購入した男性が逮捕されているが、このときはコンビニエンスストア内における端末で購入した行為が被疑事実として逮捕されている。ネット上の購入を摘発することができないために苦肉の策が用いられたことがよくわかる事例だ。
 一方で、迷惑防止条例から一歩踏み込んで詐欺罪を適用した事例もある。2016年には、「サカナクション」のコンサートの電子チケットを転売目的で取得した男に対して、神戸地裁が詐欺罪の成立を認め、懲役2年6カ月・執行猶予4年の判決を言い渡した。

 詐欺罪は、罰金刑はなく最大で10年の懲役という非常に重い刑罰となるうえに、迷惑防止条例と違って転売チケットを購入した者も別の犯罪で検挙可能となり、転売サイトのような仲介業者も共犯とできる点が大きい。
 実際に、2018年には、チケットキャンプの運営会社社長らも、転売業者と共犯関係にあるとして書類送検されており、結果的にチケットキャンプは2018年5月末でサービス終了に追い込まれることとなった。

 他方で、詐欺罪が成立するためには、あらかじめ転売の目的を有していたことを立証することが必要である。

 これらの法規制がいずれも一長一短なのは、チケットの不正転売そのものを取り締まるものではないためである。そこで今回、チケット不正転売を正面からターゲットとした法規制が作られたというわけだ。
■それでも依然として残る曖昧な部分

 それではチケット不正転売禁止法が成立したので、万事解決に向かうかというと、コトはそう簡単でもない。

 現実に、チケットを取っていても急用で行けなくなることはありうる。その場合にインターネットを通じて転売することができれば、売り手にとっても買い手にとっても、興行側にとっても望ましいことであることは間違いない。

 そうした場合、チケット不正転売禁止法では、あくまで「業として」不正転売することを禁止しているので、1回限りの転売行為は規制対象とはならない。しかし複数回繰り返していった場合にどのように判断されるかは依然として不明である。
 また、現行法では、定価を1円でも上回る価格で譲渡すれば不正転売となる可能性がある。チケットと何かのグッズを抱き合わせて譲渡したり、実費を超えるような手数料を付加したりすることも、実質的な判断により不正転売となる可能性が高い。

 大前提として、自由主義経済においては、モノを安く仕入れて市場で高く売るというのは、極めて合理的な経済活動である。このことは、株式や不動産の取引市場が合法的に存在していることからも明らかである。ましてや、イベントチケットのような生活必需品とはいえない物品の取引を法律で規制することは、よほど高次の政策的な理由でもない限り、およそ妥当ではないのである。
 今回、法整備を急がれた背景には、やはり東京オリンピックを控えているということが大きいのだろう。

 イベントチケットにおいても、インターネットの発達によって、遠く離れた見知らぬ人同士の間でも、チケットの需給を効率的にマッチングできるようになったことによって、社会全体の効用を増加させていることは事実である。そう考えれば、基本的に技術革新によって生まれた利便性を損なうような規制を設けることは、社会経済的には原則として行うべきではないのである。
 2016年8月には、多くの著名アーティストが連名する形で「私たちは音楽の未来を奪う高額転売に反対します」という訴えを各全国紙に掲載したことが話題となった。

 アーティストや興行側からすれば、自分たちとはまったく関係のない転売業者が、転売で利益を上げていることを許せないのは感情としてはよくわかる。

 そして現実的に、音楽業界はCDを含む楽曲の販売から、ライブ収益やグッズ販売に重点を置く形にビジネスモデルが変わっており、ファンがチケット購入により多くの金額を払うことを余儀なくされれば、グッズを買う余裕がなくなり、結果的に収益に大きな影響が出てしまうことも確かである。
■規制を強化するだけでは根本的な解決にならない

 しかし、それはあくまで間接的な結果であり、チケット転売業者がアーティストや興行側の利益をかすめ取っているわけではない。そもそもあるチケットにプレミアムがついて10万円でも買う人がいるのであれば、そのチケットには10万円分の市場価値があるといえる。それを1万円で販売しているのであれば、差額の9万円を最初から放棄しているともいえるのだ。

 確かにbotなどのプログラムを利用して行われている不正な買い占めは、市場取引における逸脱行為ともいえる。したがって、こうしたプログラムを悪用した買い占め行為を禁止することは妥当であると思われる。
 海外でも、アメリカのBetter Online Ticket Sales Act(BOTS法)や、イギリスのDigital Economy Act 2017(デジタル経済法)では、botを利用して大量にチケット購入を申し込む行為を禁止している。

 チケット不正転売禁止法を所轄する文化庁においては、昨年から漫画村などの違法ダウンロード問題を受けて、サイトブロッキングやダウンロードの違法化が議論されているが、諸問題の解決策としてまず法規制を打ち出すことには疑問なしとはしない。
 【2019年6月27日7時40分追記】法規制を打ち出すことに対する見解の記述に誤りがありましたので上記のように修正しました。

 いたずらに規制を強化するだけでは社会の諸問題の根本的な解決にはつながらない。むしろ、規制によって民間の活力やイノベーションを奪うことは往々にしてありうるのだ。

 技術革新によって生まれた情報社会や新しいビジネスモデルによって提起された法的問題については、法規制と自主規制の中間にある「共同規制」によって対応していこうとするのが、EUを含めた先進国における最近の潮流である。
■求められるのは業界全体での創意工夫

 そうした中で、法規制と並行して進める必要があるのが、業界における創意工夫である。すでに一部進められているものの、顔認証、携帯電話の個人認証、ブロックチェーンなどの技術を使って厳格かつ効率的な本人確認を進めるべきだろう。テクノロジーを駆使すれば法規制に頼らずとも、適切にチケットの流通をコントロールすることができるはずだ。

 また、転売業者がはびこる原因としては、チケットの定価と市場価格との間に乖離があることが大きい。たとえ高額の代金を支払ってでも見に行きたい人がいる場合、入場エリア、入退場順序の優先、特別グッズの優先販売などの各種特典をつけたプレミアムチケットを販売するなど、価格設定を柔軟に対応することは海外では当たり前のように行われており、これに習うところは大きい。
 さらに、販売状況によって価格が変わっていくようなシステム「ダイナミックプライシング」を入れることも一案である。例えばホテル宿泊料や航空券については、繁忙期か閑散期なのか、平日か土日なのかなどによっても価格が大きく変動しており、さらには直近の販売状況に応じて価格が変更されるのである。

 こうした需給を反映したレベニューマネジメントを行うことは経済的には極めて合理的であり、ユーザー側にも一定のメリットがある。どうしても興行の場合は、ファンからの反発を恐れてしまうのかもしれないが、一考の余地があるだろう。
 最後に、適法な転売が可能な場として、公式の転売サイト「チケトレ」が提供されているものの、手数料が高いことや、発券済みのチケットの場合公演日より10日前までに出品する必要があるなど、現状では決して使い勝手がいいとは言えない。

 実際にチケットを譲渡する必要が生じた場合のサポートとしては、複数の選択肢の存在によって競争原理が働くという前提で、公式サイトのみならず、さまざまな転売サイトが存在することが望ましい。また、チケット不正転売禁止法に基づき定価でしか転売することができないのだが、そうであるならば、そもそも市場価格との乖離を埋めるような施策も併せて検討されるべきだろう。
 実際にチケット不正転売禁止法では、興行主に特定興行入場券の不正転売の防止等に関する措置を講ずる努力義務を負わせている。法規制の上にあぐらをかくのではなく、自助努力によって社会全体の合意形成を行っていく必要があるだろう。
田上 嘉一 :弁護士、弁護士ドットコム執行役員

最終更新:6月27日(木)7時44分

東洋経済オンライン

 

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