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トランプ大統領の敵は中国でもイランでもない

6月25日(火)6時30分配信 東洋経済オンライン

今後トランプ大統領はどう動くのか。「大阪で米中貿易戦争が休止するかどうか」といった「狭い視点」で見てはいけない(写真:ロイター/アフロ)
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今後トランプ大統領はどう動くのか。「大阪で米中貿易戦争が休止するかどうか」といった「狭い視点」で見てはいけない(写真:ロイター/アフロ)
 今年1月、英国の名門であるロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)で、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授が以下の興味深い話をしていた。いうまでもないが、教授は自身がウエストポイント(陸軍士官学校)出身であり、現在外交軍事が専門の「リアリスト系政治学者」としては第一人者である。重要なので引用する。

「2001年9月の同時多発テロの後、アメリカは直ちにアフガニスタンに宣戦布告した。同12月にはタリバンを放逐しほぼ全域を沈静化した。すると、2002年初頭にブッシュ政権の近辺で「次はイラク?」の噂がたった。真っ先にこの風を感じ取ったのが当時のイスラエルだ。同国のシャロン政権はすぐさまワシントンに高官を派遣した。そこで『なぜアメリカはイラクを標的にするのか。危険なのはイランではないのか』と詰めよった。この時、ブッシュ政権は『心配するな、イラクは低いところになっている果実のようなものだ。われわれはイラクの後でシリアとイランを攻略し、必ず中東全域をアメリカの支配下にすると答えた」(1月21日SOAS大学にて、公式サイト)
■アメリカのイランへの圧力はずっと続いてきた

 教授の話を裏付けるように、2002年の1月29日の一般教書演説で、G・W・ブッシュ大統領は、イラン・イラク・北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しで非難した。そして同5月、当時国務次官だったジョン・ボルトン氏が、この3カ国にキューバ・リビア・シリアを加えた。

 そして信じられないほど「予定通り」に、アメリカはイラク戦争に突き進んだ。それから16年。この間アメリカのイランへの圧力はずっと続いた。だが民主党のオバマ政権は対イラン強硬派勢力とは一線を画し、ドナルド・トランプ大統領も、最初の組閣ではボルトン氏を政権に押し込もうとする勢力に対し、「俺はTV映りが悪いあの髭が嫌いだ」と、なんともトランプ大統領らしい言い回しでその圧力をかわしていた。
 トランプ政権になって、中東ではシリアへのミサイル攻撃はあったが、大統領は娘婿のジャレッド・クシュナー氏を介して親イスラエル政策を掲げる一方、全体としてはタカ派的な政策はマイク・ペンス副大統領に任せてきた。そして自分自身は北朝鮮の金正恩氏と何度も会談するなど、焦点を絞らせないように立ちまわってきた。

 だが、それが難しくなったのがこの5月前後からだ。

南米ベネズエラのマドゥロ政権転覆を画策したものの、それが失敗すると、返す刀でイランへの圧力が急速に高まった。そして、すぐさまペルシャ湾にはB52が派遣された。このB52にはボーイング社が2012年に開発に成功した最新鋭の電磁波ミサイルのCHAMPが搭載されている可能があるという(注:CHAMP:Counter-electronics High Power Microwave Advanced Missile Project。アメリカ空軍はすでに20発のCHAMPミサイルが発射可能の状態でどこかで展開されていることを公式に表明している)
 また、この頃、順調だった米中貿易協議で突然中国側の態度が変わった。対抗処置としてトランプ大統領は再び関税を持ち出し、株は下がった。結果、直近のFOMC(米連邦公開市場委員会)でFEDは声明文から政策金利の判断において「patient」(辛抱強くなる)の文言を取り去った。

 これで7月以降に金融政策が変更される可能性が高まった。市場はほぼ100%の利下げを織り込んでいるが、個人的には時期尚早だと思う。現在世界の中央銀行は連携して「もし」事態が悪化すれば「断固としてアクト」(躊躇なく行動する)と強調している。だが、言い換えれば事態が悪化しなければ「アクト」はしないともいえる。FOMCの結果、市場は好感しているが、本当に利下げが始まるためには、利下げを先走ったことが裏目に出て、マーケットが下落することが必要だろう。もしG20で米中会談が好転すれば、利下げがなくなる可能性もある。
■トランプ大統領の真の敵とは? 

 いずれにしても、これらの国内外の一連の動きは、2020年の大統領選がスタートしたことと無関係ではない。そこで、改めてこのコラムで一貫して主張していることを確認すると、「トランプ大統領の真の敵は中国でもイランでもなく、彼の再選を阻む全ての勢力が真の敵」ということである。

 もしその延長線上で、中央銀行のFEDが足を引っ張ると感じたら、ジェローム・パウエルFRB議長もトランプ大統領には敵になる。トランプ大統領の弾劾を諦めない民衆党勢力もさることながら、間違っても共和党内部から反逆者を出さないためには、トランプ大統領は、今は共和党内のディープステート(内部に潜んでいる、政権に従わない勢力)とも妥協する必要がある。
 その妥協が始まったのは、民主党のジョー・バイデン氏の優勢が伝わった5月だった。この頃、中国は結局アメリカと妥協しない覚悟を決めたのではないか。つまり、たとえここで中国が米中貿易協議で態度を変え、トランプ大統領個人と妥協し、彼の再選を援護しても、再選後のトランプ大統領が中国への融和策を取るとは限らない(個人的には真逆を予想)。またトランプ大統領が再選されなくとも、バイデン氏が次の大統領なら、それはそれでやはり中長期的に中国の利益にならないと考えたからだろう。
 この微妙なバランスの中、トランプ大統領本人は、中国・イラン問題をどう選挙で有利に使うのだろうか。トランプ大統領は、タカ派外交が必要になるとペンス副大統領やボルトン氏を巧みに使いながら、自分自身は翌日には「どうなるか見てみよう」などといい、常に他人事のような発言をする。

 これは、結果が悪く出た場合に備えたトランプ流のヘッジだろう。そんな中、イランへの軍事行動は、アメリカ国民の心の傷となったイラク戦争を敢えてあぶり出す巧妙な選挙戦略も感じられる。
■民主党バイデン氏に残る「傷跡」、予備選で早期撤退も

 まず整理すると、今アメリカは7つの国と交戦状態が続いているといってよい(アフガニスタン・イラク・シリア・イエメン・ソマリア・ナイジェリア・リビア)。21日、トランプ大統領は、いったん許可したイラン攻撃命令を直前で取りやめる「トランプ流」を断行したが、ここでイランと戦闘状態になった場合、困惑するのは、実は大統領選で最もトランプ大統領の強敵とされるバイデン候補だろう。
 なぜなら、民主党予備選の鍵を握る若者は、2003年のイラク戦争はアメリカの汚点だったと考えている。バイデン候補はあの戦争に賛成票を投じた一人だ。

 一方、当時は下院議員だったバーニー・サンダース候補は反対票を投じた。この違いは予備選の討論会では必ず持ち出される。さらにバイデン氏は息子がビジネスで中国マネーと深いつながりがあるが、ここで民主党の選挙序盤の雰囲気を言うと、個人的には支持率でトップを走るバイデン候補は、予備選が始まれば早期に撤退すると予想している。
 理由は、これらの負の遺産に加え、中絶での長年のスタンスを変え、完全に中絶を擁護するフリップフロップ(ドタバタ、思考回路の変更の意)をしてしまったことだ。経済政策は状況に応じて臨機応変に変えるのは構わない。

 だが、バイデン氏ほどの大ベテランが、政治信条を場当たり的に変えるのは逆効果だろう。これでは欧州議会選挙でも確認された、「中道の衰退」の渦に飲み込まれる。結果、最終的には、バーニー・サンダース候補とエリザベス・ウォーレン候補の争いに、若いピート・ブティジェッジ氏(インディアナ州サウスベンド市長)が絡む展開を予想している。
 ただ、若者中心に強い支持基盤を持つサンダース候補はあまりにも実直過ぎる。トランプ大統領が、共和党系シオニストが主流の有力ロビー団体であるAIPAC(アメリカイスラエル公共問題委員会)を頼りにしているのに対し、サンダース候補は、より広範囲でよりリベラルなユダヤ系AJC(アメリカユダヤ人協会)の集会に、主要な民主党大統領候補者で一人だけ参加しなかった。

 近代のアメリカ大統領で、ユダヤ系ロビー勢力を特別扱いしなかったのは、筆者の記憶ではパパブッシュが最後だ。自分自身がユダヤ系でありながら、アメリカ最強のユダヤ系ロビー団体を敵にするのはあまりにも蛮勇。早すぎる予想を承知でいうと、民主党の予備選を勝ち抜くのはウォーレン氏ではないか。
 話をトランプ大統領に戻そう。カギとなる経済政策では、パパブッシュの失敗を学び、どんどん先手を打っている。3月末に金利市場で3カ月物と10年国債の金利が逆転する現象が起きて以来、共和党系の市場メディア(ダウ・ジョーンズ社傘下のWSJやバロンズなど)では、強烈に利下げへの「プロパガンダ」(政治宣伝)が展開された。

 FOMC前に6月のFFレート先物が利下げを織り込んだのはそのためだが(結果は利下げなかった)、そもそもFEDの緩和策には利下げ以外にもいろんな手段がある。前NYFED総裁のウィリアム・ダッドレー氏などは、最早参加者の少ないFFレートを下げるより、FEDの当座預金への付帯金利を減らす方が緩和の効果が高いと主張している。
 そんななかで、共和党保守派とその市場関係者が頑なに利下げを主張したのは、長短金利の逆転期間が長くなると、そこから6カ月から16カ月で、必ず実体経済が後退するという「オーメン」が理由だ。そのタイミングで不景気が来ると選挙戦には最悪である。それはトランプ大統領の再任だけでなく、すでに下院を失った共和党全体にとっても受け入れられない悪夢だ。

 このように、ありとあらゆる手段で2020年に勝利しなければならないトランプ大統領にとって、目先最大のイベントはもちろんG20だ。イラン攻撃を中止したのは、北朝鮮を訪問した中国の習近平国家主席をG20前に刺激しないためだろう。
■「再選のためにトランプ大統領がどう動くか」を考えよ

 いうまでもなく、中国との貿易交渉は米中覇権争いの一環だが、アメリカの要請を無視してイラン産原油を買い続ける中国の狙いは、拡大している自国通貨建ての原油先物市場を守ることだ。自国通貨でエネルギーが取引されることは、一帯一路の成功では必須であり、イランはゴールド(金)で担保された元で中国に原油を下ろし、必要ならそのゴールドをドルに代えて、アメリカの経済封鎖を生き抜くはずだ。イラクのサダム・フセイン大統領もリビアのムアンマル・アル・カダフィ大佐も、ドル以外の通貨での原油取引を模索し、結果的にそれぞれの理由で殺された。
 アメリカからすれば、イランの抜け道と、中国が自国通貨を一帯一路内で基軸化させる野望の2つを潰す必要がある。G20では、この米中の駆け引きに、ロシアからのミサイルシステム導入をやめようとしないトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が加わる。トランプ大統領個人ではなく、その取り捲きたち(ディープステート)が考えるG20でのアメリカの立ち位置は、①中国の覇権はゆるさず、②イランは高い枝になった最後の果実であり、③トルコがロシアのミサイルシステムを導入することは容認しない、というものだ。この状況をトランプ大統領がどう処理するのか。何度も言うが、今のトランプ大統領の最優先課題は①~③ではなく、あくまで再選を果たすことである。
 最後に、アメリカ内の政治戦争と対外戦争の関係を象徴する逸話として、1941年の真珠湾奇襲後のルーズベルト政権内の対立を紹介しよう。

■2次大戦時もルーズベルト大統領は選挙を意識していた

 真珠湾攻撃を受け、アメリカは日本に宣戦布告した。ルーズベルト政権で

 はスタッフが日本本土への攻撃を準備しようとしたところ、大統領は、「日本攻撃は後回し、まずはドイツを叩く」と主張した。一部のスタッフは反対したという。だが大統領は譲らなかった。
 しぶしぶスタッフがドイツ上陸を検討すると、大統領は、今度はいきなりドイツには上陸せず、まずはアフリカ戦線に行くと言い出した。これにもスタッフは反対したという。だが決めるのは大統領だ。

 結果的にそうすることになったわけだが、この決断の背景には、フランクリン・ルーズベルト大統領(民主党)が、ウィンストン・チャーチル英首相との事前の話で、ドイツの攻撃を受けている英国をまず救うと約束していたことがある。
 ただし、翌年1942年秋に中間選挙を控え、屈強のドイツ兵にいきなり挑んで悪い戦況のニュースを流すわけにはいかないので、まずドイツよりは弱いイタリア兵が守るアフリカへ上陸し、(事前に英軍がイタリア軍を叩く)そこからイタリアを通ってドイツ本国へ入る作戦をたてることで、ちょうど選挙の時期にはアフリカやイタリアから朗報が入ることを計算してのことだったという。

 後から振り返れば、戦況はその通りになった。だが、中間選挙までに海上兵站が間に合わず、朗報は中間選挙前に届かなかった。結果、ルーズベルト大統領は中間選挙で敗北した(その後、1944年の大統領選で勝利(4選)するものの、1945年4月に期半ばで死去)。 
 アメリカが覇権国家である限り、世界情勢に影響を与えるのはアメリカの内戦である。その逆は、今の中国の国力でもまだ無理だと思う。
滝澤 伯文 :CBOT会員ストラテジスト

最終更新:6月25日(火)6時30分

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