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「老後2000万円不足」騒動に映る年金制度の弱点

6月20日(木)5時50分配信 東洋経済オンライン

安倍政権は本気で年金財政の継続的な維持を考えているか、あるいは取り組んでいるのか(写真:CORA/PIXTA)
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安倍政権は本気で年金財政の継続的な維持を考えているか、あるいは取り組んでいるのか(写真:CORA/PIXTA)
■騒動の根因は、麻生大臣の上から目線の暴言に尽きる

 「夫婦そろって65歳から30年間生きると、老後資金が総額で2000万円不足する」との試算を発表した金融庁の金融審議会報告書が話題を呼んでいる。

 メディアの意図的な報道の仕方も、2000万円を大きく見せている原因の1つと言っていいかもしれない。

 例えば、20代の独身に「老後資金2000万円が必要だが、どう思う?」という質問を投げかけ、またあるときは50代前後の最も教育資金が必要な世代に老後資金2000万円の感想を聞いている。
 いずれも可処分所得が極端に少ない世代に聞いているわけで、2000万円が途方もない数字であるということを印象づけたいのかもしれない。

 しかしながら、今回の報告書が指摘したのは単純に、公的年金だけでは老後の生活費が不足するという現実を示しただけのものだ。問題があったとすれば、麻生太郎金融担当大臣が国民に不安をあおるかのように、上から目線で「2000万円を貯蓄しないといけない」と語りかけたことだろう。さらに、麻生大臣自身が年金をもらっているかどうかも知らない富裕層で、国民の目線からは遠く離れたところにいることが露呈したことも大きなインパクトがあった。
 もともと公的年金だけでは不足するとする現実は、10年以上前から公的な機関を問わずさまざまなところで指摘されてきた。「配慮を欠いたレポートだった」と金融庁企画市場局長が謝罪したものの、こうした表現は他のレポートでも山のように存在している。

 要するに今回の一連の騒動の根因は、年金生活の実感がまったくない麻生大臣の上から目線の暴言に尽きると言っていい。とはいえ、せっかくの機会だから本当に老後に必要な資金はいったいいくらなのか、シミュレーションしてみたい。
 まずは、老後資金の目安としてずっと使われてきたデータが存在する。総務省が発表している家計調査報告のことだが、今回の金融審議会が引用したとされる厚生労働省のデータも、家計調査報告をベースにしていると考えていい。

 家計調査報告では、「高齢夫婦無職世帯の家計収支」として毎年データを発表しており、2018年のデータからすると65歳以上の夫と60歳以上の妻の夫婦のみの無職世帯では毎月「4万1873円」の不足分が出ることになっている。この収入の内訳をみると次のようになる
・社会保障給付……20万3824円
・その他……1万9010円
・不足分……4万1872円 
 一方の消費支出を見ると次のようになる。

・非消費支出(税金など)……2万9092円
・一般消費支出(食費など)+その他の消費支出(交際費など)……23万5615円
 簡単に言うと、年金などを含めた実収入は月額22万2834円。一方、生活に必要な支出は、合計26万4707円となり、差額である「4万1873円」が毎月不足するというわけだ。年間にして「50万2476円」不足することになる。
■平均寿命まで生きれば年金以外に1132万円必要? 

 金融審議会のレポートが乱暴だったのは、こうした数字をベースにして夫婦揃って65歳から30年間生きると仮定して単純計算したことだが、そういう乱暴なことはせずに、それぞれ平均寿命まで生きたと仮定してシミュレーションしてみよう。

 まずは、今の男性の平均寿命は82歳(81.09歳、厚生労働省調べ、2017年、小数点以下繰り上げ)、女性は88歳(87.26歳、同)となる。
 妻が1人になってからの支出と収入は、同じく家計調査報告の「高齢単身無職世帯の家計収支」の数字を使うことにする。高齢単身世帯の家計収支は、毎月「3万8670円」不足するとなっている。夫と妻の2人世帯時代は丸めて計算すると65歳男性が82歳まで生きたとして17年間、65歳の妻が夫の死去後、88歳まで寿命を全うしたとして妻1人の世帯は6年間として計算する。これは、あくまで現在の条件におけるシミュレーションとなる。
<夫と妻の2人世帯時代>
●4万1873円×12カ月×17年=854万2092円
<妻の1人世帯時代>
●3万8670円×12カ月×6年=278万4240円
<合計>
●854万2092円+278万4240円=1132万6332円
 つまり、両方合わせて1132万6332円ということになる。この金額を高いと見るか安いと見るかは、その人によって違うかもしれない。収入や環境、家族構成などによって大きく変わってくるからだ。
 ちなみに、妻がもう少し年下で現在60歳だったとすれば、妻の1人暮らしは11年となり約1364万円の老後資金が不足することになる。

 ところで、今回話題になった老後資金として2000万円が不足するという話を、現実的に考えると、大手企業の社員が定年まで勤め上げた場合には2000万円前後の退職金が支払われるケースはある。

 厚生労働省の「就労条件総合調査結果(平成25年)」をベースに見ても、大学卒で勤労35年以上の退職金平均支給額は2156万円(管理・事務・技術職)、高校卒業で1484万(現業職)~1965万円(管理・事務・技術職)に達する。
■老後資金2000万円は多いのか、少ないのか? 

 問題なのは、日本の貧富の差が激しくなっており、今後も老後資金で2000万円という金額を夫婦で用意できるかどうかだ。現実問題として、金融広報中央委員会が発表した「家計の金融行動に関する世論調査」(2017年)では、次のような平均貯蓄額が示されている。

 中央値とは、データを小さい順に並べたときに中央に位置する値。最も多い貯蓄額と考えればわかりやすい。

・30代……589万円(中央値は83万円)
・40代……936万円(同30万円)
・50代……1342万円(同130万円)
・60代……1835万円(同300万円)
 平均貯蓄額というデータも非常にナーバスなもので、これが厚生労働省の「国民生活基礎調査(2016年)」の「各種世帯の所得等の状況」によると、また大きく違ってくる。年代別平均貯蓄金額を見ると、次のようになる

・29歳以下……154万8000円
・30~39歳……403万6000円
・40~49歳……652万円
・50~59歳……1049万6000円
・60~69歳……1337万6000円
・70歳以上……1260万1000円
 これらを比較すると、やはり厚生労働省のデータが、公的年金の給付金額の不足額と近い数値といえる。日本は縦割り行政だから、他の省庁の数値は参考にしないことが多い。金融審議会のレポートもある意味で縦割り行政が生んだミスリードだったといえる。

 さて、今回は政権にとっては意図せず参議院選挙の直前に、年金制度の維持継続という極めて国民生活に密着した問題がクローズアップされてしまった。憲法改正に懸ける安倍政権にとっては大いに慌てることになった。麻生大臣に至っては、自分自身が求めた審議会の答申を受け取らないという選択に出た。
 本来政治家であれば、これだけ国民の間に大きな反響を呼んだのだから、年金財政を真正面から考えるいいチャンスといえるのだが、政権与党は参議院選挙のほうが大事だったのかもしれない。

 いずれにしても、金融庁の金融審議会の報告にすべての責任を押しつけてしまうのはあまりにも無責任と言わざるをえない。少子高齢化の進展とともに、日本の年金制度はかなり厳しくなってくると予想されている。

 現実問題として、年金資金を運用する機関であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がアベノミクスのシステムの一環に組み入れられて、国内外の株式などリスクある商品への投資を余儀なくされた。株価の下落によって、われわれの貴重な年金資金が減ってしまう可能性が大いにありうるのだ。
 実際に、2018年度第3四半期のGPIFの運用実績はマイナス14.8兆円の大損失となり、それ以降の数値は発表されていない。2016年の前回の参院選のときも、GPIFは大きな損失を出していたのだが、発表されたのは参院選が終わった後だった。

 アベノミクスのような政治的な成果を狙った政策に、年金基金のような公共性の高い資金を使うべきではない。党利党略で日本の未来をリスクにさらすような政策を行うのは本来望ましくない。
■日本の年金水準は高いのか安いのか? 

 そもそも、現在の日本の年金制度は、小泉政権時代に「100年安心プラン」を作ったために、極めて難解でわかりにくい制度になっている。要点を大雑把にまとめると、次の2つがポイントになる。

 ●所得代替率……公的年金の給付水準を現役世代との比率によって示す数値。現役世代の賃金水準の何パーセントの給付水準になるかを示すもの。日本の所得代替率は現在60%程度だが、将来的には50%程度に落ち込むことが予想されており、所得代替率50%超を維持していくために、5年ごとに年金制度の大幅な改革が行われることになっている。
 例えば、現役世代の平均賃金が40万円だったとすると、公的年金制度では最低でもその50%にあたる20万円を将来にわたって給付することを目指しているわけだ。現在の年金水準では、所得代替率は62%(2017年)程度を維持している。

 ちなみに、国際的にみて日本の年金水準は高いのか安いのか……。

 OECD(経済協力開発機構)は、平均的な労働者の平均賃金を基に国別の所得代替率を発表している。厚生労働省年金局が2018年7月30日に公表した「諸外国の年金制度の動向について」によると次のようになる。国によって、年金制度の仕組みが大きく異なるために単純な比較はできないが、その数字には大きな格差がある。
・アメリカ……38.3%
・イギリス……22.1%
・カナダ……41.0%
・ドイツ……38.2%
・フランス……60.5%
・イタリア……83.1%
・オランダ……28.7%
・スウェーデン……36.6%
・デンマーク……14.8%
・日本……34.6%
 日本の場合、2061年の「マクロ経済スライドによる調整終了後の数値」であり、「配偶者の基礎年金を含んでいない」「20~64歳まで厚生年金に加入したことが前提」となっている。とはいえ、42年後には日本の年金は現役世代の平均賃金の3割ちょっとしか受け取れないということが見え隠れしている。
 ●マクロ経済スライド……所得代替率の維持達成を目指して導入されたのが、このマクロ経済スライドだ。少子高齢化社会の到来を予測して、2004年の年金改正時に導入されたもので、年金制度維持のための仕組みだ。

 簡単に言うと、年金給付額にマクロ経済全体の変化を反映させて、自動的に給付金額を調整させる制度だ。それまで日本の年金は物価スライドによって調整されていたのだが、少子高齢化による年金財政の問題から、所得代替率維持のためには、人口の減少や賃金の上昇を勘案して、年金給付額を反映させていこうというものだ。
■金額は問題ではなく「年金制度」の継続! 

 2004年以来ずっと物価が下落を続けたために、本来であれば年金給付額は現状より大きく引き下げられているはずだが、同時に賃金も下落したために制度導入以来、年金給付額を引き下げることが2回しかできていない。

 そういう意味ではマクロ経済スライドは、現在の日本の年金制度にはふさわしくない制度と言っていいかもしれない。ちなみに、年金給付額を引き下げたのは安倍政権で約6%引き下げられたと報道されている。年金受給者には厳しい政権といえる。
 いずれにしても、日本の年金制度はこの2つの制度によって将来的に制度を維持できるとして、100年安心理論というのが登場してきたわけだが、その維持、継続の難しさが指摘されている。それが現在の日本の年金制度の問題と言っていいだろう。

 ちなみに、こうした問題は日本だけではなく、ドイツやフランス、イタリアなども直面している。唯一異なるのは、日本政府と異なりきちんと国民に年金財政の窮状を訴えているところだろう。そのために、イタリアなどはポピュリズムが政治に色濃く出てきているといっても過言ではない。
 安倍政権は本気で年金財政の継続的な維持を考えているか、あるいは取り組んでいるのか。もし本気で取り組んでいるのであれば、参議院選挙の争点として堂々と国民に提案をすればいいわけだが、今回の麻生大臣の慌てぶりや安倍首相の沈黙を考えると、どうやらこの問題を選挙の争点にはしたくないようだ。
岩崎 博充 :経済ジャーナリスト

最終更新:6月20日(木)5時50分

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