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中学受験で第1志望を蹴った少女の力強い選択

6月17日(月)5時50分配信 東洋経済オンライン

小1からの通塾、転塾、母親の病気を経て成長した娘。その受験生活を追います(写真:筆者撮影)
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小1からの通塾、転塾、母親の病気を経て成長した娘。その受験生活を追います(写真:筆者撮影)
大都市を中心に中学受験をする子どもの数は年々増加、2019年の入試では首都圏で公立、私立合わせると約5万人が受験をしたといわれる。勝者の栄光が讃えられるが、難関と言われる学校に入る子どもはごくわずかであり、全落ちを経験する生徒も少なくない。
受験の成功とはいったい何なのだろうか。親子の間で気持ちの行き違いが起これば、まだ蕾の状態の子どもの心を無残に散らしてしまうこともある。例えば、親が希望する学校と、子が希望する学校が違う場合などはどちらかが折れなければならない。今回は6年間にわたる塾通いの紆余曲折のすえ、子ども本人の希望を優先し、第一志望を蹴って第二志望の学校への入学を決めた親子に話を聞いた。
■小1からサピックス通いを開始

 向かった先は神奈川県鎌倉市。神奈川は東京と同様に、受験熱が高いことで知られる。都内難関校を目指す家庭も少なくないが、近隣には逗子開成(男子校)をはじめとする伝統校も存在し、地元を愛する傾向が強い。

 首都圏模試センターが公表した神奈川県の2019年入試における私立中学受験生数予想を見ると、1万3千人を超える子どもが受験に挑戦している。そんな神奈川、鎌倉で暮らす高野瑞穂ちゃん(中2、仮名)は幼い頃から中学受験を目指してきた。
 祖母も母も私立の女子校出身。とくに、小学校からカトリック系の女子校で育ったという母親の純さんの思いは強く、「娘を生んだときから私立への進学を考えていた」という。「自分が私立出身で、のびのびと育った記憶があるのと、公立の先生はこう言ってはなんですが、あたりはずれがある気がして、受験を考えました」

 選んだ塾は中学受験大手のサピックス。自宅の近くに校舎はなく、電車で通うことに。人気の高い塾だけに、途中から厳しい入塾テストに挑ませるよりはと、1年生からの通塾を決めた。
 母親の純さん(仮名)は総合病院に勤務する看護師だ。夜勤もあり、子育てとの両立には苦労をしていた。だが、それでもわが子に最良の教育環境を与えたいと、産んだときからの思いを諦める気持ちはなかった。幸い、瑞穂ちゃんが小学校入学のタイミングで下の子を出産、産休を取れたため、入塾時は目をかけて見てあげることができたと話す。本人も「楽しい」と喜んで通う日々、順調な滑り出しだったのだが、純さんが仕事に戻ると状況が少し変わりはじめる。
 低学年の間は授業数も少ないため、平行して公文式にも入会。地域のスポーツチームにも所属し、文武両道を追う生活を送っていた。

 もともと勝気な性格の瑞穂ちゃんは、プリント学習もどんどんこなす。公文式の教室には週に2日通い課題で出されるプリントもためることなく解いていく。進みが早ければ学年の範囲を飛び越えて、先の学習へと進んでいける。一方、瑞穂ちゃんが通う公文式の教室では、親に課題プリントの丸付けが求められた。仕事に復帰した純さんは、ここに少し負担を感じるようになったという。
 「繰り返しの計算ばかりでつまらない。サピの方が楽しい」

 瑞穂ちゃんがこう漏らすようになったのも、それからすぐのことだった。

 思考力を使って解かせる問題の多いサピックスの授業は、普段から読書が好きな瑞穂ちゃんにはしっくりときたようだ。3年生になると学習系はサピックスだけに絞ることに。

 サピでの成績は順調だった。全国模試で1桁の順位に入る科目もあり、これなら「地元の名門中学への入学は夢ではない」と、親も安堵した。しかし、受験まではまだまだ長い道のりだ。モチベーション維持のため、支えにしようと考えたのが、「将来、獣医さんになりたい」という瑞穂ちゃんの夢だった。幼い頃に純さんの実家で飼っていた犬が亡くなったことをきっかけに、彼女はずっとこの夢を持っていた。
 「獣医さんが登場するお話や動物に関係のある読み物を与えたりしました。獣医になるには数の少ない獣医学部に行く必要があり、そのためには中高一貫で6年間しっかり勉強する必要があるんだよと、伝えていきました」。

 母親が娘の第一志望校にと考えたのは、地元鎌倉にある女子高。受験倍率も高い伝統校で、母親は同校の教育方針にも惹かれていた。まずは、ここを目指そうと、3年生からは学校説明会や文化祭など、受験生が行けるイベントにはすべて足を運び、瑞穂ちゃん自身にも学校のよさを伝えていった。
 一方、瑞穂ちゃんの塾での状況は少しずつ変化していた。4年生に入ると成績が振るわなくなり、3年生では常時上位クラスに在籍していたものが、4年生の夏になると転落、入塾者が増えてクラス編成が8クラスになると、下から2番目、3番目のクラスに在籍するようになっていく。

■4年生に上がると成績に変化が

 「3年生のうちは生徒もクラス数も少なかったので、上位クラスのキープはそれほど大変ではありませんでしたが、4年生になると宿題の量も格段に上がりました。ついていけているか心配でした」
 母親の純さんは、下の子の育児に仕事にと多忙な日々。父親は早朝出勤が多く、下の子の子育てには積極的に関わるものの、受験の手伝いまでは望めない。母親も「(塾の)宿題終わった?」と声かけはできるものの、きちんとできているか確認するまでは手が回らない。

 加えて、サピックスの場合、テキストではなく都度配られるプリントをベースに進んでいくため、このプリントの整理やファイリングが親の負担となることが多い。保護者の中には付きっきりでこの作業をする人も存在する。
 きれいにファイリングされた資料はその子にとってはまさに宝。サピックスでは小テストが頻繁にあるが、間違えた単元があれば、その単元のプリントをすぐさま見返すことができる。ファイリングができている家庭とできていない家庭では、おのずと力の差が生まれ始める。

 そのうちに瑞穂ちゃんは宿題を終わらせていないのに、親の顔色をうかがいながら「やってるよ」と言うように。純さんももちろんそのことには気づいていたが、宿題を見てあげるゆとりはない。サピックスでずるずるとこの状態を続けていていいものか。共働きの状態で、親としてできることはなんなのか……迷いの中、受験についての本をむさぼるように読んだ。
 「サピの場合、上位クラス以外はお客様という話も見聞きするようになり、このままではよくないと思いました」。

 成績は上がらず、宿題も終わらない。本人のイライラも募る。「宿題やったの?」「やってるって言ってるでしょ!」「次のテストはできそう?」……やさしく話しかけても娘の返事はとげとげしい。

 仕事で疲れて帰ってきて見る娘のイライラは、母親としては堪える。「そんなふうならば受験をやめる!?」。瑞穂ちゃんがイラつくたびに母親の純さんはそう切り出すが、「次こそ頑張る!」と言うばかり。
 言葉とは裏腹に、娘の顔は曇っていく。ある日、「塾は楽しめてる?」と聞き方を変えてさぐりを入れると、娘は素直な気持ちを話してくれた。

 「楽しいけれど、正直しんどい……」。

 親子は4年生の秋を迎えていた。そんな折、偶然見た友人のフェイスブックに地元密着で開講している塾の情報を目にした。

■途中入塾の難しさ

 地元で30年以上開講しているというその塾は、近年は教育雑誌などでも塾長の教育観が取り上げられ、その名が知られるようになっていた。1クラス10人ほどの少人数教育にこだわりのある塾で、希望する進路に応じてきめ細かなフォローをしてくれることでも有名だった。この塾は教科専任制をとっており、講師が入れ替わることも少ない。
 上位クラスと同じ難関校向けの難問を与えられるサピで苦しみ続けるより、こちらの塾の方が、今の娘には向いている。そう結論づけた母親は、さっそくこの塾の問い合わせメールに娘の様子と転塾を考えている旨を書き込んで送信。すぐに返事は返ってきた。だが、その答えは、意表を突くものだった。

 「今お預かりしている生徒さんを伸ばしたいので、今のところ、新規のお子さまはお断りしています。お待ちいただけるのであれば、空きが出たときにご案内させていただきます」
 ビジネスだからいつでも入塾大歓迎、とは限らないのだ。2月から開講し、夏期講習も終え、2学期が始まってすでに1カ月。10月といえば、クラスのムードはほぼ固まっている。新しい子の参加は落ち着いた雰囲気を壊す可能性もあるため、年度途中の参加は避けたいという塾側の思いもあったのだろう。

 仕方なく、そのままサピに通い続けていると、5年生になる2月、前出の塾から連絡があり、入塾試験を受けることができた。

 入塾すると、サピとはやはりさまざまな面で異なっていた。中学受験部の講師は5、6人ほどいたが、少人数を徹底している分、「どの先生もすべての生徒の学習状況、希望する進路などを把握しているように見えました。サピックスのときには感じなかった安心感がありました」(純さん)
 地元密着とうたうだけあって、通う生徒も8割が瑞穂ちゃんと同じ小学校の子どもたち。和気あいあいとした雰囲気が、瑞穂ちゃんの疲れを癒やしていく。「塾はお嬢さんにとって居場所のようです」。面談の際には担当講師からこんな言葉を言われるほどこの塾になじんでいった。

■地元の第一志望校以外の学校見学へ行くと…

 無事塾にもなじみ、6年生になると、受験先選びが本格化した。先述のとおり、鎌倉周辺には伝統校と呼ばれる学校があり、それらをこよなく愛する地元民も少なくない。瑞穂ちゃん親子も例外ではなく、熱望する地元の女子校以外は見学してこなかったのだ。
 だが、先生からの勧めもあり、熱望する女子校以外に、併願校を見学することにした。そこは、志望校よりも偏差値的には10以上も下の大学付属の学校。文化祭にまだ幼い弟と妹を連れて参加すると、各教室ではさまざまな催しや展示が行われていた。

 生徒が企画、運営している「ペットボトル・ボーリング」の部屋を訪れたときのこと。下の妹はピンを1つも倒せずに今にも泣きそうな顔に。すると側で見ていた生徒がすかさず人間ボールとなってピンめがけて滑り込んだ。「ナイスフォロー」周りの生徒が明るく声をかけると場の雰囲気が一気に変わり、妹の顔が明るく晴れた。
 「”ゼロだったね、残念。でもお菓子はあげるね”くらいのフォローなら考えつくと思うんです。でも、彼らはきっと娘の顔がなぜ曇ったのかを察したんだと思います。機転のよさに驚きました。大学の付属校だし、ザJKという感じのチャラチャラしたイメージを持っていたのですが、まったく違いました。偏差値っていったいなんなのだろうなと考えさせられました。学校に足を運んでみないと見えないことってあるなぁと」(純さん)

 瑞穂ちゃんもこの学校がとても気に入った様子だった。そしてなにより、付属の大学には幼い頃からの夢である獣医学部があった。
 しかし、小さい頃から足繁く通っていた第1志望校への入学を親が望んでいることはわかっていた。顔色をうかがうように「私、この学校もいいなぁ」と呟くものの、第1志望にしたいと話すことは1度もなかった。

 ほぼ毎日のように塾に通う苦しい夏期講習も乗り越えて、外部模試での成績もまずまずをキープ。だが、11月、家族に“事件”が起きた。勤務中に母親が突然倒れたのだ。

 診断された病名は橋本病。病状は思いのほか深刻で、医師から告げられたのは3週間の入院だった。
 祖父母宅を頼れる状態になかったため、瑞穂ちゃんに家事の負担が降りかかることになったという。父親は朝の5時には出勤しなければならず、下の兄弟の保育園への送迎は地域のファミリーサポートを利用。だが、登園までの面倒を見るのは、瑞穂ちゃんの担当となったのだ。

 幼い妹と弟の身支度を整え、登園バックを準備、ファミサポさんを待つ毎日が始まった。学校から帰ると父親とともに夕食づくり、塾から帰れば休む間もなく妹と弟をお風呂に入れた。忙しい母親を気遣って、普段から手伝いはよくしていた瑞穂ちゃんだが、それはあくまでも手伝いだ。自分が中心となってこなすのは初めてのことだった。
 母親の病室にお見舞いにきても、弱音ひとつこぼさない。「大丈夫、みんな元気でやってるよ。勉強も順調だよ」と話すわが子。

 「受験勉強だけに集中させてやらなければいけない時期に、下の子の学童のお弁当や、時には父親のお弁当まで作っていたようで、不憫でした」(純さん)

 瑞穂ちゃんも疲れが出たのか、12月の最後の模試では39度の高熱を出す事態に。結果は偏差値30台後半と散々なものだった。志望校を決定する重要な模試で出してしまった過去最低記録。肩を落としてうなだれる娘に、かける言葉が見つからない。
 しかし、瑞穂ちゃんはへこたれなかった。出てしまった結果は結果。気持ちを奮い起こして「頑張る!」と声を張り上げた。1月に入ると塾も自習用に教室を解放、試験直前には学校を休んで塾に通い、試験に向けての勉強に全精神を集中させた。

 迎えた受験、2月1日から4日の日程で2校を受験。はじめに合格を手にしたのは第2志望の共学校、その後、最後の最後で勝利の女神が瑞穂ちゃんに微笑んだ。なんと、第1志望の学校に繰り上がりで合格となったのだ。
■「第1志望校を蹴る」という娘の決断の真意

 ところが、熱望してきた第1志望を、瑞穂ちゃんは選ばなかった。なんと偏差値が10以上も下がる、第2志望の共学校に行くというのだ。

 「もしかすると、家のことを考えたのかもしれません。第2志望の合格の後、すぐに入学金を納めなくてはいけなくて、第1志望校の合格を待つことができなかったんです。入学金を払っていることは彼女も知っていましたから」

 母親は何度も問い返した。「行きたい方を選んでいいんだよ」。だが、本人の意志は変わらない。
 「だって、こっちの方が獣医学部に入る近道になると思うの」(瑞穂ちゃん)

 偏差値もネームバリューも第1志望校の方が上だ。「なんで」と思う親をよそ目に、娘の意志は固かった。

 「今でもこの選択が本当によかったのかはわかりません、本当に……。私のほうはまだ腑に落ちない気持ちが強いです。でも、偏差値やネームバリューのある学校のほうがいいと思うのは、親のエゴでしかないのかもしれませんね」(純さん)

 第2志望の学校は、鎌倉エリアにはなく、通学距離もはるかに遠い。それでも瑞穂ちゃんは生き生きと中学ライフを楽しんでいる。
 中学受験は、まだ子どもが幼い中での大きな決断になるだけに、親主導で進むことも多い。エゴか、子を思う親心か。その境界線は実にわかりにくい。

 子どもの側も、親の言うとおりにするのが安心と思う面もあるだろう。瑞穂ちゃんのようにこの年で自らの進路を毅然と選ぶというのは、当たり前のことではないかもしれない。

 母親の純さんが抱くモヤモヤは、単に「せっかくなら偏差値が上の学校に」ということだけでもないだろう。わが子が自分の意見を持ち、自分の道を自分で選択するようになった、いわば子が巣立つことへの戸惑いであり、むしろ親側が喜んで向き合わねばならない壁なのかもしれない。
 病気の母と家族を献身的に支えながら、受験を成功させ、毅然と道を選び取った瑞穂ちゃん。「夢は獣医になること」という幼い頃からの思いを強めながら、成長への階段をブレることなくしっかりと歩んでいる。

本連載「中学受験のリアル」では、中学受験の体験について、お話いただける方を募集しております。取材に伺い、詳しくお聞きします。こちらのフォームよりご記入ください。
宮本 さおり :ライター

最終更新:6月17日(月)10時22分

東洋経済オンライン

 

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