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「252のケース」に見る、いい戦略・悪い戦略

5月27日(月)6時30分配信 東洋経済オンライン

マネジメント層の悩みはつきません(写真:metamorworks/iStock)
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マネジメント層の悩みはつきません(写真:metamorworks/iStock)
「日本企業の戦略の他社事例を知りたい」。経営者、経営幹部のそんな切実な悩みに応える本がある。日本企業の151の成功ケース、101の失敗ケースを網羅的に収めた三品和広著『経営戦略の実戦1 高収益事業の創り方』だ。この本の魅力について、経営共創基盤の塩野誠取締役マネージングディレクターが解き明かす。

■なぜ経営者は精神的な質問をするのか? 

 偉大な経営者の講演を普通の経営者たちが聴くという、財界でよくある場面がある。このとき、講演の後に出る質問は決まって精神的なものが多い。
 「あの重大な決断をしたときのお気持ちは?」

 「なぜそこまで自分を信じることができたのですか?」

 「重大な決断の前に心がけているルーティンなどはありますか?」

 といった類いのものである。経営者が日常的に考えているであろうこと、例えば

 「多角化した事業の個々のマルチプル(倍率)の差異が大きく、各事業のトータルの評価と、市場が見ている企業評価額の間に乖離があるとお考えだったのでしょうか?」

 といった具体的な質問はまず出ない。
 次に、人工知能を専門とする学者の講演を経営者たちが聴くような場面を考えよう。令和の時を迎えた現在でも、普通の経営者たちからは、「人工知能はいずれ人間を襲うようになりますか?」といった漠然とした質問が出されることだろう。

 日本のように、これだけビジネス書があふれかえっている国も珍しいが、これほど数多の書籍が並んでいても、多くの経営者の意思決定や経営戦略が飛躍的な進歩を遂げた形跡は、残念ながらまだない。
 私は経営者やマネジメント層に経営戦略をアドバイスすることを仕事にしている。日本企業の経営者や経営企画部の人たちが、私たちのようなコンサルタントに最も要求してくるのは、「他社事例を教えてほしい」ということだ。

 日本企業ははるか昔にスタートアップ期を過ぎ、成熟期に入っている大企業も多い。彼らが意思決定をする際にとにかく知りたがっているのが、「他社はどうしているか」ということである。そう書くと、「他社事例を追いかけてイノベーションなど起きるわけがない」との批判がすぐに聞こえてきそうだが、それが現実である。
 これが外資系のコンサルティング会社であれば、「グローバルなベストプラクティスを海外オフィスから提言する」ということで自分たちの提案を差別化し、高い報酬を正当化する。

 とはいえ、他社は他社である。国内事例だろうが海外事例だろうが、規模も違えば文化も違う。何もかもが違うので、同じように自社に適用できるわけもない。他社事例は参考にはなるが、どこまでいっても参考なので、自社で自社なりの戦略を考え抜くべきである。
 私自身は「物量」が質やクリエイティビティに転化すると考えるので、戦略立案の基礎として、当然に他社事例を数多く頭の引き出しにしまっておくべきだと考える。私のように戦略を売ることを生業にしているならなおさらである。

 そういう視点で考えると、従来、他社事例はMBAコースの授業で使われるいわゆる「ケース」が手に入りやすく、知見を得るのに有用だったが、日系企業のよい事例は数が少なく、他社事例を探している企業の経営企画部がフラストレーションを抱えていることを散見した。
■類書のない戦略の教科書

そんな中、三品和広著『経営戦略の実戦1 高収益事業の創り方』という本にたまたま出会った。

 この本は、まず分厚い。700ページ弱の分量があり、その中に日本企業のケース、つまりは他社事例が100を優に超える分量で詰まっている。帯には「151の成功ケース、101の失敗ケースに学ぶ」とある。

 またそのフォーマットも、「優良企業は何をしたか」という漠然とした基準ではなく、定量情報を重視し、各企業の戦略を同一フォーマットで並べている。このフォーマットの項目がユニークで、「立地」「構え」「その他」の3つに分けられている。
 「立地」というのは、誰に何を売るか?  であり、「構え」は出荷するものをいかに入手して顧客に届けるか?  であり、その他に分類される「管理」はいかに品質、原価、納期を守るか? と定義されている。

 これを、事業着手のタイミングで、先発、後発、遅発の3つに分けている。先発とは、他社に先駆けて市場を開いたケースであり、後発とは成長市場に打って出たケースであり、遅発とは成熟市場を攻めたケースである。

 成熟市場を攻めたケースを収めた第1部には、151の成功ケースのうち、31ケースが収められている。市場を開いたケースを収めた第3部には、151の成功ケースのうち101ケースが収められている。特に、「先発」で「立地」を攻めた9章は収録成功ケース数が多く、ここが成功の可能性が高いことをうかがわせる。
 通常の戦略論では、その成否を特定の個人に帰することはあまりないが、本書には、戦略における企業内の個人の役割に焦点を当てた「人物」という項目もあって、興味深い。私の知る限りでは、これほどの数のケースを独自基準でまとめた本は他にない。

■経営戦略の辞典として読む

 仕事柄、私は今までそれなりの数のビジネス書を読み、自分自身も著者としていくつかを世に出してきた。しかし、正直に吐露すると、いわゆる「売れる」ビジネス書というのが何かはよくわからない。その意味で、今回紹介するこの本が、どこまで一般の読者に訴えるかはわからない。
 有名経営者や有名大学教授を著者とした、世間で話題の本であっても、その内容からすれば、なぜこんなにもてはやされるのか不思議なものもある。とくに、「海外事例はこう」「海外の有名人が書いた本」は日本では売れすぎのように感じている。

 逆に、世に出てもっと売れるべき、という感想を持つ本もあるが、そうした本は売れていないことも多い。残念ながら私の感覚と、世の中の評価とはそこまで一致しない。

 そもそも、ビジネス書というジャンルはあまりに多様であり、スピリチュアルに極めて近い自己啓発書から、法律本のような実務書まで、ほとんど森羅万象が入るのではないかと考えられる。
 広い意味でビジネス書の体裁をとった精神の書、自己啓発の書が売れるのも理由はあると思う。批判をする気はまったくなく、日々仕事に悩む人が何に救われるかはまったくわからないので、どんな本もどこかの誰かを救っていることだろう。

 そんな中で、もしマネジメント層が、自分たちの悩みに特化した本に出会ったら、それは間違いなく「買い」と思われる。本書の価格は税込みで9720円と、決して安くはない。それだけで読者を選びそうだ。逆に、経営戦略に近い人間からすれば、緻密な情報収集に基づく「14の戦略パターンと30の戦略バリエーション」をこの1冊で身に付けられるとすれば安い。
この本は、「高収益事業の創り方」に焦点を当てているが、市場シェアの逆転ケースを多数収録した『市場首位の目指し方』という続編も刊行されている。こちらの本で紹介されている対象企業数は150で、市場占有率を逆転した102ものケースが取り上げられている。

 もし私が経営者や経営企画の人間から、議論を深める際の辞書として何かを選べと言われたら、私のチョイスは、凡百のノウハウ本や自己啓発書でなく、本書になることだろう。
塩野 誠 :経営共創基盤 取締役マネージングディレクター

最終更新:5月27日(月)6時30分

東洋経済オンライン

 

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