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なぜ人は「スジの悪い戦略」に振り回されるのか

5月22日(水)5時30分配信 東洋経済オンライン

「戦略」と銘打っているだけで、中身のない目標になっていませんか?(写真:Fast&Slow/PIXTA)
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「戦略」と銘打っているだけで、中身のない目標になっていませんか?(写真:Fast&Slow/PIXTA)
上司が思いついた「スジの悪い戦略」に振り回されるビジネスパーソンは少なくないのではないだろうか? 
マーケティング戦略コンサルタントであり、『世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた』の著者でもある永井孝尚氏によると、「スジの悪い戦略にも、スジが良い戦略にも、パターンがある」という。そこでスジが悪い戦略が持つ4つの特徴について語ってもらった。(本記事は、同書の一部を再編集したものです)
■スジの悪い戦略を思いつく社長に振り回される

 「ウチの社長、思いつきでいろいろなこと言ってくるんです。でもいつもスジが悪くて、振り回されるわりに、ほとんど失敗するんですよね」

 先日、あるマネジャーからこんな悩み相談を受けた。話を聞くと、この社長はつねに「スジが悪い戦略」を考えているようだ。

 よく「この戦略は、スジがいい」「この戦略は、スジが悪い」と言われる。この違いを明確に教えてくれるのが、拙著でも取り上げたリチャード・ルメルトの名著『良い戦略、悪い戦略』だ。本書は両者の違いを、「良い戦略」と「悪い戦略」に分けて明快に教えてくれる。
 ルメルトは戦略論と経営理論の世界的権威だが、著書は少なく、日本では知名度が低い。2011年出版の本書『良い戦略、悪い戦略』も、30年ぶりに書いた2冊目。しかしエコノミスト誌は彼を「マネジメントコンセプトと企業プラクティスに対し最も影響力ある25名」に選んでいる。

 さて、この社長に限らず私たちも、「悪い戦略」を立ててしまうことが少なくない。そこでまず「良い戦略」とはどのようなものかを考えてみよう。
 「良い戦略」とは、単純明快だ。1805年、ナポレオンがイギリス侵攻を狙っていた。イギリスの英仏海峡の制海権をめぐり、トラファルガー岬で33隻のフランス・スペイン連合艦隊と27隻のイギリス海軍が戦った。

 当時の艦隊決戦の定石は、両軍が艦砲射撃でダメージを与え、接近戦で戦う方法。しかしイギリス海軍のネルソン提督は常識を覆し、敵の真横に英国艦隊を突っ込ませた。損失は敵艦隊22隻、イギリスは0隻。イギリスは危機を脱した。
 ネルソンはこう考えた。まず、数で上回る敵を分断させたい。敵砲手の練度は低く、当日は海が荒れていた。ネルソンは「敵艦隊は、突入するイギリス艦隊を正確に撃てない」と読んだうえで、艦隊を突っ込ませるリスクを選んだ。敵が混乱し統率を失えば勝てる、というわけだ。そして狙いどおりになった。

■「悪い戦略」の4つの特徴

 このように「良い戦略」はシンプルだ。状況から決定的要素を見極め、狙いを絞り兵力投入する。しかし世の中では「悪い戦略」が圧倒的に多い。悪い戦略の特徴は4つある。
 ■特徴1:中身がない

 ある大手銀行の基本戦略は「顧客中心の仲介サービスを提供すること」だという。しかしこれは銀行の業務そのもの。わかりきったことを難しい言葉を多用し、深く語っているように見せかけて、中身がない。必要なのは「中身」だ。

 ■特徴2:重大な問題を無視している

 ルメルトは、低迷するある会社がコンサルタントを雇って作成したという分厚い「統合戦略」を見せてもらった。プランによれば、来年から急成長することになっている。
 社内の各事業部が考えた「ビジョン」「戦略」「目標」をテンプレートに記入させ、コンサルタントが資料にまとめたという。資料は詳細で一見完璧だが、低迷の原因が何でいかに解決するかはどこにも書かれていない。

 実はこの会社が低迷している真の原因は、余剰人員を抱え込んだ非効率な組織だった。

 この問題を無視して分析もしないまま戦略を作っても、うまくいくわけがない。

 ■特徴3:目標と戦略を取り違えている

 ルメルトは、ある社長からこんな依頼を受けたという。「当社の戦略目標は売り上げ2桁成長だ。課題は実現に向け全員の士気を高めることだ。しかし社員には『絶対に勝つ』という強い意志がない。そこでコーチングしてやってほしい」。
 この社長の戦略は、戦略ではない。希望的観測を語っているだけだ。「いかに目標を達成するのか」を部下に丸投げしていることに気づいていない。戦略目標は「真正面から艦隊を突っ込ませ、敵を分断させて勝つ」というように、具体的で明確なものだ。

 ■特徴4:単なる寄せ集め

 ルメルトはアメリカのある市長から、市の委員会が作った戦略を見せてもらったという。

 戦略は47個、アクションプランは178個あった。122番目には「戦略プランを作成する」というものもあり、苦笑いしたそうだ。単なる寄せ集めは戦略ではない。
 このように悪い戦略は、問題を分析せず、思考をサボり、選択を怠った結果、生まれてくる。件の「思いつき社長」もまさにこのパターン。問題の分析・思考・選択を怠り、思いつきで戦略を考えているのである。だから成果が出ることがない。

 著者のルメルトは、DEC社の戦略会議に参加した経験を紹介している。かつてミニコンピューター最大手だったDECは急速にシェアを失い、幹部が対応策を話し合っていた。

 A氏「今後も使い勝手のよい製品に集中すべきだ」
 B氏「それはすぐコモディティー化する。顧客の課題にソリューションを提供すべきだ」

 C氏「なんといっても半導体技術がカギだ。半導体チップに本腰を入れるべきだ」

 3人ともバラバラ。譲らない。いら立ったCEOは「何とか意見をまとめろ」。

 戦略会議でまとまったのは、「DECは高品質の製品およびサービスを提供するために努力し、データ処理で業界トップを目指す」だったという。毒にも薬にもならない折衷案で、戦略とは言えない。低迷が続きCEOは更迭された。
■良い戦略には「核」がある

 ネルソン提督のような「良い戦略」は、結果だけを見ると誰でも作れそうだ。しかし戦略でいちばん難しいのが「選択」なのだ。マイケル・ポーターは著書『競争戦略論Ⅰ』で「戦略でまず考えるべきは、何をやらないかだ」といっている。決断・選択をしないと、悪い戦略になる。「良い戦略」は十分な根拠に基づいた「核」を一貫した行動につなげている。この「核」は「診断」「基本方針」「行動」の3要素でできている。
 ルメルトはCEOとしてIBMを変革したルイス・ガースナーの戦略を紹介している。詳細はガースナーの著書『巨象も踊る』に詳しいが、ここではポイントだけを見ていこう。

診断
最初に医者の診察と同じく、状況を把握し、どの課題に取り組むか見極めることだ。
当時のコンピューター業界は、パソコン、チップ、ソフトウェア、OSなどに特化する企業に細分化が進んでいた。世の中では「IBMは図体が大きすぎる。解体して身軽になるべきだ」というのが圧倒的多数派の意見だった。しかしガースナーはこう考えた。
「細分化が進む業界で全分野に通じているのは、顧客にとっていいこと。問題は総合的なスキルを活かしていない点だ。統合化を進め、顧客向けソリューションを提供する」
基本方針
課題を見極めた後は、大きな基本方針を示すことだ。ガースナーは「顧客向けにオーダーメイドのソリューションを提供する」という方針を明確に示した。
行動
基本方針を実行するために、一貫性をもって具体的に行動する。ガースナーは、サービス事業とソフトウェア事業を強化し、それまでのIBMのタブーを破り、顧客が必要とするのならば他社製品も取り扱うようにした。
 このように戦略で必要なことは、問題を真正面から見据え、分析し、「やること」と「やらないこと」を選択し、明確な方針にしたうえで、具体的な行動につなげることだ。

 ときどき「戦略はよかった。実行がダメだった」と言う人がいる。しかしそれはそもそも良い戦略ではない。良い戦略には、明確な行動の指針も含まれる。

 そもそも戦略とは仮説である。優れた科学者は、知識をしっかり押さえたうえで、その先にある未知の世界を解き明かすために仮説を立てて、その仮説が正しいかを実験する。
 ビジネスも同じだ。良い戦略とは「こうすればうまくいくはず」という仮説なのだ。未知の世界に踏み込むため、知っていることを基に仮説を作り実際に試して検証する。

 スターバックスは、シュルツがミラノでエスプレッソバーの感動体験をしたことが出発点だった。

 「このエスプレッソ体験は、薄くまずいコーヒーを飲むアメリカ人に人気になるはず」と仮説を立て、アメリカで小さなエスプレッソバーを開店し、顧客の反応を観察しながらアメリカ人の好みに合わせて進化させたのがスターバックスの始まりである。
■戦略思考に役立つ3つのテクニック

 このように「仮説 → データ → 新たな仮説 → データ → ……」と繰り返される学習プロセスが必要なのだ。この戦略思考に役立つ3つのテクニックがある。

テクニック1:核になる考え方に常に立ち返ること
 つねに「診断・基本方針・行動」の3要素に立ち返る習慣を身につければ、戦略が脱線することがなくなる。最初から3要素をすべて考えられなくても、1つだけでも思いつけば、ほかの2つへと思考が広がるはずだ。
テクニック2:問題点を正確に見極めること
 「何をするか?」ではなく、「なぜするのか?」をつねに考える。

 問題点を見極め、つねに意識することで、戦略に一貫性が出てくる。

 十分に診断をせずに「これをやる」と決め打ちすると、良い戦略にはならない。

テクニック3:最初の案は破壊すること
 多くの人は最初の案に固執するが、最初の思いつきで戦略を立てるのは、悪い戦略の典型パターンだ。当初の案は「たたき台」だ。事実を確かめて、徹底的に見直し、弱点をえぐり出し、矛盾点を見つけて、たたき台を破壊することで、良い戦略が生まれる。
 著者のルメルトは、頭の中で「バーチャル賢人会議」を行うという。師匠と仰ぐ人たちを頭の中で思い浮かべて、「師匠なら何と言うだろう?」と対話をする。こうすることで、示唆に富んだ的確な評価が得られるという。

 いまやすべてのビジネスパーソンに求められている「戦略を考える力」を身につけるうえで、本書は役立つはずだ。
永井 孝尚 :マーケティング戦略コンサルタント

最終更新:5月22日(水)8時08分

東洋経済オンライン

 

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