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動かない「インフレ予想」の背後に生活不安

5月17日(金)6時10分配信 東洋経済オンライン

日銀は「インフレ期待(予想)を高める」としているが、むしろ、実際の物価動向と人々の実感が乖離してきている(写真:kikuo / PIXTA)
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日銀は「インフレ期待(予想)を高める」としているが、むしろ、実際の物価動向と人々の実感が乖離してきている(写真:kikuo / PIXTA)
 日本銀行が4月26日に公表した展望レポートには、先行きの物価動向の展望について、これまでと同様に「『適合的な期待形成』の面では、現実の物価上昇率の高まりが予想物価上昇率を押し上げていくと期待される」と記されている。

 2013年4月の異次元緩和スタート直後の日銀は、中央銀行が物価安定目標を掲げることで「フォワードルッキングな期待形成」がされる、という議論を前面に押し出していた。

 だが、インフレ目標の達成が先送りされる中で、「予想物価上昇率は実際の物価上昇率の影響を受ける」という「適合的な期待形成」の議論を持ち出して、期待インフレ率の上昇には時間がかかるというロジックを展開するようになった。需給ギャップがプラスの状態を維持することで実際のインフレ率を上昇させ、人々のインフレ予想も「適合的に(その影響を受けて)引き上がる」ことを待つ必要があるというスタンスである。
 日銀が定義する需給ギャップがプラスの(需要が供給を上回る)状態にあっても明確にインフレ率が上昇してこないことも問題だが、そもそも適合的な期待形成によって人々のインフレ予想が引き上がるのかどうかにも疑問が残る。

■動かない人々のインフレ予想

 例えば、人々のインフレ予想を調査している日銀の「生活意識に関するアンケート調査」において「これから5年間で物価は現在と比べ毎年、平均何%程度変化すると思うか」という質問に対する回答の平均値と実際のインフレ率(消費者物価指数〈総合〉の前年同月比)を比較すると、最近の両者の関係は弱くなっていることがわかる。
 ①リーマンショック前(2004年3月~07年12月)、②リーマンショック前後(2008年3月~12年9月)、③アベノミクス開始以降(2012年12月~19年3月)の関係を比較すると、明らかにアベノミクス開始以降に実際のインフレ率の動きとインフレ予想の連動性は弱くなっている。これではいつまで待っていても「適合的な期待形成」によってインフレ予想が高くなることはなさそうにみえる。

 適合的な期待形成のメカニズムが弱くなった背景には、実際のインフレ率の変化に対して、人々のインフレ率の変化に対する実感が小さくなっていることが挙げられる。
 そもそも、人々は実際のインフレ率の変化を感じておらず、インフレ予想どころか、インフレ率の実感すらも適合的でなくなってしまっている。むろん、帰属家賃などを含む消費者物価指数が人々の実感と必ずしも合致する保証はないが、アベノミクス以前と比べて連動性が大きく低下しており、インフレ率の実感は実際のインフレ率の動向に適合的ではなくなっている可能性が高い。

■インフレ率が低下していても実感しない

 インフレ率の実感が適合的でなくなっている理由は定かではない。日銀が指摘するように、日本のインフレ率が長期間低迷してきた経験から、短期的にインフレ率が上昇しても「実感がわかない」という面もあるだろう。
 しかし、この考え方は実際のインフレ率が低下している局面には当てはまらない。実際のインフレ率が高くなっているときにインフレ率の実感が高くならないだけでなく、実際のインフレ率が低下してもインフレ率が低下しているという実感がない、という特徴も見出すことができる。

 日銀が指摘するようにインフレ率が上昇することがイメージできないだけであれば、インフレ率の低下局面ではインフレ率が低下しているという実感は出てくるはずである。
 実際のインフレ率が低下する局面でインフレ率の実感が高止まりしている理由として、人々の生活実感が悪化していることが挙げられる。

 筆者らが2018年3月に発表した論文「構造方程式モデリングを用いた個人投資家のインフレ認識とインフレ予想の分析―インフレ予想の異質性バイアス―」(行動計量学、2018年3月号) では、個人投資家のインフレ予想に関して、独自のアンケート調査の結果を用いて分析した。そこでは、日本経済や家計の状態に対する「不安」が大きい個人ほど、現在のインフレ率の実感が高いことが示された。
 生活実感が悪く、「不安」が大きいほど各種サービスや物の価格を高く感じるなどの錯覚を起こしやすく、インフレ率の実感の高止まりを引き起こしやすいと考えられる。これらの特徴が複合的に表れている結果として、 インフレ率の実感は適合的でなくなっている可能性が高い。

■インフレ予想の引き上げに固執するリスク

 前述した筆者らの論文では「家計の生活実感が悪化するとインフレ率の実感が高くなる(その結果としてインフレ予想も高くなる)」という分析結果が得られた。この結果を逆手に取れば、日銀はインフレ予想を引き上げるために家計の生活実感を悪化させればよいという考え方もできる。むろん、このようなメカニズムでインフレ率の実感やインフレ予想が上昇したとしても、前向きなインフレ率の上昇につながる可能性はない。むしろ経済を毀損するリスクがある。
 リフレ派と呼ばれる人々の意見の中には、とにかくインフレ予想を引き上げるべきだというものも散見されるが、インフレ予想の変化の背景にまで踏み込んだ議論が必要である。
末廣 徹 :みずほ証券 シニアマーケットエコノミスト

最終更新:5月17日(金)6時10分

東洋経済オンライン

 

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