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「世論市場化」に敗れた米国伝統メディアの危機

5月16日(木)6時20分配信 東洋経済オンライン

アメリカでは「メディアの分極化」が起こり、メディアが「ゆがんだ鏡」となりつつある。その背景や原因を解説する(写真:metamorworks/iStock)  
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アメリカでは「メディアの分極化」が起こり、メディアが「ゆがんだ鏡」となりつつある。その背景や原因を解説する(写真:metamorworks/iStock)  
トランプの勝利は偶然か、必然か?  「分極化するメディア」は人々の政治行動をどう変えたのか。なぜ伝統メディアの影響力は後退したのか。『現代アメリカ政治とメディア』(共編者)を上梓した上智大学の前嶋和弘氏が、詳しく解説する。

■「メディアの危機」の一般的なパターン

 『現代アメリカ政治とメディア』の編著者としての私の役割は、全体の見取り図を示すことだったが、その第1章を「アメリカのメディアは、いま、かつてない危機に瀕している」という書き出しで始めた。
 なぜ、“かつてない危機”なのか。当然ながらアメリカのことに重点を置いて書いたが、同書では省略したその前提となる部分も含めて少し論じてみたい。

 一般的に「メディアの危機」といえば、お決まりのパターンがある。それは軍事政権や経済エリートなどの支配階級が情報を独占し、メディアは権力の一部となってしまっている状況だ。

 近くの例の国を想像してみればいい。権威主義的国家(独裁国家)のメディア情報は、上から徹底的に統制される。画一的で規格化された内容になるのは言うまでもない。そんな国のニュースは社会のほんの一部しか映し出さないのは当然だ。また、既存の社会秩序を追認する内容となる。受け手は情報を選ぶことはできず、少ない情報を拡大解釈するしか方法はない。どうしても受動的になる。
 そして、支配階級がメディアの情報をコントルールする以外にも、「メディアの危機」はある。例えば、国や地域によってはギャングなどの集団が警察より力を持ち、自分たちに都合が悪い報道を暴力的に阻害することもある。

 毎年、さまざまな国からの留学生がいる授業を担当している。先日、メキシコからの女性の留学生が「将来ジャーナリストになりたいが、身の危険を感じるので戸惑ってしまう」と切実な様子でコメントした。この発言にほかの日本人やアメリカ人の学生の顔が一気にこわばったのは言うまでもない。
 それぞれの国・地域の報道の度合いは、ほぼ2年ごとにアメリカのシンクタンクのフリーダム・ハウスが発表している「報道の自由度」のランキングで知ることができる。最新版は2017年のもので、199の国と地域のうち、31%の61が「自由」であり、当然かもしれないが日本やアメリカ、西欧諸国、台湾はほぼ毎回、ここに分類されている。

 72(36%)が「部分的に自由」とされ、ここには南米などの国が多い(かつては「自由」と位置付けられたこともある韓国も2017年調査では「部分的に自由」に分類されている)。そして「不自由」とされた66(33%)の国と地域にはロシア、中国のほか、中東やアフリカ諸国が多い(くだんのメキシコもここに位置する)。
 「最も自由」とされたのがノルウェー、「最も不自由」とされたのは予想どおり北朝鮮だった。国の数ではなくて、その人口から考えてみれば「自由」な国に住んでいるのは、わずか13%にすぎない。「部分的に自由」が42%、「不自由」が45%と圧倒的な割合となる。

 世界の大多数の国のメディアは社会を正確に映し出せない「ゆがんだ鏡」でしかない。

■アメリカ型「メディアの危機」

 アメリカに話を戻そう。このカテゴリーで言えば、そもそも「報道の自由」がある少数派の国・地域の1つがアメリカである。メディアは政治的から独立しており、本来は「メディアの危機」とは遠い存在であるはずである。
『現代アメリカ政治とメディア』で伝えたかった、アメリカの場合の「メディアの危機」は、この一般的なパターンとは少し異なる。それは、むしろ政府から「自由」であるがために、起こってしまった悲劇とすら言えるかもしれない。

 少し説明したい。アメリカの場合、過去30年の間で世論が大きく保守とリベラルの左右に分かれる分極化現象が極めて深刻になっている。国民世論が左右に分かれているこの現象は近年、そのペースが極めて速くなってきた。現在はアメリカ政治がかつて経験したことがないレベルの政党間の対立激化が深刻化している。
 左右で政治的な価値観が異なる国民の分断がどれほど深刻なのかは、日本でもおなじみのトランプ大統領の支持・不支持の傾向をみれば明らかである。世論調査会社のギャラップが2019年4月17日から30日にかけて行った調査の場合、トランプ大統領の支持率は46%で、不支持率は半数の50%となっており、不支持のほうが多い。

 しかし、党派別にみると、状況はまったく異なってみえる。同じ調査で「共和党支持者である」とする人の場合、「トランプ氏を支持する」としたのは91%と、これ以上にないレベルの高さである。これに対し「民主党支持者である」とする層の中で「トランプ氏を支持する」と答えた人は12%しかなく、両者の差はなんと79ポイントも差がある。無党派が37%で、ちょうど両者の中間に位置している形だ。
 そもそも共和党と民主党の支持者の数はやや民主党のほうが多いが、国民のほぼ3分の1ずつであり、均衡状況を保っている。残りの3分の1は「無党派」だが、その中はほぼ均等に「共和党寄り」「民主党寄り」「(本当の)無党派」と分かれている。共和・民主いずれかの政党の支持ではない国民はほんの少ししかいない。

 アメリカのメディアはこの世論の分断という変化に合わせながら、左右の政治的イデオロギーにその報道を呼応させるようにしていった。真実は1つであるはずなのに、メディア自身も分極化し、保守向けの政治情報、リベラル派向けの政治情報が提供されるようになってしまっている上述のように権威主義的国家なら、政府が報道の内容に介入する。
 しかし、アメリカのメディアの場合、世論という「市場」に合わせて、政治情報をマーケティングしていった。これがアメリカ型の「メディアの危機」である。

 「メディアの分極化」の背景には、放送の「政治的公平性」をめぐる規制緩和が1980年代に進んだ影響もある。規制緩和は、つまり「政府からの自由」である。

 その結果、世論という「市場」の変化の風向きを読みながら、1990年代以降、ラジオや、CATVや衛星の24時間ニュースチャンネル(ケーブルニュース)がとくに「メディアの分極化」が目立っていき、現在に至る。
 この「メディアの分極化」で、支配階級がメディアの内容をコントロールする状況と同じように、アメリカでもメディアが「ゆがんだ鏡」となりつつある。「信じられない」という意味でまったく同じであろう。自由な分、その意味でたちが悪いかもしれない。

■「メディアの分極化」の構造

 かつては、アメリカの世論は現在よりもやや左寄りだった。公民権運動を含め、多様性を認めていく動きはアメリカという国の進歩そのものだった。新聞だけでなく、テレビでの報道もどちらかといえばリベラル寄りの情報が多かった。
 一方で、南部や中西部を中心に保守層も存在していた。この層をめぐって、かなり保守に偏ったラッシュ・リンボーのトークラジオ(聴取者参加型のラジオでの政治情報提供番組)が規制緩和をきっかけに、ラジオが保守派の情報基盤として一気に注目されるようになった。

 トークラジオは通常のストレートニュースではなく、政治、社会の争点に対してホスト(司会者)が意見を述べる。エンターテインメント性も高く、かなり感情的なものもあり、政治ショー的な要素が強い。
 リンボーだけでなく、保守層向けのトークラジオ番組が多くの聴取者を獲得していった。これに対抗するように、リベラル派のトークショーも次々に登場し、2000年代にはAM放送だけでなく、FM放送や衛星ラジオでも政治トークラジオ番組が全米のラジオ番組編成の中核になっていった。

 テレビも、かつてはなかったような政治的な偏りのある番組が1990年代以降、生まれていく。代表的なものが保守色の強い番組構成が「市場」をつかんでいったことで知られる、1996年に発足したケーブルニュースのFOX NEWSである。現在の看板ホストのショーン・ハニティがまさにそうだが、各番組のホストはそもそもトークラジオ出身者も数多い。
 一方でリベラル層向けの偏ったテレビ放送も登場していく。代表的なものがMSNBCである。MSNBCはFOX NEWSと同じ1996年に発足したが、保守色が強い時代もあったが、2004年の大統領選挙あたりにリベラル市場に注目することで、その内容を一気に左旋回させている。CNNもここ数年、リベラル色が非常に目立っている。

 国民を二分する政策である妊娠中絶や銃規制などについては、FOX NEWS とMSNBCは真逆に立場をとる。共和党支持者は保守メディアを信じ、リベラルメディアを「フェイク」とののしる。民主党支持者はその逆だ。ゲートキーパーとなるべきメディアが左右どちらかの応援団となってしまっている。
 「メディアの分極化」の当然の帰結かもしれないが、偏った「政治ショー」がすでにアメリカ国民にかなり浸透し、政治の情報源になっている点は注意しないといけない。

 2016年はじめのピューリサーチの調査によると、「選挙についての最も有用な情報源」(複数回答可)は「ケーブルニュース」が24%で1位を占め、2位以下には「ソーシャルメディア」(14%)、「地方局」(14%)、「ニュースウエブサイト・アプリ」(13%)、「ラジオ」(11%)と続き、その次に「地上波ネットワークのイブニングニュース」(10%)となる。その次が「深夜コメディ番組」(3%)、「地方紙」(3%)、「全国紙」(2%)となる。
 ラジオが入っているのは、政治を話題にする聴取者参加型の「トークラジオ」がとくに保守を中心に広く聴かれているためだ。

 ただ、相対的に言えば、まだ保守メディアの情報源は多くはない。保守の方はFOX NEWS、トークラジオ、さらには保守系ネットサイトに限られる。新聞の多く、そして、アメリカの放送の基準となる地上波の3大ネットワークのイブニングニュースもどちらかといえば、リベラル色が強いかもしれない。

 それもあるのか、一般的な「メディア」という言葉には保守層には拒否反応がある。例えば、2018年のギャラップの「メディアを信頼するか」という調査では共和党支持者の21%だけが「信頼する」とし、民主党支持者の76%とは大きな差となっている。
■「メディアの分極化」の病理

 「メディアの分極化」について「多様なメディアがあることはいいこと」という見方もある。私自身も大学の教員として「私たちは複数のメディアを比べながら、メディア・リテラシーを養う必要がある」といつも言っている。

 メディアを読み解く能力は確かに重要だ。ただ、それを大多数の人に課すのは、誤解を恐れずに言えば、一種のエリート主義である気すらする。

 なぜなら、爆発的なソーシャルメディアの普及の中、多くの人々にとっては、逆に情報を読み解きにくい環境になりつつあるためである。アメリカではすでに、「テレビ対新聞対ネット」といった情報ではなく、ソーシャルメディアを通じてテレビや新聞の情報も広く伝播するような複合メディアの時代となりつつある。
 ソーシャルメディアの利用で、政治報道は瞬時に広く伝播するようになったが、ソーシャルメディアでは自分の支持する情報を好んで伝える「選択的接触」「フィルターバブル」の傾向がある。

 保守なら保守の情報、リベラルならリベラル派向けの情報ばかりが押し寄せてくる。情報過多の中、それぞれの情報は自分と同じ政治的な価値観を持つ層だけで共有されていく。情報は画一化するタコツボと化しつつある。

 アメリカのリベラル派の友人たちが、フェイスブック上で連日MSNBCなどのリベラルメディアのからの情報をポストし、極めて乱暴な言葉でトランプ大統領批判を続けている。保守派の友人は保守サイトからの情報で民主党叩きを続ける。長年の友人たちだが、SNS上で飛び交う議論には、はっきりいってうんざりではある。
■日本のメディアで起こること

 最後に日本の状況についても書いておきたい。「アメリカと日本の状況はまったく同じ」という指摘も頻繁に受けるが、やや違和感がある。アメリカの政治的分極化やメディアの分極化に比べると、日本のほうはまだそれほどではない。

 アメリカほど日本の世論はまだ割れていない。各種調査では既存のメディアへの信頼も極めて高いほか、自主規制を含めて放送上の規制も残っている。

 ただ、それでも日本では少しずつ「メディアの分極化」の兆しが見えつつある。言うまでもないが、保守系のネット情報が近年かなり先鋭化している。保守系の書籍販売が好調なのは、日本の既存のメディアに対する反発があるといえる。この保守の動きを見て、リベラル派のネット言説もかなり厳しいものになりつつある。
 アメリカが「いつか来た道」をいずれは日本も通るのかもしれない。
前嶋 和弘 :上智大学教授

最終更新:5月16日(木)6時20分

東洋経済オンライン

 

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