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離脱交渉長期化で英景気に変調、現地で見た国民の深刻な「交渉疲れ」

5月16日(木)16時40分配信 ダイヤモンド・オンライン

英国の2019年1~3月期実質GDPからは、膠着するEUからの離脱問題が景気動向に影響を与えていることが見てとれる(写真はイメージです) Photo:PIXTA
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英国の2019年1~3月期実質GDPからは、膠着するEUからの離脱問題が景気動向に影響を与えていることが見てとれる(写真はイメージです) Photo:PIXTA
● 離脱前の駆け込みを受けて加速 1~3月期の実質GDP

 5月10日に発表された英国の2019年1~3月期実質GDPの内容は、膠着する欧州連合(EU)からの離脱問題が、英国の景気動向を大きく左右していることを物語るものだった。成長率自体は前期比0.5%増と、18年10~12月期(同0.2%増)から持ち直したが、この動きは当初の離脱期日である19年3月29日を目前に、在庫が積み増されたことによるところが大きい。

 産業別のGDPの動きを見ても、19年1~3月期は製造業が堅調であった。ただ離脱交渉が19年10月末まで延期されたことから、19年4~6月期に入ると在庫の取り崩しが生じて、GDPの成長が下押しされる可能性がある。事実、19年1~3月期の設備稼働率は81.3%と18年10~12月期(80.2%)から上昇したが、19年4~6月期は80.7%に低下する見込みであり、在庫の存在が生産の重荷になると見られる。

 EU離脱前の駆け込みの影響は消費にも表れた模様だ。19年1~3月期の個人消費の前期比成長率は0.7%増と、18年10~12月期(0.2%増)から大幅に上昇した。また、手控えられていた設備投資も前期比0.5%増と、5四半期ぶりにプラスに転じた。こうした駆け込み需要という特殊要因に基づく内需の強さを反映して、輸入も前期比6.8%増と非常に高い伸び率を記録した。

● 投資が増えなくても 雇用が増えるパラドクス

 19年1~3月期に久々に増加した設備投資であるが、まだ減少トレンドそのものに歯止めがかかったわけではない。企業が設備投資を手控えている理由もまた、EU離脱交渉の不透明さにある。EUとの将来的な通商関係のあり方が見定められないため、企業は設備投資を手控えざるを得ない状況が続いているのだ。こうした流れは製造業だけではなく、お家芸である金融などの非製造業でも同様である。

 ところで、設備投資には二面性という性質がある。設備投資は生産増加に加えて雇用増にもつながり、景気を押し上げるというものだ。裏を返せば、設備投資が手控えられればそれだけ雇用の改善が遅れることになる。

 ただ、現状の英国では、設備投資が低調なわりに雇用は堅調を維持しており、直近の失業率は4%を下回って労働需給はタイト化している。その結果、賃金上昇までも加速するというパラドクスが、現在の英国では生じている。
 このパラドクスもまた、EU離脱の影響を受けたものだ。EU離脱交渉が始まって以降、英国の労働供給を支えてきた中東欧を中心とするEUからの移民の数が減少している。主に小売や飲食などといった非製造業の低賃金労働に従事していた中東欧からの移民が減少したことで、そうした産業を中心に人手が不足しているようだ。その結果、設備投資が手控えられているにもかかわらず、雇用が増加するというパラドクスが生じている。

● 身動きが取れない イングランド銀行の金融政策

 このパラドクスのため、中央銀行であるイングランド銀行(BOE)の金融政策は身動きが取りにくくなっている。現在、英国の消費者物価は前年比1%台半ばとBOEの物価目標である2%を下回っている。もっとも、賃金上昇の加速は先行きのインフレの加速につながる。そのためBOEとしては、中銀の責務として予防的な観点から金融引き締めを進めたいところだ。

 ただ、EU離脱交渉の行方が不透明なため、BOEは利上げに踏み込めない状況が続いている。GDP統計の発表に先立つ5月2日に実施されたBOEの金融政策委員会(MPC)でも、政策金利は既往の0.75%で据え置かれた。決定の内容そのものは大方のエコノミストが予想していたものの、EU離脱交渉の膠着を受けてBOEは身動きが取れなくなっていることを、我々に改めて見せつけるものだった。

 なお、英国は輸入依存度が高いため、ポンド相場の動向次第では通貨防衛のための金融引き締めが必要となる。ノーディール(合意なき離脱)での決着となればポンドの暴落は必至なため、BOEは利上げを余儀なくされるが、同時に大幅な利上げは景気のオーバキルにつながることになる。ただそうだから言って、通貨安の放置もまた景気に悪影響を与える。この点でもBOEの金融政策はジレンマを抱えている。

● 統一地方選で見えた 「交渉疲れ」の民意

 膠着するEU離脱交渉を受けて、英国の国民にも疲れが見られる。5月6日にイングランドと北アイルランドで行われた統一地方選の結果は、それを端的に物語っていた。

 この統一地方選は、事実上、英政府による離脱交渉の信任を問う性格を持ったが、メイ首相が率いる与党の保守党だけではなく、最大野党の労働党、さらに独立党といった離脱推進派も議席数を減らす結果となった。
 代わって台頭したのが、国民投票を再び実施し、離脱の撤回を目指すことを謳う自由民主党である。同党は長らく第三党として英国の政治に一定の影響力を維持してきたが、今回の躍進は離脱交渉を巡って政争を繰り広げる保守党と労働党に対する有権者の不満を反映するものだった。いわゆるサイレント・マジョリティと呼ばれる有権者を中心に、交渉疲れが強まっているのだろう。

 なお、英国は5月下旬の欧州議会選にも参加する。世論調査では、離脱強硬派であるナイジェル・ファラージ氏が率いる「ブレグジット党」が3割の支持率を確保し、保守党を抜いてトップに躍り出た。国民は必ずしもファラージ氏の主張に共感していないようだが、膠着が続くEU離脱交渉に失望した有権者の不満をブレグジット党が吸収していることは、確かなようだ。
 
 実際、交渉の膠着は英国景気の混乱につながっている。保守党執行部がメイ首相に代わる離脱強硬派の指導者を擁立した上で解散総選挙を行うという展望を描く有識者もいるが、こうした交渉疲れの民意を踏まえると、新指導者の下で保守党が議会の単独過半数を得られるかどうか、定かではない。解散総選挙の実施は、かえって事態の混乱を生むだけではないだろうか。

● 思考停止状態の英国、 事態の打開は容易ではない

 筆者はこのコラムをロンドンで書いている。出張という形で何人かの有識者にヒアリングを行ったが、共通した見解は、英国がこの期に及んでもEU離脱交渉をめぐって思考停止に陥っているというものであった。民意も政治も腹をくくれない中で、EUの温情を受けながら、ただいたずらに時間だけが過ぎていく。英国の「体たらく」に付き合うEU側のストレスも限界に達していると言えよう。

 10月末まで交渉の延期が許された英国のEU離脱であるが、内外のストレスが強まる中で、これまでの「のらりくらり」とした英政府の交渉態度は、もはや通用しないのではないだろうか。10月以降の再延期に含みを持たせるとしても、国民投票の再実施を前提条件とするなど、英政府はEUに対して何らかの示しを見せる必要がある。それができないなら、10月を待たずにノーディールという悪夢が生じるかもしれない。

 (三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査本部 研究員 土田陽介)
土田陽介

最終更新:5月16日(木)16時40分

ダイヤモンド・オンライン

 

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