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関東出身、西日本で育った「105系」が最後の活躍

5月14日(火)5時10分配信 東洋経済オンライン

検修庫内で整備中の105系。側面に103系の雰囲気を色濃く残す(記者撮影)
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検修庫内で整備中の105系。側面に103系の雰囲気を色濃く残す(記者撮影)
 30年余りにわたって続いた平成から、令和へと元号が変わった。一般に鉄道車両の寿命は30~40年と言われるなか、昭和の終わり、つまり国鉄末期に造られた車両たちは、徐々にその数を減らしている。

 すでに、JR東海に残る国鉄車両は8両となり、JR東日本でも首都圏に残るのは185系をはじめごく一部。国鉄車両が多数残っていると思われがちなJR北海道も、電車はすべて民営化後の車両となっており、気動車も特急形は残りわずかだ。
 そんななか、JR西日本では近郊型車両の最新形式である227系の増備が進み、広島地区では113系などの置き換えが完了。続いて現在は和歌山地区にも投入され、同地区の国鉄車両は間もなく引退の時を迎える。

 ここでは、和歌山地区(和歌山線と紀勢本線、奈良県内を走る桜井線)で引退が迫る105系をクローズアップしてみる。

■ローカル線の旧形国電を置き換え

 105系は、地方のローカル電化路線に残っていた旧形国電を置き換えるために登場した。同系最大の特徴は、旧形国電と同様、走行に必要な機器を1両にまとめた「1M方式」を採用している点だ。101系に端を発する、いわゆる新性能電車は、電動車2両を1単位とし、走行に必要な機器を分担して搭載する「MM'ユニット方式」を採用していた。
 MM'ユニット方式は、各車両の重量が軽くなることで省エネや線路への負担を軽減できるなど、さまざまなメリットがある反面、2両編成を組む場合は全車両が電動車となり、効率が悪い。そのため、輸送力が2両程度で十分なローカル線は、電動車を1両単位で連結できる旧形国電が多く残っていた。105系は、103系をベースに1M方式とすることで、旧形国電の置き換えを可能にしたのである。

 1981(昭和56)年に、まず初期グループが登場した。2編成以上の連結運用を考慮して、貫通型の前面を採用。両脇の窓周囲を黒くしたことから“パンダ”の愛称が付いた。側面は片側3扉で、裾絞りのない113系といった雰囲気である。同番台は広島県の福塩線と山口県の宇部線・小野田線に投入され、当初の目的どおり旧形国電を置き換えた。
 105系は期待どおりの性能を発揮したことから、可部線の旧形国電置き換え用や奈良線・和歌山線などの電化開業用として、1984(昭和59)年に追加製造されることになった。

■常磐線の余剰車両を改造

 ところが、当時国鉄は莫大な赤字を抱えており、車両の新製が難しかったため、首都圏の常磐線などで余剰となった103系からの改造でしのぐことになった。

 最小限の改造とするため、側面は片側4扉のままで、先頭車から改造される車両は元の先頭部を活用。常磐線用の先頭車は最初から非常用貫通扉があったので、これを生かしたデザインとなった。
 車体にはこうした違いがあるものの、走行性能は初期グループと同一である。また、中間車から改造される車両は初期グループと同じデザインの前面を新たに付けたため、前後で“顔”が違う編成も存在する。

この改造グループは、現在和歌山地区に残るのみ。そこで、彼らに会うために同地を訪れた。

 JR和歌山駅から和歌山線を王寺方面へ少し進んだところに、吹田総合車両所日根野支所新在家派出所(以下「新在家派出所」)がある。和歌山線や紀勢本線などの一般車両の車両基地で、105系もここの所属だ。
 筆者の目にまず飛び込んできたのは、留置線でひと休み中の227系。この3月から運用を開始したばかりで、これによって同所に所属する117系は定期運用から引退した。

 その手前、検修庫の中に105系の姿があった。新在家派出所に所属する車両は大半が103系からの改造車で、側面に客扉が4つ並ぶ。JR西日本に残る103系は、全車で戸袋窓の埋め込み工事が施工されているが、105系はオリジナルのまま。トイレや機器室を設置するために車端部の窓が埋められていたり、ワンマン運転に対応するための車外放送用スピーカーなどが取り付けられていたりするものの、103系よりも105系の方が“103系らしい側面”を保っているのだ。
 車内に入ると、そこにも懐かしい空気が漂っていた。ロングシートは下部まで金属パネルで覆われており、端部の仕切りはパイプ製。田の字形の窓は開閉可能で、その上の荷棚は文字通りの“網棚”である。

 そして、天井には扇風機が。いずれも、最新の車両では見られないものばかりだ。105系はもともとクーラーを積んでおらず、後から改造で取り付けられたが、そうした機器類や風道、あるいは後年取り付けられた保安装置などが、客室内に出っ張っている。こうした雑多で質素な印象が、これまた昭和に生まれた103系の雰囲気を色濃く残している。
■運転台はアナログ感が満載

 客室の壁はリニューアルによってブラウン系に変わっていたが、乗務員室は昔と同じく薄緑色。運転台の正面には6つのメーターが並び、その手前にあるブレーキハンドルは木製だ。

 スイッチ類はすべて、物理的に押したり上げ下げするタイプで、最新車両に見られるようなデジタルメーターやタッチパネルは見られない。もともと広くない空間に、さまざまな機器が追加されたため、まさに“スイッチだらけ”といった印象だ。
 「105系は、最新の車両と違ってスイッチ類や接触箇所が多いから、メンテナンスに手間がかかる。でも、手をかけてやればちゃんと動いてくれる。手のかかる子供ですけど、かわいいもんです」と、案内してくれた検修担当の社員が笑顔で言った。こうした人達が昼夜を問わず面倒を見ているからこそ、“子供”たちはここまで活躍できたのだろう。

 取材を終えて車両から降りたとき、和歌山駅で乗客を乗せた105系がちょうど横を走っていった。王寺方の先頭車は、常磐線時代の雰囲気を残す車両だ。最近は、首都圏から訪れる鉄道ファンも多いという。故郷から500km以上離れた地まで会いに来てくれる人がいる……彼ら105系もきっと、幸せに違いない。引退するまで、あと4カ月余り。最後まで安全に走り抜いてくれることを願う。
伊原 薫 :鉄道ライター

最終更新:5月14日(火)5時10分

東洋経済オンライン

 

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