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おもてなしとは真逆の「無愛想な鮨屋」がなぜ繁盛するか

4月26日(金)6時01分配信 ダイヤモンド・オンライン

Photo:PIXTA
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 京都大学では、2017年から「京大変人講座」と名付けられたユニークな一般公開講座が定期的に開かれている。京大といえば創立以来「自由の学風」が建学の精神。同講座でも、「京大では“変人”はホメ言葉です!」を合い言葉に、物理学、工学、生物学、医学、芸術学にいたるまで、幅広いジャンルにわたり、毎回濃密で白熱した講義が行われている。
このたび、この超人気講座が書名もそのままに『京大変人講座』という書籍となって刊行された。本連載は、同書の一部を抜粋する形で、紙上講義をお届けしていく。
初回は「サービス経営学」を専門とする京大経営管理大学院・山内裕准教授の講義から。無愛想な老舗鮨屋は、日本的な至れり尽くせりの「おもてなし」とは真逆なスタイルでありながら、客を魅了する。その理由を解くことで「サービスの本質」に迫っていく。

● 「サービス」=「おもてなし」 と定義するのは単純すぎないか

 私の経営学者としての研究分野は「サービス」です。

 みんなが毎日、レストランで、コンビニで、スーパーで、あらゆる場所で受けている、あのサービスです。サービスのよしあしは、お店の提供する商品と同じくらい、「お客さんがまた来てくれるか」を左右する要素です。

 「サービス」といえば、2020年の東京オリンピック招致に向けて、アナウンサーの滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」のプレゼンをしたのはみなさん覚えておられますね? 日本流の「上質なサービス」の象徴として、このキーワードが用いられたわけですが、いったい何が「いいサービス」だと言えるのでしょうか。

 しかし、そもそも「サービス」とは何でしょう。
 まずは、世の中の人たちがサービスをどうとらえているのかを知るために、グーグルで検索してみると、

 「相手のために気を配って尽くすこと」

 「お客様に満足していただくために、自分の持てるものを活用して何かをして差し上げること」

 なるほど、自分の知識や技術を誰かのために提供することが、世間で考えられている「サービスの定義」のようです。

 しかし、この定義、単純すぎるのではないかと思います。

 私がこの疑問を持ったのは、鮨屋のおやじが不機嫌なのを目の当たりにしたからです。

● 「日本的サービス」とは真逆の 無愛想な鮨屋が大繁盛する不可解

 「すきやばし次郎」という、ミシュランガイドが三つ星認定した銀座の高級鮨店をご存じでしょうか。「すきやばし次郎」は、1965年創業。高級鮨店といっても、かなり年季の入ったオフィスビルの地下にあります。店内は狭く、お手洗いはよそのお店と共用です。ハリウッドの大スターや、あのオバマ元アメリカ大統領もやってくる、世界に冠たるお店になったあとも、ずっとこの場所で営業されてきました。

 店の親方・小野二郎さんを追ったデヴィッド・ゲルブ監督のドキュメンタリー映画『二郎は鮨の夢を見る』に、そのサービスの様子が収められています。

 小野二郎さんは、まさに頑固一徹といった風情。お客さんの前でニコリともしません。「お前、誰や?」という心の声が聞こえてきそうな顔で出迎え、「おいしい」と褒められてもぶすっとしています。店の常連である料理研究家の山本益博さんは、「初めに(店に)行ったとき緊張していました。何年行っても緊張していました」と言います。高い代金を支払いながら、くつろげない店に通っているというのです。

 小野さんの態度は、「笑顔」や「思いやり」といったサービスに対する世間一般の認識とは真逆を行っています。にもかかわらず大繁盛です。

 これはおかしいんじゃないか?

 私が「サービスの定義」に疑問を持ったきっかけでした。
● 「お飲み物はどうしましょうか」 という怖い質問

 この謎を解明すべく、私がまず着手したのは実地調査でした。

 雑誌にもよく掲載される東京の有名鮨店4軒にお願いし、それぞれの店を4つ以上のアングルからビデオ撮影しました。同時に多数のボイスレコーダーを設置して、親方とお客さんのやりとりを録音し、分析したのです。

 その結果、非常に興味深いサービスの実態が浮き彫りになりました。

 まずは、親方とお客さんのよくあるやりとりの一例をご紹介しましょう。

 親方 えー、早速ですが、お飲み物はどうしましょうか?

 客 はい。あ~……、蒸してるんで生ビールでぇ……

 親方 生ビール、行きましょう

 さて、なんの変哲もない会話のように見えますが、このやりとりをサービスという観点から分析してみると、とんでもないことが起きています。

 まず、「お飲み物はどうしましょうか?」という質問からして奇妙です。なぜなら、お客さんは席に座ったばかり。しかも、初めてのお客さんなのです。メニュー表も渡していません。価格もわからない。お客さんはなにひとつ把握できていない状況なのに、「ほれ、早く飲み物を注文しろ」と催促されています。

 きっと読者のみなさんの中にも、お店で同じような経験をされた人がいることでしょう。

 ちなみに、私の研究室ではこうしたやりとりのデータを大量にストックしていますが、親方のこうした態度は珍しくありません。そして、問われてスッと淀みなく答えられるお客さんが、そうそういないのも、よくあることです。

 このお客さんも「あ~」と言葉を濁しながらしばらく考えます。考えた末に生ビールを注文しますが、このときわざわざ「蒸しているから」と理由を添えました。

 考えてみてください。レストランでメニューを見ながら注文するときに、なぜそれが欲しいのかわざわざ伝えますか? そんなことはしないはずです。
 では、なぜお客さんはあえて「蒸しているから」とつけ加えたのでしょう。それはどこか自信がないからです。「何か理由をいわなければ、コミュニケーションに問題が起こるのではないか」と懸念している可能性があります。

● 客のおうかがいに対して 親方が「いいね」を出す瞬間

 もっと興味深いのは、「生ビールで」というとき、語尾が伸びるのです。文字で表記するなら「生ビールでぇ……」といったあいまいなニュアンス。しかも、音が伸びる瞬間、それまで下を向いていたお客さんが、チラッと親方の表情をうかがう様子を見せました。

 このしぐさ、講義で先生から質問された学生が答えるときの様子にとてもよく似ています。自分の行為を相手がどう評価するか、気にしているのです。自分のやっていること、言っていることが、正しいかどうか不安なのです。

 「この答えで合っていますか?」と、言外に立てる“おうかがい”です。

 対する「生ビール、行きましょう」という親方の返しも、よく考えるとちぐはぐです。「行きましょう」の主語は本来お客さんのはず。一見すると、鮨屋の親方までお客さんの一員かのような言い回しになってしまっています。

 これは、お客さんの出した注文と、その言葉に含まれている「合っていますか?」というおうかがいに対して、「それ、いいね」と親方が合格点を出した瞬間なのです。

 ほんの10秒の間の言葉の裏に、こんなにおもしろいコミュニケーションが起こっています。

 ところが、お客さんが変わると、親方とのやりとりもガラリと変わります。次の例は、とある別のお客さんが店に入って、座った瞬間の会話です。

 親方 お飲み物はどうしましょうか?

 客 ビールを

 親方 大瓶と小瓶がございますが?

 客 小瓶で

 お客さんが座ろうとした瞬間、親方が投げかけるのは、先のお客さんへの質問とまったく同じです。しかし、このお客さんは淀みなく「ビールで」と返事をします。
 おそらく、このお客さんは親方の質問を予期しており、最初から答えを用意していたのでしょう。語尾が伸びることも、親方の顔をうかがうこともなく、淡々と答える様子がそれを物語っていました。

 例に挙げた二つのやりとりは、まったく異なる展開を見せますが、一つだけ同じところがあります。親方の第一声がつねに「お飲み物はどうしましょうか」であることです。

 私が持つ大量のデータを確認したかぎり、どの鮨屋の親方であっても、客に対して最初に投げかけるのは、このひと言なのです。

 いったいなぜなのか?

 親方はこのひと言で、客をテストしています。説明などいっさいせず、なんでもないような顔をして、とても難しい質問をしています。

 その答えを聞くことで、親方は客を見極めているのです。

● 「何かお切りしますか?」に 「はい」と答えてはいけない

 さて、飲み物を注文すると、新たな質問が飛んできます。

 「何かお切りしますか?」

 気を利かせてくれたようにも思えるこの言葉ですが、実は新たなテストが開始した瞬間です。いったいどう答えるのが正解なのか、わかりますか?

 調査したのは伝統的な鮨屋ですから、温かい料理は基本的にありません。ただ、お客さんはアルコールを注文したので、おつまみが欲しいはず。お店にあるのは鮨のタネだけ。鮨屋で出るつまみとは、タネを切ったお刺身が定番です。
 つまり親方は、

 「おつまみ、召し上がりますか?」

 と聞いているのです。

 この質問に対して多くの人は「はい」と答えます。たいていは0.2~0.4秒ほどためらってから、「はい」と返事をします。ときには「少し」とつけ加える人もいます。

 しかし、これでは親方は合格点をくれません。なぜなら続けて「何がいいですか?」と聞く手間がかかるからです。

 「何がいいですか?」と聞かれても、たいていのお客さんは戸惑います。ここでちょっと動揺して0.5秒もポーズがあると、親方が「白身、生イカなんかありますよ」とヒントをくれるので、客はようやく答えが出せるのです。

 こうして、つまみの注文に行き着くまでのやりとりを聞いても、さほど特別なものには感じられないかもしれません。ところが、年間250回も高級鮨店で食事をするという鮨ツウに店に来てもらい、親方とのやりとりを調査させてもらったところ、彼らが驚きの受け答えをしていることがわかったのです。

 例のごとく「何かお切りしますか」と親方が尋ねると、鮨ツウはなんと37秒間、何も答えませんでした。そのあとで突然ひと言。

 「……ちょっとだけ白身を切ってもらっていいですか」

 と答えました。これは明らかに変です。受け答えの基本を踏まえるなら、「○○しますか?」と聞かれたら、「はい」か「いいえ」で答えるのが普通です。

 しかし、ツウは普通には答えない。その普通でない答えが、鮨屋の親方にとっては大正解なのです。

 次回(「イタリアンの意味不明な料理名に、客が喜ぶ心理」、5月3日公開予定)も、引き続き山内先生の講義をお送りします。無愛想な鮨屋の親方がなぜ客を魅了するのか? 講義はいよいよ「サービスの本質」へと迫っていきます。次回をお楽しみに。
山内 裕

最終更新:4月26日(金)6時01分

ダイヤモンド・オンライン

 

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