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「福知山線事故」14年目の脱線とオーバーラン

4月25日(木)5時10分配信 東洋経済オンライン

御坊駅の脱線事故について説明するJR西日本の来島達夫社長(撮影:松本創)
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御坊駅の脱線事故について説明するJR西日本の来島達夫社長(撮影:松本創)
運転士を含む107人が死亡、562人が重軽傷を負ったJR史上で最悪、戦後の鉄道事故でも死者数で4番目の巨大事故となった2005年4月25日のJR福知山線脱線事故。まる14年を迎えた今日、事故現場に追悼施設として新たに整備された「祈りの杜」で、追悼慰霊式が行われる。事故以降、安全性の検証と向上に取り組んできたJR西日本だが、その現状はどうなっているのか。
遺族と加害企業トップという相反する立場の2人が、鉄道の安全性確立をめぐって「共闘」する姿を描き、このほど「第50回大宅壮一ノンフィクション賞」の候補作にノミネートされた『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』著者の松本創氏がレポートする。
■事故命日を前に相次いだ「脱線」と「停車駅通過」

 JR福知山線脱線事故から14年の命日を約1週間後に控えた4月17日、JR西日本の定例社長会見は、謝罪から始まった。

 3日前の14日朝、和歌山県内を走るきのくに線(紀勢本線)の御坊駅で4両編成の回送列車が脱線した。同駅発で営業運転するため、留置線からホームに向かう際、線路の切り替え操作を誤り、2両目の一部車輪がレールから外れた。乗客はおらず、けが人もなかったが、事故の影響で、同線の印南―紀伊由良間が夜9時まで約14時間にわたって運転見合わせとなった。御坊駅の信号担当の操作ミスと、操車担当である車掌の確認不十分が原因とみられる。
 「今一度、社員一人ひとりが自身の仕事を責任を持って果たせるよう、作業時の各自の役割の再確認、定められた手順の再指導など、必要な対策を徹底してまいります」

 そう言って来島達夫社長は頭を下げ、話題は、今年から福知山線事故現場で行われる追悼慰霊式などへ移った。だが、午後2時から始まったこの記者会見の直前、また新たなトラブルが発生していた。同日夕方の同社の発表によれば、こうだ。

 滋賀県内のJR琵琶湖線(東海道本線)で午後1時48分ごろ、彦根駅に停車するはずだった姫路発近江塩津行きの新快速電車が800mオーバーランした。12両編成、乗客約300人の列車は、完全に駅を通過した後、車掌の非常ブレーキにより緊急停止。止まったのが踏切上だったため、後退すると踏切故障の恐れがあるとして、そのまま次の米原駅まで進んだ。彦根駅で降車予定だった約90人は、下り電車で折り返した。
 同社の聞き取りに対し、運転士は「ひとつ手前の通過駅である南彦根駅と思い込んでしまった」「一時的に意識レベルが低下した」と話し、車掌は「駅が近づいても減速しなかったため、非常ブレーキを取ったが、間に合わなかった」と説明したという。両駅のある区間は、在来線の営業最高速度130km/hで運転されており、2人の説明からすれば、少なくとも南彦根駅の手前から眠気などが生じ、時速100km/h以上で通過した可能性が高い。
 だが、御坊駅の脱線事故も、彦根駅の停車駅通過も、福知山線事故後にJR西が定めたルールによれば、避けがたい「ヒューマンエラー」ということになり、故意や著しい怠慢でなければ、処分の対象にならない。列車に遅れが生じると、乗務員を激しく叱責し、反省文を延々書かせた「日勤教育」のような社員管理、そうした締め付けで安全と定時運行が保たれるとした安全思想が、運転歴1年にも満たない23歳の運転士を追い詰め、乗客106人もの命を奪う大惨事を引き起こした、という反省が根底にある。そこから得た教訓が、エラーを積極的に報告させ、事故につながりやすい場所や時間、気象や勤務条件などを潜在リスクとして浮かび上がらせる「リスクアセスメント」であり、同社の安全対策の柱になっている。
 その考え方は社内に着実に根付きつつある、と来島社長は言う。実際、JR西の鉄道運転事故は福知山線事故後の十数年間、おおむね減少傾向が続き、2015年度から2017年度までの直近3年間は50件台と、「会社発足以来最少レベル」にある。部内原因(車両など設備の故障、社員の取り扱いミスなど会社側に原因があること)の輸送障害も、事故のあった2005年度に344件だったのが、2017年度には151件にまで減った。御坊駅のような脱線事故は過去3年間に発生しておらず、彦根駅のような停車駅通過は、2016年度で15件、2017年度で18件、2018年度で9件と、とくに増減は見られないという。
 ただ、こうした数字と利用客の実感は必ずしも一致しない。福知山線事故の命日が迫る中で事故・エラーが相次いだことで、SNSでは「事故命日が近いのに」「また弛緩してる」「最近乗るのが怖い」といった書き込みが多く見られた。全体の件数は減っているとしても、2017年末に起きた新幹線重大インシデントや今回の2件のように一つひとつの事象が大きければ、「事故の記憶が風化しているのではないか」と批判され、信頼低下を招くのは当然だろう。遺族や被害者から見れば、なおさらだ。
■事故後入社が半数の組織で、どう伝えるか

 「JRの社員と向き合って、真摯に事故を受け止めようという姿勢は感じたんやけどね。あの当時は……」

福知山線事故で妻を失った60代の男性は言う。拙著『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』で詳しく描いた遺族の淺野弥三一氏とは、また違うかたちで事故後を歩んできた人だ。

 事故5年後の2010年、当時を知る現場の人間がどんどん減っていると聞き、風化を懸念した。「自分の経験や思いを社員に直接話させてほしい」とJR西に申し入れ、その年から2015年まで、新入社員研修で講話を続けた。語りかけた社員は1000人以上に上る。
 外回り先の駅で手にした新聞号外で事故を知り、妻の身を案じてJR西本社や警察署を訪ね回った焦燥の数時間。遺体が収容された尼崎の体育館で、型どおりに頭を下げるだけの社長と取り巻きの社員たちの姿。遺体と対面し、どん底に突き落とされながらも、子供たちのために「泣いてたまるか」と自らを奮い立たせたこと。

 「講話を始めた当初は、何も知らない新入社員たちが引くというか、どう受け止めたらいいかわからず、困惑する雰囲気を感じた。だけど回数を重ねるうち、『初めて事故のことが本当にわかった』『必ず会社を変えたい』という手紙をもらったり、前に一度話を聞いた人が翌年も来たりしてね。会社全体で事故の教訓を理解し、若い世代にも伝えていこうという姿勢が見えた。それで、僕の役割はとりあえず終わったかなと思っていたんですがね」
 新入社員に限らず、社内で事故の記憶と教訓を継承する、いわゆる「風化防止」の取り組みを、JR西は継続的に行っている。事故の詳細や遺物を展示した「鉄道安全考動館」、安全対策を具体的に学ぶ「安全体感棟」、事故現場を保存整備した「祈りの杜」などでの研修を全社員が受けており、4月25日が近づけば、各職場で事故を記録したDVDを視聴し、安全について話し合う。だが、事故対応の渦中にいた社員からは、「その場では真剣に話を聞き、心を痛めたとしても、それが日々の業務の中でどこまで意識されているかといえば、正直、心もとない」という声も聞こえる。
 現在、約2万7800人いるJR西社員のうち、事故後入社は約1万3400人。ほぼ半数の48.2%に上っている。「安全最優先」や「事故を心に刻む」といったスローガンを唱えるだけでなく、勤務地域や職種が多岐にわたる巨大組織で、各現場の仕事や手順に事故の教訓を具現化させていくことの難しさを来島社長も認める。

 「リスクアセスメントの考え方に基づいた具体的な安全の仕組みを作ることと、判断に迷った時に安全最優先で行動する組織風土づくりに取り組んできましたが、事故の経験の有無や世代によって理解度に差があるかもしれない。現場から集まったリスク情報や事故報告はデータベース化して、いつでも参照できますが、そこから何を汲み取り、一人一人が毎日のルーティンに落とし込んでいくか。取り組みを継続し、何度も繰り返すことで温度差が生じないようにしたい」
■遺族がJR西に勧めた1冊の本

 2017年に発生した新幹線重大インシデントと、その後のJR西の安全対策を検証してきた有識者会議(座長=安部誠治・関西大学教授)は、3月下旬に公表した報告書を次のように結んでいる。

JR西日本の弱点の一つは、せっかく立派な対策や計画を定めても、PDCAサイクルの中でそれが回っていかず、いつのまにか忘れ去られていくという点である。また、振り子の揺れ幅が大きいという点もこの組織の特徴である。2005年4月の福知山線事故のあとは在来線の安全対策に関心が偏り、新幹線の安全性向上施策に対する注意がおろそかになった面があるのではないか。一方で、2017年12月の重大インシデントの発生以降は、今度は経営陣の関心が新幹線に向けられたことで、在来線のリスク管理にスキが生じていないだろうか。新幹線と在来線は、いうまでもなく車の両輪である。バランスのとれたリソースの配分こそが重要である。
 まさに「在来線のリスク管理にスキが生じ」た結果が、冒頭の脱線と停車駅通過だったと言えるかもしれない。『軌道』の主人公である淺野氏は、「福知山線事故後に組織風土の改革や、さまざまな安全対策が打たれたことは事実だが、それがどれだけ効果を上げたか、見直すべき点はないのか。JR西は今一度、検証していくべきだろう」と言う。

 これらの指摘は何もJR西に限った話ではないだろう。組織というものは、巨大化・複雑化すればするほど、些細なヒューマンエラーから、破滅的なメルトダウン(システムが崩壊、または故障すること)を引き起こすリスクを常に負っている。
淺野氏は最近、JR西の社員たちに昨年邦訳された1冊の書籍を勧めている。『巨大システム 失敗の本質:「組織の壊滅的失敗」を防ぐたった一つの方法』(クリス・クリアフィールド、アンドラーシュ・ティルシック著)。列車や航空機の事故、原発や金融システムの崩壊から、新聞社のフェイクニュース拡散、マーケティング用SNSの炎上まで、あらゆる失敗事例を取り上げたこの本のエピローグに、こんな一節がある。

警告サインから学び、少数意見を促し、多様性を育むことが大切なのは、わかりきったことかもしれないが、それをやる方法は、わかりきったことではない。どれも実行するのは難しい。それはなぜかといえば、私たちの本能に逆らうことになるからだ。私たちは直感や自信を称え、よい知らせを聞きたがり、自分と見た目や考え方の似た人たちと過ごすことを好む。だが、複雑で結合されたシステムを運営するには、その正反対のことをする必要があるのだ。
 事故が起こった時、私たちは、ミスをした個人の責任だと考えがちだ。「たるみ」や「意識の低さ」に原因を求める方が簡単だからだ。組織やシステムの問題と考え、解決策を探ることは、ここで言われるように「本能に逆らう」ことかもしれない。だが、それをやらなければ、淺野氏が遺族感情を封印し、技術屋人生をかけて訴えてきたことも、JR西が取り組んできたリスクアセスメントや組織風土改革も無に帰してしまう。

 福知山線脱線事故から今日で14年。加害企業のJR西が負う安全追求の責務が終わることはない。
松本 創 :ノンフィクションライター

最終更新:4月25日(木)5時10分

東洋経済オンライン

 

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