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トヨタが「HV特許」を無償で提供する本当の理由

4月22日(月)16時00分配信 東洋経済オンライン

トヨタのハイブリッド車の代表格である「プリウス」(写真:トヨタグローバルニュースルーム)
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トヨタのハイブリッド車の代表格である「プリウス」(写真:トヨタグローバルニュースルーム)
 「トヨタ自動車、ハイブリッド車開発で培ったモーター・PCU・システム制御等車両電動化技術の特許実施権を無償で提供」というのが、トヨタが4月3日に出したプレスリリースのタイトルである。内容は読んで字の如く……と言いたいところだが、理解が難しいのか裏読みしようとしすぎているのか、世間にはさまざまな勝手な解釈、憶測、ストーリーが流布されてしまっている感がある。

 例えば、開発中のバッテリー電気自動車(BEV)用プラットフォーム「MEB」の他社への大規模な販売計画を発表したフォルクスワーゲン(VW)に対して、焦ったトヨタが、BEVに対抗するハイブリッド(HEV)の仲間づくりを急いだ結果の特許開放だという論調は、その象徴的なもの。また、電気自動車(EV)開発に後れを取ったトヨタは、得意のすり合わせ技術の結晶である内燃機関を使用した独自のハイブリッドにこだわり、できる限り収益を上げ続けるべくそれを延命させようと必死だ……という、これまでにもよく見た種類のものも、またぞろ出てきている。
 それらはすべて間違いだ……とまでは言わない。しかし、字面をきちんと読み、またきちんと取材したならば、そういう結論にはならないはずである。トヨタが考えているパワートレーンの未来像は、そんな近視眼的なものではない。

■20年以上の蓄積を無償提供

 まず大前提として、トヨタが特許実施権を開放するのはハイブリッド車専用の技術ではなく“ハイブリッド車開発で培った電動化技術”についてである。HEVもプラグインハイブリッド(PHEV)も、BEVも燃料電池自動車(FCV)も、内燃エンジンの有無、外部充電の可否、バッテリーに蓄えた電気を使うか、水素から取り出した電気を使うかという違いこそあれ、最終的に車輪を電気モーターで駆動するのは一緒である。
 つまり、トヨタがハイブリッド車の開発で培ってきた電気モーター、バッテリー、パワーコントロールユニット(PCU)などの技術やノウハウは、これらすべての次世代パワートレーンに適用されるものなのだ。

 これらについてトヨタが単独保有する特許は、世界で約2万3740件にも上る。改めて言うまでもなくHEVは非常に高度な技術で成り立っており、内燃エンジンに関する部分を脇に置くとしても、電気モーターでいかに走らせ、またいかにエネルギーを回生するか、電池をいかに制御するかという技術そしてノウハウの、20年以上にも及ぶ蓄積は非常に大きい。それをトヨタは2030年まで無償で提供するというのである。
 しかも、それだけでなく電動化車両の開発、製造に、トヨタのパワートレーンシステムを活用したいという会社に対しての技術サポートも実施していくという。よもや「EVは市販のモーターと電池を買ってくれば、自動車メーカーでなくても簡単に作れる」という言説をいまだに信じている方はいないだろう。HEVはもちろんBEVだって、パーツがそろえば誰でも作れるわけではないだけに、これは非常に大きい。

 年間最大1500万台規模でMEBを外部に供給する用意があるとぶちあげたVWに対抗しての、HEVの仲間づくりだという声もある。しかしながら、先日開催された本件に関する説明会でトヨタ自動車の寺師茂樹副社長は「10年前の議論ですね」と言う。実際、これまでも料金を支払えば、トヨタは特許実施権をオープンにしてきており、これまで日産、マツダがトヨタのシステムを使った車両を開発、販売しているし、フォードにもライセンス供与を行っている。
 実は今回の発表の背景にあるのは、むしろトヨタに対する電動化関連技術の供給、開発協力などの依頼が、ここに来て非常に増えているという事実だ。トヨタが仲間を集っているのではなく、トヨタに仲間に入れてほしいと打診してくる会社が、寺師氏曰く「向こう5年は仕事に困らないくらい」列をなしている状況なのである。

 寺師副社長は「2030年に向けて自動車が電動化の方向に大きく進んでいくのは間違いありません。その中で、トヨタの技術を使いたいという多くのお声がけをいただいています。自分たちだけでも開発は大変なのに他社さんの分まで……という声はもちろん社内にもありますが、皆で一緒に使っていくようにしていかなければ」と話していた。特許実施権の開放それ自体が狙いではなく、まさに皆で一緒にやっていくなら、じゃあそれも開放しようという話なのだ。
 「もちろん、今の数倍の規模で電動化のシステムを作っていくには相当な投資が必要です。ですがこのタイミングであれば、他社さんと一緒に投資をしてスペックも協議して決めることができます」ということで、トヨタとしてはこの分野でTier2のサプライヤーとして、他社とビジネスをしていく。そうした仕組みを整えていくということこそ、今回の件の主眼と言うべきなのである。

■考えるべき今後のCO2規制

 さて、トヨタが依然としてBEVよりもHEVに力を入れている、もしくは少なくともそのように見えるのは、これもよく言われるようにBEV技術で立ち遅れ、HEVにはまだ旨味があるからなのだろうか?  それを考えるうえでは、今後のCO2規制についてしっかり考えておく必要があるだろう。
 環境問題、エネルギー問題など理由はさまざまだが、ともあれ世界の各国、各地域で今後ZEV(ゼロ・エミッションヴィークル)が求められてくるのは事実であり、その比率は徐々に増えていくはずだ。寺師副社長もおそらく現在、世界のメーカーが公言している2030年目標のBEV比率は、前倒しで実現されていくだろうと言う。

 一方、ZEV導入と併せて考えなければならないのがCO2排出量の低減だ。例えばEUの今後の規制値を見ると、2030年には何と現在のほぼ半分にしなければならない。「2020年からの95g/km規制は何とかメドがついています。ですが(そこから更に15%削減する)2025年の規制値は販売する車種すべてがプリウスなら達成できるというぐらい厳しい数字です。そして2030年には、それでも足りません」と、寺師氏は見通しを示す。
 それをすべてBEVの導入で賄うのは非常に難しい。昨年の全世界のBEVの販売総数は、およそ120万台。トヨタ1社のHEV車の世界販売160万台の4分の3という数字である。これを各社何百万台というレベルに引き上げるのがいかに難しいかは、容易に想像できる。

 しかも、仮に年間販売1000万台のメーカーが販売の2割、200万台をEVにできたとしても、それはCO2排出量を2割減らすことにしかならない。半減を目指すなら、それではまったく足りない。
 ヨーロッパ各社は、それをPHEV、そして48V電装系を使ったマイルドハイブリッド(MHEV)で補おうとしている。しかしながら、まずPHEVに関してトヨタは、プリウスPHVの売れ行きからして、ユーザーに対してそこまでの訴求力を持つとは考えにくいという確信に至っているようである。

 特にMHEVに関して言えば、まずコンポーネンツとして電気モーター、インバーター、バッテリーなどが必要になる。加えて、もちろん内燃エンジンも積むわけだから、実はトヨタのHEVであるTHS2とはざっくり言って電気モーター1基分程度の違いしかない。それだけコストがかかる一方、効果は内燃エンジン車に比べて十数%の燃費向上がせいぜいで、THS2には遠く及ばないというのが実際のところだ。
 トヨタはとっくの昔にクラウンでMHEVを世に出しているが、あとが続かなかったという事実が、その果実の小ささを物語っている。一方でHEVに関しては、THS2のコストはだいぶ下がっているし、今後もその方向がさらに推し進められていく。使い勝手まで含めたもっとも現実的なCO2排出量低減の解として、トヨタはここに確かな可能性を見いだしているのである。

■カギを握る全固体電池

 そうは言ってもBEVについて言うなら、もしどこかの自動車メーカーが他社からの技術供給を考えるなら、トヨタの技術ではなく、プラットフォームごと供給するというVWのMEBのほうに強い関心を寄せるのではないかとも考えられる。トヨタはBEV専用のプラットフォームは用意しないのだろうか。
 実は寺師副社長自身「BEVは専用プラットフォームで作ったほうが効率はいい」と口を滑らせていた。つまり当然、準備は進めているのだろう。しかし、それは今ではない。

 推測だが、トヨタは今のリチウムイオンバッテリーを使ったBEVにはまだ本腰を入れるのは早いと見なしているのではないだろうか。2025~2030年あたりはまだ、こうしたBEVは販売の何割かを占めるだけにすぎず、本格普及はその先。そのときにカギとなるのは、開発中と公言されている全固体電池であり、それが使える前提となれば車体のパッケージングは大きく変わってくる。トヨタとしては、そこからがBEV本格普及時代だと狙いを定めて、それに向けた開発を進めているに違いない。
 ともあれトヨタがVWの動きに焦り、BEV開発に遅れ、HEV技術に拘泥し……といった話は、トヨタ自身がこれまで明らかにしてきたことだけを参照しても、見当違いだということが見えてくる。必要以上に持ち上げる必要もないが、こじつけの理由でのトヨタ悲観論は自動車の将来像を見えにくくするだけではないだろうか。
島下 泰久 :モータージャーナリスト

最終更新:4月22日(月)16時00分

東洋経済オンライン

 

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