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ジャカルタ地下鉄開業、薄い「日本」の存在感

4月21日(日)5時30分配信 東洋経済オンライン

4月から営業運転を開始したMRTJ南北線。始発のルバックブルス駅で電車の到着を待つ乗客たち(筆者撮影)
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4月から営業運転を開始したMRTJ南北線。始発のルバックブルス駅で電車の到着を待つ乗客たち(筆者撮影)
 2013年の工事着工から5年半、インドネシアの首都ジャカルタを縦貫する都市高速鉄道、MRTJ南北線の第1期区間、ルバックブルス―ブンダランHI間が4月1日、ついに営業運転を開始した。

 人口3200万人を超えるこの大都市圏に初の本格的都市交通が誕生したというインパクトは大きく、また本邦技術活用案件の政府開発援助として実施された「パッケージ型鉄道インフラ輸出」初の事例であり、この5年間で得た教訓、そして開業後のオペレーションは、わが国の鉄道インフラ輸出の今後を占うものになるだろう。
 営業運転の開始に先立ち、無料試乗期間中の3月24日にはジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領出席の下、開業セレモニーが盛大に実施された。

 しかしながら、セレモニーにおいて大統領の口から「日本」という単語はいっさい出ず、日本国内でのMRTJ開業に対する報じられ方と裏腹に、当地においてはMRTJが日本の支援で建設されていることがあまり知られていないなど、両国間での温度差が依然として感じられた。

■整然とした通勤風景
 筆者もさっそくMRTJを利用しているが、とくに平日はジャカルタ南部、いわゆる山手住民の通勤手段としてすっかり定着した感がある。

 3月中の無料試乗期間中は乗客が殺到し、ゴミのポイ捨てといったマナーの悪さや、無理な乗車によって遅れが発生するなどの問題もあったが、いざ営業運転が開始されると、そのような様子は見られない。始発となる朝のルバックブルス駅で、バスやオンライン配車の車を降りた人々が階段をさっそうと上がってくる風景は、もはやインドネシアではない。
 エスカレーターは、シンガポールなど近隣諸国に合わせた日本で言う高速設定になっており、何も注意喚起しなくとも乗客は左側に立って片側を空けるなど、既存の通勤鉄道(KCI)では見られない光景に驚かされる。乗車の際も当然、ホームドアの脇に整列している。これは、従来は鉄道に縁のなかった中産階級以上のホワイトカラーたちが鉄道を利用し始めたという証しである。

 朝のラッシュ時間帯では、始発のルバックブルスで座席はほぼ埋まってしまう。その後も各駅で乗車があり、中間のブロックMでは立ち客もかなり出ている。それでも車内は静寂に包まれており、繰り返しのマナー放送をもってしても混沌としたKCIの通勤風景とはやはり状況を異にする。
 4月中はあくまでも暫定営業であり、5時30分~22時まで終日10分間隔(深夜早朝除く)の運転で、4月上旬時点では券売機もほとんどが稼働しておらず、乗客は銀行が発行する電子マネー(駅でのチャージは不可)を使うか、窓口に並んで乗車券を購入する必要がある。

 営業開始直前に決まった正規運賃は、ルバックブルス―ブンダランHI間で1万4000ルピア(約110円)。開業後1カ月間は半額だが、KCIなら同距離で3000ルピアであることを考えると割高である。それでも、すでに1日8万~10万人程度がMRTJを利用している。
 5月からは車両6編成を投入し、運転時間帯の拡大および朝夕の5分間隔運転が実施される。今後は各駅での2次交通との結節も強化されることとなり、開業時目標の1日利用者数16万人という数値は簡単に達成するだろう。

■日本の努力は知られていない? 

 もちろん、このMRTJの順調な滑り出しの裏には、日本の鉄道現場を支えてきたプロフェッショナルの存在がある。この5年弱の間、日本の鉄道業界各部門のエキスパートがプロジェクトに投入されてきたのは紛れもない事実である。その中でも、存在感が大きかったのはJR東日本や東京メトロが中心となって設立された日本コンサルタンツである。
 詳細は後述するが、MRTJ社はジャカルタ特別州政府の意向が大きく反映されている。その結果、国鉄(インドネシア鉄道:KAI)から転籍した人材はほんの数人に限られる。つまり、よりシステマティックな近代的都市鉄道を設立することには成功したが、代償としてゼロから鉄道会社をつくり上げることになった。

 日本人のエキスパートたちはMRTJ社員に、安全とは何たるかという部分に始まり、文字どおりゼロからすべてを叩き込んだ。そして、開業時期も直近まで確定しない中、毎日のように変わる運転計画を不眠不休で立案してきた。
 時刻表どおり正確に走るMRTJ南北線の陰で、各企業がどんな努力をこの5年半の間に行ってきたのか、日本側のとりまとめ機関には、少なくともインドネシア側へ周知させる責任があるのではないか。くれぐれも、これらすべてを「オールジャパンで挑んだ鉄道」などという安直な言葉で一括りにしてもらいたくはない。

 JICAや日本大使館のSNSで紹介されているとはいえ、それらを逐一確認しているインドネシア人など微々たるものである。中には中国がつくったと勘違いしている人もいるほどで、あまりにも残念な話だ。
 ジャカルタにおける都市高速鉄道の必要性は1980年代後半から叫ばれていたものの、1990年代後半のアジア通貨危機の影響もあり、いっこうに具体化されなかった。

 2000年にJICAが策定したジャカルタ首都圏総合交通計画フェーズ1は、引き続き都市高速鉄道の必要性について言及しており、そこで示されたルートはファットマワティ―ブンダランHI―コタ間と、現在のMRTJ南北線の姿に近いものだった。

 しかしながら、巨額の費用を要する公共事業にインドネシア側は難色を示し、官民連携(PPP)方式での建設を主張した。ようやく2006年、日本の政府開発援助(ODA)による建設に決まり、事業開始前のコンサルティングサービス(基本設計・運営会社設立・入札補助)に関わる円借款契約が締結されたが、着工までの道のりは長かった。
■国ではなく州が主導権

 とくに、インドネシア政府とジャカルタ特別州政府の費用負担比率についての議論が紛糾した。この負担比率は、MRTJプロジェクトの主導権を国と州政府のどちらが握るかという意味で重要であった。この遅々として進まない議論に、MRTはMasih Rapat Terus(マシ ラパット トゥルス:インドネシア語で「ひたすら会議中」の意)と揶揄されるほどであった。

 当時、旧態依然の組織体制で多くの問題を抱えていたKAIとの決別、さらには国営企業省からの政治的干渉を避けるため、州政府がイニシアチブを取ることが画策されていたが、議論の末、約6割を州政府が負担することで決着し、2008年にMRTJ社が設立された。
 わが国にとっては、KAIの人材を受け入れなかったことで鉄道会社をゼロからつくり上げることになった反面、日本の技術を国営企業グループの介入なく、そのまま輸出することが可能になったという点は大きい。

 その後は建設着工への準備が着々と進み、2013年10月の起工式を迎えたが、皮肉にもその場に立ったのは、その後大統領に就任し、わが国によるジャカルタ―バンドン高速鉄道事業を白紙撤回したジョコウィ・ジャカルタ特別州知事(当時)であった。
 同氏は州知事の任期満了を待たずして2014年の大統領選に出馬し、その座を手に入れた。そして今年3月のMRTJ南北線開業セレモニーには大統領として参列し、スピーチした。MRTJプロジェクトは、まさにジョコウィに始まり、ジョコウィに終わったという形だ。

 MRTJプロジェクトに対し、2008年から2度にわたって供与された円借款は1233億7000万円にのぼる。しかしながら、ジョコウィ大統領は開業セレモニーでのスピーチで、その点については一切触れなかった。
 大統領はこのセレモニーで、MRTJ南北線第1期区間の開業および、第2期区間であるブンダランHI―コタ・カンプンバンダン間の着工を宣言したほか、国営企業グループが主体となって建設中のLRT Jabodetabek(高架式の軽量軌道線)の一部区間の今年中の完成、さらにMRTJ東西線事業の開始も約束した。事実上の政権公約である。しかし、再び日本にお願いするとの言葉はなかった。

 実はこのセレモニーの前に、大統領はイストラ駅から石井正文駐インドネシア大使らとともにセレモニー会場最寄りのブンダランHI駅まで列車に乗車し、駅構内で関係者のみを招いた日本側による式典に出席している。
 そこでは日本に対する謝辞の言葉があったとされるが、多数の市民・報道陣が詰めかけた開業セレモニーでは、石井大使によるあいさつすらなく、大統領による格好の政治的アピールの場になっていた。

■「外国依存」の批判恐れた? 

 ジャカルタ都市圏にはさらに200km超の都市鉄道網が必要とも試算されており、ジャカルタ特別州政府は今後10年間の鉄道整備に300兆ルピア(およそ2兆3900億円)が必要と見積もっているが、この巨額費用をはたしてどこから拠出するのか。日本のODAでこれらすべての整備を担うのは当然不可能だ。
 高度成長真っただ中のインドネシアだが、近年は国が借金を抱えることに対して非常に後ろ向きになっており、鉄道整備についても民間資本の活用を模索している。

 MRTJ南北線の開業セレモニーで「日本」というワードが出なかったのも、ただでさえ外国依存と批判されてきたジョコウィ政権にとって、日本からの借り入れで建設したという情報が支持率に影響すると判断されたという面は少なからずあるだろう。

 日本から見ると、MRTJ南北線はあたかも国際貢献でつくられたかのように思いがちだが、インドネシア側からすればもっとビジネスライクな話である。あくまでも日本側は受注者でインドネシア側こそが発注者なのだ。
 期日どおりに商品を納入し、インフラを整備し、そして車両を走らせること、それが受注企業に課せられた義務である。だから、インドネシアが日本に感謝する義理などないのである。この発想はMRTJ社の幹部の態度にも顕著に表れている。

 開業時期は、相次ぐ設計変更や切羽詰まった状況の中で前倒しされた。一時はアジア競技大会に絡み2018年内の開業論まで飛び出したほどだが、結果的には2019年3月で落ち着いた。それでも2カ月ほど本来の開業時期よりも早まっている。このような無理な開業スケジュールに見事に応えたのは、よくも悪くも日系企業の底力である。
■日本は存在感を示せるか

 円借款案件は、ただでさえ赤字か黒字か限界のラインでの安値受注である。相手がどう思っていようが、実態は国際貢献ボランティアに近いものがある。いわゆる「上物」と呼ばれる鉄道本体に関わる企業にとっては、本来であればこの受注をきっかけとしてその後の追加受注や、他のプロジェクトでの採用にもつながるような枠組みでなければ旨みはない。

 少なくとも、車両を納入したのなら、その後のメンテナンスや部品供給まで含めたパッケージにしなければならない。年度予算消化型・ハコモノ整備偏重型の開発援助から脱却し、より長期的視点に立った新たなスキームの策定は急務だ。
 まもなく、MRTJ南北線第2期事業についての入札が始まる。そこに出る顔ぶれから、今回開業した第1期事業に対する企業の評価が見えてくることになるだろう。わが国の「パッケージ型鉄道インフラ輸出」に対し、企業はどのようなジャッジを下すのか。

 4月17日には大統領選挙が実施され、開票速報によれば、ジョコウィ氏の再選がほぼ確実となった。MRTJ南北線第1期事業の成功とともに、今後のジャカルタ首都圏でのさらなる鉄道整備には追い風となる。そんな中で、日本は今後のMRTJ東西線、さらにその先の都市鉄道網整備にどれほどの存在感を示すことができるのだろうか。
高木 聡 :アジアン鉄道ライター

最終更新:4月21日(日)5時30分

東洋経済オンライン

 

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