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農林物輸出「その他のその他」が品目1位のナゾ

4月19日(金)16時00分配信 東洋経済オンライン

農家は本当に潤っているのか(写真:alle12/iStock)
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農家は本当に潤っているのか(写真:alle12/iStock)
 農林水産物・食品の輸出額1兆円目標を達成へ――。

 これは安倍晋三首相が演説の中で好んで取り上げる成果のひとつだ。13年前の第1次安倍政権時代にぶち上げ、今年末までに目標を達成する勢いにある。

 「農林水産の輸出力強化戦略」などに基づいた国を挙げての取り組み。しかし、中身を検証すると、品目別に見て輸出金額の上位を占めるのは、「実態がよくわからない品目」ばかりだ。「輸出を拡大することで農業を振興する」という安倍首相の説明は真実から遠い。
■農産物は増えているように見えるが…

 まずは、数字を確認しよう。2012年に4497億円だった農林水産物・食品の輸出額は2018年に9068億円まで増えている。これが安倍首相の唱える「1兆円目標」に対応する数字だ。確かに順調に拡大しているように見えるし、「1兆円が手の届くところにきた」と今年3月のJA全国大会で胸を張ったのも、うなずける。

 「農林水産物・食品」輸出額で、最も大きい割合を占めるのが農産物の5661億円だ。水産物は3031億円で、林産物は376億円。農産物は2012年からの6年間で2倍に増えた。ややこしくなるのを避けるため、農産物に限って話を進める。
 「何が農産物輸出額を押し上げたのだろうか」。素朴な疑問を調べようと、昨年夏に農産物の内訳を農水省に問い合わせた。同省の資料では概要だけが紹介されていて、細かい数字まで検証ができない。予想に反し、同省からは「問い合わせのデータは文書として存在しないので中身は教えられない」と断られた。一緒にこの調査を担当した日本農業新聞の若手記者は昨年10月に情報公開制度に基づいて開示請求をしたが、昨年12月になって同様の理由で、正式に情報開示を拒否された。
 ところが重ねての要請に対し、今年3月になって、突然すべての内訳を明らかにしてきた。私見になるが農水省が一転して開示に切り替えた理由は、たぶん厚労省の毎月勤労統計調査問題が影響したからだろうとにらんでいる。厚労省が全数調査からサンプル調査に勝手に変更、一部で補正作業をせず、一連の不正を公表しなかったため、国会で厳しく追及された。同様に下手に隠し続けると、「ろくなことはない」という教訓を、農水省が学んだとしたら悪いことではない。
■上位の内訳は農産物と呼べるのか? 

 得られたデータで農産物輸出に含まれる品目を金額の大きい順で並べてみると、奇妙な品目ばかりが上位にきた。

 トップを飾ったのは「その他の調製食品のその他」(以下=「その他のその他」)で798億円。農産物輸出額全体の14%を占め、断トツの数字だ。この品目は前年に比べ231億円も増えている。同じ期間に増えた農産物全体の輸出額は695億円なので、実に3割が単品の「その他のその他」で賄われた。2位も「パン、ケーキなどのその他」。「清酒」を挟んだ4位が「ソース用の調製品などのその他」が食い込んだ。
 この3品目だけで1300億円近くになる計算だ。農産物全体の23%を占める。農産物でトップにくる「リンゴ」(140億円)や、複数の関税番号を合算した「牛肉」(247億円)を凌駕する。

 実は不思議なことに、政府自身が「その他」の中身をよく知らない。農水省、財務省、東京税関の担当窓口にしつこく「その他のその他」の中身を尋ねたが、いずれも「よくわからない」という返答だった。実際に貿易する大手商社や通関業界の団体に問い合わせても「その他のその他の関税番号に何がどの程度入っているかを知る術はない」という。
 関税番号は業者が輸出商品ごとに申告し税関が承認して決まる。「その他という項目はバスケットと呼ばれ、該当する関税番号が見当たらない場合に割り振られる受け皿。雑多な品目が入っているとみられる」(財務省関税局業務課)。

 関税分類の仕組みはパチンコに似ている。玉を弾くと、上の方の穴(関税番号)に入ることもあるが、どこにも入らなかった玉は最後にいちばん下の穴に吸い込まれる。これが「その他」というわけだ。まるでブラックボックスだ。
 数字から判断すれば、実態がよくわからない「その他」3兄弟は、間違いなく農産物輸出振興の最大の立て役者だ。ところが、表だって政府資料に登場することはない。農水省や安倍首相が輸出の成果で強調するのは、牛肉や牛乳、リンゴ、コメなど、誰が見ても農産物と分かる品目ばかり。加工度が低いリンゴなどの品目が、農家の懐を潤すのは確か。一部を輸出に回すことで、国内需給が引き締まり、輸出額以上の農業振興に役立つ実態もある。私は「農産物輸出が悪い」とは考えてはいない。
 一方で輸出の大半を占める加工食品の場合は原料納入を通じて輸出額のごく一部しか農家には還元されない。ブラックボックスである「その他」の輸出は、ほとんど国内農業への貢献はないだろう。

 メントールに代表される有機化学品(76億円)、各種の化学工業生産品(17億円)などは本来農産物とは言えない。「輸出額の対象は所管物資を集めた」(輸出促進課)というのが農水省の弁明。あたかも、農林水産物・食品輸出すべてが農業所得に直結しているかのような安倍政権の宣伝ぶりに異議を唱えたい。
 政府として農林水産物・食品の1兆円輸出目標を初めて掲げたのは、10年以上前の第1次安倍政権の時だ。2006年9月29日の165回国会の所信表明演説で安倍首相は「日本の農林水産物や食品は国内向けとの固定観念を打破するため、おいしく安全な日本産品の輸出を、平成25(2013)年までに1兆円規模とすることを目指す」とぶち上げた。その後、民主党政権を挟んで2012年末に第2次安倍政権が誕生した後も1兆円達成を唱え続けてきた。
■背景には貿易交渉へのもくろみか? 

 背景には、何があったのか。当時、農水省の交渉官だった明治大学の作山巧教授は次のように説明する。

 「安倍政権はオーストラリアなどとの経済連携協定交渉を進めるうえで、反対する農家の説得に苦慮していた。相手国と市場開放交渉がまとまれば日本は輸入農産物が増えるからだ。そこで日本産農産物輸出拡大を持ち出して『相手にも関税を引き下げさせるから』という理屈をひねり出し交渉の風当たりを避けようとした。第2次政権で環太平洋連携協定(TPP)交渉に邁進した際にも、日本からの輸出拡大を言い訳の1つにした」
 安倍氏が農産物輸出拡大を言い出したのは農家の所得向上という大義名分とは別に、貿易交渉を警戒する農家を納得せねばならないという側面があった。実質的には目くらましと言っていい。

 農水省は過去の数々の農業交渉で、外国政府はもちろん、官邸や外務省から受ける圧力を、さまざまな工夫でかわしながら自由化のペースを遅らせようという努力をしてきた。政府の一官庁ではあるものの、小規模農家が多いという日本の農業を担当し、現実を配慮したためだ。ところが、今は他官庁と同じように、官邸から流れてくる指示を競うようにこなすことに血道を上げているように見える。
 国内農業よりも数字を伸ばすことにしか頭が回らない今の農水省の姿勢を象徴する出来事が今年3月にあった。

 平成30(2018)年度に輸出で優れた功績を挙げ、農林水産大臣賞をもらった6事業者を表彰する式典が東京都内で開かれた。会場で資料が配付された。その内の1社の受賞理由に「日本国内で売られている価格と同程度で販売する」ことの大切さが挙げられていた。

 この会社は原材料の一部は地元産品を利用するものの「適正価格の実現のために米粉は(安価な)輸入したものを使っている」と審査資料は強調する。米(コメ)は国の農産物輸出戦略の中でも最重要品目の1つだが、国産米原料を使わず安価な輸入の米粉を利用した点を大臣賞選出の理由の1つにした。
 自社製品の輸出を増やすため、安価な輸入原料を一部に使ってコスト削減することは、企業判断として何らおかしくはない。しかし、農産物輸出振興の旗を振る政府が、そうした企業に大臣賞を与え、全国の事業者に「まねをしろ」と推奨するとなると話は別だ。

■明確なルールがないまま進行されている輸出振興策

 アメリカや韓国では農産物輸出のマーケティング支援をする制度がある。海外の展示会に出品したり、PRをする際に一部を助成したりするものだ。そうした支援の際のルールの1つに「予算を割り振るのは、国内農産物が半分以上入っているのが条件」という原則が明記されている。欧州連合(EU)も目標として域内農業の競争力強化が掲げられ、支援対象は高品質の地場産の農産物・食品に限っている。
 日本政府の輸出振興策にはそうした明確な国産農産物利用のルールはない。農水省は100億円近い農林水産物・食品輸出促進の予算を抱えているが、「国内農業だけではなく、農水省が管轄する食品産業を含めた幅広い分野で海外市場を開拓するのが狙い」(輸出促進課)として、農産物輸出に占める国産農産物優先の原則をルール化することに消極的だ。

 2019年中に農林水産物・食品1兆円達成という目標に向け、安倍政権は追い込みに入っている。農水省は傘下の団体や企業に、数字の積み上げに向け号令をかけている。怪しい品目や輸入原料をかき集めて数字を達成したところで、何が見えてくるのだろうか。
山田 優 :農業ジャーナリスト

最終更新:4月19日(金)16時00分

東洋経済オンライン

 

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