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一から学んで見事脱サラ。総投資額13億、家賃収入1億超の投資家に《楽待新聞》

3月23日(土)20時30分配信 不動産投資の楽待

(写真:不動産投資の楽待)
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(写真:不動産投資の楽待)
RCマンションを中心に、愛知県に8棟129室を保有。98%の稼働率で安定した運営を行う安藤新之助さん。年間の家賃収入は1億円を超える。今までに11棟購入し3棟売却。億を超える売却益を得た実績をもつ。今や総投資額13億円の専業投資家だ。

「私は学校の勉強が嫌いでした。なぜなら、社会に出て学校で習っていることがどれだけ役に立つのかという点に、生意気にも小学生のころから疑問を抱いていたからです」

成績の順位は後ろから数えた方が早かったが、中学、高校では部活のキャプテンを務めるなど人望は厚かった。高校時代は雨が降れば学校は休み、勉強せずに、遊び呆けてしまい、なんと成績は学年で最下位。落第の危機に陥り、高校卒業が危ぶまれた。自業自得だったが日頃の人づきあいの良さが効を奏し、周りの仲間や先生の協力で無事に卒業できた。

「とにかく人が好きなんです。性格的に困っている人を放っておけなくて、面倒を見てしまう。反面、私が困っている時もたくさんの人に手を差し伸べてもらって、助けてもらえる事が多かった。今までの人生で応援してくれたその人たちの期待裏切れない、といつも思ってやっています」

「とにかく人が好き」―――。

他人を拒まず、成功している人、尊敬している人の考え、行動を愚直に真似る。それができて初めて、自分なりの道を切り拓くことができる。建築現場の左官職人、住宅の営業、建築現場の監督、外資系ITメーカーなど一介のサラリーマンから不動産投資家へ。階段を着実に上った安藤さんの成功哲学に迫った。

■ITバブル崩壊で「自分は世間の中で通用する人間ではなかった」

「20代半ばでITバブル崩壊に直面したときに思い知らされたんです。景気が傾くと、会社は人を減らす。いくら学歴があっても、役職を持っていても、切られるときは切られるんだ、と」

当時、外資系のITメーカーで飛ぶ鳥落とす勢いで営業の仕事をしていた。ライバルメーカーに「安藤は敵に回すな」と言われたほど。しかし、バブルの崩壊とともに、部署自体が「お取り潰し」に。上司は皆、リストラされてしまった。

幸いリストラの声はかからなかったが、自分ならいけるだろうという自信があり、リストラされる前に自ら会社を飛び出した。その後の転職活動で、世間の厳しさを思い知った。ITメーカーでは全国トップクラスの営業成績を誇っていたが、世間の風当たりは強かった。20~30社の選考を受けたが、先に進むことができたのは1社だった。

その会社もブラックに近い会社でなじめず1か月で退職。妻には辞めた事を言う事ができず、作ってもらった弁当を手に、公園や図書館に通った。求人誌の発売日が何よりも楽しみだった。一枚の履歴書を直筆で2時間かけて書いて応募。期待は裏切られ返却された履歴書は山のようになった。なかなか思うように就職できず、不安と悔しさ、やるせない気持ちばかり増えていく。生活費は貯めた自分の貯金を切り崩し妻に渡していた。生まれたばかりの子供の事を考えると涙があふれた。

「自分は世の中で通用する人間ではなかった」と実感した。

「学歴や資格、職歴に依存したサラリーマン生活は、リスクが高いとわかりました。自分自身がブランドになって、世間でも通用する人間になりたいと思いました」

そんな中、1年程バイトなどで食いつなぎながらさらにブラック企業を経て、何とか運よく業界最大手のハウスメーカーに就職が決まった。実はこの会社は一度、不採用になった会社。一度落とされた会社には再度応募しても合格しないと言われていたがダメもとでチャレンジすると、なんと合格!

運よく、採用担当者が前回とたまたま同じで熱意が伝わった事が合格の要因だった。あの時の感動はいまも忘れることはない。その後は、安定した平穏な生活を手にして一戸建てのマイホームを購入し、穏やかに過ごしていた。そんなとき、書籍でお金儲けの神様と言われた邱永漢の金銭哲学に触れ、ロバート・キヨサキの『金持ち父さん 貧乏父さん』に出合った。

「邱永漢先生の金銭哲学の本は人生の要になっています。また『金持ち父さん 貧乏父さん』で『持ち家は投資でも資産でもなく、負債である』という考え方を知ったときはハンマーでぶん殴られたような衝撃を受けました。俺は貧乏父さんなんだ! と」

持ち家のローンや修繕費、固定資産税は維持費で、財布からどんどんお金を持って行ってしまう。一方、お金を財布に入れてくれるものが「資産」となる。新築のマイホームを建て、この先安泰だと優越感に浸っていた矢先にこの考え方と出会い、このままでは「一生お金に恵まれない人生になる」と実感した。そこで選んだのが、不動産投資だった。

知識を求め、セミナーに足繁く通った。当時、月の小遣いが2万円程だったか、足りない分は貯金を切り崩し遠方のセミナーや高額なセミナーでも、得られるものがあれば学ぶことに労力を惜しまなかった。

「無料のセミナーが悪いわけではありませんが、それが集客に使われているケースもあります。有料のセミナーは、金額の分、中身が本質的。初めて参加したセミナーは、1泊2日で12万8000円でした」

当時の相場として高額だったが、参加したことは後悔していない。『これだけ使えばなんとかしないといけない』という気持ち、そしてセミナーに通い学び続け、同じ志をもった仲間と知り合い情報交換することが物件取得のモチベーションになった。

学ぶ中で最も大事にしたのは、「自分の理想を実現しているメンターを持つ」こと。そして、「メンターの思考や行動をインストールする」ことだ。

「先日、私のメンターである松村裕一さんにお会いした時にも『安藤さん、俺が言ったこと全部やるんだもん』と言われました(笑)」

メンターを決めて、その考えをインストールし、行動に移す。最初に立てた目標である『6棟所有、家賃収入6000万』も、松村氏が投資初期に立てたという目標に倣った。「学ぶ」と「真似る」はいずれも「まねぶ」という古語を語源とするが、それを愚直に実践した。メンターから学んだ知識や考え方を、自分の行動に反映させる、ということを繰り返しているうちに、おのずと先が見えてきた。

■サラリーマンへの風当たりが強かった10年前

仕事の日は、収益物件の検索サイト、知人の紹介などから収益物件を扱っている不動産会社をリスト化、休日になるとその会社に足を運んだ。

「その当時は今ほど不動産投資に世間の不動産会社の理解を得られなかったので、最初は無茶苦茶でしたよね。門前払いやそれに近い対応をされた事も多々ありました。会社の名刺使うわけにはいかないので、『不動産賃貸事業』って書いた自前の名刺を見せると、最初の印象は良いんです。でも話している中で『安藤さん、どれくらい物件をお持ちですか?』ときかれて、『いやあ、まだまだこれからなんですよ』っていった瞬間皆さん凍り付くんです。『なめてんのか』と」

そうした日々の繰り返しが続く中、心意気を汲んでくれる不動産会社の社長と出会うことができ、水面下の任意売却の物件を紹介してくれた。

場所は愛知県豊田市。トヨタ自動車のお膝元だ。駅徒歩10分で、価格は1億1000万円、利回り11%。しかし、それもすぐに購入できたわけではない。一度入れた買付けは、すぐに現金買いの買付けをかぶせられた。3か月後、その現金買いの話が立ち消え、再度手元に戻ってきた物件を購入したのが、記念すべき1棟目となった。不動産投資を勉強し始めて、1年後のことだった。

金融機関も全て一からの開拓だった。

「当時、愛知県内に約60ほど金融機関があって。エリアごとの支店を入れるともっとあるかもしれませんが、そのすべてに電話や飛び込みで融資案件を持ち込んだり、融資姿勢をヒアリングしたりしました。半年くらいずっとやっていましたね。なかなか理解を得られず、かなり冷たい対応をされたこともありましたが、物件が出るたびに金融機関にアタックしていました」

金融機関の反応は厳しかった。「そもそも不動産投資は遊休資産を持っている人が相続対策でやったり、財務内容が豊かな法人が節税目的でやるものであって、サラリーマンが資産運用目的でやるなんて論外だ。」とどこに行っても言われた。中には銀行から呼び出されこんこんと説教されることもあったが、それでも事業計画書を携え、粘り強く通った。

その努力が実ったのか、ある地方銀行から2.875%のフルローンで融資を得ることができた。面談の時の様子は、今でも覚えている。

「どういう理由でこの物件を買いたいか、どうしていけばいいかを話しました。私の場合は、資産を築きたいということと、ローン返済後の60歳くらいには、月にいくら入るようにしたいという具体的なビジョンと、事業としてやっていきたいということを話しました。その時、銀行の渉外担当さんと、融資の審査担当さんも同席してくれていましたね。話していくうちに金融機関側の担当者の表情が和らいできて、インスピレーション的に『いける!』と思いました」

サラリーマンが副業で不動産投資をするということが今ほど広まっていなかった時代。何度めげそうになっても、業者に相手にされなくても、あきらめなかったのは何故なのだろうか。

「なんとしても物件を買いたい、という気持ちがぶれなかったからですね。心が何度折れそうになったかわかりません。心身ともに疲弊して、公園のベンチに座り込んでしまうなんてこともありました。それでも、成功している人の話を聞いて、絶対に自分もできると思いながら活動していました」

その後もすぐ2棟目を購入。良い物件が出たら早い者勝ちともいえる不動産投資において、時間的な制約があるサラリーマンをしながら物件情報をキャッチする方法について、次のように語る。

「個々の営業マンとの繋がりを密にすることが重要です。物件の情報を最初にキャッチするのは営業マンですよね。その情報をどこに持っていこうか、と考えたときにパッと頭に浮かんだら、最初に物件を持ってきてくれます。フィーリングが合う人と出会って、そういう関係性を一人でも多く築いておくんです」

時には、新規の業者や銀行から「良い物件が出てきてもどうさばいていいかわからない」と相談されることもあるという。「そんな時には私にご紹介下さい!」と伝えるが、営業マンとしても、売主との関係を考えると、どこの馬の骨かわからない人物に物件を売ることはできない。業者に常に自分の顔が頭に浮かんでくるような信頼関係を築いておくことが重要なのだ。

「振り返ると、周囲の皆さんからすごく応援され助けて頂きました。私自身は不器用だし、そんなに度胸満点かというとそうではありません。それでも、一生懸命に目標へ向かって頑張っていた自分を応援してくれた人がいる。だから、縁あった方には、可能な限り自分が役に立てることはないかな、ということは常に最初に考えて行動しています」

■最も大変だった物件

この10年間、失敗が全くなかったわけではない。

「3棟目に買った物件は苦労しました。数字的には、積算・収益の評価もばっちりで、売り出し価格も積算より安かったんです。」

1億4500万円の一棟RCで、全18戸。築17年。利回りは10%。積算評価で1億8000万円はあり、十分「買い」の物件だ。

「ただ、物件を見に行ったら、管理がかなり悪かった。物件が死んでました」

外装の維持メンテナンスはされておらず、築年数の割には痛みが酷かった。階段には埃が野球のボールほどの塊になっていくつも落ちていた。空室を内覧した際には鳥や得体の知れない動物死骸が散乱し、白骨化しているなど惨憺たる状態。たまたま遭遇した入居者と話をすると、自主管理にもかかわらず大家は掃除もクレーム対応もせず、住人が掃除と対応をしているのだという。

「おもに外壁・水回り設備の傷みや施工の具合を見て、カンで行くと『No』だったんですよ。ただ、感情で判断してはいけない、数字をあてにしろってよくいいますよね。それを信じて購入することにしましたが、やっぱり正解ではありませんでした」

このような物件こそチャンス、これを建て直してこそ真の投資家だ。そう考え購入したものの、トラブルは絶えなかった。管理会社に依頼し、管理の体制も整えたが、物件のポテンシャルは補えなかった。貯水槽のポンプは3回止まり、しかもそのうち一回は真夏の早朝。当然ながら、入居者からの怒りの電話が管理会社に何本も入った。

1回の修理費は100万円を超えた。壁の中の配管から水が漏れたり、トイレの床が抜け落ちたり。幸い保険を利用して修繕をすることができたが、次から次へと起きるトラブルに疲弊し、4年半保有ののち売却。購入時と同額で売却できため、収支は3000万円ほどのプラスになった。内容の充実した保険をかけておいたのが唯一の救いだった。

「物件選択の仕方として、数字を信じる・数字で見るということは大切です。ただ、それが必ずしも正解ではないということを思い知りました」

■信用される事で、後からお金がついてくる

「事業をやっているとわかるのですが、信用されることで、その後にお金がついてくるんです。お金があるから人として信用されるというわけじゃありません。自分自身にお金以上の価値がないといけない。特に、ゼロから人間関係を自分で切り開いて築いていく過程で、人と人とのつながり信頼関係すごく大事なんです。そして、信用から信頼へシフトアップした時、さらに大きな力と生まれ変り、躍進になるのです」

座右の銘は「人を好きになること」。人とも、物件とも、自身の投資とも、真剣に向き合っていることが「信用」に繋がり、それが金融機関や不動産会社と良い関係を築く礎となっている。

サラリーマン時代から、物件の状態は自分で点検し、メンテナンスするよう心がけてきた。今も車のトランクには常に作業のための工具や作業着が積んであり、ちょっとした修繕は自分でやってしまう。

「サラリーマン時代は、仕事が終わってからその足で物件まで行って、夜11時くらいまで修理してたことも頻繁にありました。投資家さんの中には、全部管理会社に丸投げという方もいるんですけど、僕はどっちかというと逆で、自分でタイルを貼ったり、コンセントのカバーを替えたり、草むしりをしたり。そういうのが楽しいんです。さすがに今は昔みたいに作業する事はありませんが、物件に行くと作業したい衝動にかられることは多々あります。 現場を少しでも知っていることは、不動産賃貸事業としてとても有利なんです」

楽しみながら行っている物件のチェックだが、管理会社に丸投げしていない姿勢も金融機関からは好印象だそう。

「金融機関からは、『安心だ』って言われます。現場から目を離さないということで、この人は大丈夫だ、単なる投資目的ではなく、自分の事業として捉えてやっているんだ、と思っても評価してもらえるみたいです」

また、98%を誇る安定した入居率については次のように語る。

「まずは、仲介会社が部屋をすすめやすくすることが重要です。キッチン・サニタリーなどの水回りとエントランスを常にきれいにしておくことと、仲介店・管理会社としっかりコミュニケーションを取っておくこと。オーナーの印象を良くするには、交渉事やトラブル時に迅速に回答 決済すること。これが満室のコツですね」

■RCを選んだのは「金融機関の評価と資産形成スピード」に注目

購入する物件はRCと決め、1棟目からブレることなく1億円前後の一棟RCだけに投資を続けてきた。

「1棟のRCを選んだのは、評価が出やすく、法定耐用年数が長くキャッシュフローが出やすいことと、大型案件が多く、セミリタイアへ向けての資産形成が早いからです。また物件規模が大きく部屋数が多い方が空室リスクが低く、設備などの修繕が発生しても、家賃収入に対する修繕費比率でみると補てんできる割合が高いと考えたからです」

参加したセミナーで元銀行員講師が「区分や戸建て、総戸数4戸で1棟など部屋数の少ない小さい物件を10、20戸たくさん持っているより10戸以上の大きい案件を数棟持っている方が貸す側としては取り組みやすい」と言うのを聞き、なるべく10室以上の規模の大きな物件に狙いを定めることとした。お互いのニーズが合致するなら、こんな都合のいい話しはない。

貸し手は安全なところに1円でも多く貸したい。逆に、不安要素の多い借手に対しては一円でも貸したくない。収益・積算ともに保全の図れた安全性の高い2000万、3000万の案件でも金融機関は融資をしてくれないと知った。また、1行から複数棟への融資を得るよりも、1行1棟ずつの融資で分散したほうが安心してもらえやすい。

「『あの銀行が付き合っているなら』と金融機関側に思ってもらえることもあるし、もし借入している物件に何かあっても、別物件でリスクヘッジできると思ってもらえるんです」

その分、一つ一つの物件はしっかりと収益を上げられる物件でないとならない。最初から、他の収益をあてにした購入は避けないと、結果失敗につながる可能性が高くなる。物件選びは慎重に、利回りが高く、需要があるエリアを狙って規模を拡大し、今は8棟を保有する。

「購入してよいエリアの見極めに関してのポイントは 次の3つに当てはまらないエリアであることです」

(1)すでに需要と供給のバランスが崩れている地域
(2)今後、人口増加が見込めないエリアで今後新築が多々建設が予想される地域
(3)震災の津波や河川氾濫など水に関する被害を被る可能性高い地域

「これも融資の担当者に言われたのですが、目先の利回りの良さだけに惹かれて、木造や区分、ボロ物件、RCなどいろいろな物件に手を出す人は一貫性がなく信用できないと言っていました。

実際にそういう人は拡大できていないんです。その投資手法で行くと決めたら、ずーっとそれを貫くのが大事。やりたいなら、ある程度規模が拡大して、それが基礎になってから新たな分野に行くべきです」

■世の中で一番臆病なのは「お金」

そんな安藤さんに、失敗する人、成功する人の特徴を聞いた。まず、失敗する人は「不労所得」という言葉につられてしまっているという。

「通帳を見れば家賃収入が入ってきますよね。その目先だけにつられて入ってくる人は失敗します。どんな投資の世界でもそう。自分の考えを持たずに業者にのっかっちゃってる人も危険です。『業者が言うから大丈夫だと思った』は通用しません。何かあったときに業者に文句言ったってどうしようもないんです」

さらに、「自己中心的な人」」「お金の勉強をしない人」「自己責任の覚悟がない人」も失敗する傾向にある。

「自分さえよければいい、相手に気配りができない人は失敗しますね。お金の勉強をしない人っていうのはどういったことかというと、世の中お金がすべて。お金があれば何とでもなる、お金でなんでも動かしてやろう、って考えの人。そうではなくて、お金は手段であって目的ではない。お金はあくまでもツールのひとつです。お金を使って、最終的にどういう効果を得られるか。それを考えないといけないのです。そして、何か失敗やトラブルがあった場合に、他人に責任を押し付けようとする人。最後に決定したのは自分。自己責任の覚悟がないとこれもまた、ダメです」

投資、消費、浪費の三つの区分を考えて使わないと、お金も貯まらず、逃げていく。

「世の中で一番臆病なものってなんだと思います? お金なんです。逃げちゃうんですよね。この人ダメだなって人からは、お金も自然と逃げていく。株でもそうなんですけど、この会社の株ダメだなって思ったらクリック一つでお金って動かせるじゃないですか。ある意味、人間関係より早いですよね」

逆に成功する人の共通点は、「素直に感謝できる人」「自分が将来どうしたいのかをきっちり語れる人」「相手の気持ちを配慮しながら行動できる人」だ。この三つが自然とできるようになれば、成功へ向けてのエスカレーターに乗る事ができる。将来どうしたいのかが不明瞭なまま、目先の利益に飛びつく人は、金融機関も信用しない。逆に、ある手法を決めたら、ずっとそれを貫く人は信用度が上がる。

■脱サラをしてみて

不動産投資を始めてから、それ以前とはお金や働き方についての考え方が変わった。感覚としては『自分』というものが凝集していった感じがするという。

「不動産投資を始めてからは、事業者としての目線になるので、会社でも私生活でも、無駄遣いはしなくなりました。『会社の経費だから使っていいや』という考えもなくなり、逆に本当に必要なものであれば上司に話をして、通していました。

あとは、何事も前向きに考えるようになりましたね。サラリーマンだから上司の言うことをきいていればいい、という逃げ口上のようなものもなくなって、『会社としては良くないんじゃないですか?』という自分の考えも、言えるようになりました」

「会社」「学歴」に依存せず「自分」というブランドで勝負する。一つの事業として、不動産投資を行っているという自負によって行動が変わった。サラリーマンが嫌だったわけではなかったため、CFがリタイアできる基準に到達してもしばらくはサラリーマンを続けた。辞めなかったのは、仕事が好きだったからと、なるべくキャッシュを貯めておきたかったからだ。

「返済原資のストックがあれば金融機関に対しても安心材料になり、次の資金調達に追い風になります。毎月の借入返済額の半年~1年分をキャッシュとしてストックしておきたいと考えていました」

そして、2015年、不動産投資を始めて7年目に、満を持してサラリーマンを引退。退職する時には、同僚から惜しまれたのはもちろん、万が一の事があったら遠慮なく相談して欲しい、なんだったらうちの会社の社長をやって欲しいと、関係業者から嬉しい言葉をかけてもらえた。

「サラリーマンを辞めてからは、家族と一緒に行動できる時間が増えたのが嬉しいですね。旅行は安い日程を選んでいけるので、シーズンなら宿泊費が高い価格帯の旅館やホテルもお値打ちなので気軽に利用できます。ただ、自分が自由に使える時間が増えた分、自己管理をしっかりしないと非効率的な時間が増えてしまいます。サラリーマン時代より、時間の使い方を大切に感じるようになりました」

ある程度の規模に達したサラリーマン投資家は「副業なのにこんなに規模を拡大してちゃんと運営できるのか?」と金融機関からは不安に思われることもあるという。独立したことで、金融機関を含め、周りからの信頼度はアップした。期待を裏切らない結果を出すことにはさらに責任感を感じている。

「今の生きがいは、事業に協力いただいている皆さんと仕事ができること。皆さんすごくいい方ばかりなんです。それと、家族との時間を満喫し、不自由なく生活できる。これも一つの生きがいですね」 



プロフィール・安藤新之助

1972年生まれ、45歳。高校卒業後、建築現場の職人、IT関連メーカーを経て、業界最大手ハウスメーカーに約13年間勤務し、2015年12月にサラリーマンをセミリタイア。現在は実践不動産投資家兼コンサルタントとして活動。 趣味はアウトドア・旅行・スキー。
不動産投資の楽待 編集部

最終更新:3月23日(土)20時30分

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株式会社ファーストロジック

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