ここから本文です

路面電車の弱点「運賃支払い時間」は解消可能

1月13日(日)5時20分配信 東洋経済オンライン

「セルフ乗車」を導入した広島電鉄の1000形(筆者撮影)
拡大写真
「セルフ乗車」を導入した広島電鉄の1000形(筆者撮影)
 こんな場面を想像してほしい。中心市街地の路面電車停留所は長蛇の列。「あと3分で到着します」と案内表示器が伝える。やってきたのは最新型の低床車両である。

 車両の長さは18mと長く、たくさんの客を乗せるには十分の大きさ。だが、扉は前と後ろの2つしかない。後ろ乗り前降りだから後ろの扉の前で待つもののなかなか扉が開かない。降りる人が車内に列をなしていて乗る人との交錯を避けるため、ある程度列がさばけないと運転士は扉を開けない。降りるときに1人ずつ順番に運転士に運賃を支払うから、ここが「ボトルネック」になって時間がかかるのだ。
 乗車扉が開いたが、乗車はここ1カ所なので乗車にも時間がかかる。やっと発車したものの、今度は停留所に止まるたびに乗り降りに時間がかかるので、所要時間は増すいっぽうだ。

■車両は最新でも仕組みは昔のまま

 ベビーカーを伴ったお母さんは降車の際に前扉まで車内を移動するのが大変だ。地下鉄電車のように、扉がたくさんあってどの扉でも乗り降りできれば停車時間が短くなり、乗った扉から下車できるのだが。

 そもそも、地下鉄やJRでは駅員の世話にはならずに乗降できるのに、路面電車ではなぜ運転士の立ち合いのもとに1人ずつ順番にICカード乗車券をリーダにタッチさせるのだろうか。リーダをすべての扉に設置しておけばいいのに。
 こうしたイライラや感想は誰もが経験している。車両と停留所は近代的になったが、システムとしてはチンチン電車の時代から進歩していない。

 しかし、こうしたイライラがなくなる日は近そうだ。2018年は、わが国のワンマン路面電車・バスに「セルフ乗車」(「信用乗車」とも呼ばれる)導入の確実な流れが見えた年だった。

 今まで、富山ライトレールと福岡市のBRTバスが無人の後ろの扉でのセルフ乗車を導入していたが、さらに、わが国の路面電車の近代化をリードする広島電鉄も2018年5月10日から同様の扱いを市内線の1000形で開始した。この3社の運賃収受の基本はいずれも後ろ扉から乗車して前扉から降車する際に運転士に運賃を支払う方式だが、ICカード乗車券に限り後ろ扉の脇に設置のICカードリーダにタッチしてセルフサービスで運賃を支払って降車できるようにしたものである。
 後ろの扉でICカード乗車券だけという限定的な扱いではあるがセルフ乗車の路面電車、バスが走る都市が富山、福岡、広島の3都市になったことによって利便性を実感する人がますます増え、その口コミが国内に広がるであろう。

 そして、2022年3月の開業を目指して建設中の宇都宮ライトレールは、全部の扉にセルフ乗車を導入すると11月13日に公表した。欧米に比べて半世紀遅れ、周回遅れではあるが、わが国にもセルフ乗車導入の確実な流れが見えてきた。わが国のワンマン路面電車・バスは「利便性第一」の時代を迎えようとしている。
■西欧では半世紀も前に導入

 西欧諸国は路面電車・バスのワンマン運転を始める際に、セルフ乗車を導入した。旅客のセルフサービスによって運賃を支払う方式だ。スイスが1960年代の半ばに始めたもので、すべての扉で乗り降りできる利便性の高さが利用者に支持され、1970年ごろまでに各国に普及し、1980年代からは北アメリカ、フランス、イギリス、その後に東欧諸国、そしてアジアでも香港、台湾で導入された。

 1950年代にワンマン運転を始めたわが国では、それまでと同様に乗務員による運賃収受を踏襲することとし、運転士がそれを担った。この方式が今日まで続いている。公共交通といえども収支均衡を旨とするわが国では、運賃の完全収受を第一に考えて、かたくなに「運転士による運賃収受」にこだわってきた。
 冒頭に述べた通り、この方式では運賃収受に時間がかかるために定員の多い大型車両は使用できず小型車両による少量輸送に限られる。しかし、現実には18mの路面電車や連接バス、27mもの長さの路面電車がワンマン運転されている。利用者のイライラは募る。

 運賃収受にかかる時間の長さに起因する低い表定速度や20mにも及ぶ車内移動の難儀さは、公共交通利用が敬遠される理由として不足はない。現実には、乗降客の多い停留所には地上での運賃収受要員を派遣し乗降時間の短縮に努めている例があり、不便を感じて利用を敬遠するのは一部の利用者だけかもしれない。しかし、「一部の利用者だけ」の不便だからと切り捨てるのは公共交通のサービスにはなじまない。
 しかも、各国で普及しているセルフ乗車という旅客にとって利便性と快適性の高い方式をわが国では享受できないのはただ事ではない。海外に赴いた際にセルフ乗車の利便性と快適性を実感した人は少なくないはずだ。

 セルフ乗車の導入に慎重な意見もある。確かにセルフ乗車は、無札や不正客の乗車を物理的に阻止することはできない。西欧でセルフ乗車が導入された当初から、わが国では「ただ乗り」が可能な方式であることが強調され、「収支均衡第一、確実な運賃収受」とは相容れない方式であると喧伝されてきた。
■無賃乗車は防げる

 セルフ乗車は、駅がなく、したがって改札機がなく、車上で運賃収受をせざるをえない路面電車、バスの利便性を高める運賃収受方式として半世紀の歴史があり、今やグローバルスタンダードだ。「ただ乗り」の懸念はあるが、「無賃乗車などしない。利便性の高い公共交通を維持するためにセルフ乗車に協力する」という市民の意識がこの方式を支えている。さらにただ乗りを防ぐノウハウは蓄積されている。運賃支払いの動作(ICカードのタッチ)とそのときに発する音の乗客相互の監視、検札係員による抜き打ちの乗車券チェックと不正客からの高額なペナルティー(罰金)の厳正徴収だ。
 ペナルティー(罰金)の金額については法制度との関係があり十分な議論が必要だが、そもそも、「わが同胞は(この運賃収受方式が成立しないほどに)ただ乗りをする」という考え方で、議論が前に進まない。こうした考え方が主流であるわが国で、富山ライトレール、福岡BRT、広島電鉄、そして、宇都宮ライトレールの決断は、必ずやわが国の路面電車とバスの明るい未来を切り拓くであろう。

 諸外国の都市にならって、国内のいくつかの都市が「路面電車でまちづくり」を構想、計画している。現行の運賃収受方式ではそれは「絵に描いた餅」だが、セルフ乗車の導入によって実現可能になる。
 20世紀末からわが国の路面電車にも外国設計や国産の低床車両が多数就役している。鹿児島市電の2車体連接の国産低床車7500形は、メンテナンス性が良く走行特性に優れている従来タイプの走行装置を低床車用にアレンジして活用しており、また、使用線区の輸送需要に応じて4車体(車両全長27m)や6車体(同39m)、8車体(同51m)といった定員数の多い大型車両の製作が可能であるなどの設計コンセプトが注目された。現行の運賃収受方式のままでは、このような定員の大きな車両は使えないが、セルフ乗車ならこの設計コンセプトが有効となる。
 欧米では長さが30~40m、定員200~260人という大型車両の頻繁運転によって1時間あたり片方向の輸送力が5000人を超える線区はザラにある。線路、架線、変電所などに費用がかかる路面電車は、大きな車両を用いて単位輸送力を向上し乗客1人当たりの輸送コストをバス以下にしなければ路面電車を選択する意味がない。

 車両が大きければベビーカーや車椅子用のスペースが十分に確保できて、低床車両投入の効果が得られる。路面電車の市街地入口の停留所でのパーク・アンド・ライドやバス・アンド・ライドにも大形車両だからこそ対応できて、中心市街地へのマイカーとバスの流入を抑制し、良好な都市環境を維持することができる。
■MaaSへの対応にも効果的

 今、フィンランド発祥のMaaS(Mobility as a Service)という考え方が話題になっている。その概念は「自動車、バス、電車などのモビリティー・サービスをシームレスにつなぐことによって提供される便利で快適な移動」であり、この考え方をベースにしたモビリティー・サービスの提供がヨーロッパで始まっている。このモビリティー・サービスの提供は、利用者への利便性の提供だけではなく、公共交通機関に利用者を誘導して人の移動の効率化や都市環境の改善も狙っており、現在の交通体系を一変させる可能性を有する。わが国でもMaaSの考え方は注目されている。
 しかし、公共交通機関に利用者を誘導しようにも、利便性と快適性が低い乗り物はMaaSにはなじまない。 わが国の都市路面公共交通(路面電車とバス)の明日のためにセルフ乗車の普及は必須だ。
柚原 誠 :技術士(機械部門)

最終更新:1月15日(火)10時45分

東洋経済オンライン

 

【あわせて読みたい】

【PR】Yahoo!ファイナンスからのお知らせ

平均年収ランキング

ヘッドライン