ここから本文です

平成ファッション史 ブランド信仰からカジュアル・低価格・機能性重視に

1月6日(日)14時00分配信 THE PAGE

[写真]2008年9月に日本に上陸した「H&M」。その10年後の2018年7月に日本1号店である銀座店は閉店した(ロイター/アフロ)
拡大写真
[写真]2008年9月に日本に上陸した「H&M」。その10年後の2018年7月に日本1号店である銀座店は閉店した(ロイター/アフロ)
 いよいよ「平成」の終わりまで4か月を切りました。1989年に始まった平成元年から約30年間、ファッションの世界ではバブル経済終盤の「渋カジ」から、ファストファッションの台頭、続いた災害などを反映し、安全性も考慮したスタイルへと変遷しています。また平成の30年間で冬の服装は、機能性の高い防寒着が定着したことで重ね着が減り、重量が約2.5キロからおよそ半分に軽量化したというデータもあります。

 若者ファッションなどに詳しい共立女子短期大学・生活科学科の渡辺明日香教授に平成のファッションと流行を振り返ってもらいました。

「渋カジ」登場でカジュアル化進む

 平成初期はバブル経済の終盤から崩壊へと向かった時期。東京の男子高校生を中心に渋谷や原宿などのショップで紺のブレザー(紺ブレ)やリーバイスのジーンズなどをまとう「渋カジ(渋谷カジュアル)」が誕生し、東京から全国へと流行が波及しました。

 渡辺教授は「渋カジ以前は、DCブランドのアイテムを上から下まで揃えた装いがおしゃれとされていたが、渋カジ台頭によりカジュアルなファッションが注目された。ただ価格帯は大きく下がらず、ブランド志向も継続しており、普段着のようだけれど質の良い物を、がんばってお金を貯めて買うという傾向は続いていた」と分析します。

 その後、バイヤーの選択眼で複数のブランドを世界中から集め、独自のコンセプトで商品を提供するセレクトショップが登場すると、「ビームス」や「ユナイテッドアローズ」の路面店で、買い歩きをし、ショップ袋を下げるといった光景が定着。「古着が市民権を獲得したのも平成の前半。ブランドと古着の組み合わせも増えた。バブル崩壊後、ショートパンツに腰パンのスケータースタイルや、トレーナー、パーカー、スニーカーといったストリート系も人気になった」(渡辺教授)

 NIGO氏が手がけたアメリカンカジュアルを扱う「NOWHERE」が平成5(1993)年にオープンし、「裏原(裏原宿)ブーム」につながっていきます。平成7(1995)年ごろにはスニーカーのナイキ・エアマックスが高値となり、安室奈美恵さんや浜田雅功さんのファッションを追ったアムラーやハマダー現象も見られました。

 渡辺教授は平成の中盤に差し掛かるころから、若い男性の美意識がさらに高まったとみています。「ヘアサロンで身だしなみを整えたり、男性向けコスメが人気を集めたりするなど、服装だけでなく身体を含めた全身に美意識を高めるということがおかしいことではなくなった。平成15(2003)年に伊勢丹新宿本店のメンズ館がリニューアルし、一階がコスメフロアとなった時は話題となった。現在もメンズ館はインバウンドの観光客などに人気を博している」と話します。

 雑誌レオンが仕掛けた「ちょいワルおやじ」も人気となりましたが、これには高級ブランドの購買層が高齢化しているという面も指摘されています。

低価格と機能性……ファストファッション時代に

[写真]低価格・機能性を訴求して成長した「ユニクロ」。写真は2010年の渋谷店オープン時(Natsuki Sakai/アフロ)
拡大写真
[写真]低価格・機能性を訴求して成長した「ユニクロ」。写真は2010年の渋谷店オープン時(Natsuki Sakai/アフロ)
 平成中期のトピックでは、「ユニクロ」が当時、数万枚売ればヒットと言われたフリースを大々的に展開。平成12(2000)年には50色の品ぞろえや1900円という価格のインパクト、CM戦略などが成功し、年間2600万枚を達成して社会現象化したことが挙げられます。また、「GAP」(米国)や「H&M」(スウェーデン)といった外資系のファストファッション店の上陸もあり、ファッションの流れは変わります。

 ファストファッション系は、製造から販売までを一貫して行う製造小売業(SPA)のスタイルで価格を抑え、流行商品でありながら低価格の衣料品を大量生産、販売しています。ファストファッション定着後、低価格で機能的、しかし格好もいいというものを求める流れが続いています。

 渡辺教授は「いかにもブランドというものを着る必要はないのではと、気づかされた面がある。機能的で保湿性が高く、着ていてストレスが少ないもの。クリーニングやケアが必要ないものを求める傾向になった。一度価格帯が下がると、それをまた引き上げるのはかなり難しい。着て楽ちんというカジュアル路線もなかなか戻れない。それが現在にも続いている」と指摘します。

 ユニクロは平成15(2003)年に発熱保温する、薄くて暖かいインナー「ヒートテック」、同21(2009)年に軽量化を追求した「ウルトラライトダウン」ジャケットなども投入。同社の実験によると、冬のファッションは厚着で着ぶくれしていた平成初期に比べると、平成30年現在は機能性の高いアイテムが増えた影響で軽量化され、「約2.5キロからほぼ半減した」といいます。

「やり過ぎ」を避け、小さな差異で勝負

 ファストファッションの国内店舗数は平成27(2015)年までの約10年間に倍増したともいわれ、日本人のファッションが低価格化、似たようなものを着用してきているという見方もあります。

 渡辺教授は「最近の若者は『やり過ぎる』ことを避ける傾向があり、おしゃれ過ぎるものや、全身流行のアイテムで揃えるのは格好悪いという感覚が見られる。キメキメでなくバランス感覚が求められる。その中で小さい差異には敏感だ。白いTシャツを一つとってみても、襟ぐりが違うとか、ダボッとしたサイズのものを着ているというように、みんなとはちょっとだけ違うというところにこだわっている。服探しでも歩いて店を巡るより、SNSなどでさっとチェックする傾向が強い」とみています。

ファストファッションはピークアウト感も?

 平成後期には2011年の東日本大震災(平成23年)などをきっかけに安全性を考慮したスタイルも増えているようです。「何が起こるかわからない時代。特に足元の意識が変わった。ニューバランスやナイキのスニーカーなど機能的でかっこいいものが注目されている。両手を空けるため、バッグを持つのではなく、リュックやウエストポーチなども見直されている。スマートフォンの登場も大きい。歩いていても皆、スマホの画面を見て街のファッションを見ることが減ったのではないか」(渡辺教授)

 ファストファッションの今後について渡辺教授は「世界各地で店舗撤退しているブランドの動きが見え始めている。毎日安売りを実施するといった販売もあり、お得感が感じにくくなった。大量生産、大量消費スタイルは大量廃棄にもつながると指摘されている。平成の終了後にファストファッションがなくなっていくことはないだろうが、ピークアウト感はあるのではないか」とみています。

 今年の7月にはH&Mの旗艦店だった銀座店が閉店。昨年10月には「フォーエバー21」(米国)が日本1号店である原宿店を閉じるなど、ファストファッションに一時期ほどの勢いがみられないのも事実。平成が終わった新しい元号の時代に、日本人のファッションはどのように変化していくのでしょうか。

最終更新:1月6日(日)14時00分

THE PAGE

 

【あわせて読みたい】

【PR】Yahoo!ファイナンスからのお知らせ

ヘッドライン