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中国に束縛されるVW クルマ産業の未来勢力図から日本は消えない

1月4日(金)14時00分配信 THE PAGE

 内燃機関エンジンの自動車から電気自動車(EV)への切り替えが世界で声高に叫ばれる中で、日本の自動車産業について世間で流通する言説に、モータージャーナリストの池田直渡氏は異議を唱えます。池田氏の解説です。
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 2018年は日本の自動車の未来が危ぶまれた年だった。1つは欧州に端を発する「電動化」の流れ、もう1つは中国の台頭だ。メディアを賑わすこうした絶望論の中で描かれる日本の自動車産業の近未来はこんな形になっている。

 “世界はすでに一気にEV化に舵を切った。しかし日本の自動車産業はこれまで長く続いたサプライヤーとの蜜月関係を維持するためにEV化に消極的で、内燃機関に囚われている。内燃機関は多くの部品で構築されているため、傘下の多くのサプライヤーを潤すし、内燃機関技術でのアドバンテージと成功体験へのこだわりが強く、すでに明確になったEVシフトに完全に日本のメーカーは出遅れている。

 そして中国だ。中国は共産党の強い指導によって、一気にEV化へと転進しており、すでに技術的アドバンテージを築きつつある。年間新車販売3000万台。世界の1/3を占める中国がEV促進を決めた以上、それはもう世界の趨勢になる。まもなく日本の自動車メーカーは中国自動車メーカーの軍門に降ることになる”

 これらはよく目にする論調なのだが、この未来図は完全な間違いである。EV化は2050年位にはある程度達成されるかも知れないが、向こう10年で内燃機関を持たないクルマのシェアはどう逆立ちしても10%を越えることはない。

「電動化」は「EV化」ではない

[画像]世界で最も販売台数が多いEV、日産リーフ
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[画像]世界で最も販売台数が多いEV、日産リーフ
 欧州各国は、最初のうちこそ先鋭的に「内燃機関禁止!」とぶち上げていたが、徐々に日和って今では「内燃機関オンリーは禁止!」に後退している。それが何を意味するかと言えば、「EV以外は認めない」と言っていたのが「やっぱりハイブリッド(HV)もOKです」に変わったということだ。

 「電動化」を「EV化」だと捉えている人は多いが、それは誤解である。電動化とは何らかの電気仕掛け、つまりモーターを持つことを意味し、プリウスなどのHVも含む。対してEV化は、一般に日産リーフなどのバッテリー電気自動車を意味し、つまりは欧州の「電動化」に向けた発表は「モーター付きのクルマに変えて行きましょう」という話でしかない。すでに国内販売の4割がHVであるトヨタに25年遅れで、ようやくスタートラインに着いた形だ。

 最大の問題は欧州の自動車メーカー自身が「電動化」の調達背景をロクに持っていないという点にある。多少なりとも準備があるのはドイツのメーカーとボルボくらいで、イタリア、フランスのメーカーは壊滅的だ。では進んでいるドイツがどの程度かと言えば、中国の策略にはめられて身動きが取れなくなりつつある。
[画像]VWが開発中のバッテリー「Modular Electric Toolkit」 (MEB)
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[画像]VWが開発中のバッテリー「Modular Electric Toolkit」 (MEB)
 一例を挙げてみよう。フォルクスワーゲン(VW)は電動化推進のキーとなるバッテリー工場の建設を華々しく発表した。25万台規模の工場なので、VWグループの年間生産台数約1000万台に対して、2.5%分のバッテリーをまかなえる計算になる。2025年には100万台をEV化またはPHV(プラグインハイブリッド)化するという目標を掲げているVWだが、バッテリーの供給に関する目処はまだ目標の1/4のラインへ向けて鋭意努力中と言った体だ。

 実は、VWの新バッテリー工場計画の内容を精査すると、バッテリーセルは中国から調達することになっており、鳴り物入りの新バッテリー工場の実態はアッセンブルだけ、バッテリーの心臓部であるセルの開発・生産は中国任せとなっている。
[画像]VWのツヴィッカウ工場は欧州で最もパフォーマンスの高いEV工場を目指し、モジュラー型のEVコンポーネンツ工場への転換が進んでいる
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[画像]VWのツヴィッカウ工場は欧州で最もパフォーマンスの高いEV工場を目指し、モジュラー型のEVコンポーネンツ工場への転換が進んでいる
 新車の4割を中国市場で販売し、特に中国マーケットの利益率が極端に高いVWにとって、中国はグループ全体の利益の源泉であり、共産党から「中国でクルマを売りたいなら中国製のバッテリーを採用すること」という条件を提示されても飲むしかなかった。同じ条件を突きつけられたゼネラルモータース(GM)は、中国製バッテリーの安全性と性能が社内規定を満たさず、新型EVの開発が無期限延期となっている。同じ轍を踏まない保証はないのだ。

 こうした生産背景をフラットに見れば、VWはまだEV化に対して、最初の25万台分のバッテリー供給問題へのソリューションすら確立できていない状態であり、VWが牽引する欧州の技術水準で「内燃機関の生産終了」などと先走ったことが言える状態とは思えない。

バッテリー供給体制を固めたトヨタ

[画像]電動化に先んじて世界最多販売実績を誇るトヨタのHVシステム。類型生産ではすでに1100万台に達している
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[画像]電動化に先んじて世界最多販売実績を誇るトヨタのHVシステム。類型生産ではすでに1100万台に達している
 では対比としてトヨタはどうなっているか? トヨタは2017年の暮れに、パナソニックとの提携を発表した。もちろんこの先世界で争奪戦の激化が必至なバッテリーを間違いなく確保するためである。おそらく中国からは厳しいプレッシャーが掛かっているはずだが、恐らく中国生産専用の別モデルを用意するなど、何らかの対策を立てて、最も技術と品質が安定しているパナソニックからのバッテリー供給を確定させた。

 提携記者会見で明かされた見通しでは、2030年ごろ、HVとPHVが450万台。EVが100万台となる。年産1000万台のトヨタの場合、これで電動化モデルが全生産数の過半に達する。トヨタ幹部の1人は「無責任なことは言いたくないので、バッテリーの供給体制をしっかり固めるまで発表できなかった」と言う。裏返せば、EV100万台+HV450万台を達成するためのバッテリー供給をパナソニックに約束させたということでもある。

 結局のところ、生産実現化のための段取りもないまま「EV時代の幕開け」を高らかに叫ぶやり方と、着実な裏打ちができるまで言わないやり方の違いである。勢いで雰囲気を盛り上げることが市場のイメージ作りに有効な場合もあるだろうが、誠実な姿勢とは言えないのもまた事実だろう。

 それでもなおトヨタに向けては「現実にEVを作ってないではないか? HVの要素技術でEVは簡単にできると言いつつ、作らないのは何故なのか?」という疑問の声は上がる。

 それは大抵「トヨタはどうして時代の要請を無視してEV化に消極的なのか?」という苛立ちの混じった問いかけである。しかし問いに答えるのは簡単だ。トヨタに限らず、消極的な生産台数でもEVに全く納車待ちが発生していないのは何故なのか? 色眼鏡を外して直視すれば、「EVがそこまでの人気商品ではない」ことに尽きる。ミニバンが売れるとなれば雨後の竹の子の様にミニバンをリリースし、軽自動車が売れると言えば見分けが付かないほどのニューモデルを発売する自動車メーカーが、売れる商品を放ってはおくはずはない。

“妄想”に基づいたソリューション

 つまり「EVが時代の要請」だという理解が間違っている。欧州各国の環境相は大抵が左派出身であり、実現性よりも理想主義を掲げる傾向が強い。例えばパリ協定の基準値にしても、世界人口がたった8億人だった産業革命期の二酸化炭素排出総量をベースに現在の排出総量を決めている。1人あたりの比率ではなく総量なのだ。もはや正気を疑うレベルである。

 現在の世界人口は75億人。つまり当時の約10倍である。日本に当てはめれば、文明を江戸時代に巻き戻して、それをさらに1人あたり1/10に削減せよという話だ。クルマの電動化がどうかとか言うレベルではなく、化石燃料の完全凍結に加えて、電気も含む全てのエネルギーに大幅な利用制限でもかけない限り達成できない。人の移動は徒歩に戻るしかないし、インターネットもスマホもダメだ。

 そういう妄想に近い環境意識をベースに、再生可能エネルギーで全て解決できるというご都合主義のソリューションで環境問題は語られている。

 それをつまみ食いして都合良く利用しようとする欧州自動車メーカーのプロパガンダと、それに手もなく乗せられた国内大手マスコミがEVパラダイムシフトと日本の敗北ストーリーを叫んでいるだけで、冷静な顧客はEVを求めて販売店に殺到していたりは全くしていない。

 相変わらずたっぷり公的な補助金をつけて、メーカーからも自宅用充電設備の支援制度など販促費を可能な限り積み上げて「もってけドロボー!」の勢いなのだが、それでも楽々生産が需要に追い付いている。

 マーケットが着いてきていないものに慌てて対応しても仕方ない。世間の風潮に流されて至急開発して、販促費を大量投入して叩き売りをしなければならない理由は全くない。

 もちろん長期的にみれば確実に進行する電動化やEV化に備えて、足下を固める必要はある。それには技術を蓄積し、必要な部品供給のルートをしっかり確立していく方が重要だ。そう考えると、いま電動化で世界一進んでいるのは日本の自動車メーカーだろう。

日本は中国に飲み込まれるのか?

 中国の台頭で日本の自動車メーカーは家電メーカーのように滅びるのか? これもそうはなりそうにない。

 現在中国では原則的に中国で生産したクルマしか売ることが出来ない。つまり自動車の自由化はされていない。輸入が出来ないということは輸出もできない。もちろん非自動車生産国との2国間協定は締結できるだろうが、欧州連合(EU)やアメリカ、日本のような自動車生産国が相手だとそうはいかない。貿易は相互が基本である。しかもGDP世界第2位の国が自国産業保護のための関税を設けるのは簡単ではない。つまり中国が自動車生産国と自動車貿易をやるのであれば、相互に自由化という答えしかない。

 では自由化した時にどうなるか? 各地域の新車販売台数を見るとEUは約1600万台、アメリカは約1700万台、日本は約500万台である。対する中国は約3000万台だ。各エリアの対中輸出入でそれぞれ相互に10%のシェアを取り合った時、どうなるか。EUは160万台と引き替えに300万台を、アメリカは170万台と引き替えに300万台を、日本は50万台と引き替えに300万台を手に入れることになる。

 しかも中国が輸入するクルマはおそらく、同じブランドが中国の合弁会社で生産したモデルと置き換わる。トヨタを例にとれば、「天津一汽トヨタ」で生産されていた台数の一部が日本国内の工場から輸出されることになる。同じ事は対EUでも対アメリカでも起きるだろう。

 それでは中国はボロ負けになる。特に全部ぶん取っても500万台しかない日本のマーケットは、リスクと期待利益が著しく合わない。少なくとも日本マーケットへの本格進出は馬鹿馬鹿しくてやる気にならないはずだ。

 おそらくこれから先、中国はアメリカ型のマーケットになって行くだろう。アメリカは自動車に関する限り、徹底的な内需型マーケットであり、ビッグ3はアメリカ以外で売れるようなクルマは歴史的に作れた試しがほとんどないし、現在でも乗用車のベストセラーがピックアップトラックと言う特殊な国だ。

 アメリカでしか売れないクルマをアメリカで作ってアメリカで売る。もちろんアメリカマーケットでも、カムリやアコードなどのいわゆるグローバルカーもそれなりには売れるが、米国の立場で見るとこれらのクルマでは海外メーカーにすっかりシェアを奪われている。しかし、貿易不均衡を政治問題化することで世界中のメーカーに北米エリアに生産工場を建設させ、ちゃっかり他国のブランドを自国経済に取り入れていたりする。

 もし、中国の政治体制が変わらず、このまま進めば、アメリカのドメスティックマーケットに続いて、中国ドメスティックマーケットができあがり、他国の人が首をかしげるような独自進化したクルマが売れるマーケットになるだろう。

 トヨタ自動車の豊田章男社長は「100年に一度の大変革」と言う。それは嘘ではないが、少なくとも日本の自動車メーカーが滅亡の危機に瀕しているということではない。現時点ではむしろ良い位置に付けているが、それを保って行くには不断の努力が必要だと言う話なのだ。自動車産業の未来勢力図から日本のメーカーが消える可能性は極めて低い。

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■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある

最終更新:1月4日(金)17時52分

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