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トヨタが定額乗り換えサービスを始める事情

11月9日(金)5時30分配信 東洋経済オンライン

高級車で開始する2019年のサービスは、それほどゆっくりとした実験サービスなどとは言ってはいられないのです(撮影:大澤 誠)
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高級車で開始する2019年のサービスは、それほどゆっくりとした実験サービスなどとは言ってはいられないのです(撮影:大澤 誠)
 11月1日、トヨタ自動車は複数の車を手軽に乗り換えられる「定額制」のサービスを始めると発表しました。対象車種や価格などの詳細は検討中ということではありますが、具体的には2019年からレクサスなど高級車を一定期間で乗り換えられるサブスクリプション型のサービスを開始するもようです。たとえばレクサスのセダンを一定期間使用したユーザーが、SUV(スポーツ多目的車)に乗り換えるような使い方を想定しているそうです。
■自動車産業は過去最大の脅威に直面している

 「欲しくなったら簡単にクルマライフをスタートし、違うクルマに乗りたくなったら乗り換え、不要になったら返却する」(トヨタグローバルニュースルーム)。人気アニメ『ドラゴンボール』の主人公、孫悟空が乗る「筋斗雲」をイメージして「KINTO」と名付けられた、このトヨタの定額制サービスの開始は、自動車業界の未来に対して非常に大きい意味を持っています。

 前提として知っておきたいのは、トヨタをはじめとする自動車産業が、今、過去最大の脅威に直面しているということです。自動車メーカーの優位性の基盤がこれから10年スパンで大きく変わると想定されているからです。
 要因はふたつあります。ひとつは各国ごとに細かな違いはありますが、世界的には純粋なエンジン車に対する規制が強まり、電動化車両へのシフトが進むという流れです。これは地球温暖化を抑える世界的枠組みであるパリ協定に基づくもので2020年代から順次、施行されていく見通しです。

 そしてもうひとつの要因は自動運転車の実用化です。ルノー・日産連合のカルロス・ゴーンCEOは2022年までに「レベル5」と呼ばれる完全自動運転車の発売を明言しています。現在でも新しく発売される乗用車のドライブアシスト機能は年々機能向上していますが、それがあと5年ほどの間に完成の域に達するのです。
 なぜこのふたつの要因がトヨタの経営基盤を揺るがすのでしょうか。それはトヨタ、日産、ホンダなどといった完成車メーカーが自動車産業のピラミッドの頂点に君臨できている理由に関係があります。実はこれまでの自動車メーカーとはエンジンを開発できてきたメーカーのことなのです。

 自動車産業にはデンソーやブリヂストン、アイシン精機のように時価総額では完成車メーカーに匹敵する企業規模の会社が存在しています。完成車メーカーは現在ではそれらの企業を「協力会社」と呼んでいますが、歴史的には「1次下請け」と呼んでいました。業界構造としてはその下に2次・3次の下請けがあり巨大な自動車産業のピラミッドを構成しています。
 ブリヂストンはタイヤ以外に高級自転車でも成功していますが、自動車産業では下請け以上のポジションには参入できていません。その理由はエンジンを持っていないからです。エンジン開発力こそが自動車メーカー最大の優位性なのです。

 しかし、今後はすべての自動車メーカーにとってこの優位性が崩れます。電動化に必要なモーターはどこかほかの部品メーカーから買ってくればよいことになります。おそらくその時代、エンジンの代わりに自動車の優位性を左右するコア技術になるのは電池だと予測されています。
■電池とAIというコア技術の開発競争

 つまり全固体電池のような新しいタイプのEV用電池の開発競争に勝った企業が自動車業界で最も高い収益性を上げることになると予測されているのですが、それがトヨタのような大手自動車メーカーになるのか、テスラのような新興ベンチャー企業になるのか、それともパナソニックのような電機専業メーカーになるのか、まだその行方は予想できません。

 もうひとつ2020年代の自動車には別のコア技術があります。それがAI(人工知能)です。自動車運転用の人工知能は開発競争が進んでいますが、こちらもトヨタが勝つのか、グーグルが勝つのか、ウーバーが勝つのか、その争いは混迷を極めています。
 もしこの電池とAIというコア技術の開発競争にトヨタ、ルノー、フォルクスワーゲンといった完成車メーカーが敗れたとしたら?  そうなった日には自動車業界の構造は根底から覆ります。仮に電池はテスラ、AIはグーグルのようにどちらのコア技術もシリコンバレーに拠点をおくIT企業や新興企業に押さえられてしまったとしたら、自動車業界はかつてのパソコン業界のように激変してしまうかもしれません。

 1980年代まではコンピュータの世界はIBMがすべての頂点に立ち、IBMでなければ高収益は上げられないという状況が続いていました。しかしパソコンの時代に入り、コア技術がマイクロソフトのOSとインテルのCPUへと移行し、それらの部品を買ってくれば誰でもパソコンを製造販売できるという状況になった結果、IBMですらパソコン販売では儲からないという状況に陥りました。
 それと同じで、テスラの電池とグーグルのAIを購入すればどんな企業でも自動車を販売できる時代がやってくるかもしれない。そんな時代が到来します。もちろん、「いやいや、そんな自動車なんて怖くて乗れないよ!」という声もあります。衝突安全技術は、自動車メーカーの優位性ではありますが、完全自動運転の時代になって、どれだけ事故を回避できる技術が高まるかがポイントにはなるでしょう。

 さて、ここまでの説明で今回のトヨタが打ち出した定額制(サブスクリプション)サービスの戦略的な意味がわかってきます。
 トヨタの豊田章男社長は今年1月、「トヨタを車を造る会社からモビリティーサービスを提供する会社に変える」と宣言しました。つまり車を造る、それを売りきって儲けるだけというビジネスモデルが今後、事実上、終焉することを見据えているのです。

 パソコンの世界で起きたことを考えるとそれは自明です。インターネットの出現以降、時価総額上位に君臨するようになったのは売り切り型のパソコンメーカーではなく、サブスクリプション(定額制サービス課金型)ビジネスモデルの会社や、会員数が優位性となるサービス提供会社ばかりです。
 具体的には前者はソフトバンクやドコモのような携帯電話会社、DeNAやグリーのようなゲーム会社などを思い浮かべていただくとわかると思いますし、後者はアマゾンや楽天、フェイスブックやリクルートなどを思い浮かべていただければ理解できるでしょう。

 それと同じで自動車メーカーも売り切りで終わりではなく、携帯電話会社のように日本国内に1000万人規模の月額会員がいて、その人たちが安定してトヨタや日産のサービスを利用する状況に持っていく必要があるのです。
 そしてその作業をエンジン車の優位性が大きく低下するとみられる2020年代後半までに完了させてしまえば、コア技術を持つグーグルやテスラのような企業に一方的に利益を吸い上げられることもなくなりますし、逆にウーバーのようにライドシェアで先行するサービス会社にトヨタが下請けのように完成車を供給する悪夢のような未来を避けることもできるようになります。

■来る高級車の買い控え現象を避けるためでもある

 さらに今回の自動車のサブスクリプションサービス化は、これから先の自動車販売においてはもうひとつ別の意味も生まれます。それはこれから先、2020年代の頭に起きると予測される、高級車の買い控え現象を避けるという意味です。
 これから先に購入する高級車は、これまでに購入した高級車と違い、急速にその製品価値が陳腐化するリスクがあります。

 1990年代にパソコンを購入した方なら体験していると思いますが、何十万円もかけて購入した最新型パソコンが2年もすれば技術進歩でスペック的に全然魅力のない製品になってしまい、買い替えるときに下取りに引き取ってもらうことすらできないという現象が起きました。

 比較するのは極端かもしれませんが、急速な技術の進歩に伴って、高年式の中古車でもあっても下取り価格が急激に低下することもありえます。
 そのことを考えたら、富裕層がこれから先、新車を買うのを躊躇する時代がやってくる可能性は低くありません。しかしこれが販売ではなくサブスクリプションであれば違います。消費者は自分の持っている車が陳腐化すれば新しいモデルに乗り換えればいい。そしてメーカーは引き取った乗用車の電池やAIを最新のものに変更すればまたユーザーに提供できるようになる。外見が2022年モデルでも中身は最新の2025年モデルと同じといった仕様に自在に改修できるようになります。だからこそ世界中の高級車メーカーはサブスクリプションサービスへのビジネスモデルの移行を試行しているのです。
 あとは問題になるのはこのサービスがどれくらいの価格で、どれくらいの規模のユーザーをどの程度のスピードで獲得できるかです。先行するBMWが月額8万~12万円程度の価格帯でユーザー獲得を始めているようですが、どの価格、どのようなサービス内容がいちばん消費者に刺さるのか、そのポイントを素早く把握する必要があります。

 なにしろ自動車メーカーにとって、今回の新サービスを試行する時間的猶予は、それほど十分ではありません。2020年代には国内で1000万人規模のユーザー数を獲得しなければならないでしょう。そのようなゴールを目指す以上、高級車で開始する2019年のサービスはそれほどゆっくりとした実験サービスなどとは言ってはいられないのです。
鈴木 貴博 :経済評論家、百年コンサルティング代表

最終更新:11月9日(金)5時30分

東洋経済オンライン

 

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