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四畳半で始めた会社を一部上場に育てた社長が事業で心がけていること

10月12日(金)20時00分配信 LIMO

写真:LIMO [リーモ]
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写真:LIMO [リーモ]
ここ数年、全国で新設法人の件数が増加しています。しかし、日本では実に5割以上の会社が、起業後1年以内に倒産もしくは解散に追い込まれ、5年間続く会社はたった1割ほどというのが現状です。

存続していける会社と、残念ながら消えてしまう会社。その違いはなんなのでしょうか?  起業から8年という、製造業としては異例の速さで東証マザーズ上場を果たし、2017年に東証一部へと市場変更。先日、『四畳半から東証一部上場へ』を上梓した、株式会社インターアクション代表取締役・木地英雄氏のエピソードをご紹介します。

バブル崩壊直後、不景気の中での起業

現在ではスマートフォン用カメラなどイメージセンサー向けの光源装置で世界トップシェアを誇っているインターアクションですが、光学機器の企業から独立した木地氏が同社を立ち上げた時期は、バブル崩壊直後、景気のどん底でした。

会社が軌道に乗るまでには時間がかかるだろうと予想されたため、妻の実家の別棟で、以前は書生に貸していたようなトタン屋根の造りで四畳半の部屋を小遣い程度の家賃で借り、スタートしました。備品はコピー機と製図台のみ。当然、クーラーもありません。夏は暑く、冬は凍えるほど冷え込む環境で、はじめは図面の細かな仕事を頼まれてこなしていました。

ただ、単価が低い仕事ばかりで、資本金はどんどんなくなっていく一方。営業も兼ねて、サラリーマン時代の最後の仕事先の担当者に挨拶に行ったときには、「実績を出してください」と、少し前まで一緒に仕事をしていた相手に言われて、「昨日できたばかりのような会社に向かって実績と言われても……」と愕然としたこともあったとか。

とはいえ、「これから経済がどうなるかわからないご時世に、大手企業である程度の立場にある人が軽々しく『仕事を出します』とは言えない状況であることは、考えてみれば当たり前かもしれない」と思ったそうです。

お金がどんどんなくなっていく恐怖

営業で海外と国内を一回りしても、仕事の話は何も出てきません。バブルが弾けて、特に大手企業は設備投資の予算をほとんど止めていたからです。開発系装置は設備投資の予算が頼りなので、打つ手がありません。「世の中がしーんとして、まるで太古の昔に帰ったような感覚を覚えた」と木地氏は話します。

そうしている間にも、資本金をどんどん食い尽くしていきます。この苦境のとき、頭をよぎったのは、現在の同社の企業理念である「カスタマーファースト」「クライアントファースト」に結びつく、ある考えでした。

それまでさまざまな企業を見ていると、つぶれる会社もあれば生き残る会社もある。この差は何か、突き詰めて考えると「人の役に立つかどうか」に行き当たったとのこと。人の役に立たないものは世の中から淘汰される。それは逆に、世の中に役立つものを提供できれば、世の中が生かしてくれるということでもあります。言葉を換えれば、需要に合わないものは消え去って、需要に合えばみんなの役に立ち、時代に迎え入れてもらえるということです。

破綻も覚悟しながら決めた「カスタマーファースト」

「世の中に必要とされれば必ず生き残る、必要なければ淘汰されるだけなんだ」と悟ったとき、木地氏は覚悟を決めました。

この境地に至ったのは、起業して半年くらいの頃。物事が動かず、進まず、先が見えない非常に苦しいときでしたが、自分の心のスタンスを決めたことで、挑戦と撤退について腹を括ることができたのだそうです。

「何より、世の中の役に立たない無用の長物を作ってしまうことは、自分自身にとって耐えられない。もし世の中に必要ないと判断されたらつぶそう、つぶしてくれと、その代わり、世の中に必要なら生かしてほしい」と祈ったといいます。

そのときから、「カスタマーファースト、クライアントファーストを考え、求められる需要に合うものを作り続けよう」と心に刻みました。

いつでも駆けつける覚悟

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結果的にこの決意から流れは変わり、不思議と大きな案件に縁ができてくるようになりました。これについて木地氏は「お客様から見える姿勢も変わったのかもしれない」と振り返っています。

会社が動き出し、開発で東京に行き、その足でアメリカのダラスへ直行便で向かい、戻ってきてすぐ韓国へ飛び、帰国は関西国際空港へ降りて関西の客先へ出向いたりしていました。そのときはひたすら「お客様に迷惑をかけてはいけない」という一念でした。

ある案件で装置を納入した後に、緊急でアメリカの会社から呼び出されたことがあります。納入した装置は、光を当てると反射した光を受け取った撮像装置が測定値を示すという構造で、その数値が正しいければ、装置が正しく設定されていることになるのですが、「装置が示す値がおかしい、壊れている」と連絡が入りました。

原因がわからなければ、現地に飛ぶしかありません。しかし、急遽ダラスまで行って確認したところ、30分もしないうちに原因が判明したそうです。実はメーカーの担当者が、光を当てる場所を間違えていただけだったのです。

光を正しい部分にフォーカスすれば正しく計測できるのですが、先方の担当者は違う部分にフォーカスしてしまっていた。はるばるダラスまで行ったものの、仕事は30分もたたずに済んでしまったわけです。

どうしてこんなことで呼ばれて行かなければいけないのかと思う向きもあるかもしれませんが、カスタマーファーストを考えると当然の行動でした。「作った側が行かなければ装置を正しく使うことができないのであれば、行って説明するしかありません。とにかくお客様がスムーズに装置を運用できることをめざして、日々動いていました」と木地氏は振り返ります。

開発を経て作ったものは、検査現場や製造現場ですぐに使われます。失敗は許されません。だから何か問題があれば、いつでもすぐ飛んでいかないと、先方での生産が止まってしまいます。それは「クライアントの損失」を意味します。自分たちの装置のせいで損失を招くことがないよう、フォロー体制は万全を期していると言います。

最後まで面倒を見る、責任を持つ

木地氏は事業を進める際、必ず心がけていることがあるそうです。それは「損得を含めて最後まで面倒を見る、責任を持つ」ということ。この姿勢を信用していただくからこそ、お客様に助けていただく。そんな局面がたくさんあったそうです。

「これを実践するためにはお客様とお会いして話をします。一人で会社を回していたときも、遠方のお客様のところに月1回は通って情報交換をしたり、こまめに顔を出すようにしていました。
誰も先々のことはわかりませんが、『良いときだけ付き合って、悪いときは付き合わない』というのは人間的な信用に関わります。そういった態度の差は作りたくない。だからいつでも、お客様のフォローは変わらずに行う。
カギは、相手の予想を超えた成果で応えること。相手がこちらに仕事を与えてくれたということは、打ち合わせをして信用して、任せようと決断してくれたということです。それに報いるために、対価以上の貢献をしようとしています」

こうした地道な対応の一つひとつが、信頼という宝物となっていったのだと、木地氏は実感しているそうです。同社の東証マザーズ上場の翌年には、折しも堀江貴文氏が率いるライブドアが同じマザーズに上場し、多くの話題を集めていました。そうした急激に伸びるIT・ウェブサービスの企業を横目に見ながらも、インターアクションはコツコツ地道に実績を積み上げていきました。そして同社は、その後、東証マザーズから東証二部を経て、2017年に東証一部への上場市場変更を果たしたのです。

■ 木地英雄(きじ・ひでお)
株式会社インターアクション 代表取締役会長 兼 社長。1952年12月生まれ。横浜高校を卒業後、1977年に若狭光学研究所に入社。1992年に株式会社インターアクションを設立。会社設立当時は横浜市金沢区にある妻の実家2階の四畳半の部屋で研究を重ねる。現在、同社はスマートフォンのカメラなどのイメージセンサー向け光源装置で世界トップシェアを誇り、2017年3月には東証一部上場を果たす。フィジー共和国名誉領事も務める。

木地氏の著書:
『四畳半から東証一部上場へ』
クロスメディア・パブリッシング

最終更新:10月12日(金)20時00分

LIMO

 

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