ここから本文です

大阪・昭和町「長屋街」が見事再生できた理由

7月22日(日)9時00分配信 東洋経済オンライン

登録有形文化財に指定された寺西家阿倍野長屋(筆者撮影)
拡大写真
登録有形文化財に指定された寺西家阿倍野長屋(筆者撮影)
 大阪市阿倍野区に昭和町というまちがある。大阪メトロ御堂筋線天王寺駅からひと駅、日本一の高さを誇るあべのハルカス近鉄ビルを近くに望む古いまちだ。

 その町名が示すとおり、ここは、大正から昭和にかけて大阪市の経済発展とともに、人口が急増したため、周辺の郡部を市に編入して市街化された。その時の町割りは、急増する住民を密度高く住まわせるために長屋を建築することを前提にした寸法で計画され、日本の中でも他に先駆けて土地区画整備事業が行われた。この時建てられた古い建物は、戦火の被害も少なかったことから現在もまちのいたる所に残されている。
 しかし、かつてこれほどの活気があった昭和町も、30年ほど前から大正・昭和時代に建てられた古い建物は老朽化し、少子高齢化で人口も減少していった。以前は何でもそろった商店街も空き店舗が目立ち、周辺エリアの空き家や空き地も増えていった。

 そんな衰退の途にあった昭和町界隈の再生に奔走するひとりの不動産屋さんがいる。このまちで祖父の代から続く、1924(大正13)年創業の丸順不動産3代目社長・小山隆輝さんだ。彼はまちに残された古い建物をリフォームし、そこに新たな住人と商いを誘致することで、昭和町に再び活気とまちの価値を創りだしている。そのノウハウは、今や全国の同業者やまちづくりにかかわる人から注目され、問い合わせや視察が後を絶たない。そんな小山さんの取り組みを追ってみた。
■きっかけは登録有形文化財となった古い長屋

 今から15年前の2003年。小山さんは地元昭和町の寺西家が所有する築70年の古い長屋が、文化的価値を認められて元通りに改修されると新聞で知る。早速、長屋を見に行った小山さんはそこで「こんな長屋が文化財になるんやったら、町中が文化財だらけや」と思った。地元の住人にとっては古い長屋など見慣れた風景だが、地域の外から見れば新鮮で価値があるのなら、古い長屋が地域の活性化につながるのではと閃いた。
 寺西家阿倍野長屋は外観を改修した時点で早くも話題となり、テナントは労せずに埋まった。そして同年、寺西家阿倍野長屋は、長屋としては日本初の登録有形文化財に指定された。

 この見慣れた地元昭和町の再生された古い長屋との出会いが、この後、小山さんが地元に点在する古い建物を活かしてまちを再生していく起点となったのである。

 寺西家阿倍野長屋オープンの後、小山さんは「数十年も借りていた人が住まなくなったので、持っている長屋を他の人に貸したい」と家主から相談を受けた。大正14年(1925年)に建てられた建物で内風呂もない。借家として再活用するには大規模な改修が必要で、家主の投資リスクも大きくなる。
 相談の結果、借家ではなく貸店舗として活用することになった。だが、寺西家のような文化財でも外見がきれいなわけでもない。テナントを募集しても良い借り主は見込めないだろう。小山さんは考えた結果、一般的な「テナント募集」という看板ではなく、「長屋で素敵なお店づくりをしませんか」とキャッチコピーの入った看板を現地に掲示した。

 それでも古い長屋を現状のまま店舗として貸し出す事自体が理解されず、時間だけが過ぎていった。そこで小山さんは家主が大きな投資をしないかわりに、家賃を近隣の相場よりかなり低く設定。3年間の定期借家契約で期限を切って店の経営状況などを見ながら家賃をコントロールしていく契約法を提案した。
 事業のスタートアップが楽になるこの手法は、テナントサイドにも共感してもらい、無事契約が成立。2005年「金魚カフェ」がオープンした。もっとも店は開店したものの、当時はまだ今ほど知名度がない昭和町に簡単にお客は来ない。次に小山さんは、ブログやTwitterなどのソーシャルネットワーク(SNS)を使って、店を紹介するなどテナントの集客をサポートした。

 この金魚カフェは、テナント募集から改装、店のオープンまで、小山さんにとって初めて自分ひとりで取り組んだ物件となり、今のノウハウの礎がここででき上がった。
■DIYセルフ工事により戸建住宅を再生

 金魚カフェの完成後、積極的にSNSで情報を発信していると、「長屋を借りたい」という問い合わせが少しずつ増えてきた。ある日、若者4人が「古い長屋で営業したいが、人気の他エリアはすでに家賃が高過ぎて借りられない。どんなに汚くても自分たちできれいにするから、自由に改装工事ができる物件はないか」と聞いてきた。

 小山さんにはボロボロの物件にひとつ心当たりがあった。4軒長屋の1軒が10年も空き家になっていたのだ。早速家主と交渉した。家賃は周辺の相場だが、自由に改装してもよいという条件で契約を締結。そこから4人のDIYが始まり、その間彼らが発信した工事の様子や完成後のカフェと家具の店の様子がSNSで発信されるとこれが大きな反響を呼んだ。この後小山さんの会社には「長屋で店をしたい」「物件はないか?」の問い合わせが殺到することとなる。
 2010年頃になると昭和町エリアは、徐々に古い長屋とお洒落な店があるまちとして認知されてきた。小山さんも金魚カフェを皮切りに継続的に長屋の店づくりかかわっていった。まちの不動産屋さんとして単に物件の仲介をするのではなく、不動産のさまざまな手法を工夫しながら家主とテナントをマッチングさせて双方が納得する魅力的な店を誘致していった。

 「手作りの器と暮らしの雑貨」の店の場合は、借り主の希望を聞きながら家主が内装工事をし、費用の負担区分を相談しながら進めていくという条件で契約が成立した。内装のオーダーメード賃貸という手法をはじめて試みた。
■エリア価値を高めるためにやったこと

 この頃になると、家主の理解も高まり、持っている古い借家のリノベーションに理解を示してくれるようになる。一方で、家主や長屋のテナントの人達が集まってイベントを開催したり、長屋だけでなく、周辺のお店や個人的なつながりのある店や人々が共同でイベントを開催したりと、まちは賑わいをとりもどしてきた。積極的な情報発信で、イベントには遠方からも大勢の人達がやって来るようになり、今や昭和町といえば大阪市内の人気エリアのひとつとなっている。
 しかし小山さんの目的は、古い建物をきれいにして再活用することだけではない。まちの再生に大切なのは、不動産だけでなく「地域の価値向上」が必要だと訴えている。

 小山さんの言う地域の価値とは、今住んでいる人が地域に豊かさを感じ、住み続けたいと思うこと。空き室を埋めるより、今住んでいる人がまちから出て行きたく無いと思える魅力があること。そして、新しい人が、このまちを選んで住んでくれることだ。

 今日本中で問題となっている空き家を不動産単体の問題でなく、まちやエリアの問題として捉えると、そのエリアの価値を向上させなければ根本的な問題の解決にはならない。空き家の所有者に寄り添い一緒に解決法を考え、専門知識と経験を生かして不動産を市場で流動できるようにする。これがまちの不動産屋の仕事であると小山さんは主張する。
 「地域の価値をあげるには、単に家だけを整備すればいいのではない。地域に豊かさをもたらす“良き商い”を創出することが必要である」。これも小山さんの課題だった。

 メトロ昭和町駅前に建つ、1958(昭和33)年建築のビルは、1階に大手ドーナツ店が入ってはいるものの、2階から3階は3~4坪程度の12の小部屋で構成された特殊な建物だった。家主から賃貸の相談を受けたが、事務所として貸すのには狭すぎる。お世辞にもきれいと言えないビルをどうしたらよいものか悩んだ結果、まちづくりコンサルタントと組んで、このビルを使ってもらう入居者のコンセプトを考えた。
 入居者は「起業する女性」「自分の城を持ちたい主婦」に限定した。子育てと家事で多忙な合間をぬって手作り作品やお菓子作りなどのワークショプを開催する主婦など小さなお店をしたいと思っている女性が作業できる場所とした。家賃は2万円から2万5000円ほどに設定し、備品を持って来るだけで開業できる状態にした。

 募集はインターネットによる拡散のみ。女性の間で一気に広がり、次々と問い合わせがきた。興味を持って見に来る人達には物件だけでなく、昭和町を案内した。昭和町というまちの思いを受け止めてくれる人だけを選んでもテナントは数カ月で満室になった。入居者同士のテナント会も設立され、ここ昭南ビルに新しいコミュニティが生まれた。
■新旧の商いを守り育てるbuy-local活動

 小山さんが「良き商い」を創出するための取り組みの中で、忘れてはならないのが、2013年4月から始まったbuy-local活動である。住民と良質な商いをする店との縁結び、それがbuy-local活動だ。昔からの店と最近開業した若い店がともにイベントに参加してもらい、それをサポートする。詳細な店情報を掲載したマップ付きの小冊子を作成して配布する。SNSでも広くPRする。ネットが活用できていない店があればフォローするなど、ひとつひとつの店のサポートを怠らない。
 そういえば、このまちにはスターバックスなどの大手FCの店は見当たらない。あるのは長屋の軒に並ぶ小さくて可愛い店で、それがこのまちの風景だ。まちを歩くとまるで映画『三丁目の夕日』のシーンのようでどこか懐かしい。大阪市内や京都などでも古民家を再利用した店舗が人気ではあるが、いずれも個々の商業的な取り組みである。

 一方、小山さんが手がける昭和町界隈のケースは、古い建物を活用することで、そこに住む人達の生活や商いがひとつとなって衰退していたまち全体の価値を向上させていくという取り組みである。そのためには、まちを知り尽くした「まちの不動産屋さん」の役割は大きい。この日も小山さんは、炎天下で改装中の店舗付住宅を見に来た女性を案内し、進捗状況を建築家の人と共に説明していた。彼女は「漢方茶の店とマッサージの店をひとりでやりたい」とうれしそうに夢を語っていた。
 小山さんが自転車で走っていると、まちのそこかしこから声がかかる。仲介した人々の家にもまるで身内のように誘われる。家主さんの相談に乗り、借主さんに説明したり、勉強会に参加したり、昭和町の事例を講演したりと、忙しく奔走している。昭和町のまちの不動産屋さんの昭和町の再生の原動力は、祖父の代から3代にわたって育まれてきた揺るぎない地元愛なのだ。
北田 明子 :ライター

最終更新:7月22日(日)9時00分

東洋経済オンライン

 

【あわせて読みたい】

Yahoo!ファイナンス 特集

注目のニュースキーワード

平均年収ランキング

ヘッドライン