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「熱海-黒磯270km」を走る長距離列車の全貌

7月21日(土)15時00分配信 東洋経済オンライン

熱海を出て箱根の山が立ち上がる真鶴岬の根元を行く黒磯行き1586E(写真:杉山 慧)
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熱海を出て箱根の山が立ち上がる真鶴岬の根元を行く黒磯行き1586E(写真:杉山 慧)
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2018年9月号「熱海・黒磯270キロ」を再構成した記事を掲載します。

 2015年に誕生した上野東京ライン。湘南新宿ラインに次いで東海道線と宇都宮線・高崎線を結び、東京のJR南北系統の路線はダイナミックに変貌した。このルートに静岡県に踏み入れた熱海から関東地方北端に位置する黒磯まで267.9kmを5時間弱で走る長距離普通列車が生まれた。グリーン車付きで大半の区間を15両編成で走る1586Eに乗った。
■熱海駅は温泉客ラッシュ

 午前11時の熱海駅は、平日というのに駅頭の足湯から改札口まで、ごった返していた。ちょうど、温泉旅館やホテルをチェックアウトして帰路に就こうという人々が集まる時間なのだ。街の中心街に面した駅ビルは2010年から工事に入って建て替えられ、2016年11月に生まれ変わった。足湯は大きくなり残されたが、噴水は消え、熱海軽便鉄道の豆機関車は場所が移された。そのぶん駅前広場が余裕あるスペースになっている。バスとタクシーも脇の2層ロータリーにまとめられた。温泉地、熱海は元気である。
 熱海11時32分発黒磯行き1586E。東海道線と宇都宮線(東北本線)を直通して熱海から黒磯までの距離は267.9km。上野東京ラインの中でも宇都宮を越えてこの最長距離を運転する列車は数少なく、北行の黒磯行きが平日・土休日とも2本、南行の熱海行きは土休日に1本だけである。日中を走るのはこの1586Eのみで、北行のもう1本、1644Eは夜、深夜に向けてであり、土休日の熱海行き1545Eは黒磯発が朝6時台である。
 1586Eは、11時06分に宇都宮線小金井発の1541Eで到着し、隣の来宮駅電留線まで回送で引き上げて折り返してくる。到着の場面で確かめておいたところ、来宮方のグリーン車込み基本編成の1010号車がE231系U535編成、東京方付属編成の11015号車がE233系U229編成だった。宇都宮線小金井駅に隣接する、JR東日本大宮支社小山車両センターに所属する。

 「スーパービュー踊り子2号」を追って来宮から回送される1586Eは、発車2分前に入線した。そのころにはホームに列が長く延び、ドアが開くやラッシュ時の始発駅さながら、一瞬にして座席が埋まった。それはそうだ。温泉帰りで、少なくとも大船、横浜あたりまでは乗車するだろうから、着席は必須。グリーン車も満席に届きそうな勢いだ。
 乗車したのは10号車。E233系ならば基本編成の両端各2両、1・2・9・10号車がボックスシートを備えたセミクロスシート車だが、E231系基本編成では1・2号車だけ。ちなみに付属編成は両系列とも黒磯方の14・15号車で同じである。

 純粋に旅行を楽しむならボックス席を選んだが、列車内外の様子を観察するならば前後端は適切と言えないので、中ほどに乗った。ゆえにロングシートで、日ごろなじみの中央総武緩行線と変わりない。ただ、通勤電車と違ったのは、乗客の大多数がシニアおよび女性で占められていたこと。4人、5人、6人となれば、かしましい。
 熱海は静岡県だが1駅目の湯河原から神奈川県。箱根の山地が相模湾に落ち込む急峻な地形から、トンネルや高い橋梁が断続する。湯河原、真鶴からも観光客が乗り込む。根府川では眼前に迫るほどの海原を見下ろす。東海道線もこの付近は観光気分を高揚させる要素に事欠かない。

■小田原で乗客の多くが下車

 湘南新宿ライン特別快速高崎行きの案内があったのは小田原で、そこで最初の大きな動きがあった。その特別快速よりも小田急線への乗り換えが多そうで、人々の会話からは小田原市内や箱根湯本で昼時を過ごす人も多いらしい。空席が生まれるほど空き、普段着の姿となった。
 分岐する御殿場線高架をくぐると国府津に到着。小山車両センターとともに上野東京ライン、湘南新宿ラインの車両を預かる車両基地、国府津車両センターの最寄り駅である。ただし基地は御殿場線の沿線に広がっており、東海道線電車から見える位置ではない。運転上の要衝駅なので乗務員基地も置かれ、運転士、車掌とも交代した。

 平塚で4分ほど停車し、小田原で案内があった湘南新宿ライン4826Y、特別快速小田原発高崎行きに道を譲った。藤沢、大船と横浜に近づくにつれ、車内はビジネスマンが増えてきて、荷物を持った温泉客は静かに目を閉じ、人々の中に埋もれた。戸塚では、大船から複々線として並行する横須賀線列車と相互接続を図り、同時発車する。
 外回り中の男女ビジネス客、買い物、リクルートスーツ姿の若者等、都会の日常的な混雑を呈して、横浜から品川へ。途中の鶴見付近で湘南新宿ラインと袂(たもと)を分かつ。

 13時09分、改良工事が続く品川駅に到着する。品川は上野東京ラインの1つの核心だ。品川を出ると右側は整然とした車両基地、左は広大な工事現場が広がる。かつての品川車両基地跡地が、東京都心に残された最後の超一等地として「グローバルゲートウェイ品川」のコンセプトの下で再開発中である。
 古い車両基地を縮小整理し、生まれた土地に国際的な街をつくる。山手・京浜東北線の田町―品川間には東京オリンピック・パラリンピックの2020年に新駅が開業し、未来都市が街びらきとなる。一方から見れば、その再開発のために都心の車両基地が縮小され、その車両基地を最小限でしか必要としない運転形態に変えるため、新たな直通系統として上野東京ラインを作った。品川開発と上野東京ラインは表裏一体の関係にある。上野から常磐線も品川まで乗り入れており、都心のビル街に姿を映すE657系特急「ひたち」「ときわ」も定着した光景となった。
■東京駅停車はわずか1分

 東京到着は13時18分。熱海から1時間46分である。いまやすっかり中間駅の態で、東京駅で折り返す東海道線列車は特急とライナー、そして普通列車は早朝・深夜だけになった。しかし、東海道線としての乗客の動向は変わることなく、ビジネス客がごっそり下車した。

 その一方、上野とつながったことで、山手・京浜東北線に乗り換えて都心と往来していた宇都宮線、高崎線、常磐線の乗客を上野東京ラインが引き受けることになり、すきはしたものの新たな乗客が加わった。乗務員も交替し1分だけの停車時間で上野東京ラインの上野東京ラインたる区間に踏み出した。
 東北新幹線の高架の上に上がり、下りると秋葉原の電留線や上野駅進入ルートの複雑な分岐の関係から山手線よりもゆっくりと進み、上野へ到着した。運転士はまた交代したが、車内放送は同じ声で続いている。

 列車がスルー運転する高架ホームにいては見過ごしてしまうが、上野駅は上野東京ラインの開業により地平ホームの様子が激変した。常磐線特急も品川直通で高架ホームに移った結果、往時の活況が幻に感じるほど閑散とした。昼間は宇都宮線、高崎線の上野折り返しで1時間に1本ずつが発着する程度で、本数が増える朝晩も利用者の多くは直通電車を志向するので、地平ホーム利用が理にかなう人は上野・御徒町周辺や地下鉄からの利用者に偏っているのではないか。
 「上野東京ライン」とも「宇都宮線直通」とも言わなくなった放送を聞いて宇都宮線に踏み出すと、次は尾久。駅自体は極めて地味だが、東京の北の玄関としての上野駅に出入りした幾多の列車の車両基地がある。ちょうど品川に対峙する存在で、電気機関車の田端運転所以外は車両の所属区としての使命は終えたが、清掃整備や仕業検査を伴う折り返しや電留線の機能として存在している。朝の通勤輸送を担った編成が入庫して、夕方の出区を待っていた。
 京浜東北線をくぐった王子駅手前で、新宿、池袋を経由して山手貨物線から東北貨物線へとたどってきた湘南新宿ラインの列車と再び並んだ。列車番号の表示を注視すると平塚で接続した高崎行き特別快速の4826Yであった。時刻は熱海からちょうど2時間を経たころで、こちらがわずかに先行して赤羽に到着。以後もややリードして浦和へと進んだが、ホームは別のため接続はしない。次に、貨物ヤード跡に東京都心から官庁機能の一部が移転して誕生したビル街のさいたま新都心に停車していると、東北貨物線上には旅客ホームがないため、4826Yが構内で待避しているタンク貨車の脇を一気に駆け抜けた。
■熱海から3時間

 大宮もそれぞれ別のホームに到着し、やはり相互に乗り換えられるほどの停車時分はないまま、同時発車した。そして一瞬、双方の列車は1mあるかないかの間隔で並んだ後、高崎線と宇都宮線で八の字に離れた。

 午後の間延びした時間、もはや変哲のない複線を北上する。やがて窓外の風景も畑地交じりの郊外住宅地となり、都会の風景でもなければ特段の景勝地でもない。歯抜けのロングシートに座っているのは、車両にもよるだろうがビジネス用務の男性客ばかりになり、乗客層はさらに変化、割合としては普段着の高齢者が増えてきた。
 栗橋までが埼玉県で、利根川を渡った古河は1駅のみ茨城県をかすめる。ワイシャツ姿の男性らが三々五々下車したが、リュックサックの姿からは周辺の工業団地が目的地かと察せられる。車窓にメーカーの工場を見た。

 その次の野木から栃木県に入る。14時33分なので、熱海からまるまる3時間を経たことになる。この間、余裕をもった停車時間があったのは湘南新宿ライン特別快速を待ち合わせた平塚だけで、その場はまだ息抜きを求めるほどの時間経過でもなかった。だが、それからは2時間以上、主要駅でもせいぜい1分という短い停車だけをひたすら繰り返しているので、いささか一息つきたい思いに駆られる。
 グリーン車ならばアテンダントが車内巡回の折にバスケットを携え飲料等を販売しているので、時間に余裕がある乗客はあえて新幹線を選ばず、ゆったりした時間を有効活用する例も多いと聞く。しかし普通車では……。

 そうした思いの中で到着したのが、小山の次、小山車両センターを擁する小金井である。15両編成であった列車はここで前5両の付属編成を切り離し、10両編成となる。

 6分停車の間に切り離し作業を行い、前方のE233系5両は車両基地へ回送される。4回目の交代となる運転士が基本編成運転台で準備を進め、その間、前の車両に乗っていたいくらかの乗客が後方の基本編成に乗り移る。この小金井到着からはドアが半自動扱いとなり、乗客自らのボタン操作となっている。そのため幾度も重ねて開閉する。
■広がる田園風景

 久々に人のにぎわいに触れる宇都宮到着は15時16分。ここで列車は9分停車し、宇都宮―黒磯間のローカル列車に性格を改める。ホームの人々は学生が多かったが、黒磯行きよりも、後の湘南新宿ライン逗子行きを待つ様子だった。

 運転士は5回目、車掌は4回目の交代をして、15時25分に発車。熱海から4時間を超えた宝積寺で烏山線が離れ、気づけば、「緑の絨毯」と言うにふさわしい田園風景が広がっていた。湘南の海原以来の遮るものがない光景である。
 車内は帰宅の高校生が増えており、駅ごとに下車してゆくと思うと、矢板でまたぱらぱらと乗ってくる。後部のクロスシート車2両は、友人同士の会話が聞こえてくるのんびりした雰囲気となり、西那須野から那須塩原へ。そして最後部の1号車では、運転室寄りの1区画を「荷物室」と記したテント布で仕切り、新聞輸送を行っていた。宇都宮で積まれた一般紙夕刊とスポーツ紙で、駅ごとに販売店の店員が待ち受け、ドア前に並べた束を引き取ってゆく。
 満員の温泉観光客でスタートした上野東京ライン1586Eは、各区間の役割を果たしながら幾度も雰囲気を変え、最後は荷物輸送も行いながら各車数人の乗客とともに、黒磯に到着した。時刻は16時17分で、季節が季節ならば夕方の時間帯である。熱海から267.9km、所要時間は4時間45分。途中の停車駅数は52駅である。

 行先表示は「通勤快速上野」へと切り替えられ、22分後の3552Mとして折り返す。1586Eと接続した下り新白河行きはE531系3000代5両編成だったが、3552Mに接続する列車で入ってきたのはキハ110系気動車2両編成だった。交直の電源を切り替えていた黒磯駅構内は今や全体が直流電化され、もはや交流電車の姿は見なくなった。その変化を見て自動改札機を通ると、Suicaからの引き落とし額が「4750円」と表示された。
鉄道ジャーナル編集部

最終更新:7月25日(水)11時09分

東洋経済オンライン

 

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