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「赤字」を誤解する政策で経済は不安定化する

7月16日(月)10時00分配信 東洋経済オンライン

ナスダックは過去最高値を更新したが、日本の株式市場はなお今一つ。米国が「貿易赤字削減」にこだわると、どうなるのか(写真:ロイター)
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ナスダックは過去最高値を更新したが、日本の株式市場はなお今一つ。米国が「貿易赤字削減」にこだわると、どうなるのか(写真:ロイター)
 6月半ばから日本の株式市場が調整しているのは、米国の通商政策がより強硬化したことが主因だった。中国からの2000億ドル相当の輸入品に対して関税10%引き上げが指示され、また自動車の関税引き上げの姿勢を強めたことなどが、市場心理を冷え込ませた。7月6日に、リストが公表されていた米国からの340億ドル規模の関税引き上げが実現、中国も想定どおりに報復関税引き上げを実現させている。

■米国の「貿易赤字削減強硬策」は妥当なのか? 
 市場は「340億ドルの関税引き上げは織り込み済み」として、悪材料とは捕らえなかった。7月初旬に欧州が、米国が関税引下げを要求している自動車について、米国と交渉を始める動きがみられていた。米国の強硬な態度が和らぐとの期待からか、株価はいったん反発。その後、7月10日に対中2000億ドル規模の輸入の関税リストが発表された。13日は中国の貿易統計などを好感したものの、市場心理はなお温まってはいない。

 いずれにせよ、2018年3月以降の株式市場は、貿易戦争に対する思惑で揺れ動いている。米国のナスダック市場は最高値を更新したが、この不確実性が薄れないと、他の多くの株式市場は年初の高値まで上昇することが難しいかもしれない。なお、当社(アライアンス・バーンスタイン)では、これまで実現した米国などによる関税引き上げは、個別企業に影響は及ぶが、経済全体に及ぼす影響は限定的と判断している。2018年前半まで、世界経済全体は底堅い高成長が続いているが、現状では2019年までほぼ同様の高成長が続くと想定している。
 ところで、トランプ政権の関税引き上げなどの強硬な通商政策について、関税の対象範囲が自動車にまで拡大するまで強まったことは、筆者にとっては想定外であった。こうした、トランプ政権の強硬な通商政策は、ドナルド・トランプ大統領がリーダーシップをとり、また政治的にアピールしやすい安全保障や外交政策が重視され、その交渉材料として使われている側面があるとされている。

 一方、トランプ大統領や経済ブレーンの発言などを踏まえると、中国などに対しての貿易赤字を減らすことが、米国経済に恩恵をもたらすという考えも影響している可能性もありえる。
 しかし、ベーシックな経済学の視点では、貿易赤字によって米国のような大国が経済的な損失を被っている、というのは妥当とは言えないだろう。

 というのも、貿易活動を広げることによって輸出入規模をともに増やすことを通じて、これまで米国の国民の経済厚生が高まってきたからだ。そして、貿易収支など対外バランスは、自国の経済活動(投資と貯蓄のバランス)によってほぼ決まる。このため、米国が、拡大した貿易赤字を減らすことを目標に掲げても、それは自国の経済成長率低下によって実現するケースが多くなる。
 つまり、貿易赤字削減にこだわる政策が続けば、自国経済を不安定化させ、成長率を引き下げるリスクを抱える。また、関税引き上げによるインフレショックが加われば、2%近傍のインフレ安定を達成しつつあるFRB(米連邦準備制度理事会)による金融政策の運営を今後困難にする可能性もある。しかも、米国では拡張的な財政政策を行っており、自然体で貿易赤字が拡大する。

■経済全体の成長率に妥当な政策運営ができるか

 このように、経済全体の一部分(対外部門)である貿易収支などに、必要以上にこだわる経済政策は妥当とは言い難く、成功する可能性は高くない。今後米国が貿易赤字削減にこだわり関税引き上げを続けることを、筆者はメインシナリオとはしていないが、関税引き上げの悪影響が米国に跳ね返り、経済成長率の押し下げるリスクシナリオも想定できるだろう。
 また、今の米国のように、貿易収支という経済の一部門の赤字を是正する対応が成功する可能性は低いが、これと同様に経済の一部門である政府部門の財政収支の是正にこだわりすぎるとその政策も、同じように成功しない場合がある。経済の一部門である政府部門の財政赤字を「不健全」とみなして、経済情勢を踏まえず財政赤字削減に注力し過ぎると、それが緊縮政策として経済全体にとって悪影響をもたらす、ことが起こりうる(その結果、財政赤字がかえって増えることもある)。
 例えば、2012年まで債務危機に直面した欧州諸国では、債務危機収束のために周縁各国が大規模な緊縮財政を強いられてきた。その後、2012年央からのECB(欧州中央銀行)の金融緩和強化策が大きかったが、同時に緊縮財政が和らいだことも手伝い、危機が収束しその後欧州経済は何とか立ち直った。

 また、日本についても、2014年の消費増税後の失敗を踏まえて、財政健全化の優先順位が低くなり、デフレ脱却に主眼を置いた経済政策運営にシフトしたことが、2016年以降、日本の経済成長率が持ち直す要因になった。
 これらのケースは、経済の一部門の「収支」や「赤字」を問題視することなく、経済全体の成長率にとって妥当な政策運営に徹することが重要であることを示唆する。「赤字」を過度に問題視しない政策が、経済成長を高めそれが金融市場にもポジティブに作用するのは、いずれの国においても変わらないと思われる。
村上 尚己 : マーケット・ストラテジスト

最終更新:7月16日(月)10時00分

東洋経済オンライン

 

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