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日本人「量子」研究者が挑む“組み合わせ最適化”という難問

7月12日(木)6時00分配信 ダイヤモンド・オンライン

田中 宗 早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構主任研究員(研究院准教授) Photo by Yoshihisa Wada
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田中 宗 早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構主任研究員(研究院准教授) Photo by Yoshihisa Wada
 田中宗が夢を懸けるのは、量子アニーリングの活用研究である。米グーグル、NASA(米航空宇宙局)などが実現に力を注ぐ革新的な領域だ。田中はこの分野で企業から引っ張りだこの若手研究者である。

 量子アニーリングとは、量子の性質を利用し、組み合わせ最適化問題を高速、高精度で解こうという計算技術だ。

 いわゆる量子コンピューターとは違って、最適化問題に特化する。膨大な選択肢の中からベストなものを探し出すのに、大きな力を発揮すると期待されている。

 組み合わせ最適化問題として知られているものに、「巡回セールスマン問題」がある。

 セールスマンが全ての訪問先に足を運ぼうというとき、時間や交通費などのコストが最も低くなる巡回ルートはどれか。訪問先が5カ所ならルートは12通り、10カ所なら20万通り、20カ所では6京通り、30カ所になると2000兆×2000兆通りと、選択肢がまさに爆発的に増えてしまう。

 この厄介な組み合わせ最適化問題に対する取り組みは、これまで専ら情報科学分野で行われてきた。物理学分野を基礎とする量子アニーリングの登場で、新たな挑戦が始まっている。

 世の中にはこうした組み合わせ最適化問題が、企業活動や日常生活のさまざまなところに潜む。ビッグデータ、IoTの浸透でなおさらだ。量子アニーリングに熱い視線が注がれるゆえんである。
● 図らずも論文テーマとなった 機械学習と量子アニーリング

 この量子アニーリングを初めて提唱したのは、東京工業大学の西森秀稔教授と門脇正史博士だった。日本発の技術だ。1998年のことである。

 田中は東京工業大学に在学中、この西森研究室に籍を置いている。だが、このときは量子アニーリングには縁がなく、関心は別なところにあった。東京大学の博士課程でも、この領域の研究をメーンに据えてはいなかった。

 ところが、学位審査を終えて時間に余裕が生まれた中で、機械学習を研究していた友人と再会。「機械学習には量子アニーリングが使えそうで、面白そうだ」と話が盛り上がり、ひょんなことから研究のコラボレーションが始まった。

 これが翌2009年に、「量子アニーリングの機械学習への活用」をテーマとした友人との共同論文として実を結んだ。まだ機械学習という言葉がほとんど知られていなかった時代である。

 田中の顔の広さや人懐こさ、面白そうなテーマに飛び付くフットワークの軽さが“思わぬ収穫”をもたらした。

 実は、09年には、グーグルが当時まだ商用化されていなかった量子アニーリングマシンのD-Waveを念頭に置いた「機械学習の方法」を提案した論文を発表し、後に大きな注目を集めることになる。この論文には、くだんの田中たちの論文が引用されている。

● 企業とのコラボレーションで 発展途上の技術を磨いていく

 量子アニーリングマシンは世に出て、まだ10年もたっていない。カナダのベンチャー、D-Wave Systemsが11年に世界初の商用マシンを世に出し、その後、ほぼ2年サイクルのハードウエアの更新ごとに、量子ビットの個数は倍々ゲームで増えている。

 こうしたハードの進化はあるものの、量子アニーリングはまだ、確実に役に立つと言い切れる段階には至っていない。
 「この技術がダイヤの原石かもしれないし、そうでないかもしれない。これから役に立ち、光り輝くよう磨き上げていきたい」

 田中が実感するのは、“発展途上”の技術に関わる楽しさだ。

 量子アニーリングが使える技術として世に広まるためには、ハードウエアの開発、ソフトウエアの開発、そして効果的なアプリケーション探索の3側面の開発がどれも欠かせない。三つの連携なしには前へ進んでいかない。

 田中がそのための突破口と位置付けるのが、企業との共同研究だ。「コラボレーション」が鍵を握る。企業は実際にこういうところで困っている、こういう問題が解けたらいい、と知恵を集めることが、量子アニーリングに磨きをかけるのである。

 15年にはリクルートコミュニケーションズとデータ分析手法、精度の高い広告配信の共同研究をスタート。自動車の経路探索と工場のIoT化などをテーマとしてデンソーと、また対話をはじめとしたコミュニケーション分野で人工知能ベンチャーのネクストリーマーなどとも共同研究を始めている。

 ハード面では、富士通研究所と量子アニーリングと似通ったデジタルアニーラーに関する共同研究を進めており、日立製作所とはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)プロジェクトで手を組む。ソフト面でも高速化支援のフィックスターズと共に取り組んでいる。

 田中は「数年後には、量子アニーリングマシンを使った応用事例を実現させたい」と前を見据える。

 それにはより一層のハードの進化、量子アニーリングマシンを補う周辺技術とのマッチングなどの難関が立ちはだかっている。

 量子アニーリングの基礎になっているのは、「イジングモデル」と呼ばれる統計力学モデルだ。田中は、企業が抱える組み合わせ最適化問題をこのイジングモデルで表現する数理的な手続きのノウハウにたけている。

 だが、量子アニーリングを世に広めるには、個人の力では及ばない。「これからも企業の人たちと一緒にやっていきたい」と語るように、さまざまなシーンで活用される具体例を、企業と共につくり出していくしかない。

 企業と共に考え、悩み、知恵を出し合っていく。田中の夢がかなう日は、田中自身を“ハブ”としたコラボレーションの先にある。(敬称略)

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 小栗正嗣)

 【開発メモ】量子アニーリング
 巡回セールスマン問題、物流の経路探索といった組み合わせ最適化問題は、イジングモデル(左写真)で表現し、それを量子アニーリングマシンの量子ビットに埋め込んで、量子アニーリングを行い、解答を得る。右写真はD-Waveが開発した量子アニーリングマシンの1152量子ビットのチップ。マシン内部は絶対零度に近い温度に管理されている。
週刊ダイヤモンド編集部

最終更新:7月12日(木)6時00分

ダイヤモンド・オンライン

 

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