ここから本文です

伊達政宗ゆかりの北限のお茶に、「日本茶文化の未来」を見つけた

6月24日(日)10時40分配信 THE PAGE

北上川を見下ろす山の上にある鹿島茶園。大切に育てられた美しい茶畑の畝が続く。現園主の佐々木浩さんの祖父が、伊達政宗以来の桃生茶を復興させた
拡大写真
北上川を見下ろす山の上にある鹿島茶園。大切に育てられた美しい茶畑の畝が続く。現園主の佐々木浩さんの祖父が、伊達政宗以来の桃生茶を復興させた
 JR東日本が運行する周遊型臨時クルーズトレイン「トランスイート四季島」で使われているという緑茶を飲んだときのこと。「これだ!」…心の底から清水のように湧きあがる喜びを感じた。これぞまさに、求めていた理想の煎茶だ。こんな感動を味わったのは、久しぶりのことだった。

 最近どうも、お茶に関して奇妙な体験ばかりしてきたからかもしれない。自分より少し年若い40代前半の女友達の自宅に遊びに行ったとき、出されたお茶が衝撃的だった。ペットボトルの緑茶(ホット用ではない)をミルクポットに注ぎ、温めたものだったのだ。育ちのいい彼女のこと、おもてなしには緑茶という概念は確かにあるのだろう。しかし、味にはこだわらないというか、なんというか……。これが今の日本のお茶文化の一端なのだなと、そこはかとない不安に駆られてしまった。

 そんな不安を払しょくしてくれたのが、先述の「四季島」のお茶だった。味わい深いのに、軽やか。お茶ならではの滋味深い渋みと甘みのバランス。煎じたてのような芳醇な香り。このお茶を、あの友達にも飲ませてあげたい……。この理想のお茶を作っているのは、どんな人なのだろう。そんな興味に突き動かされ、宮城県の塩竃(しおがま)を訪れた。

宮城県下唯一の茶畑で生まれる北限のお茶

茶匠 矢部園の店主矢部亨さん
拡大写真
茶匠 矢部園の店主矢部亨さん
 古来の東北鎮護の大社、志波彦神社・鹽竈(しおがま)神社の門前町に店を構える茶匠矢部園。「四季島」に4種類のお茶を提供しているこの茶舗の主、矢部亨さん(50)にお茶を淹れて頂きながら、話を伺った。

 矢部家はもともと、静岡県の相良出身。矢部さんの祖父が縁あって塩竃に入り、郷里相良の茶を80年ほど前から売り始めた。以来、今日に至るまで相良のお茶農家たちとの付き合いは続いている。創業300年の問屋も、農家も、茶舗(矢部園)も、付き合いが始まって以来、それぞれ技術を継承しながら揃って三代目だという。
北限のお茶『伊達茶』には煎茶と玄米茶がある。お湯で淹れるのも美味しいが、氷水で茶の甘みをじっくりと抽出した冷茶の旨さも抜群。玄米茶にはかぐや姫という品種を全国で唯一栽培する東松島の生産農家木村さんの作る米を使用。震災で田畑をほとんど失った木村さんだが、今は代用地で最高品質の米作りをしている
拡大写真
北限のお茶『伊達茶』には煎茶と玄米茶がある。お湯で淹れるのも美味しいが、氷水で茶の甘みをじっくりと抽出した冷茶の旨さも抜群。玄米茶にはかぐや姫という品種を全国で唯一栽培する東松島の生産農家木村さんの作る米を使用。震災で田畑をほとんど失った木村さんだが、今は代用地で最高品質の米作りをしている
 そんな矢部園の看板商品のひとつが「伊達茶」。「四季島」に提供している4種のお茶の中には、ほかに「伊達茶 玄米茶」がある。「伊達茶」はその名の通り、仙台を中心とした伊達家のお膝元のお茶であり、長い付き合いのある相良のお茶ではない。

 あまり知られていないが、実は仙台は銘茶のふる里だ。400余年前、茶人大名としても名を馳せた仙台藩祖・伊達政宗が、領内に茶の樹を植えさせたことから、仙台藩は茶の産地となった。茶作りに力を注いだ政宗が、「領地の茶はこれからもっとよくなり、奥州の宇治と呼ばれるようになる」 と記した書状も残されている。

 しかし、明治時代に入ると、静岡をはじめとする生産力のある地のお茶に押され、次第に仙台を中心としたこの地域のお茶の生産量は減り、生産農家も姿を消していった。

 そんな中、明治時代に開園された鹿島茶園(石巻市桃生町)が今も伊達政宗以来、この地に受け継がれてきた茶作りを守り続けている。そして、それを販売という形で支えているのが、矢部さんなのだ。

 「鹿島茶園の現当主、佐々木浩さんのおじいさんが、廃れていた茶園を再興させました。その話を私の祖父も聞いていて、興味を持っていたようです。それが、私たちの代になってこうして『伊達茶』として本格的に世に出すことができるようになりました」(矢部さん)

 政宗以来の当地のお茶だが、今では佐々木さんの鹿島茶園だけが宮城県下唯一の茶畑になった。産業として成り立っているお茶の生産地としては、鹿島茶園が日本の北限だという。

茶舗と相良のお茶生産農家の協力

今年最初に摘んだ鹿島茶園の茶葉。「針三葉」と呼ばれる葉先から3枚だけを摘み取る
拡大写真
今年最初に摘んだ鹿島茶園の茶葉。「針三葉」と呼ばれる葉先から3枚だけを摘み取る
 北限のお茶を育てるのは、容易ではない。まず、寒い。気候が合わないと、挿し樹も根ざしにくく、増やすことができない。お茶の樹の医学知識がなければ、太刀打ちできない。

 そこで、矢部さんの紹介で、静岡の相良からお茶農家の方々が鹿島茶園を訪れ、より良いお茶を作るためのノウハウを伝授したという。

 「お茶は土作りがまず大事です。その地域の特性、環境によって異なる土の香りは、そのままお茶の葉に乗ります。葉の香りはすなわち、土の香り。葉に宿る香気は生産地によって異なり、それがそれぞれの土地のお茶の魅力になります」

 鹿島茶園の土は香りがよく、鉄分、リン酸、カリウム、窒素などが豊富で、可能性を秘めていると相良のお茶農家の方々も太鼓判を押してくれた。

 山の上にあるため、水やりにも工夫が必要だ。

 「お茶の樹って、園主が何回茶畑に足を運んでいるかちゃんとわかっているんですよね。お茶の樹はそれに応えているだけ」

 必要なときに必要なケアをしてもらえなければ、それなりのものしかできないのだと、矢部さんはいう。手をかけてもらったお茶の樹は、長い時間をかけて自ら体質変化をしていく。雪が積もると寒さに負けるのではなく、葉と茎の間に熱を保つようになる。お茶の樹が自ら、自分を守る工夫をするようになるのだ。

 「大切に育てられたお茶は、葉っぱの表情、葉相が違います。ペットボトルに使われるような大量生産のお茶は、農耕馬のように酷使され、生産性が衰えた茶畑はポイ捨てされます。でも、1年間しっかり休ませたお茶の樹の葉相は美しく、本当に旨いお茶になります」

 相良のお茶農家の方々の協力もあって、鹿島茶園のお茶も、葉相の美しいお茶に育てることに成功した。

 「茶摘み以降の茶の仕上げにも、もっともっと工夫や努力が必要です。あくなき挑戦です。愛情をかけてお茶を育てる生産農家がいて、正当に扱う問屋があって、その良さをきちんと伝えられる茶舗があって、それを理解して味わってくれる消費者がいる。この4つが揃っていたら、日本のお茶文化の衰退を防ぐことができるのだと思います」

夏も近づく百八夜

今年最初に摘んだ鹿島茶園の茶葉。「針三葉」と呼ばれる葉先から3枚だけを摘み取る
拡大写真
今年最初に摘んだ鹿島茶園の茶葉。「針三葉」と呼ばれる葉先から3枚だけを摘み取る
 「夏も近づく八十八夜~」の懐かしい歌にもあるが、一般的に日本の多くの地域では茶摘みは立春から数えて88日目頃に行う(今年は5月2日)。少し寒い鹿島茶園では、3週間ほど遅れて「夏も近づく百八夜」に茶摘みが始まる。

 お茶の葉は摘んだ瞬間から酸化が始まるため、すぐに低温倉庫に入れ、その日のうちに蒸して発酵を止める。揉捻し、乾燥させれば香しい北限のお茶「伊達茶」の完成だ。

 佐々木さんの鹿島茶園で生産されたお茶から作られる「伊達茶」は、生産量が少ないこともあって、矢部園のみで手に入れることができる稀少なお茶だ。特にシーズン最初に手摘みされ、6月の2週目頃から矢部園で販売される限定の新茶のファンは多く、予約はすぐにいっぱいになってしまうそうだ。

 販路を広げず、塩竃の店舗とホームページでの販売のみとしている矢部園のお茶だが、ペットボトル版の「伊達茶」がJR塩釜駅でも販売されている。桃生の鹿島茶園の一番茶葉100%使用の数量限定品で、ペットボトルのお茶としては生産農家が表示できる唯一のペットボトル商品だ。

 厳しい寒さに耐え、愛情を注いで作られた北限のお茶。塩竃を訪れる際には、是非一度、味わって頂きたい。ああ、これがお茶というものなのだと、あらためて感動を覚えるはずだ。

(取材・文・撮影:平松温子)

最終更新:6月25日(月)15時50分

THE PAGE

 

【あわせて読みたい】

注目のニュースキーワード

ヘッドライン