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マツダ「SKYACTIV-X」 ドイツ試乗で分かった“夢のエンジン”の潜在能力

9月13日(水)16時00分配信 THE PAGE

[写真]ドイツで行われたマツダの次世代プロトタイプテストに参加した。そこで見た新技術とその検証をレポートする
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[写真]ドイツで行われたマツダの次世代プロトタイプテストに参加した。そこで見た新技術とその検証をレポートする
 ディーゼルエンジン並のトルクと低燃費、ガソリンエンジン並の高回転の伸びを実現し、かつどんな運転状況でも燃費に差が現れにくい――。これが先月マツダの発表した新エンジン「SKYACTIV-X」の理論上の性能でした。このガソリンとディーゼルを“いいとこ取り”した夢のようなエンジンの開発は、今どこまで進んでいるのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が、ドイツでプロトタイプのSKYACTIV-Xを積んだ試作車に試乗しました。そこで見た新技術とその検証を池田氏がレポートします。

テストで回っても本当に性能出せるのか?

[写真]テスト車両は現行アクセラの外皮を被っているがエンジンもシャシーも完全な別物
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[写真]テスト車両は現行アクセラの外皮を被っているがエンジンもシャシーも完全な別物
 マツダが8月8日に発表した新技術エンジン「SKYACTIV-X」にドイツで緊急試乗した。発表時のマツダの言い分では、環境性能に優れ、動力性能に優れ、しかもドライバビリティも人馬一体を実現する夢のエンジンだと言うことだった。

 その理論的説明の詳細は過去の記事を参照していただきたい。理論的に複雑なので、それらをこの記事に全部を盛り込むと大変な長さになる。誠に申し訳ないが、前編をお読みいただいた前提で説明させていただきたい。

 2019年の発売まで1年半を残すこのエンジンを、このタイミングでテストさせるマツダの狙いは「所詮プロトタイプ。テストベンチ上で回ったとしても本当に出て来るかどうか?」と懐疑的な人たちに対してその本気度と、ポテンシャルを証明してみせることだろう。その目論見は成功した。ドイツで試乗した筆者としてはあのエンジンが今すぐ市販されたとしてもおかしいとは思わない。それほどの完成度だった。

 マツダによるプロトタイプユニットの暫定的なスペックは以下の通りである。

・圧縮比:16.0:1
・排気量:1997cc
・最大トルク:230Nm(目標値)
・最大出力:140kW/ 190PS(目標値)
・燃料:ガソリン95RON

「7つの因子」に集中して改善図る

[図]理想の燃焼に向けたロードマップ(マツダの資料より)
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[図]理想の燃焼に向けたロードマップ(マツダの資料より)
 SKYACTIV-Xとは何かといえば、マツダが2005年ごろに作成したというこのロードマップを見てもらうと分かりやすい。エンジンの膨大な制御因子を整理し、それをたったの7つに絞り込んだ。まずこれが驚異的である。ここにはエリヤフ・ゴールドラッド博士が提唱した「制約理論」の影響が見て取れる。その結果、7つの因子を改善すれば「理想」が追求できるとマツダは主張しており、実際にSKYACTIV世代のエンジンは、このロードマップに沿って継続的にリリースされ続けている。

 図の左側がガソリンエンジン、右側がディーゼル。SKYACTIV-Xはガソリン燃料なので、左側だ。一番左に「熱効率の制御因子」があり、その隣に旧世代エンジンの到達度が色分けされている。理想に近づいたものは緑に、まだまだ遠いものは赤く表示されている。これを見ると、「圧縮比」「比熱比」「壁面熱伝達」「吸排気行程圧力差」の4つが問題児であったことが分かる。その改善に挑んだSKYACTIV-Gでも、改善が進んだものの、ほとんどの項目が黄緑で、比熱比は赤のままだ。進化途上にあったこれらを大幅に改善するのがSKYACTIV-Xの目標だ。
[写真]試乗したプロトタイプ試作車のエンジンルーム
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[写真]試乗したプロトタイプ試作車のエンジンルーム
 まずは「圧縮比」だ。旧来のガソリンエンジンの圧縮比は「11」程度。圧縮比は高ければ高いほど熱効率が向上するが、そうしたくてもノッキングに行く手を阻まれる。現行のSKYACTIV-Gではこれを当時世界で前例のなかった「14:1」まで高めた。それだけの圧縮比が達成できたのは、大まかに言って直噴による吸気冷却とEGR(排気再循環=Exhaust Gas Recirculation)の賜だ。吸気行程で筒内に直接燃料を噴射すると燃料の気化潜熱(例:注射する前にアルコールで拭かれるとスーッとする現象)で吸気が冷却される。気体温度が下がればノッキングが起きにくくなる。高負荷などで条件が厳しくなって、それでもノッキングが発生する時は、EGRによって排気ガスを吸気に再循環させて燃焼温度を落とす。酸素を含まない不活性ガスは、燃焼温度を下げる働きがあるからだ。

 旧世代のノッキング回避策は点火タイミングを遅らせることだった。エンジンが壊れては元も子もないので、全てのエンジンは熱効率の激減を承知で点火タイミングを遅らせていた。

 このノッキング回避の方法を変えた。吸気温度を下げることでノッキングが起きにくい状態を整え、さらに回避策をEGR中心に変えた。これが圧縮比の大きなステップアップに繋がった。

 SKYACTIV-Xでは、これをさらに上回る熱効率を実現するために、「圧縮着火」(気体を圧縮して自己着火させる)を採用し、ノッキングとの攻防ラインを大幅に押し込むことに成功したのである。耐ノッキング性が向上した結果、超高圧縮比による圧縮着火を実現し、同時に熱効率の大幅な改善をもたらした。SKYACTIV-Xの圧縮比は、スペックの項で紹介した通り「16:1」でまさにディーゼル並み。ガソリンエンジンの常識を大幅に覆すものである。
[図]比熱比と燃焼温度の関係(マツダの資料より)
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[図]比熱比と燃焼温度の関係(マツダの資料より)
 次に「比熱比」。これは燃料の持つエネルギーをどれだけ効率良く動力に変換するかに紐付いている。逆から見れば、どうやって熱を出さないで燃やすかが勝負。そのためには希薄燃焼(リーンバーン)を実現することだ。つまり少ない燃料と大量の空気で燃やしてやること。こうすると燃焼温度が下がるのだ。

 ところがリーンバーンは死屍累々の技術で、従来のプラグ着火では薄い混合気を安定的に燃やすことができず、燃焼室内にカーボンが大量に付着して故障した。そこを圧縮着火で解決した。SKYACTIV-Xでは旧来14.7:1(理論空燃比)であった空燃比を、ピーク値で倍以上に上げた。その値は「30:1」を越えるという。ちなみに空燃比2倍という数字はマジックナンバーで、このあたりから燃費の向上が顕著になる。かつて1.5倍前後が限界だったリーンバーンは、その能書きほどには燃費が良くなかったが、それは希薄燃焼化が十分ではなかったことに起因しているのだとマツダは説明している。

 「壁面熱伝達」に関してはまだオレンジ色だ。それでも燃焼温度が下がった影響でエンジンの発熱量が減って熱効率を改善している。

 「吸排気行程圧力差」の解決のカギは、理論空燃比にある。旧来のエンジンで、少ししか燃料が要らない場合、この比率を守ろうとすれば、空気の吸い込みを抑制するしかない。そうでなければ薄くなり過ぎて燃焼が維持できなかったからだ。
[図]スロットルバルブは吸気の抵抗となってエンジン出力のロスを発生させる(マツダの資料より)
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[図]スロットルバルブは吸気の抵抗となってエンジン出力のロスを発生させる(マツダの資料より)
 だからスロットルバルブ(吸気量を調整する弁)で吸気をせき止めていたが、それは同時にエンジンの駆動抵抗となり、日常的な軽負荷域、つまりアクセル全開以外の領域での効率の悪化を招いていた。燃焼を維持するために、空燃比の可変幅が小さい従来型エンジンにとって、それはやむを得ない必要悪だった。SKYACTIV-Xではディーゼルエンジン同様にスロットルバルブを使わず、通常空気は「全開」で吸い込ませる。リーンバーンで安定的に燃焼が可能だからこれができる。そしてリーンバーンができるのは圧縮着火だからだ。
[図]希薄燃焼の効率化のために備えられた「高応答エアサプライ」の正体はルーツ式のスーパーチャージャー。駆動はベルトで、制御は電磁クラッチ(マツダの資料より)
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[図]希薄燃焼の効率化のために備えられた「高応答エアサプライ」の正体はルーツ式のスーパーチャージャー。駆動はベルトで、制御は電磁クラッチ(マツダの資料より)
 燃料を絞るだけでなく、より積極的に希薄にするため、ルーツ型のスーパーチャージャーをエアポンプとして使い、空気の吸気量を増やす制御も行っている。事前説明時には「高応答エアサプライ」とだけアナウンスされていた部品だ。スーパーチャージャーはエンジンの駆動抵抗になるが、トルクの値を見る限り、おそらく過給圧は1.5程度とそう高くない。しかも圧を掛けて送り込むことで、吸気抵抗による駆動損失を減らすことができる。そのエネルギー源はスーパーチャージャーの駆動力なのでプラスになるわけではないが、過給器の駆動ロスの一部を取り戻すことが出来ているはずだ。

「圧縮」と「火花」の切り替えをシームレスに

 という具合で、圧縮着火は、問題を限りなく全て解決する魔法の技術ということになる。
[図]HCCIの動作範囲が狭い上、周囲全てを囲む火花点火領域との切り替えが難しい(マツダの資料より)
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[図]HCCIの動作範囲が狭い上、周囲全てを囲む火花点火領域との切り替えが難しい(マツダの資料より)
 しかし、そんな素晴らしい技術なら、何故これまで取り組んできた多くの他メーカーが撤退したのかと言えば、圧縮着火と火花着火の切り替えが上手くできなかったからだ。切り替え時のドライバビリティの激変や、燃焼不良による煤(すす)の発生などが避けられなかった。

 例えば空燃比を瞬時に1/2に切り替えることは難しい。だからSKYACTIV-Xでは圧縮着火と火花着火の切り替えをポイント切り替えではなく、シームレス化した。機械圧縮比を「15:1」程度に取り、圧縮着火に必要な圧に達する最後のプラス1程度を、プラグ着火による火種の燃焼圧で行うので、その最後のひと圧縮で臨界に達するまでの圧力差を可変にした。これは常時「1」というわけでなく変化するということだ。そうすることで100%の火花着火から100%の圧縮着火までに段を設けずに連続変化させる方法を採った。

 さて、こうした特徴に鑑みて、テストで確認すべき点を挙げてみよう。

(1)切り替えをシームレスにしたと言うが、そこに隠しきれないフィールの変化はないのか?
(2)連続変化と言いながら、実際に走った時にほとんど圧縮着火領域が使えてないならここまで挙げた効能が実現しない。実走行時にどの程度、圧縮着火領域を使えているのか?
(3)超高圧縮比なら、当然燃焼のピーク圧は高いので、ディーゼルの様にゴロゴロうるさくないのか?
(4)トルクや出力は触れ込み通り出ているのか?
(5)高回転の伸びやドライバビリティなど何か犠牲になっている項目はないのか?

ついに「SKYACTIV-X」試作車に乗る

 この試乗会はドイツ・フランクフルト郊外にあるマツダリサーチヨーロッパ(MRE)を拠点に行われた。マツダの欧州本部であり、欧州の開発拠点である。MREの中庭には現行アクセラに偽装されたプロトタイプが並んでいた。実はこのクルマ、SKYACTIV-Xを搭載しているだけでなく、第2世代SKYACTIVシャシーが搭載された全くの新型で、中身は完全な別物である。シャシーについては次回、あらためて詳細をお伝えする。

 まずはエンジン始動だ。少なくとも車内にいる限り、高燃焼圧によるディーゼルのような音は全くしないと言って良い。車外で聞いても従来のガソリンエンジンと明らかに違うと言う感じはしなかった。(3)はクリアだ。

 細い路地や市街地でのレスポンスはフレッシュで、少なくとも中低速域のドライバビリティは従来のガソリンエンジンより良好だと言える。燃焼は目まぐるしく変わっているはずだが、それは全く分からない。(1)及び(5)の中低速域はクリアだ。
[図]マツダの新技術SPCCIをもってしても高回転は反応時間不足で通常燃焼になる(マツダの資料より)
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[図]マツダの新技術SPCCIをもってしても高回転は反応時間不足で通常燃焼になる(マツダの資料より)
 アウトバーンの速度無制限区間でもドライバビリティは良好。高回転域では旧来型の着火になっているはずだが、燃焼が切り替わった感じは検知できない。パワーに関してはこれが190馬力かどうかと言われるとそれほどパワフルには感じないが、市街地でもアウトバーンの中間加速でもトルクの太さは感じる。従来の高性能ガソリンエンジンのような吹け上がり感を期待すると、それはないが、高性能ディーゼルエンジンと比べるなら、ストレスなく上まで伸びる。概ねマツダの主張通りと言える。(1)及び(4)と(5)の高速域はエンジンに期待する性能によるが、余程ハードルが高くない限り及第点以上は出せる仕上がりだ。
[表]実際に路上を走りながら測定したデータ(MT)(マツダの資料より)
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[表]実際に路上を走りながら測定したデータ(MT)(マツダの資料より)
 さて、(2)はどうか? これはマツダが取ってくれた筆者の運転ログだ。図を見て欲しい。右上に書かれているのがトランスミッションの種別。中央上に4つの枠が並んでいるのが燃費だ。
[表]実際に路上を走りながら測定したデータ(AT)(マツダの資料より)
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[表]実際に路上を走りながら測定したデータ(AT)(マツダの資料より)
 Totalは文字通り総合。City/Subは市街地と郊外。つまりトータルの方はアウトバーンでの高速走行を含む燃費だ。左側がSKYACTIV-Xで右がSKYACTIV-G。日本式の燃費表記に合わせると以下のようになる。

 MT:トータル15.6Km/L(X) 13.5Km/L(G) 116%(改善率)
 MT:市街地14.9Km/L(X) 12.8Km/L(G) 116%(改善率)
 AT:トータル13.2Km/L(X) 11.5Km/L(G) 114%(改善率)
 AT:市街地13.0Km/L(X) 11.1Km/L(G) 117%(改善率)
[図]赤に近いほど燃費が良く、青から黒に向かうほど燃費が悪い。SKYACTIV-Xではオレンジの領域がある上、黄色の面積が異様に大きい(マツダの資料より)
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[図]赤に近いほど燃費が良く、青から黒に向かうほど燃費が悪い。SKYACTIV-Xではオレンジの領域がある上、黄色の面積が異様に大きい(マツダの資料より)
 筆者の率直な感想では、夢のエンジンにしては燃費はそれほどでもないと思った。20Km/Lのラインに肉薄するかと考えていた。ドイツの交通の流れは日本と異なるからという可能性はないわけではないが、マツダ自身が「このエンジンは使い方による燃費のブレが少ない」とアナウンスしており、あまりブレはないと考えると、少々期待外れ感はある。

 とは言うものの、左下の平均加速Gが0.6(MT)と0.7(AT)という数値を見ると、まあずいぶんと元気よく加速している。実は筆者本人にはそんなにアグレッシブな運転をした感覚はない。しかもエンジン回転の分布は比較的回したMTですらほぼ3000rpm以下に集中していることを考えると、いかに中低速のトルクが太いかがよく分かる。中低回転を使ってそれだけの平均加速を生み出していることになるからだ。それだけ力があって速いにも関わらず、SKYACTIV-Gに対して15%以上の燃費向上は確かに小さくない改善である。

 さてこの資料で最も注目すべきは右下である。圧縮着火が全く行われていなかったのはMTで約10%、ATなら約6%である。



 このエンジン全体の感想は「優等生」。難しい切り替えをしながら、どこからでも遅滞なく加速し、信頼感があるもの。カミソリの様な切れ味はないが、ナタのような凄みがある。プロトタイプをよくここまで仕上げたものだと感心した。
[写真]開発担当の人見氏は「味付けはまだこれからです」と話した
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[写真]開発担当の人見氏は「味付けはまだこれからです」と話した
 試乗を終えてから、さらに驚くことになる。マツダの「ミスターエンジン」こと、常務執行役員・シニア技術開発フェロー 技術研究所・統合制御システム開発担当の人見光夫氏に「プロトタイプの段階でよくあそこまでしつけましたね」と言ったら、「あれはまだようやく回るようにしただけです。味付けはまだこれからです」と言う。表情を伺うとどうも本気らしい。それであれだけのフィールを出すのだとしたら、マツダが主張するMBD(Model Based Development)によるシミュレーションの成果は凄まじい。

 最後に冒頭に書いた燃料のスペック、「ガソリン95RON」が気になっている人もいるだろう。「日本だとハイオクが必要なのではないか?」。実はこのエンジン、ハイオクを入れてはいけない。オクタン価とはノッキングの起こし難さの指数だから、ノッキングのメカニズムを利用して圧縮着火させているこのエンジンは、レギュラーガソリンの方が性能は向上するのだ。

 どんな展示がされるかは分からないが、10月28日から始まる東京モーターショーには、このエンジンと次世代シャシーに関する何らかの展示がなされると聞く。興味のある方は是非会場に足を運んでほしい。

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■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある

最終更新:9月19日(火)5時50分

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