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埼玉・川越で250年以上続く老舗醤油屋の秘密

8月19日(土)14時00分配信 東洋経済オンライン

(取材月:July 2017)
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(取材月:July 2017)
 日本人の食生活に欠かせない調味料である“醤油”。製造の機械化が進むなか、今も伝統的な醤油づくりを続けているのが、埼玉県・川越市で1764年に創業した松本醤油商店だ。2年間かけて熟成させる「はつかり醤油」をはじめ、すべての醤油を昔ながらの天然醸造で仕込むことができるのは、江戸時代から残る醤油蔵があるから。

■川越で250年以上続く醤油屋の老舗

 立派な蔵造りの重要建築物が多く残る川越は、“小江戸”と呼ばれる人気の観光地。松本醤油商店は、そうした風情ある街のシンボルである、「時の鐘」からほど近い場所にある。
 1764年、川越で有名な豪商だった横田五郎兵衛がこの地で醤油製造を開始。1889年に初代・松本新次郎が建物や従業員などを引き継ぎ、松本醤油商店が誕生した。1893年の川越大火を逃れた松本醤油商店には今も江戸時代に建てられた蔵が残っており、通りに面している店蔵は川越市の有形文化財、醤油の仕込蔵は都市景観重要建築物に指定されている貴重なものだ。

 松本醤油商店の醤油づくりに無くてはならないのが、天保元年(1830年)に建造された仕込蔵。麹と塩水を発酵・熟成させ、醤油のもととなる“もろみ”をつくる蔵だ。
 当主の松本公夫さんは、この蔵に入る前に、必ず一礼をする。どうしてかと尋ねると、「ここに神様がいると思っているので」と話してくれた。

 「建ちましたのが天保元年ですから、私どもはこの仕込蔵を“天保蔵”と呼んでいます。並んでいる杉桶も蔵と同じ歳ですが、180年経った今も現役で働いています。この蔵には酵母菌や乳酸菌などの微生物が住み着いていて、自然の力でじっくりと発酵・熟成をする。そんな昔ながらのお醤油づくりができるのは、この蔵と木桶があるからです。もしもなくなったら二度と同じお醤油は作れません」。
■自然の力で醤油を作る天保蔵

 松本醤油商店では観光客に向けて醤油蔵の見学を行っている。私たち取材班も、松本さんに案内してもらうことにした。 醤油の原材料は、大豆、小麦、塩、水の4つ。大豆と小麦で麹を作り、麹と塩水を合わせた“もろみ”を発酵・熟成させ、そのもろみを搾ったものが醤油となる。

 麹造りは10月~5月の比較的涼しい時期に、「麹室」と呼ばれる部屋で行われる。温度や湿度を管理し、約3日間かけて麹を仕込んでいく。麹の材料となる大豆と小麦は安価な外国産に頼らず、地元産のものを使うのが松本さんのこだわりだ。
 「うちの醤油は自然のまま、添加物も一切使用しません。原料もできるだけ安全なものを使おうと、40年くらい前から地元の農家さんにお願いして栽培してもらっています。私どものお醤油はそんなにたくさんの量はつくれませんので、地場産の原料だけでなんとかまかなうことができています」。

 麹が完成したら天保蔵へ。木桶の中に麹と塩水を入れたもろみを、1年間じっくりと発酵・熟成させていく。このもろみを搾ったものが醤油になるのだ。
 松本さんに続いて天保蔵に入ると、静かで、しっとりと水分を含んだ空気と、熟成が進むもろみの香りに包まれた。蔵の中はひんやりとしており、夏場でも低温が保たれるため、空調による温度管理はせず自然にまかせて熟成させるのだそう。頑丈そうな梁がきっちりと組まれた天井や、高さ2mはあろうかという年季の入った木桶からは、風格さえ感じる。松本さんが言うように、たしかにここには神様がいそうな気配がする。

 蔵の壁や床や杉桶に宿った醸造菌によって、もろみがゆっくりと発酵・熟成していく。もちろん、ただ置いておけばいいわけではなく、職人が木の棒で桶をかき混ぜる「櫂入れ(かいいれ)」をすることで、酵母菌に酸素を送り、発酵によって出たガスを抜いていく。夏場は発酵がよく進むので、1週間に1度ほど櫂入れをおこなう。
 醤油蔵見学では貴重なもろみを試食することができる。しょっぱいのかと思いきや、フルーティーな酸味と甘味がさわやかで驚いた。後味には濃い旨みが舌の上に残る。もろみの仕上がりは桶ごとに異なるため、いくつかの桶をブレンドして一定の味を保っているという。どのもろみを混ぜるのか、いつ搾るのかのタイミングを見極めるのも、職人の腕の見せどころだ。

■2倍の時間と手間暇をかけてつくる「はつかり醤油」

 一言に醤油と言ってもさまざまな種類があるが、松本醤油商店でつくられる醤油のほとんどは、“再仕込み”という特殊な方法で風味豊かに仕上げた「はつかり醤油」だ。
 機械で製造される一般的な醤油は、発酵の速度を早めて醸造期間を短くするため4~6か月ほどで完成するが、天然醸造にこだわる松本醤油商店では、もろみの発酵・熟成に1年間を費やす。さらに「はつかり醤油」は、この1年目にできた醤油を木桶に戻し、麹を入れてさらに1年間発酵・熟成させるという“再仕込み”を経てやっと完成する。つまり2倍の時間と材料、手間暇をかけてつくる贅沢な醤油なのだ。

 「お客様からの支持が厚く、現在うちでつくっているお醤油の約8割が『はつかり醤油』です。再仕込みすることで、一年目にできるお醤油よりも甘味と旨味がうんと強いお醤油になります」。
 「はつかり醤油」は浸けたり、かけたり、料理に幅広く使えるが、松本さんのおすすめの食べ方は、カブの浅漬け。はつかり醤油に薄く切ったカブを2時間ほど漬けるだけで、とても美味しいという。

 「醤油は搾りたてが一番美味しく、徐々に風味が落ちていきます。だから大きなボトルで買うよりも、小さいものをこまめに買う方がいいですよ」と、松本さん。

 醤油蔵に併設しているショップでは、はつかり醤油を使ったジェラートや炊き込みご飯の素、地元のラーメン店とコラボレーションした商品なども充実している。
 約250年の歴史を持つ松本醤油商店。川越の街が大好きだと語る松本さんは、天保蔵がある限りここで醤油をつくり続けたいと話す。

 「私の代は守り抜いたので、あとは次世代に渡すだけですけれど、なんといってもうちのお醤油づくりの中心は天保蔵なので、あの蔵がある限りはうちらしいやり方でお醤油をつくっていってほしい。よそに工場を建ててやっても意味がないですからね」。

 歴史ある蔵とともに、小江戸・川越でしか作れない伝統の醤油づくりは引き継がれていく。
 (Writer : ASAKO INOUE / Photographer : SATOSHI TACHIBANA)
SHUN GATE編集部

最終更新:8月19日(土)14時00分

東洋経済オンライン

 

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