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“究極のエンジン”誕生か マツダの「SKYACTIV X」はどうスゴい?

8月13日(日)12時30分配信 THE PAGE

[写真]次世代エンジン『SKYACTIV X』を発表するマツダの小飼社長(ロイター/アフロ)
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[写真]次世代エンジン『SKYACTIV X』を発表するマツダの小飼社長(ロイター/アフロ)
 マツダの次世代エンジンが注目されています。ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの長所を兼ね備え、しかも使用状況で燃費がそれほど左右されないという夢のようなエンジンです。これまでも次世代エンジンとして期待されていた「HCCI」方式が乗り越えられなかった“壁”を、マツダは「プラグを使う」ことでブレークスルーし、研究を重ねてそれを実用化の域まで昇華させました。モータージャーナリストの池田直渡氏は「ガソリンエンジンにディーゼルの燃焼システムを持ち込んだ」ことがポイントと指摘します。この次世代エンジンは、どんなエンジンで何がスゴいのでしょうか。池田氏に寄稿してもらいました。

高回転で伸び・太いトルク・低燃費「良いとこ取り」

 自動車関係者の間で今最も話題になっているのは、マツダが8日に発表した新しいエンジン『SKYACTIV X』だ。マツダはその性能を次のようにアナウンスしている。
[図]初期レスポンスの良さ(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
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[図]初期レスポンスの良さ(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
(1)ダウンサイジングターボよりレスポンスが良い
[図]高回転時の伸びの良さ(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
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[図]高回転時の伸びの良さ(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
(2)ディーゼルより高回転の伸びが良い
[図]燃費消費率の大幅な改善(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
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[図]燃費消費率の大幅な改善(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
(3)SKYACTIV Gより全域で10%、ピーク値で30%トルクが太い
(4)SKYACTIV G比で燃費を20~30%改善(2008年型MZRガソリンエンジン比では35~45%改善)
[図]フラットな燃費特性(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
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[図]フラットな燃費特性(現開発段階のデータ、2017年8月現在)(マツダ資料より)
(5)燃費の“目玉”が大きく、各国の燃費テストでほぼ同じ燃費が達成でき、ユーザーの実際の使用でも結果が乖離しにくい
[表]次世代エンジンの特徴(マツダ資料より)
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[表]次世代エンジンの特徴(マツダ資料より)
 5つの項目が相関的に何を表しているかと言えば、旧来のエンジンには長所と短所があったが、SKYACTIV Xはそれら全ての「良いとこ取り」だと言うことだ。ガソリンエンジン並のレスポンスと高回転の伸びの良さを持ち、ディーゼル並のトルクと燃費を備え、しかも運転の仕方で燃費に差が現れにくい。暗に「現時点での究極のエンジン」だと言っているのである。

 そんな美味い話が本当にあるのかどうかは、乗ってみるまでは分からないが、今この段階ではマツダが配布した資料とプレゼンのみが手がかりなので、そこからわかることを書いておこう。

 マツダの“手品の種”はガソリンエンジンにディーゼルエンジンの燃焼システムを持ち込んだところにある。ここからはかなり工学的な話になるが、それをやらないとこのエンジンの理屈がわからないので、少々難しいがご容赦願いたい。

ガソリンとディーゼルエンジン、それぞれの課題

[図]SIとHCCIの違い(マツダ資料より)
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[図]SIとHCCIの違い(マツダ資料より)
 普通のガソリンエンジンでは、混合気を圧縮して、そこに点火プラグで火を付ける。火はプラグの周りから伝播し、燃焼室の隅まで延焼して一回の燃焼を終える。その火炎伝播は極めて高速で行われているので一般的には全部が同時に燃えているように感じるかもしれないが、メカニズムとしては紙の端に火を付けて燃え広がるのと同じである。この方法だと、混合気が燃えやすい空気と燃料の比率(14.7:1)でないと、上手く燃え広がらない。燃費向上のために燃料をケチると、紙の例えで言えば、途中で湿っている所があって端まで燃えない内に火が消えてしまうのだ。燃え切らないと排ガスがめちゃくちゃになる。

 一方、ディーゼルエンジンはどうなっているかと言えば、これは初めに空気だけを吸い込んで圧縮する。気体は圧縮すると温度が上がる。筆者が過去に見た実験では試験管に綿くずを入れて、空気入れで圧縮すると、温度上昇で綿くずが自己発火して瞬時に燃えた。ちょっと暖まるとか、熱くなるとかそういうレベルではなく、気体の圧縮は燃料に自己着火させるのに十分なほどの温度に簡単に到達するのだ。高温の空気が充満した燃焼室に、点火したいタイミングで燃料を直接噴射すると、燃料は噴射された側から燃え始める。

 燃料は高温の空気に触れた瞬間から燃え始めるので、火炎放射器のような燃え方になる。最新のディーゼルエンジンの噴射ノズルが「多孔タイプ」になっているのは、燃焼を出来るだけ分散させたいからだ。何故そうなるかと言えば、燃焼室全体で見たときに噴射された燃料の周りでは燃料過多で酸素不足になり、噴射流から離れた場所では逆に燃料が不足して酸素が余る。これが排ガスの発生源になるのだ。排気ガス中の有毒成分で、問題になる物質は主に4つ。一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)、窒素酸化物(NOx)、そして煤(すす=PM)だ。

 酸素が十分にあればCOは二酸化炭素(CO2)になるし、HCは水(H2O)とCO2になる。大気中の窒素(N2)は本来安定しており、簡単に酸化しないのだが、酸素は本来パートナーになるべき炭素や水素がない場所で大きな熱エネルギーを加えられるとNと化合してNOxになってしまう。

 マツダの『SKYACTIV D』では、ディーゼルとしては異例の低圧縮比にすることで、燃焼温度を下げ、NOxの発生を抑制しているのでNOxが出ない。もちろん利害得失はあって、圧縮比が低い分、トルクが出ない。パワフルなエンジンが大好きな欧州勢は、圧縮を下げないで何とかしようとしたから、NOxが消せず、それがディーゼルエンジンでの不正に繋がった。大気汚染が問題になり、ディーゼルが都市部で禁止されるようになった理由は、欧州メーカーがまじめに排ガス対策をやらなかった自業自得である。

理論は「魔法のエンジン」でも実現困難だったHCCI

 さて、ここで一度整理しよう。

 現在のガソリンエンジンの問題点は、燃焼の完了まで時間がかかることと、混合気が理想的な比率でないと燃え切らないこと。

 ディーゼルエンジンの問題点は、燃料と空気の攪拌(かくはん)が上手く行かず偏りが起きることだ。
[図解]レシプロエンジンにおけるHCCIの原理。ガソリンやディーゼルと比べるとその違いがよく分かる
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[図解]レシプロエンジンにおけるHCCIの原理。ガソリンやディーゼルと比べるとその違いがよく分かる
 だったら、直噴以前のガソリンエンジンのように、あらかじめ吸気管で燃料を混ぜた混合気を作り、それを圧縮することで着火させてやれば良いではないかと考えた人がいた。基礎理論を作ったのはトヨタである。このシステムを「HCCI」(Homogeneous-Charge Compression Ignition)といい、日本語で書けば「予混合圧縮着火」である。プラグの火花という“きっかけ”なしで気体の温度上昇に依存して着火する方式の次世代エンジンだ。
[図]圧縮着火にこだわる理由(マツダ資料より)
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[図]圧縮着火にこだわる理由(マツダ資料より)
 HCCIの燃焼のシステムは延焼ではなく、高温による全体の同時自己着火なので、燃焼時間が短縮され、空燃比を薄くしても、そもそも「燃え広がらない」のだから途中で火が伝播しなくなることも起こりようがない。しかも燃焼時間が短いので、圧力をより効率良くピストンで受け取れる。魔法の低燃費エンジンができる予感がある。
[図]従来HCCIの課題
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[図]従来HCCIの課題
 しかし、現実はそう上手くは行かなかった。圧縮で自己着火が可能なのは、ある程度条件が良い時だけで、例えばエンジン始動直後などはプラグを使わなければどうにもならない。運転モードを見てみると、低回転高負荷では温度が不足して作動しないし、回転を上げて行くと反応時間不足で作動しない。アクセル大開度領域では、燃焼を制御しきれずにノッキングしてしまう。作動しない領域では旧来型の火花着火に切り替えざるを得ないが、そうすると頻繁にプラグ着火と圧縮着火を行ったり来たりしなくてはならず、切り替え時に煤と排ガスの問題が発生してしまう。圧縮着火の作動範囲を拡大しつつ、プラグ着火との切り替えをどうやって制御するかが問題だったのだ。
[図解]燃焼サイクル図
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[図解]燃焼サイクル図
 もう一つの問題は点火タイミングである。エンジンの着火タイミングは厳密性を要求される。回転体に力を印加して行くのだから当然だ。ブランコを漕いだり、フラフープを回したりするのと同様、ここぞというタイミングで力を加えないと、エンジンが壊れたり、大幅な出力ダウンを生じることになる

 これを圧力上昇だけで点火プラグと同等の精度にコントロールするのは難しい。外気温は刻々と変化するし、燃料の噴射量が変われば「気化潜熱」も変わってくる。気化潜熱とは注射する前にアルコールで拭かれるとスーッとするアレである。液体は蒸発して気化する時熱を奪う。吸気管でインジェクターが燃料を吹けば、それで吸気温度は変わってしまう。一般的なエンジンの点火タイミングの調整は角度1度単位で管理されている。1度は1回転の1/360。1回転が1/100秒になる6000回転時の1度は1/36,000秒である。圧力だけで着火させるためにはこのレベルの精度で圧力を調整しなくてはならない。

「いっそプラグを使う」という発想で課題解消

[図]SPCCI燃焼(マツダ資料より)
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[図]SPCCI燃焼(マツダ資料より)
 そこで、「いっそプラグを使ってみてはどうだろう?」という考え方が出てくる。圧力を自己着火する直前まで上げておいて、最後にプラグで点火する。プラグの周りは局所的に火炎伝播で燃え始めるが、着火して燃焼ガスが発生すると、周囲の残存混合気を燃焼ガスが圧縮して自己着火温度を超える。マツダでは、このプラグを制御因子とした圧縮着火をHCCIではなく「SPCCI」(Spark Controlled Compression Ignition)と名付けた。「(完全に)制御された圧縮着火燃焼」である。

 あちこちで聞いてみると、HCCIが注目された10年ほど前の時点で、いくつかのメーカーはこのプラグを使うと言うアイディアまでは達していたらしい。しかし、上述の切り替え領域の煮詰めで手詰まりして、HCCIから撤退したのだと言う。
[図]SPCCI燃焼の実現(マツダ資料より)
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[図]SPCCI燃焼の実現(マツダ資料より)
 マツダはHCCIの可能性を信じて、丁寧に過渡域の研究を続けた。特にそこで大きかったのはMBD(Model Based Development)と呼ばれるシミュレーション手法で、燃焼シミュレーションにおいて世界で最も進んでいるマツダならではのものだ。基礎理論を考え出したトヨタにも、10年前に世界に向けて「これからはHCCIが主流だ」とアナウンスしたダイムラーにも到達しえなかった実用化の壁をマツダが世界で初めて実現したことに感動を覚える人も多いだろう。SPCCIと言う名前には誰も出来なかった領域でのコントロールを成し遂げたという自負が滲(にじ)んでいる。

機構的に単純で低コストも実現か

[図]エア供給機能(マツダ資料より)
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[図]エア供給機能(マツダ資料より)
 システムそのものは、このようにガソリンエンジンやディーゼルエンジンの問題点を把握していないと分かりにくいが、構造そのものはとても単純に見える。

 マツダの資料を見る限り「高応答エアー供給機」なる部品が追加されている。これは普通に考えればエアポンプだ。コストも知れている。何が言いたいかと言えば、このSKYACTIV Xは冒頭に書いた性能を達成しながら、コストが安いはずだ。理論こそ難しいが、機構的に高価な部品は何もない。既存技術の延長で行った改革なのだ。

 原稿はここで終わるつもりだったのだが、どうも伝わった気がしない。最後に別の角度からもう少し蛇足を書いておこう。

 長い試験管を想像して欲しい。これに混合気を詰める。開口部から火を付けると混合気は燃焼を始める。燃焼したガスは膨張して試験管の先にある混合気を圧縮する。すると燃焼圧力は加速度的に高まって、さらに先の混合気を圧縮する。こうして循環的に燃焼ガスが未燃焼ガスを圧縮して行ってしまう話を、筆者はかつてノッキングの説明に使っていた。ノッキングとは、圧縮スパイラルで一線を越えて、制御不能になり、エンジンが壊れかねないほど圧力が高まってしまうことを言う。

 SPCCIでプラグを制御因子として圧縮着火を実現したマツダの技術は、基本これと同じ仕組みで「意図的にノッキングを起こしている」とも言える。語義的には制御できるものは燃焼。制御できないものはノッキングと言うことになっているので、変な言い方なのだが、エンジンを壊しかねないほどの圧力になるノッキング領域の一部をマツダは手懐けて制御下に置いたのである。

 風力発電で言えば台風のエネルギーを使いこなすようなものだし、潮力発電なら津波のエネルギーを使いこなすようなものだ。エネルギー効率が高まるのは当然と言えば当然だろう。
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■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある

最終更新:8月18日(金)5時45分

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