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「マツダさんに負けたくない」豊田章男社長が口にしたクルマ愛と危機感

8月9日(水)19時10分配信 THE PAGE

 トヨタ自動車とマツダの資本提携が4日、発表されました。提携の具体的な内容は、(1)米国での完成車の生産合弁会社の設立、(2)電気自動車(EV)の共同開発、(3)コネクティッド・先進安全技術を含む次世代の領域での協業など。トヨタの豊田章男社長とマツダの小飼雅道社長がそろって会見に臨み、豊田社長は「未来のクルマを決してコモディティにはしたくない」と提携の意義を語りました。この会見から見えてくるものは何か。モータージャーナリストの池田直渡氏に寄稿してもらいました。

GoogleやAppleなど「新しいプレーヤー」

[写真]会見する豊田章男社長
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[写真]会見する豊田章男社長
 トヨタとマツダの提携。何の予備知識もなくそう聞いた多くの人は「マツダはトヨタ傘下に下るんだな」と思うらしい。ここ数日そういう理解の仕方の人に何度か会った。

 マツダの人が聞いたら青筋を立てて怒るだろうし、トヨタの人も困惑して眉を顰(しか)めるだろう。トヨタ自動車の豊田章男社長は、マツダとの合同記者会見の中でこう述べている。

「かつての自動車メーカーの競争とは『1000万台を誰が最初に達成するか』と言ったことに代表されるように、販売台数をめぐる競争だったのではないかと思います。そして自動車各社の提携もまた、資本の論理で規模を拡大するための提携が中心であったように感じております。みなさまご承知の通り、今私たちの前には、GoogleやApple、Amazonといった新しいプレーヤーが登場しております。全く新しい業態のプレーヤーが、『未来のモビリティ社会を良くしたい』という情熱を持って私たちの目の前に現れているのです。未来は決して私たち自動車会社だけで作れるものではありません。物事を対立軸で捉えるのではなく、新しい仲間を広く求め、競争し、協力し合っていくことが大切になってきていると思います」

 ここで言う「未来のモビリティ」というのは、極めて多義的だ。地球温暖化対策のためのCO2削減もあれば、自動運転などの人工知能(AI)化もある。さらには道路を走るクルマ全てを車車間通信ネットワークで接続して、相互に情報を提供し合い、ビッグデータの活用によって道路利用の効率化を目指したり、もっと端的に車両間の通信によって事故を防止するようなことも含まれる。誰がどう考えても、低コストでいままで通りのクルマをつくっていくことだけで自動車メーカーは存続できない。クルマそのものが従来の概念を越えて、自己改革をしていかなくてはならないタイミングが否応なく訪れているのだ。

「未来のモビリティ」に重要なビッグデータとAI

 現在、世間で知られている最も進んだAIはIBMの『ワトソン』だろう。もちろんAIは万能ではないが、得意な領域においてはすでに人々の予測を遙かに上回ることができる。チェスのチャンピオンに勝ったり、将棋の名人に勝ったりするのはあくまでも宣伝に過ぎない。2014年にIBMの相談役、北城格太郎氏にインタビューした時、筆者はAIの可能性に驚愕した。

 ワトソンは必ずしも論理的ではない質問を受けて、文脈を理解し、最も適切な答えを出すシステムだ。例えば病気のさまざまな症状を聞くと、常に最新の論文データを読み込んで文脈を理解したワトソンは「こういう可能性がある」ということを医者にサジェストすることができる。病気の診断は一例に過ぎない。ある人に適正な金融商品を探し出すファイナンシャルプランナーのような仕事もできる。旅行プランの提案だってできるだろう。要するに膨大かつリアルタイムに更新され続ける判断材料から、現時点で考えられる最良の答えを探し出すことを得意としているのだ。しかもIBMはスタートアップ企業にこのワトソンを利用させるところまで考え始めていた。

 日本の自動車保有台数はいま約8000万台だ。これらのクルマが日本中の道路を走り回った結果、何時どこで急ブレーキを踏んだかとか、いまどこを走っているクルマのワイパーが動いているかとか、ある区間を最も早く移動したクルマはどういうルートを通ったかとか、そういう膨大なデータが車車間通信を経由してビッグデータになる。従来は人が経験的に処理していた、こうしたデータに基づいてAIが判断する時代が間もなくやってくるのだ。今後自動車メーカーはこうした領域の技術も求められる。ビッグデータとAIは「未来のモビリティ」の重要な核のひとつである。

 トヨタはすでにAI研究部門として2016年に『トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)』を設立し、先月は1億ドルを投じてベンチャーキャピタルファンドを立ち上げた。巨人トヨタは決してあるジャンルを外部に丸投げにしない。しかし前述の豊田社長の発言にもあるように、勝ち負けの対立軸だけでこれを見ない。必要があれば「新しい仲間を広く求め、競争し、協力し合っていく」というのだ。

常に危機感と共にある“巨人”トヨタ

 トヨタの面白さはどんなに旗色が良くても常に「危機感」とともにあることだ。トヨタ・ダイハツ・スバル・マツダ・スズキという1600万台にも及ぶ弩級(どきゅう)のアライアンスを構築してなお「やられる」可能性を恐れている。それがトヨタの真の強みだ。

 そういうメンタリティの中では、トヨタがやればワトソンに勝てるというような夜郎自大な予測を彼らは立てない。もちろんTRIを設立して、真剣に自社技術でそれを越えようともするし、越えられなければ仲間にしようと柔軟にも考えている。それでもまだ不安なのだ。

 トヨタは考えた。「全く新しい業態のプレーヤー」に対して自らの最大のアドバンテージは何か? そして豊田社長はこう述べる。「私たち自動車会社は、『とことんクルマに拘らなくてはならない』と思います。今の私たちに求められているものは、全ての自動車会社の原点とも言える『もっといいクルマをつくりたい』という情熱だと思います」

 昨今、巷で語られる馬鹿馬鹿しい話がある。曰く「電気自動車になれば部品点数が減って、垂直統合から水平分業になる。エンジンという複雑な部品が要らなくなったことで、自動車メーカーへの参入障壁は下がり、コモディティ化して旧来の自動車メーカーのアドバンテージはなくなるのだ」。

 エンジンのOEM供給などこれまでもあったことだ。例えばスポーツカーメーカーとして名高いロータスという会社がある。ロータスは過去から現在に至るまで、ほとんどのクルマでエンジンは外部から供給を受けてきた。スポーツカーにも関わらずである。ちなみに現行エリーゼにはトヨタのエンジンが搭載されている。しかしそれでもロータスは多くのスポーツカーファンから敬意を持って迎えられているのである。何故ならば、「走る・曲がる・止まる」というクルマの基本能力が尊敬に足るからだ。エンジンだとかモーターだとか、そんなことは些細な話で、一台のクルマとしていいものであるかどうかこそがクルマにとって大事なのである。

 だからこそ、84年間クルマを作って来たトヨタがこれまでのトヨタ車を否定してまでも「もっといいクルマづくり」を掲げている。それは終わりのない改革だ。プロの調理人と同じ材料を買ってきたら、プロの料理と同じものができるかどうか考えてみると良い。

「もっといいクルマづくり」の意味

[写真]資本提携を発表した会見で握手するトヨタの豊田章男社長(左)とマツダの小飼雅道社長
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[写真]資本提携を発表した会見で握手するトヨタの豊田章男社長(左)とマツダの小飼雅道社長
 会社のコアコンピタンスが「もっといいクルマ」であることに思い至った時、トヨタは何を考えたか。それについては再び豊田社長の会見の言葉を引用しよう。

「ちょうど2年前の5月、両社(トヨタとマツダ)が協力関係の構築に向けて検討を開始することを、皆さまの前で発表させていただきました。その時に私はこう申し上げました。『Be a driver 自分が行く道は自分で決めた方が楽しいに決まっている。走らせて退屈なクルマなんて、絶対につくらない』。マツダさんのこうした考え方に私自身大いに共感をしています。マツダさんはまさに私どもが目指す「もっと良いクルマ作り」を実践されている会社であり、今回の提携によって私たちは多くのことを学ぶ良い機会をいただいたと感謝しております。それから2年が経ったわけですが、私自身、この思いをさらに強くして本日この場に臨んでおります」

 トヨタは新しい競争の中で、自動車メーカーの強みをどう発揮するかと考えた時、マツダの教えを請う覚悟をした。それは具体的にクルマを作る技術そのものではない。トヨタの技術は高いし、トヨタのエンジニアもそれに誇りを持っている。しかし、現実に「今までのトヨタ車は乗って楽しくない」という批判を受けてきたことを、これまで豊田社長は度々認めている。

 それは何故か? 目標ラインの設定や、いいクルマとは何かということに対するチーム全員の理想の一致においてトヨタはマツダに及んでいない。これについての豊田社長の発言を見よう。

「いまのトヨタの課題は1000万台を越える企業規模をアドバンテージにするべく、自分たちの仕事の進め方を大きく変革することです。私たちが昨年4月に導入したカンパニー制も、マツダさんと一緒に仕事を進める中で、自分たちの課題が明確になり、『このままではいけない』と踏み出したものだと言えます。マツダさんとの提携で得た一番大きな果実は、クルマを愛する仲間を得たことです。そして『マツダさんに負けたくない』と言う、トヨタの『負け嫌い』に火を付けていただいたことだと思っております。本日私が皆様にお伝えしたいことは、両社の提携は『クルマを愛する者同士』のもっと良いクルマを作るための提携であり、『未来のクルマを決してコモディティにはしたくない』という思いを形にしたものだと言えることでございます」

 「大が小を飲み込み蹂躙する提携」。ここまで読んで、まだそう思う人がいるのなら仕方がない。しかし筆者は、新しい時代の到来に備え、自らを研鑽し、協力し合う新しい自動車メーカーの提携の形をそこに見たように思っている。

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■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある

最終更新:8月15日(火)5時48分

THE PAGE

 

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